1-4 リヴの村
次の目的地、リヴの村まではそう離れておらず、馬車で三十分も進めば着く。村と村の間より、むしろ広大な農地が広がる村の中の方が移動時間がかかるくらいだ。
移動中の荷馬車内、暇つぶしを兼ねてアーニエが雑談を始めた。
「そういえば、よく王都から出ることを認めてもらえたわね。王国公務員って立場だし、いくら聖歌隊員としての宣教活動と言っても、王都の外で働くだなんて今までであったのかしら?」
話しかけられた心音は、確かにそうかもしれないと思いつつ、ありのままの事実を話す。
『えっと、王様にお願いしました!』
「はぁ!? 王様ですって!?」
思わずアーニエが立ち上がり、荷車が揺れる。
前方からシェルツの心配する声が聞こえてくるが、それどころではないようだ。
「コトさん、それはつまり国王陛下に謁見したということでしょうか?」
『あ、はい。創世祭の一件がお耳に入ったみたいで、色々と聞かれました』
王国公務員なのだから、雇い主たる王様に会うこともあるだろうと、心音はそこまで気に留めていなかった。
しかし、再び口を開こうとするエラーニュの表情は、それが異常な事態であることを伺わせた。
「国王陛下は、国民には決してお顔をお見せにならないのです。演説などで遠目に見ることはあっても、民間人だけでなく王城に住むものですら、極一部の側近しか素顔を知らないと言われます」
「そうなんですか? それじゃあ、とっても貴重な経験をしたんですね!」
「あんたそんなお気楽な……でも羨ましいわね、あたしも気になるわ」
国のトップの顔を誰も知らないだなんて少し異常な気もしたが、国はおろか世界も違うのだから、違った文化もあるだろう。
一般人が知らないことを知ってる特別感を覚え、心音は少し緩い表情になった。
(それだけコトさんに重要な価値があると判断したのでしょうか。そもそも国王陛下がお顔を見せない理由も気になっていましたが。この事で何か良くない思惑がついて回っていないといいのですが……)
憶測で余計な心配をかけても仕方がないと、エラーニュは思考を内心に留めた。
リヴの村はすぐである。きっとこの話題も、今までしてきたような他愛もない会話の一つとなるであろう。
「あー、やっぱり荷車は窮屈だな。オレは御者やってた方が気楽だぜ」
『たしかに、すごく縮こまっていて辛そうですっ』
ちょっとした笑いが起こる。
大柄なヴェレスを乗せるには、この荷車はやや小さかった。これでも予算の中で大きめなものを選択していたのだが。
馬車が減速し、程なく停車した。
ヴェレスがチラリと外を確認すると、我先にと荷車から降りた。
「コト、着いたみたいよ。あたし、リヴの村はチャクトの中で一番好きねぇ」
心音も荷車から降りる。
そして眼前に飛び込んできた光景で、この村では何が盛んなのかを直ぐに理解した。
(田園、畑、果樹園! 作物を作ってるんだ!)
シェルツが停留所に馬車を格納し、駆け寄ってくる。
「見て分かると思うけど、ここがリヴの村。耕作業が盛んなんだ!」
西洋風の田園地帯というものには、憧れがあった。こういった風景から着想を得て多くの作曲家が名作を残している。
そして食文化が発達し、食事が美味しそうである!
うきうき顔の心音を見てシェルツは顔を綻ばせると、皆を先導して村に立ち入った。
♪ ♪ ♪
一面の麦畑。
地球ではこの気候だと冬小麦を栽培し収穫時期はもう過ぎているはずであるが、やはり異世界、辿ってきた品種の移り変わりが違うのだろう。
(すごく広いけど……この人数で収穫しきれるのかな?)
三キロ平米くらいの土地に対し、目の前で作業している村人は五人程であった。
しかし、心音の疑問はすぐに晴れることとなる。
「風の刃よ、大地を這い根から作物を刈り取れ」
村人の詠唱が響くと、凄まじい速さで麦が刈り取られていく。
そして別の村人が手をかざし口を動かすと、刈り取られた麦が空中で束ねられ、荷押し車に収納されていく。
「す、すごい……」
口をぽかんと開けて呟いた心音に反応してか、アーニエも呟く。
「いつ見てもレベルの高い魔法ね。いや、やってることは単純なんだけれど、かなりの精度だわ」
エラーニュが心音に対して補足する。
「魔法の強度は、想いの強さです。常に生活の中に農耕に関わる魔法があった彼らは、その魔法に特化していると言えるでしょう」
「つまり、職人技!」
「感覚としては、そんな感じで間違いないです」
見る見るうちに進む作業を見ているのは、気持ちがいいものであった。
「調査も兼ねて、少し見て回ろうか」
調査と言いつつ、会話を禁じられている心音は観光気分である。麦と太陽の匂いを感じながら、村の土を踏みしめた。
麦畑は広かったが、あれだけでは国の食は支えられないであろう。きっとあちらこちらに麦畑があるのだろうと見ていたが、もちろん麦畑もあれど、どうやら主な穀物は稲作のようであった。
(たしかに、気候も湿度も、日本に似ているもんなぁ)
国土の狭い日本で国民全員の食を支えられていたのは米食のおかげだということを、社会の先生から聞いた覚えがある。
麦と比べ、稲の土地あたりの収穫量は段違いに多いのだ。
稲の収穫時期はまだ先である。まだ青い稲を横目に、五人は果樹園へと向かった。
♪ ♪ ♪
「ん~かわいいっ!」
心音が手を広げて果樹園に駆け寄る。
果樹園の入口には花のアーチが作られ、綺麗に実がなる果物と相まって、可憐な空間を作り出していた。
途端、心音の背後に勢いよく影が接近し、その首根っこを掴む。
「おいコト、はしゃぐのも程々にな。農園の人に迷惑かけちゃあいけねぇ」
「は~い!」
ヴェレスの巨体に摘まれ、まるで子猫のような状態になりながらも、ファンシーな空間に表情はだらしなくしたままだ。
「ホントは中まで見る必要性はないけど……」
シェルツは心音にチラリと視線を向けると、少し表情を緩ませて、中で働く人に声をかける。
「すみませーん、少し中を見学してもいいですかー?」
呼び掛けに答え、タオルと帽子を被った村人が入れと合図する。
「シェルツさん~っ!」
キラキラとした瞳を向ける心音を見て、皆も少しくらいなら観光もいいか、と気を緩めた。
「こぃがさくらんぼ、あっちゃ見えんのが梨だ」
村人の案内で果樹園を歩く。甘い匂いが普段とは違う空間を感じさせる。
「美味しそうです……」
「あんたねぇ、ちょっとは自重なさいよ……」
何度も唾を飲み込む音が、心音の喉から聞こえる。
見かねて、やや苦笑いしながら村人が提案した。
「ひとっつ、食うか?」
「食べます!!」
即答である。遠慮も何もない。
そうして村人は梨を五つ持ってくると、パーティ皆に配った。
「なんか俺たちまで、すみません」
「いいがら、け」
非常に瑞々しい、採れたての果実にかぶりつく。
「ん~~~美味しい~!!」
「こりゃうめぇな!」
「まるで最高級品です。食べたことはありませんが」
噛んだ瞬間、口いっぱいに広がるさわやかな甘さ。最高の鮮度で味わえるそれは、今まで感じたことのない味覚であった。
「んだがんだが! おぃの自慢の逸品さ!」
心音たちの純粋な反応に気を良くしたようで、村人はハハハと陽気に笑った。
「もっといいもん見せちゃる。こっちゃけ」
気分の乗った村人は、立ち入り禁止を示すロープに手を当て何かつぶやくと道を開け、果樹園の深部に心音たちを誘った。
ブクマに評価等ありがとうございます!
のどかな田園風景……
多くの絵画のモデルにもなっているその光景、わたしも実際に見てみたいです……!




