4-6 冒険者認定試験
座学の講習は、シェルツたちから基本を叩き込まれていた心音にとって、簡単な復習のようであった。
今日から三日間の講習があり、最終日には座学の試験と、続けて実技試験がある。
座学に関しては、心音は心配していなかった。元々勉強は嫌いではないし、この世界のことは興味をそそられることばかりで、すんなりと頭に入った。
唯一心配だった言語のことも、基本的な単語は覚えたし、試験内容は選択式らしい。書くならまだしも読むなら何とかなりそうであった。
そう苦に感じることも無く、三日目を迎えた。筆記試験の手応えも、問題なかったと自負している。
残すは実技試験のみとなった。試験内容はギリギリまで発表されないらしい。
実技試験は、修練場で行う。屋内で実施することに少し驚いたが、受験者が心音だけであるから、準備が少なくて済んだのだろう。
少し時間に余裕を持たせて、心音は試験場である修練場に向かった。
扉を開けると、いつもの賑やかな雰囲気は鳴りを潜め、整然とした様子が伺えた。
試験官席を見ると、すでにゼメルと三人の部下らしきものが円を作り、何やら打ち合わせをしている。
心音は部屋を見渡す。
広い空間である。
レンガ造りの床の上に、固めのマットが広く敷かれている。
壁は、基礎の上に土で固めてあるのであろうか。ヒビのひとつもないことから、もしかしたら魔法的な処置が施されているのかもしれない。
天井は高い。日本の感覚だと三階建てくらいであろうか。
激しい戦闘があっても、問題なさそうである。
見慣れていたはずのその景色も、改めて見ると見落としていた情報がいくつも飛び込んでくる。
視線を目の高さに戻すと、ゼメルがこちらを見ていた。
心音は両手を前に重ねてお辞儀をする。
その様子をゼメルは品定めするように眺め、視線を壁掛け時計へ移した。
時刻は午後零時四十六分。十二進法であるこの世界での時計の読み方から、試験まであと六分だ。
心音も同じく時間を確認したその時、後ろで扉が開かれて人がぞろぞろと入った来た。見学者の入場が許可されたようだ。
もちろんその中にはシェルツたちもいる。
心音は気合が入るのを感じた。観客がいると燃えるのは、心音の根っこにパフォーマー魂が眠っているからであろうか。
緊張の時が流れる。午後一時を知らせる鐘が壁掛け時計から響くと共に、見学者席からの話し声が静まり、場に張り詰めた空気感が訪れた。
少しの間の後、ゼメルがよく通る声で試験の開始を宣言する。
『これより、特例推薦制度に基づき、コト・カナデの初段位認定試験を開始する。受験者は中心に引かれた線の位置まで進め』
指示に従い、心音は修練場の中心部に歩みを進める。その目の前には、黒い布で覆われた檻が設置されていた。
それを確認すると、ゼメルは試験内容を発表する。
『受験者は、一角ウサギを討伐すること。試験開始!』
試験開始の合図と同時に、試験官補佐が布を取り払い檻を解錠する。
そして間髪入れずに一角ウサギが心音に向かって飛びかかった。
「わっ」
心音は急なことに驚きはしたものの、落ち着いて身体を半身にして避けた。
振り向くと、一角ウサギはもう一度こちらを向き、狙いを定めて溜めを作っているようだ。
その姿をあらためて見る。一般的なウサギをそのまま体長一メートル程に大きくしたような体躯に、赤く光る長い角を持っている。あの角に貫かれたら、大怪我では済まなそうだ。
(一角ウサギの攻撃は素早く強力だが、その前の溜め動作を突けばそれほど攻略は難しくない。と言っても危険なことから普通は初段位であればパーティを組んで狩る魔物だけど……コトは動きの法則に気がつけるかな?)
見学者席のシェルツが、心の中で呟く。見学者席からのアドバイスは厳禁である。今までの訓練を考えれば倒すことは出来るはずだ。しかし初めて対峙する一角ウサギにどれだけ早く順応できるか。危険な魔物なだけに、そこが心配であった。
睨み合っていた一角ウサギと心音が再び動き始める。
「ブーブー!」
一角ウサギが鳴き声を上げながら、心音に向かって強襲する。
そのあまりの速度に、串刺しになる心音が幻視されたが――次の瞬間一角ウサギの眼前から、心音が消えた。
見学者席からは、心音が真上に飛び上がったことがしっかりと見えていた。突進を警戒して、予め〝身体強化〟で脚を強化していたのだろう。
目標を見失ってキョロキョロとする一角ウサギの後ろに降り立つと、心音はダガーに赤い液体をかけ、刀身を横にして木の実を乗せるとブツブツと呟いていた詠唱を完了させ、簡易的な精霊術を成立させると一角ウサギに突進する。
「――灼熱閃っ。やぁ!!」
こちらを振り向きかけた一角ウサギをダガーで一突きすると当時に、高温の熱線が前方に迸った。
熱波は一瞬。しかし再び視界が明瞭になった時には、白い毛が焼け落ち、ダガーを刺した傷口から体内を焼かれた一角ウサギの姿が現れた。
一時の余韻、心音がその亡骸からダガーを抜き、鞘に収めた。
『そこまで』
ゼメルの声が余韻を破る。
それと同時に、見学者席から拍手が起こる。
「良かった、無事、倒せました!」
心音が拳を小さく胸の前で握りしめ、軽くジャンプをして喜びを表す。
しかし、その喜びは一時の幻となった。
『一次試験は通過とみなす。これより二次試験に入る』
ゼメルが、無慈悲とも言える宣言をする。
会場がざわめく。
先程の戦闘で、初段位としては十分な戦闘力を見せていたはずなのだ。
『二次試験は、三段位冒険者三人との模擬戦を行なう。ヌシら、準備せい』
ゼメルの指示で、試験官補佐が心音の元に帽子のようなものを持っていく。それには、木でできた的のような板が付いていた。
『一対三の模擬戦である。試合相手の頭につけた的を全て破壊することが勝利条件となる。ただし、受験者は二度までは破壊されても、試験結果に影響なしとみなす』
そのルールを聞き、見学者席のシェルツが思わず立ち上がった。
『横暴です、ゼメル教官! いくらなんでも三段位冒険者三人を相手にするだなんて、不可能です!』
『ふん、ヴァイシャフトの坊主か。外野がやかましいわ、受験者はこやつよ、口を出すでない』
ゼメルはそれを軽くあしらう。
シェルツが抗議の声を上げるのも無理はない。
一般的に、段位が一つ違うと、下の段位のものが四人がかりで上の段位のものとようやく互角に戦える、と言われているのだ。
初段位ですらない心音と、三人の三段位冒険者。戦力差があまりにもありすぎた。
シェルツが、また何かを叫ぼうとする。しかし、アーニエがそれを制した。
『無駄よシェルツ。あのじいさんが一端の冒険者の意見なんて聞くはずないでしょ。認めたくないと思うけど、あれは合格させる気なんて無いわよ』
シェルツは唇を噛み締めて引き下がる。噂は、やはりただの噂ではなかったのか。悔しさと、やり場のない思いが胸中を渦巻く。
そうこうしている間に、模擬戦の準備が整ったようである。冒険者三人は、木剣を所持している。
『悪く思うなよ、俺達も立場というものがあるんだ』
複雑な表情をしながら冒険者の一人が言う。
ゼメルは両者に視線を流すと、宣言した。
『それでは模擬戦を開始する。はじめぇ!』
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第四楽章も大詰め、次回で一区切りです!




