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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第一幕 精霊と奏でるコンチェルティーノ ~落とされた世界、ここで生きる道〜
22/185

4-5 認定試験前夜

『うにゅ~、もう無理ですよぅ』


 デジャビュを感じる、心音の泣き言が修練場の空気を揺らした。

 明日に迫った認定試験。三日間の講義の後、実技試験があるが、講義の間は実質的に身体を休められるので、今日は限界まで身体を虐め抜いたのだ。


『コト、気づいてるかい? 初日に比べて、かなり過酷な訓練をやり遂げているんだよ』


 シェルツに言われるまで必死で気づいていなかったが、初日と比べると、大幅にハードな内容を、それも長時間耐えられるようになっていた。

 基礎的な体力は無いわけではなかった。それに効率的な身体の使い方や、魔法で身体の補助をする感覚を覚えたことで、なんとか冒険者らしい動きをすることが可能になっていた。


『と言ってもねぇ。結局戦闘力の高い魔法は使えずじまいだったわね』

『無念だよ……私がいながらコトちゃんを魔法の熟達者(エキスパート)に育てられなかったなんて……』


 魔法士二人が、その方面での成果の低さに、悔しそうな表情をしている。

 日常的な魔法――厳密には擬似魔法を使う分には不自由しなくなった。だが、それを戦闘用に使うとなると、出力や瞬発力が足りないのが現状であった。


『お二人とも、落ち込み過ぎずに、ですよ。コトさんはやはり精霊術士なんです。精霊術も使い方次第で戦闘に耐えうることが分かったじゃないですか』


 エラーニュが二人にフォローを入れる。

 結局のところ、心音の擬似魔法は実質的には精霊術なのだ。精霊術の手順を踏むことで、圧倒的に効果が高まることは、繰り返された実践の中で分かった。


『あとはコトの戦闘感覚(センス)を信じるしかねぇな。コト、なかなかいい直感持ってるからな』


 ヴェレスは、戦闘中の咄嗟の判断や起点について教えることが多かったが、心音の反応の良さには、ヴェレス自身も驚くほどであった。


『明日からに備えて、今日の訓練は終わりにしよう。良質な食事と睡眠は、冒険者にとってすごく大切なことだよ、コト』


 シェルツが場を締める。パフォーマンスを出し切る為にも、今日は全力でコンディションを整えなければと、心音は素直に受け入れた。


♪ ♪ ♪


 この日の夕飯は、お店のテーブル席を皆で囲むことにした。前夜祭のような感覚である。

 街の路地の中にある、こじんまりとした店。人の往来が限られるそこであるが、ヴェレスの行きつけの店らしい。出てくる料理は豪快かつ食欲を(そそ)るものだらけで、シェルツたち四人パーティ、ティーネ、心音とそこそこの人数でも、十分に満足できるものであった。

 酒をあおっていたヴェレスが、ずっと気になっていたのか、心音に対する疑問を投げかける。


『そういやコト、お前のいた故郷は、どんな所なんだ? 言葉がちげぇんだから、遠くから来たんだろ?』


 心音は少し考え、シェルツを見る。シェルツは特に止めようとはしない。心音が話したいのなら、話していいメンバーだと言うことだろう。

 心音はハッキリとした口調で、話す。


『ぼくは、きっと別の世界から来ました。魔法のない、そして魔物もいない、たくさんの便利な道具が発達した世界です』


 目を丸くするヴェレスとエラーニュ。アーニエは、虚言とすら思えたのか怪訝な表情をしている。


『証拠は、ぼくが魔力を持たずに、十四歳まで育ってることです』


 この世界の基準に合わせた年齢で伝える。そして、この事実は確かな裏付けになったようだ。


『色んな可能性を考えましたが、どの説にも違和感がありました。確かに別の世界から転移してきたということなら、コトさんの抱えている事情はしっくりきます』

『でもよぅ、そんな聞いたこともねぇこと……いや、目の前の事実は否定できねぇか』


 エラーニュが戸惑いながら言う。ヴェレスも困惑しているが、受け入れようと言葉を反芻しているようだ。


 アーニエはまだ納得いかないようで、事実を確かめようと質問する。


『あんたの世界のこと、話してみてよ。本当にそこからきたなら、話せる材料はたくさんあるはずよ』


 心音は頷くと、一つ一つ、思い出しながら浮かんだことを語っていく。


 こっちの世界では庶民の研究と言われる科学が発達していること。

 電気の力が大きく発展し、あらゆる道具が電気で動くこと。

 たくさんの大きな戦争があったが、心音が住んでいた国は平穏な時代を手に入れたということ。

 学問のこと、娯楽のこと、食事のこと、建物のこと、政治のこと。

 そして音楽のこと。


 心音が語ったことはあまりに突拍子もないことで、それでいて整合性が取れていた。一人の少女の妄想と切り捨てるには、あまりに形がある世界だったのだ。


 ついに観念したかのように、アーニエは言う。


『分かったわよ、信じるわ。あんたも苦労してんのね』


 これで、この場にいる面々には、心音の事情は知れ渡った。


(話していて気がついたけど、この世界の文明って不思議な発達の仕方をしてる気がする。科学がそこそこ進歩していて魔法というすごい力もある。なのに生活レベルはまるで中世? でも、世界が違うんだからぼくの感覚はアテにならないのかな)


 些細な疑問。そう思い、一時(いっとき)の思考として心音はすぐに忘れた。


 ここで、ふと気づいたのか、ティーネが疑問を漏らす。


『コトちゃんの髪の毛をじっと見てて思ったんだけど、コトちゃんから魔力みたいな気配がしない?』


 一同は疑問符を浮かべながらも、心音を注視する。


『確かに、魔素の気配って、もっと透明な印象だよね。コトからは桜色の魔力みたいな気配がする』

『精霊の気配にしては、纏う雰囲気が統一されすぎています。精霊が、コトさんの性質に感化されているのでしょうか』


 シェルツとエラーニュが、感じたことを述べる。それを聞いて、ティーネとシェルツが付け加える。


『創世祭の時、すごくたくさんの精霊がコトちゃんに集まってた。精霊と魔素の濃度が濃すぎて、そのままコトちゃんの性質を取り入れちゃったのかな?』

『髪の色も、つまりはそういうことか。宿った多数の精霊が、視覚的にも現れたんだね』


 ここに精霊の専門家はいないため、真実は分からずじまいである。

 しかし一同の共通認識として共有できたことが二つ。

 心音に膨大な数の精霊が宿っていること。

 そして心音の内部に、心音の性質たる桜色の力が渦巻いていること。


 今はまだ、心音はその力を表に出し切れていない。しかし力の使い方を覚えた時、果たしてどれだけの冒険者となるのか。

 教える側も責任を感じ始める。正しく導かなければ、取り返しがつかないことになりそうな、そんな危険を孕んでいるような気がして。


 場の空気が重くなった。

 それを察知して明るい少女が場面を転換する。


『さっ、美味しそーな料理いっぱいだよ! 今日は元気よく食べて、たくさん寝て明日からに備えよー!!』


 ティーネ持ち前の元気さで、テーブルが明るくなる。一同は顔を見合わせて少し笑うと、明るい雰囲気で食事を再開するのであった。


やや短めですみません。

区切りの都合上止むを得ず……!


アドバイス等、いつもありがとうございます!


次回、次次回で第四楽章そして第一章が完結します。楽しみにしていただけたら嬉しいです!

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