4-4 初めての実戦
試験まであと四日に迫ったその日、いつも通りギルドのロビーに全員が集合したのを確認した後、シェルツが宣言する。
『今日は少し遠出して、実地訓練をしようと思う』
心音を除く面々は、当然そうなるだろう、といった反応を見せる。
心音も、シェルツたちの時の試験は実地試験だったという話を以前聞いていたため、遂に来たかと思いつつも、やはり実戦というものに不安を感じざるを得なかった。
『魔物と戦うということはどういうことか、まずは慣れなきゃいけないからね。試験内容も実戦の可能性が高いし、今日まで訓練してきたことを一度試してみよう』
シェルツの説明も、もちろん納得出来る。
しかし心音は、戦いとは無縁の平和な世界で育ってきた。どうしても尻込みしてしまう。
それでも、と深呼吸を一つ。
『ぼく、がんばります! やってみなければ、戦い方も分からないですもんね!』
その意気だ、と嬉しそうな反応をする面々。
早速一同は大きめの馬車を借用し、タイネル山近くの森林部へ向かった。
♪ ♪ ♪
森の入口に馬車を止め、ヴェレスが見張りにつく。
シェルツを先頭に森の奥へと向かう心音たち。少し進んだ先で、シェルツが左手を横に薙いで制止の指示をだした。
『コト、見えるかい? あれは甲殻ミミズだ』
『み、見えます。うわぁ……』
昆虫のような甲殻に覆われた体長二メートル程のミミズが、のっそりと動いている。
『あれは動きが遅いから、気を抜かずに避ければそんなに危険はないよ。まずは思うように戦ってみよう』
そうしてシェルツは心音の背中をパシッと叩いて前方へ送り出す。
「わっ、わわっ」と声を上げながら甲殻ミミズの前に躍り出た心音は、一瞬の動揺の後、覚悟を決めて甲殻ミミズに襲いかかった。
『やぁーー!!』
威勢のいい叫びとともに、手持ちのダガーで切りかかる。しかし、「カキンッ」というまるで金属同士をぶつけたかのような音を響かせながら、その斬撃は弾かれた。
そこで、ようやく甲殻ミミズはこちらに気づいたようだ。
『ちんまいの、落ち着きなさい。アンタの本領は近接戦闘じゃないでしょ』
『は、はい!』
アーニエが、右手で顔を覆いながら声をかける。心音の焦りは、見ている者全員に伝わっていた。
「一雫の火炎、強く強く収束し、目の前の敵を撃て『火炎弾!』」
拳大の火の玉が、プロ野球選手の速球のような勢いで飛んでいく。
それは見事に甲殻ミミズに命中し、燃え上がり――
『はい一旦ストップ~』
――アーニエの水魔法で消火された。
甲殻ミミズは熱さにのたうち回っている。
『アーニエさん! どうして~!』
心音が泣きそうな顔でアーニエを見た。
アーニエは呆れたように首を振る。
『場所を考えなさい場所を。こんな所で火魔法なんて使ったら、大火災になっちゃうでしょうが』
『あ……』
盲点であった。目の前の未知の生物に気を取られすぎて、他がおざなりになっていた。
『試験ではそういった判断力も見られるわよ。冷静に戦況を見なさい』
心音はしっかりと頷くと、他の有効打を考える。
(一番得意な火魔法であの威力。他の魔法はあまり威力が出ないけど、組み合わせてみれば……)
甲殻ミミズが立ち直り、こちらに意識を向けてきた。
悠長に構えている時間はない。思いついた手を心音は実行する。
「疾風よ巡りに巡り大地を巻き上げよ『風之舞』!」
心音を中心に風が回り始める。転がっていた石ころや砂塵が宙を舞う。
「力は行く先を定めて収束し、弾丸の如く敵を穿て『砂弾』!」
宙を巡っていた砂や小石が指向性を持ち、溜めていたエネルギーを放つように一気に甲殻ミミズに襲いかかる。
そしてその丈夫な甲殻を貫通し、蜂の巣のように穴を空けた。
甲殻ミミズは悲鳴を上げない。ただ動かなくなったその骸が、結果として残った。
『や、やったぁ、でいいのかな?』
自信なさげに振り返った心音の目に、控えめな拍手をするシェルツたちが映った。
『あんた、意外とエグい狩り方するわね』
その内容とは裏腹に、ニマニマした表情で言うアーニエであるが、心音は「他に手段がなくて仕方がなく……」と、素直に受け入れられなかった。
他にも何体かの魔物の相手をした。
攻撃の手段は乏しく、サクサクとした感じでは決してなかったが、魔物と対面した時の動きや攻撃のいなし方など、実践を積むことで初めてわかることが多かった。
そろそろ帰ろうか、と誰が言い出すでもなく皆が思い始めた頃、少し開けた河川部に、体長四メートルほどのワニが日向ぼっこをしているのが見えた。
シェルツがいい機会だと言い、茂みに身を隠す。
『あれはタイネルワニだね。魔物ではない野生の動物だけど、かなり凶暴だ。けど今なら奇襲できるよ、コトならどうする?』
『えぇぇ、あんなのに攻撃するんですか!? やぶ蛇ですよぅ、日向ぼっこしてるんだからそっとしておいてあげましょうよぅ』
心音は瞳をうるうるさせながら言う。あのサイズのワニに襲われたら、自分なんて一飲みだと、今までとは比べ物にならない恐怖を感じる。
『コト、君が事前準備をした状態で、どれだけの攻撃力が出せるか知りたいんだ。これから旅に出るなら、ずっとずっと恐ろしい魔物と戦わなきゃいけないんだよ? 今は、この恐怖に勝たなきゃいけない』
シェルツにそう言われ、押し黙る心音。
その様子を見て、誰もが、これは無理かな、と思った矢先、心音が顔を上げて言う。
『攻撃の手段、思いつきました。試させてください』
心音はいつも意外なところで期待を裏切る。予想した答えより一歩先の回答をもらったシェルツは、その結果が楽しみになり、嬉しそうにゴーサインを出した。
地面に魔法陣を敷く。精霊術士たる心音は、魔法陣が描かれた丈夫なシートをいくつか持ち歩いている。
そしてその上に近くで採取した草、手持ちの青い木の実、草をすり潰した液体を振り撒くと、精霊術の詠唱を始めた。
「ザイ デ シュー ヒム バス」
Dの音で紡がれたそれに反応し、魔法陣の上に水が集まり始める。瞬く間にそれは大きな水の玉となり、宙を漂い始めた。
そして心音はコルネットを構えると、勢い良く息を吹き込む。
パパーン! と鳴り響くファンファーレ。
その音にタイネルワニも気が付き、こちらを見て口を開きながら威嚇をする。
『コト!? それじゃあ奇襲の意味が……?』
慌てて声をかけたシェルツであるが、彼を含め一同は異変に気が付き始める。
『あの時と一緒だ……精霊が輝いてる』
ティーネが思わず呟く。自然公園で演奏を見た時と同じ、精霊がキラキラと反応しているのだ。
そして大きかった水の玉は更に膨れ――鋭い槍のような形状になったかと思うと、新幹線のようなスピードでタイネルワニへ強襲した。
驚く間もない。
次の瞬間には、タイネルワニの口から尻尾までを水の槍が貫き、力尽きるタイネルワニの姿が見て取れた。
『やった! 思った通りいってよかった!』
心音が満面の笑みで飛び跳ねている。
アーニエが、ありえないものを見たような顔で問いかける。
『あんた、今何したのよ……? あんなやばっちい水魔法、威力だけならあたしに匹敵するわよ?』
他のものならまだしも、アーニエは水魔法のエキスパートである。その驚きは並ではなかった。
心音がそれに答え始める。
『えっと、擬似魔法で水を作り出しても、ぼくの練度だとあまり作れません。だから精霊術で水を生み出して、演奏に〝想い〟を乗せて精霊さんたちにお願いしたんです。精霊さんたち、演奏すると喜んでくれて、いつもより元気に答えてくれるんですっ!』
聞いたことも無い事例である。精霊に直接的な干渉をする心音の存在だけでも異例中の異例なのに、音楽がそれを助長するなど、精霊術工房のマスターであるピッツが聞けば、研究対象間違いなしの事実である。
数瞬の沈黙が流れる。
ところで、と心音が疑問を口にし沈黙を破る。
『今のワニさん、魔物じゃなくて野生動物ってことですけど、狩っちゃって良かったんですか?』
驚愕からいち早く立ち直ったエラーニュが答える。
『タイネルワニは、特定駆除対象鳥獣に指定されてるので、冒険者同伴であれば問題ありません。そこら辺の魔物以上に危険ですからね』
シェルツが感心した様子で言う。
『さすがエラーニュ、なんでも知ってるね!』
『何でもは知らないですよ。たまたま知識として印象に残っていただけです』
少し照れくさそうにエラーニュが答えた。そして、話題を逸らすように続けて言う。
『いずれにせよ、これだけの力を使いこなせれば、試験突破は間違いないですね。残りの日数は、今のような戦法も視野に入れて特訓しましょう』
それに反対するものはいなかった。
心音だけの、他に誰もできない戦い方。
異世界から来た、考えつくこともなかった方法で戦う少女。
シェルツは改めてその特異性を認識し、絶対に自分たちで守っていかなければと、固く決意するのであった。
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