4-3 訓練開始
あの後服を一式揃えた頃には、日が落ち始めていた。そのためその日は解散とし各々の家へと帰ったが、心音は自然な流れでまたヴァイシャフト家にお世話になることとなった。
家の前に着く。
すごく長い間、離れていた気がする。
懐かしさを感じながら、心音はドアに手をかけた。
『あの、えっと、ただい、ま?』
『ただいまだよ、コト。そして、おかえり』
後ろからシェルツが声をかけた。
なんだかむず痒さを感じる心音。
すると、家の中から、たたたっと駆ける音が聞こえてきた。
そして、バンッ、とリビングのドアが開かれ、少女が飛び出てくる。
『その声は! コトちゃん! おかえりぃぃ!』
その勢いのまま、心音は少女――ティーネの胸の中に吸い込まれた。
もがもがと心音がもがいていると、開きっぱなしのリビングの扉から、この家の母ティリアが顔を出す。
『あらあら、コトちゃん。おかえりなさい。今日は美味しい料理作らなきゃね』
ふふふ、とティリアが部屋に引っ込む。
バタバタとしていた心音の動きが緩慢になっていく様子を見て、シェルツが慌てて引き離しにかかる。
『ちょっとティーネ! コトが! コトが死んじゃう!』
心音には、河の向こうに綺麗なお花畑が広がる光景が見えたような……見えなかったような気がした。
心音にとって、久しぶりのヴァイシャフト家での食卓。
お城での食事も勿論美味しかったが、やっぱりこのザ・家庭の味という感じがたまらない、と心音が頬を綻ばせている中、シェルツがティリアとティーネに事情を説明していた。
ティーネが一旦フォークを置き、少し考えながら言う。
『戦闘訓練って、つまり魔法の訓練もするんだよね? コトちゃんが重たい剣を振り回したりしてるのは想像出来ないし……』
『そうだね。剣はもちろん、弓も修得に時間がかかるし。あと扱えそうな武器と言ったら銃だけど、一発撃った後はしばらく二発目が撃てないし、遠征向きじゃないね』
シェルツが銃の存在を示唆したことに、心音は少し驚くが、地球のように連発できる構造ではないようだ。
火縄銃みたいなものかな? と心音が想像していると、シェルツがティーネに続けて答える。
『一応、万が一の近接戦闘に備えて、ダガーくらいは扱えるようになってもらおうとは思っているけど。基本的には魔法士として腕を磨いてもらうことになるよ』
すると、ティーネが眉を釣り上げながら言った。
『魔法の指導は誰がするの? もしかしなくても、あの無気力女でしょ! あんなのに任せてちゃダメ!』
随分な言い様である。過去にアーニエと何かあったのであろうか?
『私も訓練に参加するからね! コトちゃんにはちゃんとした魔法を覚えてもらわなきゃ!』
シェルツが何か言いかけるが、ティーネの勢いに押されてしまう。
明日からの訓練、より騒がしくなりそうな予感をしながら、それを余所に心音は目の前の食事を楽しむのであった。
♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪
『も、もう無理ですよぅ』
心音の泣き言が修練場に消えゆく。
訓練は、過酷であった。
魔法を扱うための座学に、実技訓練。
対魔物の立ち回りに、魔物の特性講義。
体力トレーニングに、筋力トレーニング。
そして、訓練中に飛び交う、アーニエとティーネの言葉の応酬は、ここ最近の修練場の名物と化していた。
『ちょっとアーニエさん、水魔法以外も教えないと、コトちゃんが可哀想ですよ!』
『水魔法の訓練が一番安全だって、あんたも知ってるでしょ? 何事にも順序ってのがあんのよ』
『そんなこと言って、あなたは水魔法しか使えないですよね? 他の魔法は教えられないって言った方が正しいんじゃないですか?』
『何言ってんのよ、一通り扱えるわよ。全く、三段位冒険者のクセによく吠えるわね』
『あの程度の出力じゃ、一通り扱えるだなんて言えません~! その三段位冒険者より魔法の威力が弱い四段位冒険者がいるって、本当ですか~?』
今日は一段と賑やかである。いつもハツラツとしていたティーネが、こんなに人を煽るのは、なんだか意外だと心音は思っていた。
冒険者には、段位というものが存在する。
新米冒険者は初段位から始まり、数字が大きくなるごとに熟練した冒険者となる。
段位は十まで存在するらしいが、今までの歴史上、最も上まで登り詰めたものでも九段位までである。その九段位まで認められたものですら数える程しかおらず、もはやその域に達すると伝説的な扱いである。
シェルツたちパーティ四人は全員が四段位で、その位だと十分に熟練した中堅冒険者と見なされている。
『そういえば、シェルツさんたち四人は皆さん四段位ということですけど、昔から一緒に組んでたりするんですか?』
心音が、ふと過ぎった疑問を投げかける。
言い合う二人の声をBGMに、シェルツはその疑問に答える。
『俺たちは、基礎講習で一緒だった四人なんだ。あの時は全部で二十人くらい受講してたけど、一ヶ月の講習の最後に行われる初段認定試験でたまたまこの四人がパーティを組んで、それで合格したのさ。そこからは、何となく、誰が言い出したわけでもなく一緒に冒険して、一緒に昇格してきたかな』
『長い付き合いなんですね!』
性格がバラバラなのに、どことなく調和した雰囲気をこのパーティから感じるのは、そういった背景があったからなのかと、心音は納得した。
『ちなみに、初段認定試験って、どんな内容なんですか?』
ルートが違うとはいえ自分も受ける試験に関係してくると思い、心音は質問した。
『俺たちの時は、実地試験だったよ。王都から少し離れた平原で、比較的対処が簡単な魔物を連携して倒す、というものでさ。あの時は必死だったけど、まぁ面白かったよ』
少し遠くを見る目をしながら、シェルツは笑みを零した。
彼らの後ろにある物語も気になるが、彼らも苦労して今の実力を手にしていると思うと、心音は目の前の課題に向き合う気力が湧いてきた。
『閑話休題です! 続きを、お願いします!』
『お、コト、やる気満々だね!』
そうして心音は、ダガーを模した木剣を構え、同じく木剣を使用したシェルツの打ち込みを受け始めた。
♪ ♪ ♪
訓練を始めて一週間。
座学で身体を休める、といった具合の、ぎゅうぎゅう詰めのスケジュールでの特訓。
攻撃を受け流し隙をつくシェルツ。
的確な武器の扱いで重い一撃を叩き込むヴェレス。
水魔法に特化し、応用や扱いの繊細さに長けたアーニエ。
冒険者向けの回復術を極めつつあるエラーニュ。
あらゆる魔法の心得を持つティーネ。
それぞれの特色を生かした、非常に濃い密度の訓練を、心音は受けることが出来ていた。
このペースなら、一週間後に迫った特例試験も、そこそこの余裕を持たせて突破できるだろうと、誰もが思っていた。
そんな最中、一同は休憩中のロビーで、不穏なニュースを耳にした。
「聞いたか? 初段認定の試験官に、鬼のゼメルが戻ってくるらしいぞ」
「まじか? アイツ、もう処分終わったのかよ」
「あいつが試験官やると、極端に合格率下がるんだよな」
「わざと落として受験料せしめてるって噂だぜ。これから受験するやつが可愛そうだ」
隣のテーブルで隠そうともせずに交わされたその会話は、心音たち全員の知るところとなった。
初めに口を開いたのはシェルツだ。
『ゼメル教官がコトの試験官に? 教官にはお世話になったけど、少し心配だな……』
アーニエが気だるそうに言う。
『ゼメル元教官ね。今は試験官統括。あいつら処分だなんて言ってるけど、あの変わり者のじいさん、自分で志望して戦場に赴いたに決まってるじゃない』
エラーニュが少し控えめな声で零す。
『とはいえ、実際嫌な噂がたつほど合格率が低いのは確かです。わたしたちの指導をしてくれた教官ですし悪くは言いたくないですけど、やっぱり心配です』
ヴェレスは思うところがあるのか、珍しく口を挟まなかった。
ティーネは会ったことがないのか、噂話の内容を吟味している様子だ。
『いずれ、試験のために腕を磨かなきゃ行けないことに変わりはない。さぁ休憩は終わりだ、訓練を再開しよう』
気持ちを切り替える一同であるが、ゼメルとの邂逅は思いがけず訪れた。
「統括、こちらが修練場です」
心音たちが訓練していると、恭しい言葉と共に、修練場の扉が開かれた。
「ほうほう、懐かしいのぅ」
その扉から、白い髭を蓄えたやや恰幅の良い男が入ってきた。身長は決して高くはないが、放たれる存在感は並ではなかった。
一旦手を止めていた心音たちであるが、直ぐに訓練を再開する。今は火魔法の訓練中だ。
「おや、あやつらは……」
ゼメルがボソリとつぶやく。
お付の係が慌てて名簿を探し始めるが、「よいよい」とゼメルが静止する。
「知っておるわ。荒くれヴァルザックの息子と、その同期認定者たちだろう」
ヴェレスがピクリと反応する。
「それにあの桜色の髪は……」
ゼメルは心音に視線を移し、一拍。
「あれが噂の音楽の天使か。くだらん、今度は冒険者の真似事か?」
懸命に訓練する心音を一笑に付すと、傍らの係員に告げる。
「あやつらのこと、よく調べておけ。何故冒険者でも無いものが戦闘訓練をしているのか、な」
そして踵を返すと、悠然とした足取りでその場を去っていった。
『……アーニエさん、今の方が?』
『そうよ、あれがゼメル統括。前に会った時よりもいや~な雰囲気醸し出してるわね』
心音の問いに、アーニエが苦々しく答えた。
心音と同じく初めて見たらしいティーネも、感想を述べる。
『あの出で立ち、只者じゃないね。数々の修羅場をくぐってそう。一筋縄ではいかないね』
ぬぬぬ、と唸りながら述べられたその言葉に、心音の不安が掻き立てられる。
『ぼく、合格させてもらえるんでしょうか……』
心音の後ろ向きな発言に釣られ、場の空気が少し重くなる。
パチン、と手を叩く音が響く。
音の主であるシェルツが明るい声で言う。
『いつだって前を向いて歩いてる人を、天は照らしてくれる、そう言うだろ? さぁ、今はとにかく実力をつけなきゃ!』
皆が顔を見合わせて、笑い合う。何を暗くなっていたのだろうか、合格できなかったからといってチャンスが永久に絶たれる訳でもないのに。
心音たちは、訓練を再開する。
一週間なんてあっという間だ、より中身の濃い一週間にしなければ、と心音は気合を入れ直した。
誤字報告、ありがとうございます。
ブクマも少しずつ増えていて、嬉しいです!
作中に出てくる曲を心音と同じコルネットで演奏したものを、Twitterで公開しています。
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