フィナーレ
春の陽気が照らす大草原。待ち望んだ運命の日。
心音がユーヒリアに落とされた土地、工業都市マキアがあったそこに向けて、馬車は走って行く。
複数台ある馬車は一層豪奢な馬車を取り囲むように走り、その中心である馬車には勿論、ヴァイシャフト王国の国王と王妃が乗っている。その二人――シェルツ・ヴァイシャフトとコト・カナデ・ヴァイシャフトは思い出話に花を咲かせる。
「ん~、やっぱり、何回思い出しても幸せな時間だったなぁ。夢だったウェディングドレスも着れちゃった」
「王妃になって着飾ることも増えたけど、やっぱり婚礼の儀での衣装は特別なのかい?」
「んふふ、そうなのです、女の子の憧れなのです! えへへ、ドレス選びに時間かけすぎて、シェルツさんのことたくさん待たせちゃった」
「朝から選び始めて、お昼ご飯も食べ損ねるくらいだったから驚いたよ。でも、コトによく似合う綺麗なドレスが選べて良かった」
「選んだデザインを元に仕立て直してもらっちゃって、至れり尽くせりって感じ! 婚礼の儀でも、国中、世界中のみんなに祝ってもらって、ぼくたち幸せ者だねっ」
「あんなことがあった後だから、ヴァイシャフト王国は世界中の注目の的だしね。……いや、それだけじゃなくて、俺たちは世界の平和の象徴として在らなければならないって、強く実感したよ」
「戦の跡から復興した国での目出度い行事……みんなにも幸せのお裾分けができたかな? そうだったら嬉しいなぁ」
「ああ、きっとこれからの世界に向けた幸せの先駆けとなったよ。ところで、最近忙しかったけど疲れは残ってないかい?」
「昨日はゆっくり眠れたから大丈夫! ぼくたちの国のこれからのためだから、頑張って働かなくちゃ」
「コトは音楽の天使と同一視される現人神のような扱いになってるから、居てくれるだけでみんな元気を貰えるんだ。無理はしないようにね」
「えへへ、ありがと、シェルツさん」
しばらく揺られていた馬車が止まる。目的地に到着したようだ。
程なくして開かれた扉の先には、馴染みの元冒険者たちが待っていた。
「おう、着いたぜ。見てみろよ、マキアもすっかり生まれ変わったみてえだ」
馬車を降り、ヴェレスに促されるままマキアを仰ぎ見る。
元は城壁に囲まれた武器工場でもあったそこは、緑に溢れる都市へ変貌を遂げていた。
アーニエとエラーニュもシェルツたちの横に並び、その光景を眺める。
「未だ野生の魔物は跋扈していますし、まだまだ未開の地が多いこの世界では凶暴な野生動物への対処も必要です。とはいえ、その程度の武器製造なら、街の一区画で事足りますからね」
「エラーニュは都市計画にも口利きしてくれていたね、助かるよ」
そうしていると、少し離れた位置で空間が歪む。〝次元転移〟の予兆であるそれの後に現れたのは、金色の光を携えるアーギス帝国魔王ディスティラファニィであった。
『うむ、役者は揃っているな。さて、コトが落とされた地点と思われる場所へ向かおうか』
わざわざマキアにこれだけのメンツが揃った理由は、ただ一つ。心音が元の世界に向けて帰還するための魔法を、遂に発現させるためである。
マキアの門を潜り、目指すは中心部に位置する新設された自然公園。
良く整備された道を歩き、目的地まではほんの数分。
春の風の中、桜が舞うその地で、魔王は最後の確認をと心音に尋ねる。
『手順は良いな? 魔法理論に綻びがあれば、その身の安全は保障できん』
『はい。流れとしては――――』
〝渡世界転移〟。
今回発現させる魔法理論に限って言えば、現在実現可能なのは加撫心音ただ一人だけである。
〝収束魔法〟で圧縮したエネルギーを局所的に空間にぶつけ、次元に亀裂を入れる。
〝音響魔法〟と〝迅雷魔法〟を応用し、心音が持っていたスマートフォンと波長が一致する電波の残滓を掴む。
そして地球との縁を見つけ、そこに向けて〝重力魔法〟で制御した身体を落下させていく。
その際、高次次元が身体にかける負荷は〝静寂魔法〟で無力化させる。
どれか一つ欠けてしまえば、次元の狭間で漂うか身の破綻を起こすかの結果に繋がってしまう。
そのリスクを背負い、そしてそうならないように魔王の指導の下魔法理論を固めてきた。
そして、理論が正しければ、この場所から繋がるのは心音が向こうの世界で最後に訪れた裏山であるはずだ。
一通り手順を確認し、いよいよ魔法発現の時となる。魔王が構築した理論を疑うわけではないが、やはり危険と隣り合わせの魔法発現に挑もうとする仲間を案じ、アーニエは少し語尾を強く言い聞かす。
『いい? すぐに帰ってこいだなんて言わないけれど、あたしたちもあんたが心配なの。向こうに着いて転移門の礎が設置できたなら、そのことだけでも知らせてちょうだい』
『もちろんです! 礎さえ設置できれば渡世界転移の難しさもぐっと下がるので、すぐにお知らせできると思いますっ』
エラーニュも少し心配そうに眼鏡の上から瞳を覗かせる。
『残存魔素量は十分ですか? 精霊を介する疑似魔法が使えなくてはこちらに渡ってくることもできないので、コトさんの内に住まう精霊の様子には常に気を配っていてくださいね』
『ぼくも精霊さんも元気いっぱいです! ウェデンさんとハインゲルさんはそれぞれの森に帰ってしまいましたが、ナギサはぼくと一緒に付いてきてくれますっ』
『コトに教えてもらうの。この心にたくさんのせかいを見せてくれるって』
ややヒトの形に近づきつつある白い毛玉が顕現したのをみて、今度はヴェレスが豪快に笑う。
『ガハハ、オレは大して心配しちゃいねぇぜ! あっちの世界にゃこっちじゃ食えねぇ食べ物もたくさんあるんだろ? 土産を期待してるぜ!」
『食は文化ですっ。お土産にどんな反応をしてくれるのか、ぼくも楽しみです!』
一通りの別れの挨拶を済ませ、最後にシェルツが心音の正面に立つ。
『一年もこっちに居たんだ、きっと元の世界での居場所を取り戻すのにも苦労すると思う。でも、俺の隣は――コトの居場所はずっと変わらずにあるからね。心配しなくても大丈夫、コトは世界を一つ救ったんだ。向こうの世界とこの世界、二つ合わせて二倍幸せになれるさ』
桜色の髪を撫でるシェルツに、心音は満面の笑みを返す。
『ぼくは本当に幸せ者だなぁ。愛しい人が待っていてくれるんだもん、絶対に魔法を成功させるよ!』
風が凪ぐ。
『うむ、予定通りの時間だ』
魔王の予見では、このタイミングがもっとも魔法発現に適しているとのことだ。
自然と心音を中心とした人垣が広がる。
皆に見守られながら、心音は順序よく魔法を構築していく。
そして生み出した〝収束魔法〟によるエネルギーの固まりを掲げ、大きく一声を投げた。
『みなさん! ちょっとの間だけさようならです! 本当にたくさん、ありがとうございました~~~!!』
カシッ、と空間にひびが入る音。そこを起点に広がった穴に、心音は躇いなく飛び込んだ。
途端、不思議な光が溢れる未知の世界。
魔法制御に集中し、高次次元を落ちていく。
極度の集中は、時間の経過感覚を麻痺させる。
綻びの無い理論の通り、あっという間にゴールが見えてきた。
向かう先の穴を見据え、心音は思いを馳せる。
きっとパパもママも心配してただろうな。
学校のみんなもどうしてるだろう。
出られなかった演奏会もたくさんあるな。
でも…………。
心配事を上書きするように、心者の胸に溢れるのはたくさんの夢と希望。
長い長い旅を終え、心音は故郷の音色に向けて光り輝く穴に飛び込んだ。
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これは、世界を繋いだ冒険が生んだ異界の交響曲。
そして、誰かにとって特別な少女が奏でた、たったひとつの小さな協奏曲。
最後までお読みいただきありがとうございました!!
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初めて書いた小説で大長編……。最後まで走りきれたのは読者の皆様のおかげです!
これにて完結……ですが、後日談的な構想も練っています。是非、思い思いに感想など綴っていただけたら嬉しいです♪