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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
184/185

コーダ

 春です。

 ぼくが大好きな桜が咲く季節になりました。


 あの日も桜が綺麗な季節だったから、ぼくがこの世界……ユーヒリアと呼ばれるここに落とされてから、ちょうど一年くらいたったのかな。


 この世界を滅ぼして、ぼくがいた地球まで自分のものにしようとしていた迷惑な王様、ヨー・ジェルム・ヨシュカを打ち倒してから、ぼくの感覚で二ヶ月くらい。

 とっても忙しい日々でした! なんといってもあちこち壊されたヴェアンの街を再興することが重労働。

 でも、ヴェアンに住む人も、そうでない人も、もっと言えば創人族でない人も、みーんなで協力して作業したおかげで、一ヶ月も経てばもう前と比べても遜色ないくらい街に活気が戻りました! 

 前と違うのは、街を行き交うヒトの中には、森人族や獣人族に魔人族のヒトの姿も見えるってことかな。

 魔人族軍が元々戦略のために開発していた汎用性のある遠距離次元転移の回路を整えて、馬車だとすっごく遠い国からでも魔法でひとっ飛びできるようになったの!

 と言っても、最初の頃はまだ種族間の交流に抵抗があるヒトも多くて、みんなで仲良くしてもらうのも少し大変だったなあ。


 そんな中で、全ての種族の国を旅してきたぼくたち五人の冒険者の言葉は、みんなにとって信じられるものであってくれたみたい。まあ、ぼくたちの言葉がよく届くようになるまでにも、一悶着というか二悶着というか……。

 いくらぼくたちが諸悪の根源を討ち果たした冒険者だって言っても、やっぱり偉い人たちの間では権力争いみたいのがあったみたいで、あくまで前線の実働部隊としての色が強い一介の冒険者に発言力をもたせることには、抵抗がある幹部が多かったのかな。


 でも、魔王様――アーギス魔王がほくたちのことを全面的にプッシュするものだから、復興の労働力提供とかでお世話になってる手前、ハープス王国の重鎮たちも大きくはでれなかったみたい。

 そもそも、ヨシュカ王がいなくなったユーヒリアにはアーギス魔王率いる魔人族に戦力面で勝てる種族はいなくて、力で強くでられたら、もうみんなアーギス魔王に従うしかなくなっちゃうんだけど、魔人族としてはそういうことをするつもりはないって。

 これから世界全体を復興するためには、弾圧による支配は不合理だとかなんとかって……。うん、ぼくもやっぱりそう思う。みんな仲良くしなきゃね!


 そして、そのためにぼくたちにすっごく重大な役割が与えられちゃったんだけど――――


「コト、そろそろ時間だよ」


 聞き間違えるはずもない、ぼくの愛しい人の声。


「はい、シェルツさ――――国王陛下!」


 ぼくは書いている途中の日記をパタリと閉じる。地球にいた頃使っていたカバンに入っていた学習ノートだ。

 その呼び方はやめてよ、だなんてシェルツさんに抗議されるけど、ちょっと前までは想像もしてなかったびっくり事態なんだから、少しの間はこんな風に呼んでからかいたいの。


 今日はアーギス魔王がヴァイシャフト王国に来訪して、とある報告をしてくれる日。

 なんだか楽しみなような、緊張するような……。

 ぼくにとってすごく大切なそのお話しを聞くために、ぼくには似つかわないおっきな部屋を後にして、シェルツさんの隣に並ぶことにします。


♪ ♪ ♪


 戴冠式の熱気も冷めやらぬヴァイシャフト王城。

 ハープス王国の君主たるヨシュカ王が討ち果たされ、王城自体も大損害を受けたことから、ハープス王国は国として維持するには危うい状況となっていた。

 そこでディスティラファニィ・マ・アーギスにより擁立され、世界の英雄シェルツ・ヴァイシャフトとその一行が王都ヴェアン復興の象徴と据えられた。

 彼ら冒険者たちが世界を巡り各地で縁を作っていたおかげで、世界中のサポートを受けながら尋常ならざる速さで王都は復興。その恩恵を受けていたからこそ、国民の意思は英雄を次なる国王に、という方向に動いていったのだ。


 空席となっていた国家元首に彼を据えるのは当然の流れとなった……とはいえ異例の速さであるそれには、やはりというか魔王が各方面で糸を引いていたということを、後々になってシェルツは実感することとなった。

 今日は、そんな実質的な世界のトップとも言える魔王がヴァイシャフト王城にやってくる。豪華絢爛な衣装を身に纏った()冒険者五人は、謁見の間で魔王の到来を待っていた。


「アーギス帝国魔王の来訪、予定通りの時期だね」

「とすれば、要件は例の案件の中間報告ってところかしら?」

「今世界で最も魔法について詳しいのはディスティラファニィ魔王です。期待してもいいでしょう」

「楽しみですが、ドキドキします……」

「にしても、このゴテゴテした服は動きづれえぜ」


 ヴェレスが肩を回し苦言を呈す。

 国王として擁立されたシェルツに付随するように、ヴェレスは国軍元帥、アーニエは宮廷魔導長官、エラーニュは国王補佐兼執政大臣の立場を与えられた。そして、心音は音楽の天使として聖歌隊の上に据えられた上に――――


「ところでコト、王妃様になる心の準備はできてるのかしら?」

「えっと、なんとか少しずつ……! 婚礼の儀ももうすぐですもんね……」

「国の都合で急かしてしまう形になってごめんね、コト。でも、俺はコトと結ばれることが本当に幸せだよ」

「はい、それはもちろんこちらこそっ。ぼくもシェルツさんを愛していますよ」


 ひょう、とヴェレスの口笛が響く。

 国王と対になる王妃が不在のままでは格好がつかないだろう、という魔王の先導の元、あれよあれよという間に決まったシェルツと心音の婚約であったが、仲間たちも国民も、誰も反対する者はいなかった。

 むしろ、その剣で巨悪を貫いたシェルツと、音楽の天使として信仰すらされる心音の二人は、これ以上無いほどのお似合いだと国をあげた盛り上がりをみせたくらいであった。


 とはいえ、心音は元の世界に帰ることを諦めたわけではない。

 アーギス魔王の見立てでは渡世界転移の魔法を確立させるには少なく見積もって二、三年はかかるという話であったから、それまでの幸せを享受しつつ、この世界の復興の助けになればと、シェルツとの婚姻を決めたのだ。


 きっと、任意による渡世界転移は一方通行だろう。そんな覚悟もあり、心音は魔王による報告が楽しみであると同時に寂しくもあったのだ。


 待つこと数分、衛兵の合図と共に、扉が開かれる。その向こうに現れたのは、いつもと変わらず金色の存在感を撒き散らすアーギス魔王その人であった。


『フハハ! しばらく見ぬ間に随分と絢爛な城構えになったではないか! うむ、玉座におけるシェルツ王の振る舞いも板についてきたのではないか?』


 良く響く声を広げ、悠然とした足取りで魔王は玉座前の階段下まで歩みを進める。

 対するシェルツも立ち上がり、歓迎の言葉を述べる。


『ようこそお越し下さいました。未曾有の大戦から早くも月の巡りが二巡しましたが、ようやく国としての活気が日常となって参りました。このような日々を得ることができたのも、ディスティラファニィ王を筆頭とするアーギス帝国のご支援があっての――――』

『よい、我らは互いに王であるが、互いに背を預け合った戦友でもある。ここには我らしかおらんのだ、以前のように話せ』


 変わることのない魔王の在り方に胸を撫でる。 

 シェルツは階段を下り、魔王と同じ目線に立って対話を始める。


『では、お言葉に甘えて。本日の用件は、やはりコトに関する例の魔法についての報告ですか?』

『うむ、察しが良くてなにより。しかし、みなが思っているような報告ではないだろうことは、先に告げておこう』


 心音の呼気が一瞬止まる。

 心音が元の世界に戻るための渡世界転移の魔法。その研究・開発には時間がかかるとの話ではあったが、そもそも実現可能な魔法かどうかと言うこと自体、ヨシュカ王が「収束魔法さえあれば完成する」と言っていたことでしか裏付けされていないのだ。


 そのヨシュカ王が創り上げた理論も、結局奪うことは出来ずに亡き者となった。

 魔王は一から渡世界転移の魔法を構築していたのだ。


 もし、実現は難しいという回答が返ってきたら。そう思うと、心音は胸が苦しくなるのを抑えられなかった。


 そういった反応になることも予想の範疇であったのだろう、魔王は小さく息を吐き、少しもったいぶる素振りをしつつ言葉を続けた。


『いや、意地の悪い言い方になってしまった。みなの想像から外れているであろう報告であることは事実であるが、それは決して悪い方向にではない。うむ、言ってしまうか! 渡世界転移の魔法、天才たる余が完成させてしもうたわ!』

『完――え、えぇ!?』


 叫びに似た驚愕。跳ね上がるようなリアクションを見せた心音を見て、魔王は満足したように説明を始めた。


『なに、実は渡世界転移の魔法自体は、前回の満月の時期には既に実験の成功を収めていたのだ。だが、あくまで一方通行のその魔法、束の間の結婚生活に興じようとしている心音に報告するにはあまりに不憫だった故。そこから更に研究を重ねた結果、なんとこの余、天才過ぎるあまり向こうの世界と行き来できる程度の魔法調整まで構築し得たのだ!』

『え、つまり、自由に地球とユーヒリアを行き来できるんですか!?』


 うむ、と返事をし、魔王はホログラム状にイメージ図を展開する。


『初めは、高次次元を超えた先にある遠い世界からコトはやってきたと睨んでいたのだ。この広い天体世界において、都合良く身体構造の似た生物が存在する惑星など、そう近くにはないと考えるのが当然であるからな。

 しかし、あらためて資料を読み返すなどし、更にはノーナスーラの伝手でヴァイシャフト王国の考古学者カル・オロジーからも見解を聞いたところ、この世界ユーヒリアに彼の世界地球から漂流物が落ちる頻度が、歴史的な視点で見るとあまりに多かったのだ。

 そこで我は二つの世界が思いの外近くにあると予想し、次元渡航を重ね痕跡を探してみれば、意外な事実に辿り着いたのだ』


 魔王はイメージを動かし、二つの世界を重ねる。


『ユーヒリアと地球は、表裏一体だったのだ。一次元世界である棒を束ねるように、二次元世界である羊皮紙を重ねるように、知覚できないすぐ近くに確かに存在していたのだ。だからこそ、大きな(エネルギー)のぶつかりによって空いただけの穴ですら、容易に互いを繋いでしまっていた。カルが言うには、ユーヒリアに住まう生き物の祖先はその多くが地球からきたものであると。コトの存在がそれを強く裏付けているとも言っていたな』


 魔王は続けて、計算式のような文字列を視界いっぱいに広げる。


『さあ、そこからもまた苦労したぞ。歩いてはいけない隣の世界であるとは分かったものの、穴を空けるだけでは魔素濃度の濃いユーヒリアに地球の空気が激しく流れ込んでしまう。つまり向こうからこちらに落とすのは簡単だが、こちらから向こうに渡ることは至難の業であったのだ。

 同時、仮に地球に渡ったとて、次元に穴を空けるには莫大な力の発露が必要だ。地球がどのような環境かは知らんが、コトが言うようなヒトで溢れた世界だとするならば、そこらでおいおいと爆発を起こすわけにもいくまい。それらを全て計算し、絶妙な均衡感(バランス)を以て安全安心確実に転移できる魔法を創り上げたのだ! さあ称えよ、余を崇拝せよ!』


 驚愕で混乱していた思考が、魔王の説明によって明瞭になっていく。いよいよ実感が湧いてきた心音は、仲間と共に盛り上がる。


『みなさんとお別れせずに済むんですね! 故郷にも帰れるし、好きな時にユーヒリアにも来れる……いいことづくしですっ!』

『良かった、本当に良かった。あと二、三年でコトともう会えなくなると思うと、すごく寂しかったんだ』

『ガハハ! これでヴァイシャフト王国も安泰じゃねぇか!』

『シェルツ、最近どこか浮かない顔してたものね。これで憂いはなくなったかしら?』

『世界を渡るほどの魔法、途方も無い研究に思えましたが、流石魔王様です』


 その喜びようを見て満足げに頷くと、魔王は『ただ』と前置きして話し始める。


『あまりに複雑な魔法理論故、修得するのも容易ではない。概念抽出という手段も無いわけでは無いが、あれも時間がかかる上に骨が折れる作業でな。それに、この理論はあまり広げたくは無い。せいぜいが我とコトのみが知っている、その程度に収めておくのが丁度良いのだ』


 渡世界転移を目論むヨシュカ王を中心に起きた先の大戦。それを思えば、そう易々と広めて良い理論では無いと言うことは想像に易かった。魔王は続けて心音にこの先を告げる。


『故に、我が直々に手ほどきをしてやろう。コトの次元魔法の習熟も兼ねて、毎日正午にデンキャストジークの我が居城を訪れると良い。会得までの時間はコト次第だ、良く励めよ』


 途端に現実的なものとなった故郷への帰還。それも、ユーヒリアとの永劫の別れとならないための手段であるとなれば、憂いも躊躇いもあるはずがない。


 より明るく広がる展望に心音は目を細める。


 季節で言えばたったの一巡、されど数え切れない出会いと経験が詰まったその一年間を胸の内で暖め、心音はその先の未来を瞼の裏に(えが)いた。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマに評価までいただけて、嬉しいです♪


次回、最終回となります。

更新は金曜日の夜を予定しています。

最後までゆるりとお付き合い下さい……!

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