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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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4-17 その全てが行き着く先は

 その戦いを見る者がいたのならば、ヒト同士の争いであると説明したところで、おおよそ信じられる者はいなかったであろう。

 速度、強度、規模。そのどれもがヒトの尺度で測るには抜きんでていた。

 ヨシュカ王がすでにヒトの領域に収まっていないのは分かっていたことであるが、シェルツたち四人の冒険者がそれだけの力を発揮せしめている要因は、やはり加撫心音による桁外れの〝他者強化〟であろう。


 一挙手一投足にソニックブームが伴うほどの瞬間移動によるシェルツの剣を躱し、防ぎ、そして魔法障壁がまた一つ破られる。

 それに意識を取られれば、背後にはヴェレスが予備動作すら置き去りにして迫り、重い一撃を振り下ろす。

 彼らを振り払うために瞬間的に周囲に竜巻を発し引きはがせば、今度は中距離からアーニエによる夥しい数の水の弾丸が殺到する。

 その魔法に集中し動かぬアーニエにヨシュカ王が放った土弾は、エラーニュが発現させた高強度の〝防壁〟に傷をつけることもなく落ちる。


 一見、冒険者たちの圧倒的な優勢にも見える。しかしその表情には明らかな疲労が浮かんでいた。


「〝纏雷〟に〝身体強化〟そして目一杯の〝思考加速〟を施しても身体を制御するのがギリギリだ」

「なんつー強化強度だよ、コトの〝他者強化〟は。でも……」

「こんなに力湧く戦いは初めてよ。今なら世界最悪の敵もひねり潰せそう」

「ですが、長期戦は避けるべきです。この調子(ペース)では、わたしたちの体力も長くは持ちません」


 短時間で破壊したヨシュカ王の魔法障壁は四十二。残りの障壁、ちょうど五十を破壊し尽くせば、心音の〝凪〟を直接浴びることとなるヨシュカ王はその身体を保てなくなるだろう。

 気が遠くなりかける身体を律し、シェルツが再び接近しようとしたところで、ヨシュカ王は似合わぬ大音声で吠える。


「天晴れ! よもやこの余をここまで追い詰めるとは! もはや後先など考えてはいられぬ、全ての魔力を解放してくれよう!」


 急激に襲いかかる重圧。ヨシュカ王が千年溜め続けた次元渡航用の魔力が、明確な殺意を伴ってシェルツたちに向けられる。それらは直ぐに魔法として発現され、多種多様な攻性魔法として次々解き放たれた。


 超速の火球を紙一重でシェルツが避け、大地から突き出る杭をヴェレスが叩き折る。津波のように迫る濁流をアーニエが追い返し、空から降る氷柱の雨をエラーニュが屋根状に展開した守りで逸らす。

 止めどなく、次から次へと迫り来る必殺の魔法をいなすのに精一杯で、たったの一撃ですらヨシュカ王に打点を与えることができなくなってしまった。


 そうしている間にも、シェルツたちの体力は目に見えて減ってくる。その焦りが、シェルツの動きに隙を生んでしまう。


 一瞬呼吸のタイミングがずれ、警戒を怠った死角のライン上を、ヨシュカ王が放った金属の矢が走る。それに唯一気がついた屋根の上の心音が叫びかけるも、演奏を止めるわけにはいかない。

 心音の疑似魔法は精霊ルフを媒介する都合上、瞬時の魔法の切り替えが出来ない。

 もはや強化を付した自身の足で割って入るしかない。そう覚悟したその瞬間、甲高い金属音と共にその矢が弾かれた。


「……ったく、儂が守ってきたものはなんだったってんだか。情けねぇ限りだが、自分のケツは自分で拭きなってな」


 助けに現れるなど、想像もしていなかった人物。伝説の九段冒険者が一刀のもと、数種の魔法を霧散させた。


「クル・シャイト……! なぜあなたがここに!?」


 声の主たるシェルツには顔も向けず、自嘲気味に唇を歪ませる。


「なに、死に損ないのじじいの最後の足掻きだ。どうしていったいお国を守るはずの守護天使がお国を攻撃しているのさ。ヨシュカ王はなぜ奴らがそうするように指示をくだしているんだい。腹の底から信じてたわけじゃなかったが、いよいよ儂の過ちに気がついちまったのさ。あんたら後輩共は本当に世界を守ろうとしてたってわけか」

「へっ、ようやくかい爺さん。で、オレたちに協力してくれるってわけか?」

「強がるなよ坊主。手助け程度の助力でアレを斃しきる体力はもうないんだろう?」


 肩で息をするヴェレスにはこれまた目もくれず、まるで気配だけで全てお見通しとでもいうようにクルは続ける。


「儂が道を拓く。あんたらは親王を叩くだけでいい。十段位級の力を持つ儂を倒したあんたらには簡単な仕事だろう? そら行け!」


 クルが剣先をくるりと回すと、ヨシュカ王から放たれていた魔法群が一斉に破裂し消える。その瞬間を捉え、シェルツとヴェレスは一斉に駆け出す。その後ろで、アーニエとエラーニュが杖と本を構えた。


「なんて芸当でしょう……。瞬時にヨシュカ王と同じ魔法を複数種放ち、対消滅させるだなんて」

「エル、そのヤバさにはあたしも同感だけど、今はふんぞり返ってるアイツを潰すのが先決よ!」

「ええ、ではわたしも攻撃に転じるとします」


 弾幕の如く放たれていた多種多様な魔法は、その殆どをクルが相殺している。

 シェルツたちの元へ届く僅かな魔法は、アーニエとエラーニュが撃ち落とし、シェルツとヴェレス自身もその武器で打ち払っていく。

 そしてたどり着いたヨシュカ王の眼前で、長剣とハルバードが両架装斬りのように振り抜かれた。


「ぐう、おのれ、おのれえええ!」


 多様な強化魔法が施された強烈な斬撃により、ヨシュカ王を包む魔法障壁が一気に十枚砕け散る。ヨシュカ王にしてみれば、放ち続けている魔法を止めれば、今、後方で魔法の相殺に努めるクルと冒険者たちを自由にし兼ねない。

 ならばと、魔法の発現を続けたまま眼前の戦士たちをいなさなければならないと、〝次元魔法〟で大剣を取り出し振り抜く。


「ぬお、重い!」


 剣の扱いにも心得があったのであろう。だからこその武器の選択であり、実際ヨシュカ王の剣技は一般的な冒険者を遥かに凌ぐ技量であった。そう、あくまで一般的な冒険者と比べると――――。


膂力(パワー)は認めるけど、技術が追い付いてないね。剣では俺たちに勝てないよ!」

「オレらを並みの冒険者と並べてもらっちゃ困るぜ? ほら、これは躱せるかよ!」


 今や冒険者の中でも最上位の戦闘力を誇るシェルツとヴェレスが、これも最高練度を誇る連携を伴って怒涛の連撃を続ける。

 当たってしまえば確実にその部位が両断されようという勢いのヨシュカ王の剣をすべて紙一重で避け続け、極度の集中状態を維持して徐々にヨシュカ王の余力を削っていく。いよいよ、ヨシュカ王が纏う魔法障壁も数えるほどとなった。


「シェルツ!」

「ああ、まだいける!」


 荒い呼吸を整え、二人はタイミングを合わせる。

 もう一度の交錯で、おそらく決着がつくだろう。

 そして二人の冒険者が再び地を蹴ろうとした瞬間、その先から悪寒が駆け抜けた。


「もはや許さぬぞ! 不完全な収束魔法でも構わん、誰も彼も全て消し去ってくれる!!」


 ヨシュカ王を中心に莫大な魔力が集中。それは炉心のように熱を発し、膨れ膨れて疑似的な太陽が臨界するがごとく広がり――――


「(させません!)」


 心音が街全体に放っていた魔法を収束させ、ヨシュカ王だけを狙って〝凪〟を発現させる。〝静寂魔法〟によって、まるでそこにエネルギーなどなかったかのように振る舞わされた(・・・・・・・)ヨシュカ王の魔法は、瞬きの間で霧散した。


「ぐおおお、終わらん、終わらせん、こんなところで余の千年間の野望は――――」

「(シェルツさん!)」


 心音から放たれる桜色の力が、今度はすべてシェルツに集中する。全身が桜色に輝き、未だかつてない力をその身に感じ、シェルツは剣を強く握る。


「全てはこれで仕舞いだ、ヨシュカ王!!」


 その踏み込みで地面が破裂するほどの速度でぶれたシェルツの姿が、一瞬でヨシュカ王を抜け、剣を振りぬいたままの姿勢でその背面に背を向ける。ヨシュカ王を守る魔法障壁は、もう一枚も残ってはいない。


「(千年間、寂しかったね。もう、ゆっくりと眠っていてください)」


 心音が再び〝凪〟を発現すると、ヨシュカ王の姿が徐々に銀色の光となり消えていく。終わりかけの命を燃やし、ヨシュカ王は最期の言葉を風に乗せる。


「誰も理解してはくれなかった。誰も同じ場所に立ってはくれなかった。そうか、いつしか眠ることすら忘れて、いた……か――――――――」


 心音と聖歌隊による演奏が終わる。

 パチパチと、何かが燃える音だけが辺りを反射している。

 ふわりと心音がシェルツたちの元へ舞い降りると、冒険者五人はそれぞれの瞳の色を確認し、静かに言葉を交わし合う。


「これで、本当に終わったんですよね……?」

「ああ、俺たち……いや、この世界の勝利だ」

「なんつーか、実感がわかねぇな」

「この空気感……守護天使たちも皆くたばったのかしら?」

「〝魔力視〟にも特異な反応はありません。街の様子も見てみるべきでしょうか?」


 いまいち身の置き所を掴めずにいる冒険者たちに、小さく笑みが吹きかけられる。


「その必要はねぇぜ、お前さんがた。守護天使は全壊、ヨシュカ王の因子もすべて消滅。正真正銘の完全勝利さ」


 クルから念押しのように言われ、ようやくじわりじわりと実感がわいてくる。


「そうか、俺たちの旅の果ては遂に――――」

「世界を救っちゃいました! みなさん、やりました~っ!!」


 喜びの声を上げる心音につられ、冒険者たちはようやく表情に花を咲かせる。

 抱き合い、ハイタッチを交わし、声を上げ、思い思いの喜びを表現する彼らに、志を共にした仲間の声が降りかかる。


『フハハ、実に大義であるぞ、創人族の戦士たちよ!』

『『『魔王様!』』』


 やや衰弱した様子ではあるものの、確かに健在である振る舞いでその王は噴水の上に君臨する。


『失態を犯した我にできるのは吸収されきれないよう抵抗することくらいであったが……実に危ういところであった。もう少し遅ければ収束魔法の概念も抽出され、我の存在も抹消されていた』


 魔王はふわりと飛び降り、心音の前に立つ。


『コトの存在は不確定要素であった。凪の森に秘められた魔法を得たのだな。それがなければ何人(なんぴと)たりともヨー・ジェルム・ヨシュカを止めることは叶わなかったであろう。よくぞ成し遂げた、この世界に生きる者を代表し、感謝する』


 (かしづ)くことはしない。それはこれからこの世界の頂点に立つ者として相応しくないからか。

 されど、尊大な魔王から直々に感謝の言葉を述べられたことが、冒険者たちに成し遂げたことの実感を想起させた。


『さて、これからも忙しくなるだろう。甚大な被害を受けた都市の復興、魔物に襲わせた周辺地域の整備、そして魔素汚染が深刻な領域の浄化と、やることは目白押しだ。それに……』


 魔王は冒険者たちを見て少しいたずらっぽい笑みを浮かべる。


『救世の英雄たちよ、お前たちにはこれからも一働きしてもらうぞ。なに簡単な話だ、軽く創人族の民を導いてみせよ』

『民を導いて……って、えぇ!?』


 にわかに飲み込めない言葉に驚くシェルツの様子に魔王はもうひと笑い。

 ようやく落ち着いたところで、かつてなく忙しくなりそうな今後に思いを馳せる。

 そしてそれはきっと幸せに向かう日々なのであろうと、冒険者たちは顔を見合わせてひとしきり笑い合った。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマに評価もいただけて、嬉しいです♪

ここまで続いてきた物語。もう少しだけ続きます!

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