4-16 世界の希望
気の長くなるような数秒間。
極度の緊張で何倍にも長く感じるそれに息苦しさを感じ、そして呼吸を忘れていたことに気がつく。
そうして再び呼吸を始めた心音は、少し冷静に周囲を見渡す。
「あれ……守護天使が来ない……?」
警戒は続けたまま、他の冒険者たちも身構えていた状況が訪れないことに疑念を覚える。
「どういうことだろ……? あの身体能力なら、とっくに俺たちは囲まれているものだと思ったけれど」
そんな冒険者たちの思案を破るように、ヨシュカ王が声を荒げる。
「どういうことだ! なぜ守護天使たちは余の命令に従わない!」
王の声が反響する噴水広場。その理由に、心音の中の大精霊はいち早く気が付く。
『ふふふ、なるほどのう。コト、精霊たちの声に耳を傾けてみると良い』
ヴェデンの提案に従い、心音は精霊たちの五感を借りて街の様子を探る。そうして心音の中に飛び込んできたものは、世界の希望と形容するが相応しいものであった。
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「(私の白銀で、偽りの天使を墜として見せよう)」
グリント王国の白銀の騎士が光を放つ。
「(やれやれ、長年魔女を名乗らせてもらってるけれど、まさか世界を守るためにこの力を振るうときが来ようとはねえ)」
「(まぁそう言わずに、母さん。僕は美しい旋律を奏でる彼らの力になれることが嬉しいよ)」
トラヴの詩人と魔女が翻弄する。
「(さぁ最前線の戦士たちよ! 我が緋色の剣の元、かの敵を討て!)」
「(応! ヒトの未来に勝利を!)」
アディアの戦士たちが将軍の下集う。
「わーたちも頑張ろー! いやー、みんな本当に魔法が上手くなったね!」
「最近は森の魔物じゃ物足りなくなってきていたところだろう。族長令だ、思う存分力を発揮しなさい」
森人族の矢と魔法が飛び交う。
「思い出すな、アウブよ。双熊として恐れられたあの日のことを!」
「ふ、全く衰えていないようだな、アダン」
獣族の自警団が秩序のため爪を振るう。
「避けるのは得意なの。クゥにもちゃんと守れるの!」
「先走りすぎるでないぞ、私たち守護者にも頼るのだ」
獣人の少女が狼たちと共に駆け回る。
「ッガハハ、まだまだ現役じゃねぇか、鬼のゼメル!」
「調子が出るのが遅えぞ、何年待たせるつもりだ、荒くれヴァルザック」
老兵たちが無双の連撃を魅せる。
そして、分散しそれぞれを援護する魔人族の精鋭隊、ヴェアンの警察隊、ヴェアン軍、冒険者ギルド、魔人族軍、果ては武器を持った一般人まで、総力を上げて守護天使を迎え撃つ。
国を超えて、種族を超えて、世界が一丸となって自分たちが暮らす世界を守ろうとしている。それはこの世界の希望に他ならなかった。
「みなさんが……世界中のみなさんがヴェアンに集結しています! 力を合わせて、世界のために戦っています!」
「なによそれ、ちょっと熱くなる展開じゃない」
「でも、みんなはいったいどこから……?」
「えっと……街の各地に見えるのは次元転移の門……? そっか、魔人族の方が世界中に呼びかけしてくれたんですね!」
「魔王様にはこういった事態に陥る可能性も見えていたということですね」
「つまりよ、オレらがやることは親玉をぶっつぶすってことで間違いねえな!?」
一気に形勢逆転となり、ヨシュカ王は対峙する冒険者たちに般若のごとき形相を向ける。
「調子に乗るでないぞ、下等生物共! 有象無象がいつまでも守護天使を止められるわけなぞなかろう。高を括るなぞ片腹痛いわ!」
「それなら、ぼくの力を世界中のみなさんに届けます!」
心音は軽やかに跳躍し、付近でもひと際高い建物の屋根に上がると、銀色のコルネットに街を映し出す。
「ぼくの全力の〝他者強化〟と、守護天使の力を抑える〝凪〟を演奏に乗せて届けます!」
心音は流麗に楽器を構え、おおよそ戦場には似合わないppで旋律を奏で始めた。
L.V. ヴェートーベン作曲【「交響曲第九番」より第四楽章】
心音の故郷日本では「合唱付き」のタイトルで親しまれる大交響曲。特にその第四楽章は「歓喜の歌」とも呼ばれ、数ある交響曲の中で最も耳にする機会が多い旋律であろう。
〝音響魔法〟に乗せられたそれは音量の大小にかかわらず、全てのヒトの耳に自然と届く。それに合わせ、世界を守る戦士たちには漲る力を、対する異形の天使には魔法の制御が不安定になる作用を与えた。そして、その演奏は思わぬ形でも波及する。
「この演奏は……音楽の天使様の音色だ!」
「本物の天使様だ!」
「神様が世界の危機に遣わしてくださったのだ」
「祈りを……私たちの祈りは今ここに顕現なさった音楽の天使様に!」
民の祈りは、偽りの神たるヨシュカ王から、音楽の天使と同一と見られる心音の元に移る。その変遷を察知した国王は苦虫を噛みつぶしたように顔をしかめる。
「民の信仰が途絶えただと……? これでは神体の覚醒が遅延してしまう!」
更にその王に追い打ちをかけるかのごとく、心音の魔法に力が添えられる。心音の奏でる音に重なるハーモニー、ベースライン、リズム。馴染みのあるその感覚は、この国が誇る音楽の力である。
「(聖歌隊のみなさん! そっか、第九の楽譜はぼくが書き残してたから……!)」
音楽がより完成されたものとなり、伴って想いの力は増幅する。心音は未だかつて無い魔法の強度を感覚として捉え、それを戦う者全てに向けた強化として解放する。
「(今だけは……音楽の天使としてみなさんに願います。全力を以て、世界の敵を討ってくださいっ!!)」
ヴェアン全体から響く鬨の声。高まる士気の下、各地で守護天使を押し返し始めた。
そして噴水広場で睨み合うは、怒りに我を忘れるヨシュカ王と、四人の冒険者。強大な世界の敵である彼を、シェルツたちは勝機を信じて疑わぬ眼光で貫く。ヨシュカ王は、形相とは裏腹に静かに問いかける。
「其方らはこの先に何を望む」
「みなが永く笑顔で居られる世界だ」
「この終わりかけた世界はもう長くはもたぬぞ」
「みなで力を合わせれば環境は変えられるさ」
「ヒトとは、余のような絶対的支配者がいなければ同族同士でも争いが生じる生き物だ」
「その時はきっちり話し合って、もしかしたら喧嘩でもして、それでも最後には互いに納得できる結論がでるよ」
「綺麗事だ。下々の者共を野放しにすれば、この世界と共倒れするだけである」
「俺たちは旅の中で広い世界を見てきたよ。皆、生きる意思をもって今を生きていた。きっと協力して明日を作っていけるって確信できる」
「世界を作り上げた余以上に其方らが世界を知っているわけがあろうか。話にならぬ、余は貴様らを消し去り、新たな箱庭を得るために高次次元を超えるのだ!」
ヨシュカ王から立ち上る膨大な魔力の気配。いよいよ出し惜しみせず、物量で押してくるつもりなのだろう。
これから始まるのは正真正銘の最終決戦。全世界を巡った唯一の冒険者たちは、全世界の願いを背負い、今、剣先を進む先へ向けた――――――。
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