4-15 死闘
シェルツの斬撃を避けた先にはヴェレスの上段斬り。エラーニュの硬直魔法の気配に留まれば、アーニエの〝水槍〟が迫る。
その間、常に心音のコルネット演奏により効果を増幅させた〝静寂魔法〟と仲間に対する〝他者強化〟が発現させられ、重ねてヴェデンとハインゲルが強力な〝重力魔法〟と〝迅雷魔法〟を絶え間なくヨシュカ王に向ける。
心音の静寂魔法の扱いは実戦を通して徐々に上達しており、効果を落としながらであれば〝対象選定〟も可能になってきた。
想像を遥かに上回る冒険者たちの連係攻撃に、ヨシュカ王は反撃のタイミングを掴めずに防戦を続ける。既にヨシュカ王の魔法障壁はその八枚を散らし、それによる焦りはヨシュカ王の行動として表出する。
「おのれ、いい加減鬱陶しい!」
怒りをぶつけるように地面に足を踏み下ろす。そこから波及するように大きく大地が波打ち、舗装された地面は砕け、家屋すら破壊しながら周囲に広がった。
足下からの大規模な攻撃に、いなしきれなかった冒険者たちは体勢を崩し傷を負う。その中、心音だけは機転を利かせたヴェデンの重力魔法によって、中空に留められることで攻撃の影響から逃れられた。
『危うい、危うい。コトの〝静寂魔法〟が途切れてしまえば、ヨシュカ王を止めるのは容易ではないからの』
『ナギサが、この至上たちと同じように独立して魔法行使が出来ればいいのだけれど、流石に生まれたて過ぎて戦闘中の高速思考は求められない……ね!』
シェルツたちが体勢を立て直す間を稼ぐべく、ハインゲルは一層雷撃の勢いを強める。一撃一撃が山に大穴を空けられるほどの威力を誇るそれを、ヨシュカ王は瞬間的に発現させた〝拡張四肢〟で掻き消していく。
そして、いかにハインゲルの攻撃と言えど迅雷魔法に限った連撃には慣れたとでも言うように、ヨシュカ王は瞬間的に魔力を放ち雷撃を消し去ると、強く圧縮した〝炎弾〟を冒険者たちそれぞれに向けて放った。
シェルツは瞬時に反応し、それを真っ二つに。ヴェレスはハルバードで叩ききる。アーニエは〝水刃〟を連続射出して相殺。エラーニュは〝防壁〟で弾く。
彼らの対応で功を奏したのは、エラーニュだけであった。
炎弾はシェルツとヴェレスの武器に触れた途端に大きく爆発四散。アーニエはその膨大な熱量を相殺しきれず、エラーニュだけは防ぎきらず弾き逸らすという選択を取ったおかげで身を守ることが出来た。
「――みなさんっ!!」
『コト! 魔法を途切れさせてはダメじゃ!』
思わず演奏を止め仲間たちの元に降り立った心音をヴェデンが諫めるが、もはや時遅し。残ったエラーニュを心音ごと叩き潰そうと、自由を得たヨシュカ王が巨大な触手を生成して振り下ろした。
「〝多重防壁〟!」
エラーニュが瞬時に五枚の防壁を展開。それは一瞬で四枚を砕かれ、残り一枚に亀裂が入ったところでなんとか防ぐことが出来た。
心音はようやく自身の選択の浅はかさに気がつくも、目の前で瓦礫に埋もれている仲間たちから視線を外すことができず、焦りを滲ませる。そんな心音に、エラーニュは端的な指示を出す。
「わたしの脚を挟む瓦礫をどけてもらえるでしょうか。そうしたら、みなさんはわたしが助けます。癒やします。その間、大精霊さんたちと協力して、コトさんの〝静寂魔法〟と攻撃魔法でヨシュカ王を押しとどめて欲しいです。少しの間、時間をください。信じてますよ、コトさん」
「エラーニュさん……。はい、ぼくも信じてますっ!」
音響魔法を応用した〝振動破砕〟によりエラーニュの動きを封じていた瓦礫を砕く。そうしてすぐに振り返り、心音は全力の闘志を表に出す。
「精霊さんたちに〝凪〟の維持は任せます――〝炎弾〟!」
先程まで仲間たちに向けていた〝他者強化〟のリソースを、心音は自身の攻撃魔法に当てる。
「ふん、それっぽっちの炎で何が出来る!」
対するヨシュカ王も強烈な火力を誇る炎弾を立て続けに放つ。
されど、心音の火魔法の威力はヨシュカ王のそれにも劣らず、一つ二つと相殺していく。捌ききれない攻撃は、ヴェデンとハインゲルによる高強度の魔法が撃ち漏らし無く消し去った。
『コトがその気であれば、この意思たちも全力を出し続けよう。ちょうど手数を稼げる弾は転がっておる。〝加重雨——瓦礫〟』
『本気だね、コト。ならこの至上も更に力を振るうとしよう。 〝多太雷来、!』
大精霊による軍隊すら一撃で消し去るほどの大魔法。その対応に追われ、ヨシュカ王は心音に対して狙いを定められない。
大精霊二柱と共に抵抗するたった一人の少女。千年生きるヨシュカ王にとって小さな存在に過ぎないはずの彼女を、なぜか押し切ることができない。あり得ないはずのその事実に、ヨシュカ王は平静を失い始める。
「なぜだ! なぜせいぜいが十と数年程度しか生きていないただのヒトごときに余が全力を出さねばならぬのだ! 彩臓も魔力も持たぬ異邦人ごときに!」
「あなたには絶対にわかりません! たった一人で誰も信じず、ヒトをヒトとも思わないで、全てを敵にしても気にもとめないあなたには!」
心音が放った〝炎槍〟が、遂にヨシュカ王の魔法障壁を一枚砕く。一撃もらえばきっと自身も深い傷を負うという緊張感の中、確実にヨシュカ王を押している事実に心音は手応えを覚えた。そして、形勢は更に心音を後押しする形となる。
「助かったよ、コト!」
「待たせたな、復活だぜ!」
「やるじゃない、普通一人で押しとどめられる敵じゃ無いわよ」
「邪悪な王様も、コトさんは天敵だったみたいですね」
状況は冒険者たちの勝機へ傾き始めた。このまま押し切れば勝てる――。そう冒険者たち全員が確信し、武器を構える。しかし、直前まで必死の形相をしていたヨシュカ王が、一転口の端を上げ余裕を見せる。そして、邪悪な笑みの奥で刻限を宣言した。
「ようやく一つか。想定より時間がかかってしまったものであるが、余を守護する天使の一柱をようやく貴様らに披露できる。さあ、滑稽に舞ってみせよ!」
ずしん、とした振動と共に舞い上がる砂塵。超速で飛来したその存在を仰ぎ見れば、ヴェレスの身長の倍はあろうかという体躯を誇るヒト型の異形が聳え立っていた。
灰色の羽をバサバサとはためかせ、心音を見るなりその巨大な拳を振り下ろした。
「あぶない!」
シェルツが咄嗟に振り上げた剣がその挙と衝突し、カキンと、おおよそ金属と肉体がぶつかったとは思えない金属音が響く。その衝撃に手がしびれ、思わず剣から手を離してしまいそうになるのを、シェルツはぐっとこらえる。
「魔力の制御に制限が生じているとは言え、余が創りし守護天使どもは、魔力の補助が無くともその身体能力だけで山すら平らに出来よう。身体組成のほぼ全てを魔力に置換してしまった余が存分に力を振るえないのは誤算であったが……所詮は通常の進化過程しか経ていない貴様らでは余の守護天使には敵うまい!」
声も無く、音も無く。守護天使は機械的に作業をこなすが如く、次なる必殺の一撃を振り下ろす。冒険者五人はそれを散開することでそれを避け、素早く攻撃に転じる。
「いくぜアーニエ!」
「合わせるわ!」
「〝重破斬〟!」「〝圧縮水刃〟!」
ヴェレスとアーニエが左右から重力魔法を交えた重撃をたたき込む。しかし、その攻撃も守護天使が盾のように構えた両腕に防がれ、その瞬間を狙って心臓の位置を的確に突いたシェルツの刺突さえも硬質な皮膚に弾かれた。
「ちぃ、なんだってんだアレは! まるで金属製の盾じゃねぇか!」
「なるほど。金属製の殻を纏う貝の一種の話は聞いたことがあるけれど、あらゆる生物の遺伝情報がぐちゃくちゃに混ぜ合わされているみたいだね」
「ならどうすんのよ! なにか弱点になり得る部位はない!?」
「予測であれば。定石通りなら、関節部までは硬化させられないはずです」
エラーニュの分析の元、冒険者たちは狙いを定める。そして心音の演奏が、彼らの合図となる。
「みなさんお待たせしました! 〝他者強化〟いきます!」
過去、ノーナスーラが操る魔物と対峙した際に演奏した
【オペラ「カルメン」より アリア「ジプシーの歌」】
その曲を、あの頃よりも更に重なったハーモニーと強化強度を伴って響かせる。
漲る力をたしかに感じ、冒険者たちは再び地を蹴った。
「〝光縛鎖――雷電〟!」
エラーニュが電撃を伴った捕縛魔法で守護天使の手足を縛る。そうして生まれた硬直の瞬間に、神速の剣が差し込まれる。
「〝疾風一閃〟――くっ、やはり硬い」
シェルツの的確な一撃も、セオリーから外れた硬度を誇る関節部に弾かれる。しかし、その攻撃によって生まれた音を聞き取った心音が〝対外念話〟に乗せて可能性を示唆する。
『(確かに硬質な音ですが、ほかの部位に比べると音程がかなり低いです! つまり、金属質というよりは硬質な骨のような材質だと思いますっ)』
アーニエがにやりとする。
「なら、狙う場所は間違ってないわね。執拗に攻めるわよ!」
発現された〝水刃〟が八枚、複雑な軌道を描きながら守護天使を翻弄する。そうして出来た隙を的確に狙い、関節部にダメージを与えていく。
「よっしゃ、仕上げはオレが……っと!?」
エラーニュ捕縛魔法が破られ、守護天使がヴェレスに向かって迫っていく。咄嗟に武器を構えなおし迎撃、二発三発と打ち合い、攻撃をいなしていく。しかし、守護天使のあまりの力強さにヴェレスが後退し始めた時、その不安定さを狙って対峙する異形は回転蹴りを放ってきた。
「おおっと!?」
ヴェレスは状態を反らし寸でで回避。同時、大技の隙を狙ってアーニエが軸足に〝水槍〟を叩き込んだ。
「ヴェレス、チャンスよ!」
足元を乱された守護天使がそのまま倒れこむようにヴェレスの方へ腕を振り下ろす。それを足首の捻りを利用して回転回避、守護天使の背中に向けてハルバードの狙いを定めた。
「そうだ、いっぺんやってみたかったことがあんだよ。オレの十八番を巨大な敵自体に放ってみれば、どんな結果になんだろうなってよ! 〝大爆震〟!」
大地を揺るがし脚を奪う魔法攻撃を、その頑丈な身体に叩き込む。全身を大きく揺さぶられた守護天使は平衡感覚を失い、その場に倒れ伏す。それに合わせて、シェルツが大きく跳躍した。
「〝武具強化〟〝武具加重〟〝風踏〟。俺の最高威力を叩き込む!」
ギロチンのように振り下ろされた剣が、守護天使の片足を分断する。膝から下を失った異形は鳥類のような甲高い悲鳴を上げた後、その腕を振り回し裏拳を叩き下ろす。
「くっ!?」
咄嗟に剣の腹でそれを反らすも、大地に拳が叩きつけられた余波だけでシェルツは大きく吹き飛ばされる。尋常ならざる力でじたばたとのたうち回るそれに近づけずにいると、注意を奪われているところを突かれヨシュカ王が放った圧縮された〝土弾〟が冒険者たちを強襲した。
「〝防壁〟! こちらはなんとかわたしが、そちらは頼みます」
「エル、助かったわ! けれど、いよいよ手が付けられないわよ、あれは。体力が尽きるのを待つにしても見当もつかないわ」
暴れまわるそれは、その振り回される肢体の勢いだけで地形が変わっていく。近づいて的確に狙いを定めて止めを刺すなど、とてもではなかった。
そうして様子を見ているうちに、いよいよ片足がないことを受け入れた守護天使が、もう片足だけの力で大地を蹴りアーニエに向かって突進してきた。
「ちょっと、冗談じゃないわ!」
身を捻ってそれを回避、されどその超速による衝撃波で杖を持つ腕に切り傷ができる。
「あんなの何度も対応してらんないわよ!」
「オレがもう一度体勢を崩させる。その間になんとか考えてくれ!」
ヴェレスがその背中を追い、ハルバードを引き絞り突きを放つ。
自身の推進力と合わせられたその攻撃に、片足だけの守護天使はバランスを崩し正面から地面に衝突する。
「(ヴェデンさん、お願いできますかっ?)」
『ふむ、心得た』
このタイミングしかないと、心音は自身と一体となる大精霊に指示をだす。
緑色の女性のようなシルエットの大精霊が顕現し、両手を広げ抱え込むように中心に寄せた。
『〝百層倍重波〟。元々重たい図体にはきつかろうて』
守護天使の動きが止まり、大地にめり込むほどの加重が加わる。そのままでも息絶えそうなほどの重力魔法であるが、ヴェデンはアーニエに緑眼を流す。
『生身のヒトは近づけまい。賢なる水使いよ、其方の魔法で止めを刺すのじゃ』
「やれるだけやるわ!」
アーニエが自身の傍に大きな〝水刃〟を三つ発現させる。そしてそれを円状に展開し、高速回転を加え始めた。
「極限まで殺傷力を高めたつもりよ! これでダメなら知らないわ! 〝回転水断〟!」
射出された三つのそれは一直線に標的へ向かう。そして両肩と膝に直撃したそれは回転と共に切断を続け、ついに分断することに成功した。
「やったわよ! この先は手札がないからね!?」
『よい、十分な成果じゃ。あとはこの意思の重力により速やかに失血するじゃろう』
ヴェデンの言葉通り、みるみるうちに守護天使は衰弱し、そしてその生命活動を終えた。
「よし、ヨシュカ王の切り札を沈められた! 次が来る前にヨシュカ王を集中突破するよ!」
勢いづいたまま、シェルツは仲間たちを鼓舞する。対するヨシュカ王はきっと表情を歪めているだろう。そう思い彼の敵を見れば、ヨシュカ王は伏せた顔の奥から小さく笑みをこぼしていた。
「素晴らしい、余の最高傑作を前にその戦果、余はこれほどまでに優秀な冒険者を国に抱えていたというのか。予想外の結果ではあるが、少し惜しいな」
「でしょうよ。あんたが千年かけた兵隊も、あたしらの力の前じゃこの通りよ!」
ヨシュカ王は笑みを膨らませる。
「いいや、惜しいのは貴様ら冒険者という優秀な人材を今ここで殺めなければならないことだ」
街の六方で轟音と粉塵が巻き上がる。
「其方らの全力、随分と楽しませてもらったが、余の守護天使六体を相手にどれだけ足掻けるかな?」
絶望の宣言の前に、呼吸が止まる。あの脚力から推測するに、ここに到達するまで数秒。早鐘のような心拍と共に、冒険者たちは背を預け合い警戒を強めた――――。
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