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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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4-14 再びの対峙

 心音が発現させた〝次元転移〟の門を抜けた冒険者たち五人の視界に真っ先に飛び込んだのは、黒煙が立ち込めるヴェアンの街並みであった。


 転移先は噴水広場――ヨシュカ王を討たんと戦う魔人族の精鋭部隊たちがいるそこに設定していたはずだが、実際の景色との齟齬に心音は小さく慌てる。


「転移先の座標から弾かれちゃったみたいですっ! たぶんヨシュカ王の妨害……?」

「コト、大丈夫だよ。ヴェアンは俺たちの庭だ、最短距離で噴水広場まで向かおう」


 数刻前のように家々の屋根を伝って街を駆ける。ヴェアンを囲むように蠢くヨシュカ王の触手を中心に展開されている魔法陣は、既にかなりの魔力を(たた)えているようだ。


「ちぃ、あまり時間はないみたいだぜ。速攻で勝負をキメるぞ」

「コトさん、手筈通りに。ぶっつけ本番となってはしまいますが、それが世界の命運を決めます」

「あんたなら大丈夫よ、コト。きっかけさえ作ってもらえれば、あたしらがなんとかするわ!」


 仲間たちからの期待を受け、心音は自身のうちに住まう大精霊(ルフ・アジマ)ナギサから与えられた魔法の概念を脳内で回す。


 魔力や魔素といったエネルギーを無条件で消し去る。そんな都合のいい魔法では無いのは、既に理解しているつもりだ。

 それでも、確かにヨシュカ王打破に繋がる一手になることは、仲間たちとの作戦会議を通して確信している。

 発現のイメージは既に固まっている。そして直に、噴水広場が見えてきた――――。


『お待たせしましたっ! ……っ、みなさん、その傷は大丈夫ですか!?』

『あん? ようやくご到着かい。あたいらの傷なら気になさんな、ヨシュカ王の野郎も調子が出てきたのか、反撃なんざ始めよってねぇ』

『傷だらけに見えるだろうが、見た目ほど深くはねェ。オレ様たちの戦闘経験を甘くみンなよ、薄皮だけ傷を許してるだけだ』


 対するヨシュカ王の方を見れば、傷一つないように見える。その訳を、ハリュウが簡潔に説明してくれる。


『あの愚王の身体は全て魔力で編まれてるみたいでね〜。どれだけ傷を与えても、魔力が尽きない限りは不死身みたいだからやってらんないよ〜』

『――! みんな、ヨシュカ王の後ろを見るんだ!』


 シェルツの声に従い肉塊の方を見れば、薄ら笑いを浮かべるヨシュカ王の背後に、透明な繭に包まれた魔王の姿が浮いていた。小さく胸が上下しているのを見るに、まだ息はあるようだ。


『魔王様! まだご存命なんですね!?』

『その通りだ、コト・カナデよ。我ら精鋭部隊の魔法技術を凝らした攻撃により、僅かにヨシュカ王の力を削ぐことに成功している。表層の肉塊を剥がした結果、内に隠された魔王様の姿が顕現されたのだ』


『つまり、まだ魔王様の力はヨシュカ王に吸収されきっていない、ということかな?』

『シェルツ・ヴァイシャフト、流石の慧眼である。彼奴の反撃の仕方を見るに、まだ魔王様が守護する力の真髄〝収束魔法〟は会得できていないと見える。今ならば、まだヨシュカ王打倒の可能性は大いにある』


 ノーナスーラから状況を簡潔に伝えられ、そして彼はそのまま心音に問う。


『さて、その表情から見るに、秘策を得ることが出来たのだな?』

『はい! この力なら、ヨシュカ王もきっと無視はできません! 説明は追々ということで……まずはぼくたちの作戦を披露しますっ』


 心音はヨシュカ王に正対し、目を瞑り〝想い〟を集中させる。


『森羅万象、生きとし生けるもの、世界に遍く全ての力。ぼくはあなたの力を否定しない、ぼくはあなたの力を奪いはしない。ただ今だけは、その力を静かに休ませていて欲しい。溢れる力に嘘をついて。湛える力を隠していて。ぼくの魔法で、あなたに帳を下ろします。〝静寂魔法――――凪〟!』


 心音を中心として桜色の魔力光が波紋状に広がる。その光が通過した後、変化はすぐ訪れた。


『おォ!? コイツは……魔力の働きが消え失せやがった』

『ノッセルさん、みなさん、すみませんっ。まだ対象選定の余裕がなくて!』

『おい、ヨシュカ王の様子を見てみろ!』


 ヴェレスの声に従い討つべき敵を見れば、明滅しつつ姿の維持が崩れかけているヨシュカ王の姿があった。

 そこまで至り、ようやくヨシュカ王は閉じていた口を開いた。


『その力はなんだ? 余の高強度の魔力の維持に支障が生じている。知らぬぞ、余の千年にそのような魔法の存在は記憶されていない!』


 焦りか怒りか。眉間に皺をよせヨシュカ王は目を見開く。

 その様子に確かな手応えを感じ、戦士たちの目に希望が灯り始めたのも束の間。

 ヨシュカ王を包んでいた肉塊が光となり形を変え、半透明の銀色の膜となり幾重にもヨシュカ王を包んだ。


『……ふむ、拡張四肢の維持を脅かす程度とは言え、その影響力は余の魔法障壁を抜けるには強度が足りないようだな。付け加えるならば、確かに脅威となりえる秘技ではあるが、披露するには少し遅かったようだ』


 途端、四方八方から強烈な魔法発現の気配が押し寄せる。それに呼応して雨雲に空いた穴から差した光の中を、灰色の翼を三対携えた異形――天使と呼ぶにはあまりに醜悪なそれが計十二体降りてくる。


『見よ、あれらこそが余が長年かけて作り上げた王国、いや世界最強の守護者たち。守護天使である!』

『阻止すること能わず、か。ならば次善の策として、吾輩ども精鋭隊があの守護天使らを各個撃破していくしかあるまい』

『本気で言ってるのかい、ノーナスーラ。ざっと直感するに、あたいら五人の総力をぶつけて一体……いや二体がいいところじゃないかい?』


『今ならば街の戦力も期待できよう。手等通りならば、いよいよ異変に気づいた魔物戦線の戦力が、全てあの守護天使目がけて狙いを変えるところであろう。守護天使が街中を蹂躙し尽くし、ここに殺到してしまえばそれこそ勝ち目がないのである』


『今すぐにでもオレらの総力でヨシュカ王をぶっつぶしてぇところだが……さすがにオレでも分かるぜ、ヨシュカ王を打倒しきる確証がまだねぇ。あんたらが守護天使どもを根絶やしにするまで、オレらだけでここを制圧してりゃいいんだろ?』

『頼りにしているぜェ。お前ら特設隊の力はオレ様らと互角と言っても過言じゃねェ。いけそうなら斃しきってしまえ!』


 魔人族の精鋭隊が場を離脱し、守護天使の撃破に向かう。苦肉の策であるそれを、ヨシュカ王は嘲笑う。


「せいぜいが通常の生物としての進化しか辿れぬ脆弱な者どものあがきなど、余が何万倍にも加速させた進化を重ねた究極生物を前には小鳥の囀り程度にしかなるまい」

「――――さて、それはどうかな?」


 視認することすら適わぬ神速の剣裁きがヨシュカ王に直撃する。百重にも重ねられたヨシュカ王の障壁が、確かに一枚砕け散った。


「個としての強さにこだわってるみたいだけど、俺たち冒険者は仲間と力を合わせて何倍もの力を発揮できるんだ。せいぜいひとりぼっちの王様に、俺たちの攻撃がいつまで耐えられるかな?」

「下等生物めが、吠える!!」


 シェルツの一撃が、開戦の幕開けとなる。

 続く決戦は次なる段階へと進む。

 阿鼻叫喚のヴェアン中央にて、ヨシュカ王と冒険者たち五人の衝突が再開された。

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