4-12 燃える街
篠突く雨の中、阿鼻叫喚の街中を、屋根から屋根へと飛び渡りゆく。
あちらこちらで暴れ回る触手状の何かを、軍や冒険者たちが押しとどめようと奮起している様子が駆け征く心音たちの目に反射する。
その中で、今まさに巨大な触手に叩き潰されようとしている子供を見つけ、心音は反射的に飛び出す。
「〝紫電一閃〟!」
正に落雷の如き速度で放たれた雷撃は触手に直撃し、感電の衝撃で直立したと思えば煙を上げて倒れ伏した。
腰を抜かしへたり込む男の子の傍に駆け寄り、心音は努めて落ち着いて声をかける。
「大丈夫? おうちの中とか、隠れていられる場所はあるかな?」
「ダメだよ、おねえちゃん。あの変な生き物、家の中にまで入ってくるんだ! もうみんなどうしたらいいか分からなくて、バラバラになっちゃった」
涙ぐむ男の子の様子から、街全体の混乱がありありと伝わる。屋根の上で辺りを見渡していたシェルツが心音の横に降り立ち、一つ予測を立て提案する。
「コト、たぶん自然公園の辺りなら比較的安全かもしれない。不思議とあの辺りには荒らされた様子がないんだ」
「自然公園、ですか……? そっか、もしかしたら――――」
心音が目を閉じ数秒。その内で語りかけられていた大精霊たるヴェデンが、表に顕現してそれに答える。
『おそらくその推察は間違っておらんじゃろう。他者の魔力による刺激を欲するあの化生は、元々魔素濃度が高くて風化前の魔力が入り込みにくいだけでなく、魔素を吸収するため魔力の風化を促進する精霊が多く住まう自然区域は不得意と見える』
「やっぱり……。そしたら、ボク、お名前は?」
「……ライ」
「ライくん、自然公園の場所は分かるかな? きっとあそこはここよりも安全だから、そこまで逃げられるかな?」
「またひとりぼっちになるのは嫌だよ」
「大丈夫、みんながそこを目指すようにぼくが知らせるから、ひとりにはならないよ」
「……うん、わかった、がんばるよ」
自然公園を目指して駆け去るライ少年を見送り、心音は意識を精霊と同期させる。
「範囲はヴェアン全体。対象はヨシュカ王を除いた創人族。精霊さん、ぼくの声音をみんなに届けて――――!」
――――自然公園には天使の加護あり。魔の物を避け、速やかに移動されたし。
心音が届けた避難場所の情報は、余すこと無く一気に都市中に広がる。屋根の上に戻り、その効果が確かに現れていることを視覚に捉え、心音は仲間たちを促した。
「これで少しは安心です! 早く悪い王様をやっつけましょう!」
仲間たちと頷き合い、シェルツたちも再び屋根の上へと飛び乗る。同時、心音の雷撃により倒れ伏していた触手が跡形も無く風化し消えていくのが見え、得体の知れない気色の悪さを感じた。
高い視点から街を進めば、ヨシュカ王の居場所を特定するのはそれほど難しくは無かった。
ヴェアンの中心部にある噴水広場。そこに明らかな異様さを放つ肉塊が鎮座しているのを見れば、やはりそれに埋もれるようにして腰掛けるヨシュカ王の姿が確認できた。
その周囲を囲み攻撃を続ける戦士たちを見れば、魔人族の精鋭部隊であった。ヨシュカ王は反撃することも無く、ただじっと魔人族たちを観察しているように見える。
心音たちは広場に降り立ち、魔人族たちに声をかける。
『みなさん! 遅くなりましたっ』
『あァ? コトじゃねェか! その様子じゃ正気に戻ったみてェだな』
『状況は見ての通りだ、同胞たちよ。王都内にはヨシュカ王の一部である触手が蠢き、特別巨大なそれが等間隔に六、さらに逆側にも六つ。それらを中心にそれぞれ大規模な魔法回路を形成しているが――次元魔法に心得がある吾輩が見るに、おそらくは召喚魔法の類いであろう』
『呼び出そうとしてるのは、たぶんコイツが言う〝守護天使〟ってやつだねえ。ようするにぐちゃぐちゃに生体情報を弄られたバケモンを、飼い慣らしてる別次元から召喚しようとしてんのさ』
『そうなると、この街にいる戦力だけじゃどう考えても足りなくなっちゃうんだよね〜。だからその前に本体を叩きたいんだけど〜……』
『――――ッてや! うん、この通りなんだ。僕たちがいくら攻撃しようと、全く傷つく様子が無くてね。相当に異質かつ膨大な魔力がつぎ込まれた〝防壁〟の類いが張られている』
状況としては行き詰まりのようだ。解決策を模索すべく、エラーニュはヴェレスに声をかける。
『ヴェレスさんの直感が聞きたいです。最大級の一撃をお願いします』
『おうよ、真っ二つにするつもりでいくぜ』
ヴェレスはハルバードを引き破り、魔力を集中させていく。
『〝身体強化〟〝武具強化〟〝纏雷〟〝重心増強〟――くらいやがれ!』
強烈な踏み込みと加速を伴って放たれた大上段の一撃は、これ以上無いほどの威力を伴ってヨシュカ王の頭蓋にたたき込まれた。しかし、それはまるでバチを太鼓に叩き下ろした時のごとく、弾むように返された。
勢いで体勢を崩されるも、ヴェレスは数度の後ろ宙返りを経て元の場所まで戻った。
『手応えはいかがですか?』
『ありゃ、肉体を〝防壁〟で覆っているみてえな感じじゃねぇな。たぶん、肉体自体が偽物だ』
『あ、シェルツさん、あの時ぼくが倒した触手も……』
『そうだね、総合的に考えるに、肉体が拡張されたように見せられているこれらはきっと――全てが魔力で編まれている』
ハリュウが合点がいったように頷く。
『あ〜、既視感の正体はそれか〜。魔力の実体化はオレが得意とする分野だけど、まさか実体化させた魔力だけで都市まるごと覆えるだなんて、発想がなかったよ〜』
『専門としているからこそ、その異常性を排除して考えちまうってことは、オレ様も良く分かるぜ』
『ふむ、であれば、吾輩どもは相当な窮地に立たされていると言えよう。魔力で編まれた〝拡張四肢〟が王都全体を覆っているとなれば、その核を特定し突かねば敗北は必須である』
『しかも、核を見つけ出そうにも、あたいらの魔法ですら表層に傷つけることもかないやしない』
エラーニュが思考を口の端からこぼす。
『おそらく正攻法での突破は不可能に近いでしょう。魔力量に圧倒的な差がある以上、単純な力比べでは敵いません。となれば、何か仕組みの面を突く秘策がなければ……そう、魔力だけで編まれた身体に対する方策を。
――――ヨシュカ王の魔法の影響から逃れられた力の断片を、わたしたちは旅の中で目にしていませんでしたか?』
誰にとでもないそのつぶやきに、シェルツが反応する。
『守智の森、豪秘の森。大精霊がヨシュカ王の〝万邦走査〟の大魔法から逃れられた所以は?』
ヴェデンとハインゲルが心音の中から出てくる。
『この意思と〝紫色の〟が眠っていた神殿には、大精霊が千年前の大戦後に編み出した魔法理論が用いられておる』
『魔力を介した力を分解し、すぐさま魔素に変えてしまう大魔法さ。でも、それはこの至上であってもすぐには再現できない。なぜなら、それは長い年月をかけて土地に根付かせている魔法だからね』
僅かに見えた希望をたぐり寄せるように、エラーニュは質問を投げる。
『それはここ王都ヴェアンで再現するとすれば、どのくらいの時間がかかりますか?』
『はは、少なくともキミたちの生きている間じゃ無理さ』
一つの希望が、途絶える。しかし、この会話の中で感じた一つの光を、シェルツは言葉に乗せる。
『俺たちとコトが初めて出会った〝凪の森〟でも、魔法の制御にかなりの制限がかかっていた。あの森には大精霊はいないんだよね? そこに何か打開の種はないかな?』
その言葉の内に、ノーナスーラが大きく反応を示す。
『その〝凪の森〟こそ、魔王様が気になされていた土地である。吾輩も長く調査を進め、土地の持つ力に阻まれその奥まで進むこと適わなかった神秘の土地……。コト・カナデよ、魔王城で汝が提示した凪の森での話、事実であればそこにこそ打開の策があるやもしれん』
心音の瞳が希望にきらめく。
『はい! ぼくがあの森に迷い込んだとき、魔物が絶対に近寄らない不思議な湖がありました。そこに大精霊さんがいないとするなら、ぼくたちの知らない不思議な力が見つけられるかもしれません!』
『このまま敗北の時を待つより、少しでもある可能性をたぐり寄せるのが、俺たちにできる役割かもしれない。魔人族のみなさん、いいですか?』
ノーナスーラが代表して頷きを返す。
『吾輩どもの攻撃は無効化されているものの、攻撃中は都市内の触手の動きが鈍ることを見るに全くの無意味ではないようである。こちらも突破口を探りつつ時間は稼いでおく故、汝らは一縷の望みを形にしてくるがよい』
ノーナスーラが手をかざすと、次元転移の門が出現する。
その向こうに揺らいでいるのは、凪の森の入り口だ。
互いに信頼を寄せ、瞳に決意を宿す。冒険者たちは志を共にする魔人族たちに故郷を任せ、新たな力を求めて門の先へ踏み出した。
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