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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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4-11 想いはぶつかり合い

 魔人族の精鋭部隊が去り、静寂が訪れた場見の間。シェルツは緊張感を抑え、心音に優しく声をかける。


「コト、今キミはヨシュカ王の魔法のせいで正しいことがなんなのか分からなくなっているんだ。落ち着いて思い出してごらん、ミルトの港から始まった長い旅のことを」


 心音は小さく首を傾げる。


「正しいこと、ですか? みなさんとの旅は、ハープス王国を脅かす魔人族の動向を探るための遠征でしたよね? そうです、ギルド支部長からの依頼もそんな内容でした」


 ヴェレスがやや声を荒げる。


「そりゃ建前だろ! オレたちは旅の終着点でこの世界の本当のことを見て来たはずだ!」


 心音の瞳に光は戻らない。


「本当のことって、たった今ハープス王国の中枢に魔人族が攻め入ってきたことよりも本当のことですか? ぼくはハープス王国を守るために戦わなくちゃいけないです」


 アーニエが首を振り、エラーニュが眼鏡をやや下に傾ける。


「これじゃ話にならないわね。エル、何か対策は思いつく?」

「暗示を解くには物理的、精神的問わず、何かしらの強い衝撃が必要です。コトさんの中で巡る力を驚かせてあげられれば、本来の精神的流れが戻ってくるかもしれません」


 シェルツは小さく嘆息し、覚悟のまなざしを心音に向ける。


「コト、少し痛くするよ。キミが憧れてくれた冒険者たちの実力を、同じ冒険者になったその身で感じてくれ」


 武器を構えるシェルツたち冒険者四人を前に、心音は少し眉を下げて応じる。


「やっぱり、シェルツさんたちは魔人族のせいでおかしくなっちゃったんですね。今のぼくは戦うことのできない一人の高校生じゃありません。ちゃんと、戦う力でシェルツさんたちの目を覚まさせてあげますね!」


 途端、巻き上がる火の粉。範囲魔法の発現を察し、冒険者たちは一斉に動き出す。


「みんな、分かってるね?」

「おう、オレが注意を引きつけるからよ」

「広範囲への魔法はあたしが対処するわ」

「わたしは〝光縛鎖〟を待機させています」

「直接攻撃は俺が加減して打ち込む――――!」


 一気に発火して場を包む火災を、アーニエが水魔法で打ち消す。既に直近まで追っていたヴェレスの一撃は巧みなな滞魔剣の扱いによって受け流され、直ぐに距離を取られる。


 長く共に旅してきた仲間たちであるから、手の内は知られ尽くしている。

 エラーニュの捕縛にかからないよう、強化した脚力で常に動き続ける心音を捕らえるのは至難の技であった。


 その心音から放たれるのは、強力な〝迅雷魔法〟による雷撃や〝重力魔法〟による加重や重心崩し。


 近接のエキスパートたるヴェレスやシェルツですら近づくことが容易でない魔法の連続発現に、開幕直後から苦戦の色が見えてきた。


「シェルツ! コト相手に持久戦は分が悪いわよ!」

「ああ、分かってる! 五秒後に一斉に仕掛けるよ」


 数の優位はシェルツたちの側にある。一対四の構図は、それこそ段位一つの違いを覆せるほどの人数差だ。それで勝てないとなっては、冒険者の名折れである。

 きっかり五秒後、それぞれ整えた大技を一斉に放つ。


「〝千刃海流波〟!」

「〝飛斬三連〟!」

「〝大爆震〟!」

「〝大輪光縛鎖〟」


 水の刃が乱れ飛び、飛ぶ新撃が強襲し、足元は大きく揺れ、そして輪状に広がった鎖は収縮するように心音を縛る。


 通常であれば回避のしようが無い連係攻撃。しかし、捕縛魔法を放ったエラーニュがその空虚な手応えに警告を出す。


「躱されています!  次元転移先に警戒を!」

「なに? 高速戦闘中ですらもう使いこなして――――ッ!」


 危機感に身体を捻らせたヴェレスの脇腹を、鋭利に研がれた心音の滞魔剣がかすめる。

 ヴェレスの防具にも〝武具強化〟の回路は仕込まれているが、魔力を通すのが一瞬遅れ、まるで紙風船を裂くように通過した刃の後を鮮血が追いかけた。


 しかし、明確なダメージを負った今がチャンスであるとヴェレスは力を込める。回避の動作をそのまま利用し、ヴェレスは回転しながらハルバードをなぎ払う。


 直感的に振るわれたそれは心音の首筋に追り――――


 ――――ヴェレスはそれをピタリと止めた。


「ちぃ、傷つけられるわけねえだろうよ。大切な仲間だぞ」


 反撃を受ける前にヴェレスは心音から距離を取る。千載一遇のチャンスであっただろうそれは、心音に致命傷を負わせられないという大きなハンディキャップの元手放された。


 対象を(たお)すのであればシェルツたち四人にとって著しく難しいわけではない。しかし、その相手を殺してはならず、傷つけることすら躊躇うこの状況では、ある種どんな敵よりも強大な相手にすら思えてしまうのだ。


 対する心音は、大魔法に匹敵する攻撃を躊躇なく連続発現させ、シェルツたちを傷つけることも厭わないように見える(・・・)

 そう、もしこの場に魔人族の精鋭部隊の誰かがいたのならば、きっと彼らはそう見ただろう。


「ヴェレスさん、傷を見せて下さい」

「ああ、頼む。……体感、思った以上に浅い切り口だ」

「やっぱり。シェルツ、当然気づいてるわよね?」

「今確信したよ、コトは暗示に抗っている。擬似魔法の発現も、いつもと比べ僅かに遅い」

「ええ、おそらくはコトさんがわたしたちを攻撃しようとする〝想い〟が確かなものではないがために、精霊(ルフ)たちが反応しきっていないのでしょう」

「物理的衝撃は既に加えている上、俺たちにとってこれ以上は制限がかかる。なにかコトに対する心的衝撃があれば、暗示を打ち砕けるかもしれない――各自跳躍回避!」


 足下からの魔法の発現を察知し、シェルツが号令。〝音響魔法〟を応用した足場の振動をそれぞれやり過ごし、再び連携を取りながら心音の動きを止めるため機を伺う。


「コト、オレたちの旅をよく思い出せよ! 本当の世界平和を望んでたんだろ!?」

「コトさん、わたしの見立てでは魔王様の生存にはまだ望みがあります。この戦いに勝利すれば故郷への帰還も見えてくるはずで!」


 ほんの僅か、心音の動きが鈍る。


「あんたが守りたいものはなによ、コト。自分で壊した壁の向こうを見なさい、今街は大変なことになってんのよ!」


 ピタリと、一瞬の隙。破壊されたテラスに面した壁の向こう、火の手と悲鳴が上がる街に目を向けた心音が見せたコンマ数秒の静止を逃さず、シェルツは心音の両手首を掴み、押し倒す姿勢で動きを抑えた。


「コト、目を覚ましてくれ! コトが故郷に帰るという目的のためにも、俺たちの故郷を守るためにも、今が一番大切なんだ!」

「どいてください、シェルツさん。ぼくもみなさんを傷つけたくはないです。一緒に魔人族をこの国から追い出しましょう」


 心音の瞳には動揺の色が浮かんでいる。もう一歩で破れそうな暗示も、まだそれには届かない。


 シェルツの周りに彼を狙う紫電が走り始める。押さえつけていられるのも、あと僅か。激しい焦燥感の中、シェルツは目と鼻の先の心音に向けて、自身も予想していなかったことを口走った。


「キミのことが好きだ、コト!! 旅の最中も、気がつけばキミのことを目で追っていた。知らない土地でも必死に生きようと道を探し見つけ出すコトのことを尊敬すらしていた。遠く遠くへ旅が進むたび、コトが元の世界に帰ることができる可能性が増していくのが、嬉しくもあり寂しくもあった。俺は、本当はコトとずっと一緒に居たかったんだ。生まれて初めて恋を覚えた女性を、見送りたくはないんだ。それでもコトの望みは絶対に叶えてあげたい! そのために、目を覚ましてくれ! また本当の笑顔を俺に向けてくれ!!」


 堰を切ったようにぶつけられた〝想い〟を受け、心音の抵抗が止まる。心音の瞳は驚愕の色に染まりきり、そしてそれは触れそうなほど近くにあるシェルツの(まなこ)に吸い込まれ、一気に頬が朱に染まる。


 口をぱくぱくとさせ、喘ぐように口からこぼれた心音の声音は、少しうわずってはいるが馴染みのあるトーンであった。


「え、あ、あの、えっと、シェルツさん、それってもしかしてじゃなくても、ぼくに対する、あ、愛の告白ですか!?」


 指摘を受け、シェルツも我に返ったように狼狽し、心音から離れる。


「いきなりごめん! そうだね、そう聞こえるよね。いや、実際そうなんだけれども……。ああ、俺はコトを一人の女性として愛おしく感じているよ」


 ゆでだこのように赤くなった顔を、逸らすことも無く心音に向け続ける。心音が身体を起こし、互いに言葉が止まったまま数秒。


 ひとつ、わざとらしい咳払いが聞こえれば、アーニエが腰に手を当てニヤニヤとした視線を向けていた。


「あー、そろそろいいかしら? お熱いのは結構だけど、コト、もう魔人族に(くみ)する者は問答無用で敵対対象、みたいなバカげた暗示は解けたのね?」


 はっとしたように心音は辺りを見渡す。広範囲にわたる焦げ付き、破壊された壁、血の付いた滞魔剣。

 自分が見ていたのは夢ではなく現実だと実感すると共に、顔面から血の気が引いていく。


「すみませんみなさんっ!! ぼく、なんてことを……。頭がぼんやりして、分からなくなっちゃって、みなさんのことたくさん傷つけてしまいました……」


 自身がまき散らした暴威にふらつきを覚え二、三歩後退する。そんな心音に歩み寄り、シェルツは肩を支える。


「大丈夫。迷ったとき、困ったとき、敵の術中にはまったとき、どんなときでも支え合うのが仲間だよ。コトは俺たちの大切な仲間だから」


 全てを魅了するようなシェルツの碧眼を見つめ返せば、戦いの最中、仲間たちが自身に向けてくれた想いを思い出す。


 それに応えるためには、後悔で立ち止まってる時間など無いと折れかけた心を律する。一度目を瞑り、再び開いたそこからは既に迷いは消えていた。


「目を覚まさせてくれて、支えてくれて……ありがとうございますっ! 今度はぼくがみなさんをしっかり支えてあげなきゃですね!」


 治療を終えたヴェレスがにかっと笑みを向ける。


「おう、ようやくいつものコトに戻ったな! 頼むぜ、オレが最強でいるためには、まだコトの補助(サポート)が必須なんだからよ」


 街の様子を観察していたエラーニュが、現状を端的にまとめる。


「現在街ではヨシュカ王のものと思われる触手があちらこちらで暴れ回っているようです。住民たちは逃げ惑っていて、既に多くの犠牲も出ています」


 一刻の猶予も無いことは想像に難くない。シェルツは剣で行き先を定め、全員に号令をかける。


「いくよみんな。俺たちの故郷を救いに行こう!」


 テラスの向こうを目がけて皆が走り出す中、心音が一瞬シェルツの耳に口を寄せる。


「シェルツさん、お返事は戦いの後で――っ」


 そのまま仲間たちと共に走り抜ける心音の背中を目で追いながら頬を一掻き、シェルツは剣を鞘に収め、その俊足に力を込めた。

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