4-9 降り立つ悪夢
テラスで戦っていた魔王とヨシュカ王が〝次元転移〟により突然姿を消した。
行き先も分からぬそれに魔王配下の戦士たちは少なからずの動揺をみせるが、その居場所は遠く見えるタイネル山の方角で爆ぜた魔法の衝突という形で直ぐに判明することとなる。
その大規模な攻性魔法の反応に、ノッセルは確信する。
『あれだけの強度を誇る大魔法、それも立て続けに複数種放てるとなれば、魔王サマ以外にあり得ねェ。相手が例え魔人族の精鋭であろうと一撃ないし二撃目で確実に沈ンじまうほどの威力だが……創人族の王も相当仕上げてやがんな。同じヒト種だとは思わねェ方がいいぜ、アレは』
『実際にその通りなのであろう。吾輩ども魔人族が保有する技術〝変異促進〟による生物種進化の加速。魔物の精製時に利用するそれを元に奴が千年もの間独自研究を重ねた〝変異魔法〟は、もはや生命としての尊厳すら踏みにじる魔法へと改造されていると憂慮する。彼の王の存在は、我々が想像しうる生命の範疇で計ってはならぬと提案する』
ヴェレスが悪態をつく。
『千年も生きていやがる時点で、んなことは分かってんだよ。ただよ、あれだけの大魔法……万の軍がいようと一瞬で全滅しちまう。オレらが束になったとして、勝てる想像が全く浮かばなくてイライラするぜ』
クラミが笑い捨てる。
『ハッ、魔王様がそもそも負けるなんてことは無いから安心しな。魔王様には秘蔵の魔法があるんだ。仮にヨシュカ王がヒトの域を超えた魔力を保有していようと、ヒトの体裁を保っている限りは出力に限界がある。その限界は魔王様には適用されないよ」
エラーニュが小さく頷く。
『なるほど、つまり力の総量が互角あるいは負けていようと、一度に使える量で魔王様に軍配が上がる以上、超長期戦でない限りは魔王様が負けることはないということですね』
『分かってるじゃないかいエラーニュ。さすが、聡いねえ』
クラミが上機嫌にエラーニュの背中を叩く。やや迷惑そうなエラーニュの表情に苦笑しつつ、シェルツは〝遠見〟を発現させた目で彼方を見やる。激しい攻防が繰り返され、そして遂に戦況が変わったことを察し緊張感を高める。
『魔法が止んだ……いや、この肌がひりつく感じは――――』
『みなさん、注意です! 精霊さんたちが逃げてます……おっきいのが来ます!!』
精霊の目を発現させていた心音が、尋常でない魔力の収束を感じ警鐘を鳴らす。そして、そう間を空けずに、強列な極大魔法の余波が城まで届いた。
『くっ……これは!?』
『魔王様の魔法で間違いないよ~、シェルツ。こんな山さえ消し飛ばす規模の魔法、〝収束魔法〟以外にあり得ないから』
『〝収束魔法〟、それが魔王様秘蔵の魔法ね!? とんでもない魔法じゃないの!!』
立つことがやっとの放射魔力の暴威を堪え忍ぶ。
それが止んだ後、気味が悪いほどの静寂が訪れる。
ヨシュカ王からの反撃の兆しが見えない以上、勝ったのは魔王であるはずだ。であるのに、誰しもが妙な胸騒ぎを抑えられずにいた。
そしてその感覚は、彼らの前で歪んだ〝次元転移〟によって確証へ変わる。
『――――⁉ ヨシュカ王、だとォ!?』
『魔王様の〝収束魔法〟を耐えたってのかい!!』
一糸まとわぬ姿で現れたヨシュカ王は、ノッセルとクラミの発言には我関せずといった様子で周囲を見渡す。そして口の端を細く上げ、嘲笑で喉を鳴らす。
『ククク、素晴らしい抵抗である。よもや、たったそれっぽっちの戦力で二人の大英雄を屠るとは、想像し得なんだ』
ヨシュカ王の肌を、床を突き破り生えてきた触手のようなものが違い覆っていく。
それは次第にヨシュカ王と同化し、赤黒い甲殻と形容できる形状となる。
身体の具合を確かめるヨシュカ王に、ノッセルが青筋を浮かべ凄む。
『おィてめェ、魔王サマはなぜここにいらっしゃらねェ。どうして〝収束魔法〟をくらったはずのてめェがピンピンしていやがる』
ヨシュカ王がピタリと動きを止める。
『いいや、余も肝を冷やしたぞ。何せ、余の肉体は確かに消滅したのだからな。だが、おかげで魔王めは最大の油断を見せてくれた。魔王が何故ここに来ないかだったな? それは余が勝利の証に、余自身である神体に取り込んでやったからであるぞ』
突然、破壊音。
街中から響いたそれに動揺している戦士たちに、ヨシュカ王は余裕の態度で後方を示す。
『街を見よ。この城を起点にヴェアンを支配するものこそが、余の神なる肉体である!』
テラスから外を見渡せば、街を囲むように多数の巨大な触手が這い出ていた。遠く聞こえる民たちの悲鳴が、混乱の具現として戦士たちの心を打つ。
ノーナスーラが鋭い眼光を向け、声を低く震わせる。
『ここまでの邪悪に与えられた千年はあまりにも永すぎたというわけか。よもやこの愚かな王の肉体、王都ヴェアン全体を覆うほどまでに肥大化していようとは!』
『はぁ⁉ そんなバカな話あるわけ――――』
反射的に否定しようとしたアーニエの言葉が、詰まる。
現在もヨシュカ王の周囲でうねりを見せる触手と、街に現れた触手群。その共通性がただただ事実であるとのしかかってくる。
止まっていた呼吸から喘ぐように、エラーニュが情報を求める。
『っ、それが本当だとすれば、肉体の規模はゆうに※八千歩の距離を超えています! 不可能です、そんな巨体を制御する神経系や血管系なんて――――』
『神経に血管とな。なんともまぁ旧式の方式を当然のように掲げる。神たる余はもうそんなものに頼る段階にはない。天上天下これ以上無い質を誇る余の彩臓が作り出した膨大な魔力が身体制御の全てを担い、その全てが文字通り手元にあるが如く細やかに制御し得るのだ。よって、余にかかればこのヴェアンを足がかりに世の全てを蹂躙し尽くすことなど造作も無いが……』
やや不満げな表情を浮かべ、ヨシュカ王は小さく嘆息する。
『本格的に神体を起こすのは初めてである故、まだ思うように動いてはくれぬな。なに、直に神を求める民の願いが余に集まり、純粋な余の魔力で満たされた肉体に外界の魔力の刺激を加えてくれるであろう。そうなれば本格的に神としての余が目を覚まそう』
心音が小さく後ずさる。
『民の願い……? 王さまがぼくの旅を認めてくれたのは……神への信仰を集めるための宣教活動を喜んでくれたのは、ご自身が神さまになるためだったんですか……?』
『コト・カナデか。うむ、実に良い働きをしてくれた。そなたの聖歌隊員としての一連の活動は世の中の信仰を高め、このような世界の終わりを迎えた際により強い〝願い〟となった民の〝想い〟が余に集まることとなった。音楽の天使とはよく言ったものだ。その名の通り神たる余を降臨させる役目を担ってくれたのであるからな!』
この世界での自分の役割を果たしたい。そう願い楽器を奏でてきた心音の想いが瓦解する。
まさか世界を滅ぼす役目の一端を担っていたなど、夢にも思わなかったことだった。
落胆する心音を見て、ヨシュカ王は邪悪な笑みを浮かべる。
『褒美に更なる栄誉を与えよう。余が身体の自由を獲得するまでの間、逆賊どもの足止めをする近衛としての役目を果たすが良い。よいな、コト・カナデ。魔人族は敵である』
「……え――――?」
途端、心音の中に打ち込まれていた楔から糸が張り詰める。意識が混濁し、いつかかけられた暗示が心音の深層を蝕む。
『フハハハ、最後の最後まで役に立ってもらうぞ。コト・カナデ。その力、存分に振るうが良い』
ヨシュカ王の高笑いをどこか遠くに、意識が裏返る。世界を滅ぼす王に抗う加撫心音の思考は、ただ一つの偽りの使命によって塗りつぶされていった。
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※八千歩……おおよそ五千メートル。
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