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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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4-8 果てに立つ王

 その戦いは苛烈を極めた。

 魔王が放つ攻性魔法はただの一撫でで城壁を破壊し、ヨシュカ王が展開する魔力で編まれた〝拡張四肢〟は、魔王が放つ魔法のほとんどを掴み掻き消した。


 一流の戦士であろうが入り込む隙が全く見えない応酬が何度目か、互いの攻撃の手が止まったタイミングで、ヨシュカ王は城の様子を眺め渡し、髭をさする。


『ふむ、いずれ捨て去るつもりの城であるが、長年築いてきた余の文明が傷ついていくのは決して愉快ではないな。場所を変えよう。それだけで大戦に等しき余らの衝突にふさわしい舞台へと移ろうではないか』

『ふん、それには同感だ。ここは手狭でかなわん。勢い余って全市民ごと消し去ってしまいかねん』


 ヨシュカ王が指を弾けば、次元転移の門が開かれる。魔王はそれを見て小さく眉をひそめる。


『なるほどな、生命としての尊厳を弄り回す貴様の〝変異魔法〟であればそれも可能と言うことか。長い歴史の中、終ぞ国に戻ることがなかった幾名かの同胞、貴様、喰らったな?』

『理解が早くて助かる。余計な説明の手間が省けるというものだ。然様、故に次元魔法の理論は既に我が手中にある。光栄に思うがよい、ふさわしい舞台に案内してやろう』


 次元転移の門の中へ消えたヨシュカ王を、魔王も追う。そうして転移した先、広がるのは一面の荒野と荒れ果てた山脈であった。


『ここは……タイネル山に連なる山脈か。よくここまで大自然を使い潰せたものだ』

『資源は使い切らなくてはもったいないだろう。其方は世界の終焉を前に食糧庫の鍵を大切に締めておくのか?』

『傲慢なものだ。ただ一人の愚かな王ごときが、本気で世界の命運を左右できると思っているのか』

『その安い煽りは今更に過ぎる。余の力に偽りが無いことは、その身がよく理解しておろう。さて、ここならヴェアンからよく見える。実に都合が良いな』

『我との戦いを国民に見せなんの得があるのかは知らんが、ここなら存分に力を奪える。消し炭すら残さぬ、早々に消減せよ』


 魔王の背後に極大の火球が発現する。熱を強め青白くなっていくそれを前に、ヨシュカ王は余裕を崩さない。


『やはり貴公が得意とするのは火魔法か。純粋な熱量のみでの攻撃など、まるで芸が無い』

『得意だと? 我に得意な魔法なぞないわ』


 異変を感じ、ヨシュカ王は足下に目を落とす。靴底から白く霜が上り行き、一気に体温が急下していく。


『全てを等しく極めている故、目の前の事象だけに囚われぬことだ。さあ、手心など加えぬぞ』

『詠唱破棄の多重発現か。魔力の扱いに特化し進化した結果が其方らだと言うことはやはり念頭に置かねばならぬな』


 飛来する風の大鎌を、上体を反らし回避。同時赤熱した脚部が氷を溶かし、老体に似合わぬ機敏さで後方転回(バク転)を重ね後退する。そしてそれ以上の速さで迫っていた大火球は、風の膜で包み収縮させることで消火した。


『見事。だが休む間など与えぬ、いつまで躱し続けられるか見物だな』

『否、もう十分に距離は取った。其方の魔力線(パス)がここまで至っていないのは確認済みだ。ここからは蔵する魔力の打ち合いといこうではないか』


 ヨシュカ王が両手を広げれば、実体化した白銀色の魔力弾が大量に展開される。対する魔王も、それに応じ魔力を周囲に放つ。


『創人族ごときが魔人族の王に魔力量での勝負を挑むなど、笑止千万。己の浅はかさを悔やむがいい』


 一触即発の力が、周囲に満ちる、満ちる、満ちる。

 そして臨界を迎えたそれが、破裂するように放たれた。


 双方から射出された金と銀の魔力弾が衝突し、激しい爆発音と魔力光がまき散らされる。

 個々の威力は魔王に軍配が上がり、ヨシュカ王の魔力弾を一発で複数弾き飛ばす。されど、ヨシュカ王が展開する魔力弾は、まるで魔力残量など気にしないというが如く尋常ならざる物量で押し寄せてきていた。


 その戦い方には魔王も違和感を覚え、様子を見るべく魔力弾に細工を加え始める。

 一発ごとに魔法回路が仕込まれたそれらは着弾時にあらゆる攻撃魔法として発現し、更なる魔力効率を以てヨシュカ王の攻撃を散らしていく。

 それによる対効率には明らかな差が生じており、魔王の魔力弾一発につき、軽く十以上のヨシュカ王の魔力弾が相殺されていた。


 そうなれば、創人族であるヨシュカ王の魔力が底を尽きるのは時間の問題であるはずだ。

 そう見ているのにも関わらず、一向に余裕の表情を崩さないヨシュカ王に魔王は訝しみを向ける。


「実に創人族の魔法士百人分は下らない魔力を消費しているはずだ。何か隠し種があるな?」


 魔王は自身の右目と次元魔法をリンクさせ、ヨシュカ王後方を〝魔力視〟で観察する。そうして視えた太く虚空に伸びる不可思議な魔力線から、深刻な事態に当たりをつけた。

 そうして至った推察を、打ち合いの最中拡声に乗せて質問を投げる。


『貴様、己の魔力を何らかの手段で外部に貯蔵しているな? 本来その身から離れた魔力は風化するはずだが……。どういった絡繰りを隠し持っている?』

『ほう、其方からは死角となる位置に魔力線を隠していたつもりだが、良い目を持っている。然様、其方ら魔人族には成し得ない手法で、余だけが可能せしめた力だ。いくら其方が通常の創人族千人分の魔力を保有していようと、余が千年間蓄積してきた魔力には到底及ぶまい!』

『……〝変異魔法〟か。よもや貴様、自らの彩臓を複製し、魔力貯蔵用の疑似生命として運用していようなどとは言うまいな?』


 ヨシュカ王が僅かに眉を動かす。


『これは驚異である。まるでそのものを見てきたが如く正確な推察だ。今代の魔王は実に頭がキレると見える』

『そうか貴様、もはやその身はヒトに非ずという訳か。いよいよそのような怪生物、隣の世界になど渡らしてはやるまい。今後この世界を統べる我が、責任をもってここで始末してくれる』


 魔王の言に、ヨシュカ王は嘲笑を返す。


『フハハ、勝ち目が無いことがまだ分からぬのか。否、分かった上で道化を演じているのか。いずれにせよ滑稽である! 魔法士同士の戦いの彼我を決めるのは、魔力量と発現速度、魔法強度の差に他ならない。魔法強度に関してはやや分が悪いが、互いに詠唱破棄を用い速度に差が無い以上、圧倒的な魔力量の差というのはどう足掻いても埋められまい!』


 対する魔王は不適な笑みを浮かべる。


『なに、今貴様自ら答えを述べていたではないか。圧倒的な魔力量? それが活用される前に圧倒的な魔法強度(・・・・)をぶつけられたのならば、果たしてどちらが勝利すると考える?』

『そのような力は貴公に…………否、まさか貴公、千年前の大戦で彼の魔王が用いたあの魔法を――――』

『皆まで言わすまい。高強度濃縮完了。我が千年守りし〝収束魔法〟とくと味わえ』


 魔王が指先から光球を放つ。

 今まで幾千万と打ち合ったそれと見比べても差が無い小さな魔力弾。

 しかし、今までのそれと比べ数倍の速度でヨシュカ王に迫るそれが通った後には、空間の歪みが起きるほどの余波が巻き起こる。


『待つのだ、余にもそれに対抗する手段が――――』

『ああ、もちろん用意していただろうな。だからこそ油断する隙を待っていた』


 魔力弾がヨシュカ王に到達する。

 焦燥と共にヨシュカ王が発現させた〝防壁〟は紙切れのようにくしゃりと消え去る。

 そして絶大なエネルギーを内包する魔力弾の前にヨシュカ王の姿は歪んでいき――――


『塵一つ残さず消えよ』


 魔王が手を握りしめると同時、視界を埋め尽くす閃光。遅れて襲いかかる爆音と、それを追いかける爆風。

 おおよそこの世界で観測されたことが無い空前絶後の大爆発がヨシュカ王を中心に広がり、一瞬で辺りを飲み込んだ。


 数秒か数十秒か。その激震が落ち着いた頃、巨大なクレーターと化した荒野に立つのは幾重にも重ねられた〝防壁〟を球状に纏った魔王のみ。


 ヨシュカ王がそこに居た痕跡は、何一つ残っていなかった。


爆心地に歩みを進め、魔王は目を細め静かに言葉を落とす。


『過去の我はあの大戦で受けた傷で命を落とした。当時の魔王が唯一の使い手であった〝収束魔法〟が現代まで受け継がれている可能性は、思考の端に列挙はできていようが、勝機を前に第一級警戒として置くことは適わなかったろう』


 魔王として千年もの間受け継いできた責務は、ここに果たされた。

 その感傷に浸されることは、僅かであれば許されるであろうか。


 曇天から落ち始めた雨粒を額に感じ空を仰ぐ。

 クレーター化し新たに露出した乾いた大地に、雨水が染みていく。


 まだ腹心の部下たちは彼方の城で戦い続けているのだろうか。

 最後の仕上げにハープス城に戻ることとしよう。

 そう心に念じ大地から離した右足を――――生暖かい何かが包み込む。


 それがいったいなんだったのか。

 確かめる間もなく魔王の意識は闇に閉ざされた。

いつもお読みいただきありがとうございます!

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