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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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4-5 伝説の冒険者

 五人の冒険者、対する敵影は一。

 明らかにアンバランスな人数差があるというのに、一向に有効打を与えられる兆しが見えない。

 それほどまでに、元九段冒険者という伝説上でしかあり得なかった存在は強大であった。


 何度目か分からめ交錯の後、未だ片腕しか使用していないクルが器用に剣を回しながら声をかける。


「そういや、冒険者の段位による差ってのは、儂が現役の頃から変わってないのか? ほら、一つ上の段位の冒険者と戦って勝つには四人必要だって言うアレ」


 乱れた息を整えながら、シェルツは返答する。


「ええ、それは今でも同じです」

「お前さんがた、段位は?」

「認定されている段位を言うなら、五段位が四人と四段位が一人です。ですが、魔人族領までに至る旅を経て、それぞれ単独で七段位級軍用魔物を討伐できる程度には鍛えられました」

「およ、それはまことかぁ? 手合わせした僕の見立てとしては、いいとこ六段位級の戦闘力程度かと思うたが。カカッ、されど純粋なヒトであった頃の儂にであれば、やり方次第じゃ勝てる可能性もちょっぴっとだけならあったかもしれんがのう」

「……今は随分と手加減されていますね。少し様子見して手の内を探ろうと思っていましたが――――みんな、そろそろ本気でいこうか」


 五人それぞれから紫電が走る。

 迅雷魔法の発現と同時、更に身体強化の段階も上げられたことが魔力光の増強で示される。

 放つ存在感が膨れあがった五人を見て、クルは表情を輝かせる。


「カカカカカッ! 隠し玉を持っておったか! そうこなくては面白くない、儂を前に出し惜しみするとは大した胆力よ!」


 いよいよクルも両手で剣を構える。ひょうひょうとした雰囲気はどっしりとした重さに変わり、クルも本気になったということがチリチリと空気を伝ってくる。


「惜しい、惜しいのう。お前さんがたが、お国のために尽くすというのであれば稽古を付けてやったものを。これほどの戦士をここでたおさなければならないことが本当に惜しい!」


 引く脚に溜めが入る。


「さあさあさあ、こちらから行かせてもらうぞ!」


 瞬間、姿がブレ消える。同時、本能に従い眼前を守ったガントレットを強烈な斬撃が襲い、シェルツは後方に弾き飛ばされた。


「シェルツさ――」

「おっと、よそ見してる暇は」

「アンタもだよ爺さん!」


 シェルツが飛ばされた先を目で追ってしまった心音にクルの回転斬りが迫るが、それが到達する前にヴェレスの重々しい振り上げがクルを吹き飛ばした。


「ちぃ、あの爺さん、身に付けてる防具も一級品だぜ」

「ひょう、すさまじいのう。だが、儂の〝武具強化〟が引き上げる防具の性能はそこらの最硬とは桁が違うぞ」

「なら、魔法はどうかしら?」


 高速の応酬の中練り上げていた魔法を展開し、アーニエは狙いを定める。


「あれま、儂、今浮いてるから避けられんのう」

「くらいなさい! 〝千刃海流波〟」


 アーニエが得意としている最高位の水魔法の威力も、以前とは比べものにならないほどの強度を誇っている。

 一撃が必殺となる水の刃が、文字通り千に届くかという物量。音すら置き去りに高速射出されたそれは一気にクルの元へ殺到する。


 水の刃に飲まれること三秒、ようやく地に落ちたクルから激しい風が周囲に放たれ、魔法は相殺され霧散する。

 姿が露わになったクルには細かな傷は目立つものの、全体としては五体満足そのものであった。


「いやはや、ちょっとヒヤっとしたわい。特注防具に込められた〝全身硬化〟がなければ、今頃指の数本は落ちてたかもしれんの」

「あーもう、なんて耐久力よ。せめて防具の効果を阻害しなきゃ、まともに傷を与えられる気もしないわ!」


 観察に散していたエラーニュが小さな声で伝達する。


「防具に刻まれているのは、魔法回路ではなく魔法陣のようですね。常時起動させておくための措置なのでしょうが、裏を返せば戦闘中は魔力の補填ができないと思われます」

「なるほど、攻撃を続けていれば、いずれは防具の〝全身硬化〟も解除されるってことだね」

「シェルツさん! 身体は大丈夫ですか!?」


 心音が駆け寄ろうとするのを、シェルツは手で制する。


「問題ないよ、コト。それよりも、数の優位を生かすためにも休ませちゃダメだ。いつものあれを頼むよ」


戦意が充実しているシェルツの瞳に、心音は強く頷いて答える。


「分かりました! では、全開でいきます――――」


 コルネットを取り出し、深く息を吸い込む。そして奏でられるのは、戦場を劇場に変えるような華やかな、へ長調。


 P.I.チャイコフスキー作曲【交響曲第四番より第四楽章】


 伸びやかな金管のファンファーレと弦楽器が紡ぐ、急き込むような連符が戦場を加速させる。

 心音の〝他者強化〟により漲る力を湛え、シェルツとヴェレスが高速の接近、いつも以上の連係攻撃を叩き込む。


 ヴェレスの叩き下ろしをバックステップで避ければ、その先にシェルツの突きが迫る。

 それを剣でいなすと、振り下ろされていたハルバードが槍としての機能を発揮し突かれる。

 たまるものかと左方に避けると、突き出されたハルバードを掴まり棒にしてシェルツが高い位置からの振り下ろしをくらわせる。

 いよいよ防ぐしか無く拮抗状態が生まれたところで、アーニエが生成していた巨大な〝水槍〟を放った。


「おっと、そいつは避けた方がよさそうだ――――ん?」


 クルがシェルツの剣を弾き飛び退こうとすると、足下が何かに捕らえられていることに気がつく。


「ははあ、静かにしてると思ったら、やりおったな嬢ちゃん」

「わたしの〝光縛鎖〟は簡単には(ほど)けません」


 避けること叶わず、水槍はクルに直撃する。

 被弾後の様子を見ても目立った外傷はないが、クルの表情は渋いものであった。


「こりゃ、だいぶもってかれたな。〝全身硬化〟も長持ちはしなさそうか」


 足下の拘束を剣で斬り払い、クルは肩をぐるりと回す。


「さあて、そろそろ決着付けねえと、儂も余裕とはいかなそうだ」


 途端、身体全体を襲うとてつもない重圧感。

 否、そう錯覚するほどの威圧が、鈍色(にびいろ)の魔力光と共にクルから放たれる。


「ここからは儂も本気の本気よ。大人げねぇかもしれんが、格の差を見せつけてやる」


 激しい踏み込みで大地が揺れる。瞬間、クルの姿が消えたのを見て、心音の中のハインゲルが珍しく大きな声を出す。


『――まずい! 〝多太雷来〟!』


 心者の意思を通さずハインゲルの独断で放たれた数多の雷撃が乱れる。その激しさに思わず心者は目を瞑り、それでは危ないと努めてまぶたを開けば、止んだ雷の跡の奥で頭部を掻くクルの姿が見えた。


「さっきお前さんがたの力が膨れ上がった時にも、おや、と思ったが……そいつぁ話に聞く大精霊の魔法ってやつか? 凍餓の英雄以外にも五精英雄の魔法を使えるヤツがいたとは驚きだ」

『アレと一緒にしてもらっちゃ困るよ。この至上は大精霊そのものさ』


 紫色の猫が心音の肩の上に現れる。尻尾を膨らませ臨戦態勢を見せるその存在に、クルはひょう、と口笛を吹く。


「こいつは更に驚きだ。あんたずっと桜色の嬢ちゃんの中にいたのか。そりゃまるで、生きた五精英雄みてぇじゃねぇか!」

『この至上はあの頃のようにただ使役されているわけじゃない。コトはコトの意思で戦うし、この至上も自らの意思で力を振るうまでだ』

『そうさね、この意志が貸し与える力も含め、今のコトは五精英雄以上の力を秘めていると言っても過言ではないのう』


 緑色の女性の影もゆらりと現れる。大精霊二柱を携える小さな少女の姿に、いよいよクルは目を見開く。


「こりゃ……驚きで殺すつもりか? 震えるぜ、儂も長く生きてきたが、これほどの存在を相手にするのは初めてだ」


 にやりと歪ませた口元から歯を見せ、鈍色の魔力光を強める。


「相手にとって不足無し! さあさあさあ、儂を止めてみろ!」


 いよいよ最強の剣が来ると構え直したシェルツの剣が、突如弾き飛ばされる。身の危険を察知し身をかがめ側転で避けるも、クルの回し蹴りが直撃しシェルツはボールのように飛ばされ転がった。


「シェルツ! ちぃ、させるか!」


 シェルツへの追撃を防ぐべくヴェレスが突撃を仕掛けるも、突き出したハルバードは巧みな剣捌きでいなされる。手応えが完全に流されたことに動揺する間もなく、ヴェレスの胴体に強烈な斬撃が走った。


「かはっ」

「おう、いい防具に、いい〝武具強化〟だ。真っ二つにしてやったかと思ったが」


 前衛二人が地に伏した今、次に向かう剣先は後衛三人だ。もっとも早く魔法を構築できるアーニエが瞬時に大質量の波を放つ。


「悪いけどそう簡単にいくとは思わないことね。〝水流波〟!」

「おっと、まともにくらえば溺れ流されてしまうのう」


 津波のように迫るそれに、クルはなんてことないように剣を振り上げる。

 目を疑う光景だった。まるでバターを二つに分けるがごとく、斬り分けられた波はクルを避けて通り過ぎていった。


「そう、何百年も剣を鍛えればそんな無茶もできちゃうのね。さすがのあたしもそれは予想できなかったわ」

「お褒めの言葉ありがとさん。せっかくだからその身でも味わっていくといい」


 背筋に悪寒を感じ、アーニエは咄嗟に杖を前に構える。そして杖に激しい力の衝突を感じたと思えば、次の瞬間には後方に吹き飛ばされていた。


「おや、〝飛斬〟を見たのは初めてじゃなかったか? いい勘をしておる」


 壁に叩きつけられぐったりとしているアーニエを見てエラーニュは焦りを滲ませる。


「アーニエさん、みなさん……!  待っててください、今治療に――」

「その前に自分の心配をしたらどうだい?」


 クルの強烈な突きを、寸でで展開した〝防壁〟で防ぐ。たった一度の衝突で、強固な堅さを誇るエラーニュの防壁にひびが入った。


「おっと、儂の突きを防壁で防ぎきった魔法士は初めてだ。やるねぇ嬢ちゃん、次はどうかな?」

「させません!」


 轟音を捉らえたクルが後ろに回避。直前までクルが居た場所を強烈な炎柱が通り過ぎ、最強の剣士は片眉を上げてその出所に視線を向ける。


「流石は大精霊の器だ。大精霊の魔法を使わなくても、桜色の嬢ちゃん自身が強い力を持っているときた。いいねぇ、けど魔法士は接近戦で剣士に勝てないのが道理だぜ?」


 剣を握り直し迫ってきたクルを、心音は慌てて構えた滞魔剣で迎え撃つ。

 ハインゲルによる高強度の〝纏雷〟に、自身が施した〝身体強化〟。そして武具に施された〝武具強化〟の魔方陣による多種多様な強化を施しているとはいえ、接近戦が本領ではない心音はギリギリのところで防ぐのが精一杯である。

 クルの刃が心音の胸を穿つまで時間の問題かと思われたところで、突如クルが体制を崩す。


「む、またあの鎖か」

「誰一人として、やらせはしません……!」


 エラーニュが作った隙を、心音は逃さず突く。


「ヴェデンさん、お願いします!」

『承知、〝想い〟は受け取った。 〝極点加重〟』

「ぐお!? なんだこの重圧は……!」


 クルの頭上にかかった強烈な重力が動きを縛る。その間に心音はクルの側を離れ、エラーニュと合流する。


「エラーニュさん、みなさんと合流し治療を!」

「分かりました、わたしはアーニエさんの元に向かいます」


 シェルツとヴェレスに治療を施すべく、心音も駆け出す。ヴェレスの元に着き治療を進めていると、クルの元に残ったヴェデンが心音に念話を伝えてくる。


『この意志の力をもってすれば、しばらく魔法を維持するのは造作もないのじゃが……この老兵、すさまじい気迫じゃ。対応されるのもそう遠くはあるまい、急ぐのじゃ』


 ヴェレスを支え起こし、急ぎシェルツの元へ向かう。


「シェルツさん! 大丈夫ですか!?」


 苦しそうに膝をつくシェルツの脚を看れば、どうやら骨が折れているようであった。


「骨が……でも、これだけ綺麗に折れていれば、すぐくっつけられます」


 理科や保健体育の授業で学んできた人体の知識を元に、エラーニュから学んだ治療の心得を思い出しながら疑似魔法を構築していく。


「骨格構成、正常域へ。筋繊維、修復促進。材料は周囲の細胞から拝借して……構築します!」


 桜色の魔力光が脚を包むと共に、激痛。

 シェルツは苦痛を顔に浮かべながらも、それが無理な治療の痛みであることも知っている。

 心音の魔法行使が終わり、すっかり動かせるようになった脚を確かめ、シェルツはクルを見据える。


「ありがとうコト、助かったよ。まずはみんなと合流だね」


 なにやら不穏な気配がただようクルを視界に入れつつ、仲間たちの元へ向かう。どうにか体制を立て直した五人は、手早く意見を交わし合う。


「あの爺さんの力はよく分かったぜ。一人でやり合おうとしても絶対に適わねぇ」

「皆が力を合わせて、最高の連携を生んだ上でなんとか競り合えるか、だね」

「なら、あたしたちのいつもの流れを思い返しましょ。役割があるでしょ」

「ええ、連携はわたしたちの十八番です。主導権を奪いましょう」

「みなさんとなら、誰にも負けないってぼくはイメージできますっ。最高の補助を約束します!」


 五人の心が固まったところで、激しい破壊音。暴風すら伴う力の発露で、クルは身に係る重力魔法ごと吹き飛ばしていた。


「ふう、こいつはなかなか(こた)えたぜ。流石は大精霊の魔法だ、儂じゃなきゃ今頃ぺしゃんこだったな、カカカッ」


 クルは軽口を叩きながらも、剣を構え直す。すぐにでも戦闘を再開する心づもりのようだ。

 対する冒険者五人も、ここからの応酬で決着を付けるべく本気の構えを取る。


 緊迫の糸が張り詰め幾秒か。両者の呼吸が一致した瞬間、決戦の殺気が放たれる。

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― 新着の感想 ―
[一言] チャイコの4番、懐かしいです。 楽章の番号の記憶が曖昧なのですが、 どういう訳か、練習中は もっと早く って注意されるのに、 本番だと音が走り過ぎて、 もっとゆっくり~ 周りの音聞いて~ っ…
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