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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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4-4 凍餓の英雄

 五月雨さみだれのように降り注ぐ氷の矢が、薄紫の〝防壁〟に阻まれ落ちる。

 守りを維持するハリュウが、相対する凍餓の英雄と同様、氷を扱うエキスパートたるノッセルに向けて、やや早口に確認する。


「どぉ~?  相殺できそう?」

「生成域は把握したァ。一撃も逃さずに打ち砕いてやる」


 ノッセルが両腕を広げれば、背後に氷の槍が無数に現れる。それらが一斉に射出され、凍餓が放つ攻撃を全て無力化していった。


「助かったよ~。あの規模の攻撃を〝防壁〟だけで防ぎ続けるのは、原理的にムリだったからね~」

「よし、門外漢だけど、接近戦を仕掛けてくるよ」

「頼んだ、トノンよ。君の遠距離水魔法は、かの敵と相性が悪い故」

「承知してるさ。後方支援は頼んだよ、ノーナスーラ」


 水色の頭髪を低く落とし、トノンは走りながら水の刃を生成する。

 降り注ぐ砕かれた氷はノーナスーラの次元魔法により彼に当たることはなく、そのまま凍餓の懐に入り込んだトノンは下段から上段へ刃を振り抜く。

 同時、響く凛とした衝突音。


『うん、やっぱりそうくるか』

『流動する水の刃は確かに脅威となりえるが、凍らせてしまえば、この叡智の身体を打ち砕くこと叶わぬは道理』

『面倒くさい身体だね、お前。ならこれはどうかな?』


 トノンの身体から膨大な水量があふれ出し、凍餓ごと飲み込む。あっという間に特大の水球の中に閉じ込められた凍餓を残し、トノンはイルカのように優雅に泳ぎ水球の外へ脱出した。


『さて、凍らせてしまおうが、甘んじて水中遊泳を受け入れようが、待っているのは呼吸困難による窒息だ。まぁ、その前に増強させている水圧で圧殺されるのかな』


 自身が講じた策によって溺れゆく凍餓を前に、トノンは手応えと妙な緊張感を共存させて経過を見る。


「うん、氷の矢は止まったね。これから取られうる手としては、おそらく水球を凍らせて僕から制御を奪うといったあたりだけど……」

「あぁ、あれだけの水を凍らせるにはオレ様でも数十秒かかる。その隙にキメてやれ、クラミ」

「任せな。あたいの究極の熱線を頭蓋に撃ち込んでやるよ」


 水球を凍らせきるために身動きが取れなくなったところがチャンスだ。その瞬間に必殺の一撃を見舞いすべく、クラミは指先に熱量を集めていく。


「ほら、このままじゃ溺死だよ? 早く冷却魔法を――――」


 絶句。

 目の前の結果を理解するのに僅かな遅滞。


 その場にあったはずの水球は瞬きの間で全て氷になり、ダイヤモンドダストのように木端微塵になっていた。

 驚愕の隙にトノンを襲撃した氷の矢を、ノーナスーラが次元魔法で座標をずらし逸らす。


「総員、冷静さを欠くな。事実、貴奴が操る氷の魔法は、ノッセルが得意とする〝冷却魔法〟とは根本が異なるようだ」

「助かったよノーナスーラ。ノッセル、君はどう分析する?」

「普通の冷却魔法なら、術者を中心に徐々に凍結が進むはずだァ。ヤツの魔法はその過程を無視して、一気に全て凍らしやがった」

「あぁ、僕にもそう見えたよ。その魔法原理に心当たりは?」

「……通常、ものを冷やすには熱交換の過程が必要だ。だが、今の魔法には廃熱する過程が見られなンだ。考えたくもねェが、ヤツはモノが持つ熱量そのものを消し去ってやがる!」


 五精英雄が司る、失われし古代の魔法。その正体に当たりが付くと同時に、描いていた対処法が崩れ去る。


『話し合いは十分か? では、次はこちらから行かせてもらおう』

「オレ様の仮説が正しいとすれば……ヤツの身体に触れるのはヤバい、忙しくなるぞハリュウ!」

「りょうかい~。おれの〝実体魔力操作〟が一番適任だもんね~」


 身一つで接近戦を仕掛けに来た凍餓を、ハリュウが操る、実体化させた魔力で編まれた薄紫の鞭でいなす。凍餓の拳に触れた途端、鞭は霜に這われ崩れていくが、ハリュウの魔力供給により即座に形状を取り戻し守りを続ける。


「僕の水魔法は使いどころを選ばなければむしろ邪魔になりそうだ。クラミ、動いている標的は狙える?」

「あたいを誰だと思ってるんだい。……と言いたいところだけど、肉弾戦の動きも洗練されているねぇ。ちょいと足止めをもらわないと厳しそうだよ」

「ならば三秒稼いでみせよう。その隙に核の破壊を依頼したい」

「はっ、お釣りがでるくらい十分だね! いいさ、やってみなノーナスーラ」


 前方でハリュウの悲鳴。


「うわ、ちょっとそれは難しいな~」


 広範囲に放たれた氷の礫により、ハリュウの鞭が一気に大半を削られる。咄嗟に実体魔力を切り替えた〝防壁〟により、すんでの所で押しとどめる。その防壁も、凍餓の拳による連撃により破られるのも時間の問題といったところだ。


「俺の〝防壁〟は弾力性があって耐久力のある特別製なんだけどなぁ~。自信なくしちゃいそうだよ~」

「いいやハリュウ、よくやってくれたぜ。次はオレ様の番だァ!」


 ノッセルが氷で生成した巨大なハンマーを上段に構え、跳躍と共に凍餓へ振り下ろした。

 凍餓は瞬時に両腕を交差させて防ぐが、激しい衝撃で左手にひびが入り、手首から先が砕け落ちる。


「まだ終わりじゃねェぞ!」


 筋肉に筋を浮かべ、ノッセルはハンマーを繰り返し叩きつける。

 〝身体強化〟の魔力光は半透明の目映ゆさとして立ち上り、〝武具強化〟を施されたハンマーからも尋常ならぬエネルギーが放たれる。

 左手首の次は右手首、そして左肘、右肘と損傷を広げていく。

 そうしていよいよ守る腕が砕けきり、ノッセルはその頭蓋に狙いを定めた。


「ハハ、終わっちまうぞォ!」

「ふん、敵が腕を無くしたくらいで吠えるな」


 凍餓が小さく屈み、膝のバネの勢いをつけて回転蹴りを放つ。その強烈な一撃により、ノッセルのハンマーはものの見事に砕け散った。

 しかし、対するノッセルは不敵な笑みを浮かべる。


「最高の蹴り、ごちそうさんだ」

「……なんだと?」

「よくぞ吾輩に繋いだ、ノッセル」


 ノーナスーラが腕を横一文字に薙ぐ。それに同調し、凍餓の軸足に重なるように出現した次元の裂け目がズレた。


『貴様ら……! いつからこれを狙って――』

『宙に浮いてる最中なら避けようもないねぇ! 喰らいな!』


 クラミの指先に集中した魔力が弾け、強烈な熱線が頭部ごと貫いた。高い熱量により一気に気化した水の蒸気が広がる中、首の無い胴体を見て手応えを得る。


「どうだい、核を丸ごと消し去ってやったさ!」

「これじゃあ、さすがに復活できないでしょ~」

同胞(はらから)どもよ、ゆめ油断しないことだ。吾輩の勘が警鐘を鳴らしている」

「あっ? つってもほとんど残ってない胴体はぴくりとも――」

「――ッ!? ノッセル、避けるんだ!」


『遅い、遅すぎる』


 弓矢の如き速度で這い寄った冷気の波がノッセルの脚部を捉え、瞬く間に下半身を氷付けにする。その出所を目で追えば、首から上だけの凍餓からパキリパキリと胴体が次々生成されていた。


『汝、すんでで首だけを切り離していたな?』

『ほう、よい推察だ。ならば現在自らが置かれている状況にも察しは付くな?』

『……吾輩どもの足下は既に貴様の手中か。ならば早々に離脱させていただく』


 ノーナスーラが次元を揺らがせ姿を消す。ノッセルは既に身体の大半が氷に飲まれ、他の面々ももはや身動きが取れない状態にあった。


「ちっ、氷使いであるオレ様がこのザマか。後は頼んだ……ぜ……」

「頼んだって言われても、おれももうムリそうかな~」

「僕の魔法とは相性が悪すぎる。なんとかならないのかいクラミ」

「まぁ、これも定めだねぇ。あたいは甘んじて受け入れるよ」


 少しの静寂、遠くで聞こえる戦闘音。

 氷の彫像が四体完成してしまった場見の間で、完全に身体を取り戻した凍餓が口元を緩める。


『今すぐに身体中の熱を奪い去り破壊し尽くしてもいいのだが、魔人族の氷漬けなど滅多に手に入らない代物だ。このままじっくりと冷気を浸透させ、この叡智の作品に加えてやろう』


 クツクツとせせら笑い、周囲を見回す。


『臆病者の次元魔法使いは逃げ去ったか。その程度の相手なら放っておいても支障なしか』


 凍餓は未だ戦闘を続けているヨシュカ王の方を見やる。


『いらんとは思うが、王の助けにでも入るか。ならばここにはもう用は――――』


 この場を離れようとして、思わず静止。

 ぎこちない動きで手足を確かめる凍餓が、自身の状態を言葉にして整理する。


『手足は支障ない。疑似神経系の接続不良か? いや、これは……頭部か!』

『ご名答、汝の頭部は次元の磔にさせていただいた』


 ゆらりと現れるノーナスーラの言葉に、凍戦は焦りを滲ませる。


『次元魔法使い、逃げたのではなかったのか!?』

『いやなに、少し高次次元へ散歩していたまでだ。予め頭部には次元の糸を繋がせてもらっていた故』

『まさかここまでが貴様の手中――いや、だとしてもお前程度の魔法では、この叡智の核は打ち抜けまい』

『さもありなん。ならば適任者をあてがうまで』

『貴様らの仲間は既に――⁉』


 凍餓の瞳孔が大きく開く。

 その視線の先、たしかに氷漬けにしたはずの緑髪の女クラミが指先を凍餓に向けていた。


『あたいの情熱を冷ますには、ちょいとヌル過ぎたねぇ。頭を転がせるんだっけ? できるならやってみなぁ!』

『ま、待て! クソッ、おのれ、おのれぇぇぇえ!』


 クラミが標準を示す指先から放った極大の熱線は確実に凍餓の頭部を覆いつくす。


 高熱の蒸気が霧散し、全てを焼き尽くしたその後には、今度こそ塵一つ残らなかった。

 長い溜息を流し、クラミは小さく伸びをする。


「終わりはあっけないねぇ。しかし、あたいたちにしちゃあ、だいぶ綱渡りの戦いだったよ」

「ご苦労だった、クラミ。全身に高熱を纏うことができる汝の存在は、吾輩の策に不可欠であった」

「ノーナスーラ。いつものことだけど、あんたの〝対内念話〟は情報量が多くてちょいと疲れるね。さてと、趣味の悪い氷像を溶かしてやるかい」


 仲間たちを救出すべく背を向けたクラミに目を細め、ノーナスーラは一人苦悩を呟く。


「同胞どもの損傷は激しく、また消費した魔力もあまりに大きい。残された資源リソースで如何に魔王様のお役に立てるものか」


 謁見の間の対角と崩れた壁の先のテラス、それぞれで未だ激しい戦火が飛び交っている。

 今はただ、確実に一つ役目を果たせたことを良しと言い聞かせるがごとく、ノーナスーラは仲間の治療にあたることとした。


いつもお読みいただきありがとうございます!

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