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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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3-8 城内ミッション

 王国聖歌隊の衣装をまとい、くるりと全身を確認。久しぶりに袖を通したそれの感覚を確かめ、心音は腰の位置に納まっているコルネットの肩下げレザーケースに手を添える。


 もう数歩前へ出れば、そこは王城間近の大通り。大きく深呼吸し、努めて気持ちを落ち着かせて城門へと歩みを進めた。


「衛兵さん、おつかれさまです!」

「ん、その衣装と特徴的な髪色は……おお、宣教の旅に出ていたコト・カナデか! きっと国王陛下もお待ちだ、まずは事務室に顔を出すといい」


 すんなりと入城を認められ、巨大な門の傍らにある勝手口から通してもらう。広大な敷地をしばらく歩き、勝手知ったる事務室の扉を叩く。


「はいはいなんでしょう……って、コトさんじゃないですか、ようやく帰られたのですね!」


 くせっ毛が特徴的な女性事務員が真っ先に反応してくれた。馴染みの彼女が対応してくれるのであれば、心音としても安心である。


「はい、ただいま帰城しましたっ。まずはどうしたらいいでしょうか? 王様には報告にいかなくちゃいけないと思いますが、先に聖歌隊に挨拶してきた方がいいですか?」

「そうですね、内容が内容なので、まずは楽長のローリンさんに話を通してから一緒に報告に行くのが流れでしょうね。動態名簿処理はこちらでやっておきますので、コトさんは大聖堂の方にどうぞ〜」

「了解ですっ、ありがとうございます!」


 相変わらず慌ただしげな事務室を退室し、聖歌隊の拠点である大聖堂へ向かう。


 この世界に来てから多くの時間を過ごした城内が、懐かしくすら感じる。そんな空気感を味わっていると、大聖堂の門はもう目の前であった。

 中からは楽器の音色が聞こえる。合奏中であろうか。曲が一旦の区切りを迎えたのを確認し、心音は大きなその扉を開いた。


「ん……? コト、コトだ! コトが帰ってきたぞ!」

「テンディさん、本当ですか? ……おっと、私の後方、正門の方でしたか。お帰りなさい、王国聖歌隊特別奏者コト・カナデさん」


 真っ先に声を上げたルターヴィレイス奏者のテンディに遅れて、指揮者である楽長ローリンが心音の姿を認める。合奏の場はちょっとした騒ぎになり、みな心音の帰還を喜んでくれる。


「その衣装と楽器を携えてここへ戻ってきたということは、宣教の旅は一先ずの終わりを迎えたようですね」

「はい! 前線の国アディア王国に至るまで、各国での宣教活動を経て帰ってきました!」

「それはなんと、我らが神もお喜びでしょう。となれば、詳しいお話を聞かなくてはなりませんね」

「えと、合奏を中断させてしまいすみません。それと、これからまたよろしくお願いしますっ!」


 懐かしい顔ぶれに、空気感。

 華やぐ聖歌隊員たちに見送られながら、ローリンに連れられ楽長室に通された。


 旅と宣教活動の内容をローリンに伝え、国王に報告する手順を整えていく。宣教活動の内容については、事実を多分に脚色しながらのシナリオを作ってある。


 実際の心音の旅は宣教師としては真面目なものではなかったが、それでも実際にトラヴでの実績やアディアの前線で加護に祈る戦士たちの様子など、脚色のベースとなる経験は多分にあった。


 一通り話をまとめると、事務員が話していた通り、ローリンと共に王への謁見を求めることとなった。

 王仕えの大臣へはローリンから口利きをしてくれたようで、しばらく大聖堂で待った後、王からの召喚があった。


 国王に謁見するという事実が、以前とは全く違う印象に感じる。旅の後初めて見ることになる国王の姿に何を感じるのか、少し恐ろしく感じながらも、自らの勤めを果たすためローリンと共に謁見の間へ向かった。




 煌びやかに装飾された謁見の間。玉座で堂々たる存在を放つ国王の眼前に足を運び、膝を折ってかしづく。


「王国聖歌隊特別奏者こと・かなで、宣教の旅からただいま帰国しました」

「うむ、長きにわたり、よく務めた。楽長ローリン、既に概要は聞いておるな?」

「はい、先程カナデ隊員からの報告は受けております。僭越ながら、私めがまとめた内容を簡潔にお伝え致します」


 グリント、トラヴ、アディア。長距離に渡る創人族領での旅で得た信仰にまつわるエピソードが国王に伝えられる。

 その内容は総合して、創人族の国々では一様に、ただ一柱の神に対する信仰が貫かれているというものであった。

 全てを聞き終えた国王は満足気な額きを一つ、独り言のような返答を下ろす。


「信仰は十分、それは確かな力になろう。……下地は十分であるか。うむ、コト・カナデよ、大儀であった」


 傍らの大臣が国王に刻限を知らせる。重要な報告が控えているのは、心音だけではないということであろう。

 退室を認められ、心音とローリンは立ち上がり頭を下げる。

 去りゆこうとする心音を見る国王の目が、まるで道具を品定めする時のようなそれに思えて、心音は少し不気味に思いながらも玉座に背を向けた。




 王への謁見が終わりローリンに礼を伝えると「これも(わたくし)の職務ですので。さて、旅疲れもあるでしょう、今日は城内でゆっくりしていてください」との返しがあり、心音は内心これはチャンスだと喜び、域内の探索を始めた。


 城内を広く回り魔素の流れを見る初日。

 聖歌隊訓練の合間に城内それぞれの部屋に焦点を当てた二日目。

 そして、気がつけばあっという間に刻限の三日目になってしまっていた。


 焦りを感じながらも、不審な動きを悟られないようしっかりと合奏に参加し、演奏をこなす。

 心音が戻ってきてから合奏のレベルが上がったと賞賛の言葉を受けながらも、どこか心は辺りを泳いでしまうのを止められない。


 昼前の合奏が終わり、長めの休憩。

 そわそわしながら楽器を収める心音の元に、一人の少年が声を掛けにきた。


「よう、コト。やっぱりお前はすごいな、演奏の練度が段違いだ」

「そうですか? ありがとうございますっ。テンディさんも、以前よりもずっとずっと上手くなってますよ!」

「本当か? あれから俺も練習頑張ったからな。コトに言われると嬉しいぜ」


 やや上気させた類を援き、視線を逸らす。そんな少年が可愛らしく思えて微笑むと、テンディはしどろもどろに口を滑らせる。


「なんだかコト、前よりも色っぽ……大人っぽくなったな」

「そうですか? ぼくも絶賛大人に向けて邁進中ですっ。きっとかっこいいお姉さんになるんです!」

「はは、そういうところは変わらないというか……。ところで、お前なんだか忙しそうにしてないか? 何か困ったことがあれば言ってみろよ」


 驚いた。テンディは他の人が気にとめないコトの様子にも敏感に察するものがあったようだ。少し悩んだ後、心音は詳細を伏せながら大きな枠での質問を投げる。


「テンディさん、このお城の中で一番開放的な所ってどこだと思いますか? 広さというか、気持ち的に開けてる所というか……」

「なんだそりゃ、変な質問だな。でも……そうだな、やっぱり大聖堂の屋上じゃないか? あそこで演奏するのはすごく気持ちがいいもんだと思うぞ」


 ――首点であった。まだ捜索の手を伸ばしていなかったそこに、確信的なものを感じる。


「それ、素敵です! ありがとうございますテンディさん、なんだかスッキリとしました!」

「あ、コト――行っちまった。あんなに瞳を輝かせて、変なの。でも、オレの言葉でああなってくれたってんならそれもまあ……」


 口元を緩ませ、テンディも休憩に入るべく大聖堂を立ち去る。人がいなくなったそこは、屋上へ繋がる階段を潜ませ静かに光りを浴びていた。


「消音よし、認識阻害よし、脚力強化に〝纏雷〟も少し。大聖堂内に生体魔素の気配無し。行くなら今!」


 お昼休憩で大聖堂に誰も無い今、普段行く用事がないはずの屋上に、誰から見咎められることも無く上るチャンスである。


 文字通り音を殺し速やかに大聖堂内を抜け階段へ。強化された速度でみるみるうちに登り切ると、天井のハッチを開けて光の中へ飛び出した――――


「――――見つけた!」


 澄み切った空に吹き付ける風。

 いつか見たヴェアンの全景が広がるそこで、〝精霊の目〟を発現させた心音は確信を口にする。


 城を覆う障壁の位置を間接的に示している魔素の対流が、ちょうど穴が空いたような空間を通して外へ自由に流れ出ている。


 屋上をぐるりと見回す。その露台は聖歌隊が合奏体系を組んで余りある広さはあるのだ、魔方陣を設置するには十分な余裕があった。


「まさに、おあつらえ向きの場所って感じ! 考えてみれば分かってたはずだよね。だってここで〝音響魔法〟を乗せて演奏した音楽がヴェアン中に届いていたんだから。ここではお城の外と魔法のやりとりができてたんだ」


 目的の段階は一つクリアした。次はあらかじめ外出許可をもらっていた通り、今晩一度城外に出て仲間たちに報告すればいい。


 となれば、気づかれる前に速やかにここから降りるべきであるが……心音はもう一度ヴェアンの街並みを見渡す。


 あの日見た美しい街並み。

 この世界が一人の欲望のせいで遠からず滅ぼされようとしているだなんて、絶対に間違っている。


 一層強まる決意を胸に、心音は音も無くその場を後にした。


いつもお読みいただきありがとうございます♪

昨日の投稿忘れてましたすみません……!

週一投稿は死守します!

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