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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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3-7 家族の温もり

 ふかふかのベッドに差し込む柔らかな朝日で目覚める。

 天気が良いのだろう、小鳥のさえずりが耳に心地よい。


 既に部屋の外では営みの気配がしている。

 ベッドから降りテキパキと着替えると、少女は桜色の髪をふわりと浮かせてドアノブに手をかけた。


「あらまあ、おはようコトちゃん。ふふ、一番乗りよ、早起きえらいわ」

「おはようございますティリアさん! 朝ごはんの支度ですか? いい匂いがしますっ」


 オーブンではパンが焼かれ、キッチンに並ぶのは切りそろえられた野菜、肉の下処理も終わっているようだ。そこから導き出されるのは、以前もこの家で食べたことがあるパニーニに似たパン料理であろう。


「シェルツさんもティーネちゃんも、今朝はもう少しゆっくりですね。そうだ、ぼくも朝ごはんの準備お手伝いしてもいいですかっ?」

「あら、いいのかしら? それじゃあ一緒においしいお料理を作りましょうね」


 ティリアの横に並んで料理を進める。

 しばらく離れていた、安心できる家庭での光景。ふと郷愁の念(ノスタルジー)が込み上げてきて、つい心音の口から無意識が転がり落ちる。


「ママと一緒に料理してるみたいだなぁ……」


 ティリアの手が一瞬止まる。しかし、それが自分に当てた言葉でないことを察してか、特に言及することも無く再び手を動かす。


 しばらくの間、早朝のキッチンにゆっくりとした時間が、ただただ流れ続けた。





「ん〜おはようお母さん――と、わ、コトちゃん!」

「おはよ〜ティーネちゃん! ふふん、なんともう朝ごはんはできあがっているのですっ!」

「わ〜ほんとだ、おいしそう! これ、お母さんと作ったの? コトちゃん料理もできるんだ!」

「おはようみんな……」

「お兄ちゃんが最後だよ〜! ほら見て、コトちゃんがお母さんと一緒に作ってくれたの!」

「おお、俺の好物だ。旅の中で作ってきた料理と家庭料理はやっぱり印象の新鮮さが違うね」

「ふふ、お父さんにも食べてほしかったわ。そうそう、お父さんは今晩帰ってくるみたいよ」


 にぎやかな朝が、穏やかに流れていく。

 例えそれが嵐の前の静けさにすぎないとしても、その尊さを甘受することはきっと罪ではないだろうと、心音は偽りのない笑みでその時を過ごした。




 よく冷えた夜風が緩やかに吹き付ける屋根の上。科学者であるリッツァーが星の観察をしていると、ふと頬の横に熱を帯びた湯気を感じ振りむく。


「父さん、寒いだろうによくやるね」

「シェルツか。ココア、ちょうど欲しかったんだ、助かるよ」


 望遠鏡に寄せていた身体を起こし、シェルツから飲み物を受け取る。まだ十分な熱を孕むそれでかじかんだ手を温めながら、横に座ったシェルツに対してリッツァーは言葉を促す。


「シェルツがここに上がってくるなんて、珍しいじゃないか。何か話したいことでもあるんじゃないか?」

「はは、父さんにはお見通しか。……もし、いや例え話なんだけど、世界を救うためにはこの街を戦場に選ばなくてはならなくて、俺にその決断をする権利があるとしたら、父さんは俺を止めるかい?」


 横に流れていた湯気が縦に昇る。


「なんだ、ずいぶん大袈裟な例え話だな。……ふむ、その条件だと、戦場を選べないのっぴきならない事情があるのだろう。ならば答えは簡単じゃないか、私なら家族の命をみすみすと捨てられない」


「……そうだね、ここが戦場になったらみんなの身に危険が――」

「逆だよシェルツ。世界が滅べば誰も助からない。だが、戦場になるくらいだったら、生き延びようとする選択が望める。生存の可能性がないのとあるのとでは、天地ほどの差があるさ」


 口角を上げるリッツァーの言葉に、シェルツは少し目を大きくする。


「なるほど、そういう考え方もできるのか」

「ん? 科学の分野において可能性が介在する余地というのは非常に重要な要素だと、何度も教えてきただろうに。世界と共に滅ぶか、うまいことやって世界ごと教うかだろう。シェルツも私の息子なら最善の先を目指しなさい」

「最善のその先、か。ありがとう父さん、なんとか思い悩まずに済みそうだよ」

「どういたしまして。何を抱えているかは知らないが、自分と仲間を信じなさい」


 近いうちに王都ヴェアンが戦場になる。そのことは万が一にも国王の耳に届く危険性を排除するために、言うことはできない。


 ハープス王国の平野部で戦争が計画されていることは、きっと既にギルド経由で国王の耳に届いている。

 あくまでその陽動に意識を向けさせ、本命の作戦は決して悟られてはならない。王城を中心とした決戦の余波が街中に及ぶ可能性は、伝えたくとも伝えられないのだ。


 それでも、シェルツは父との問答で得た一つの答えを胸に、夜風の中立ち上がる。

 明日で移動のため設けられた九日が終わり、その後はいよいよヴェアンでの作戦行動だ。


 去り際、最後にリッツァーが背中越しに静かに語り掛ける。


「シェルツ、いっぱしの男の顔をするようになったじゃないか。良い旅をしてきたんだな」

「……ああ、俺にとってのかけがえのないものが何なのか、それが掴めた旅だったよ」


 星の観察に戻った父の背中が今までよりも大きなものに感じる。得た一つの決心を胸に、シェルツは明日に向かって降りて行った。




 太陽がちょうど天頂に昇る晴れの日の正午。

 王都ヴェアンの自然公園にて、五人の冒険者が集う。


 ヴェアンでの作戦行動開始を翌日に控えた今、話し合うのはヴェアンの現状を見ての具体的な手順だ。

 その導入がてら、雑談も兼ねてシェルツは昨日の休暇の過ごし方を問いかけた。


「みんな、昨日はよく休めたかな? 俺と心音は、久しぶりに家庭でのゆっくりとした時間を過ごせて気持ちも身体も休まったよ」


「オレは、そうだな、お袋が作ったヴェアン料理をたらふく食えたのもそうだが……オヤジと久しぶりに話したぜ。今までオレも酷いことを言ってきたからな、完全和解とはいかねぇが……それでもまともに会話を交わしたのは何年ぶりだったか」


「あたしも家族との時間はしっかり取れたわ。あとはそうね、いざという時の魔法強度を高めるために、瞑想に時間を費やしたってところよ」


「わたしは両親にお願いして、治癒術の講義をしてもらいました。医療は常に進歩していますから、最新の情報を得ることは良い刺激になります」


 各々が得た充足感は、そのまま表情に表れる。皆、決戦前に英気を養えたようだ。

 話題が一つ落ち着いたところで、いよいよ作戦についての会議に話が移る。


「さて……昨日は心身を休めながらも街の様子を見ていたわけだけれども、まだ大きな動きはでていないね」

「つーことは、まだ王様に話がいってねぇってことか?」

「いえ、既に耳には届いているはずですが、おそらく国民不安を煽らないよう水面下で動いているのでしょう」

「いずれにせよ、計画(プラン)その一は無しね。あたしたちのところに召喚がかからなかったもの」

「王様がぼくたちから直接話が聞きたいって言ってくれれば、みんなでお城に入ることができたんですけどね」

「となれば、本命の作戦、計画(プラン)その二でいくしかないね。コト、負担をかけるけどよろしくね」

「大丈夫です、心の準備はバッチリですっ! ぼくが王国聖歌隊の立場を利用して単独潜入、王城を囲む対物理・魔法障壁の穴を探して、五日後に〝次元転移〟の魔方陣を設置、ですねっ」


「よく心得てるじゃない、コト。王城の周囲に展開されている障壁はかなり強力な常在型魔方陣によるものだと予想できるわ。維持には相当量の魔力を注がなきゃいけないはずだけど、そうなると必ず生じる大量の魔素を排出する穴があるはずよ。そこからなら、城外からの〝次元転移〟も障壁に阻まれることなく発現できるわ」


「その穴を見つける役目としても、コトさんが最適です。魔素の流れが見える〝精霊の目〟を用いれば、周囲との齟齬が割り出せるはずです」

「コトが城に行っちまったらオレらと連絡もとれなくなっちまうが、とりあえず三日が経過した時点で中間報告に来てくれんだろ? もしそれまでに設置場所が見つけられなかったら、計画(プラン)その三ってところか」


「そうそう、ハープス国王はきっと城内の魔法的機微には敏感になっていると思うから、魔方陣の設置はあくまで五日後だよ。その頃には戦争も本格化してるだろうし、かつ魔王様の転移直前であれば見つかる危険性も抑えられるから」


 自身が作戦の要を担っていることに、心音は緊張感を覚える。

 しかし、ステージ上で全期待を背負いながら独奏を担うことなんて、自身にとって日常茶昧事だったはずだと、その緊張感がむしろ気持ちの高まりへと繋がる。


 その後も細かいすり合わせを行い、日が暮れる頃に一度解散の時を迎える。

 刻一刻と迫るXデーに決意と不安を感じつつも、心音は確かな大義を胸に夕焼けに変わりゆく空を仰いだ。


いつもお読みいただきありがとうございます!

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