3-6 ただいま、ヴェアン
視界いっぱいに広がる長大な白い壁。奥にそびえる壮大な西洋風の城。
門を抜けた先に広がるは商店街に溢れる人、人、人。
「わあ! 懐かしのヴェアンですっ!」
「ほんと、二、三年くらい離れてた気分だわ」
「同感です。見飽きていたはずの大通りがこれほど新鮮に感じる時がくるとは思いませんでした」
飛び交う音楽に、馴染みの服装や見知った商店。ホームグラウンドに返ってきたという実感が、冒険者たちの胸を満たす。
「シェルツ、まずはどうするよ!? 行きてぇところがたくさんあるぜ!」
「気持ちはわかるけど、先に公的な仕事を締めよう。冒険者ギルド支部に行って指名依頼の報告だ」
魔王直属特設隊としての裏の仕事はこれからであるが、まずはギルド支部長からの依頼を報告しないことには、この街で自由に動くのは難しい。
五人は慣れた足取りで迷うことなく街を進み、ギルド支部へと向かった。
ギルド支部のスイングドアを通過した途端、集まる視線。情報を集め人との交流を重んじる冒険者の習性のようなそれが、今は賑わいの口火となった。
「おお!? シェルツたちじゃないか!」
「本当だ! 支部長からの指名依頼だったろ? よく帰ってきたな!」
「なになに、何事だ?」
ロビー中が騒がしくなる。シェルツたちにとって知っている顔も多く、一人一人に反応を返したいところではあるが、今はやるべきことがある。
シェルツに目配せされたエラーニュが肩下げ鞄から指名依頼書を取り出し掲ければ、群衆と化した冒険者たちは暗黙の了解として道を空けた。依頼報告は冒険者にとって妨けてはならない重要な仕事だからだ。
そのまま冒険者たちの中を貫き、依頼報告受付の窓口でシェルツは報告の意思を伝える。
「五段位冒険者シェルツ・ヴァイシャフト以下五名、創人族領の果てに至る長距離遠征による調査を完遂し、ただいま帰国しました。支部長はご在席ですか?」
「冒険者証および依頼文書、確かに確認しました。支部長から最重要依頼である旨伺っております。支部長はただいま支部長室におりますので、このまま少々お待ちください」
窓口の事務員が席を立ってしばらく、廊下の奥から支部長が瞳を輝かせてやってきた。
「おお、よく戻った! 報告は私の部屋で受けよう。長くなるだろうから、お茶や菓子も用意しなくてはな」
初めて通るわけでは無い支部長室への通路だが、これから待つ調査報告のことを思えば、少なからずの緊張感を覚える。真実の中に嘘を交える必要があり、五人全員が同様な嘘の経験をしたように語らなければならないからだ。
遠からず国王の耳にも届くことになるであろう調査報告、ボロを出してしまえば作戦の遂行に支障がでかねない。
辿り着いた支部長室の扉を、生唾を飲む仕草すら気づかれないよう、気を引き締めて通過した。
「さて、何から聞くべきか……まずはご苦労だった。長期間に渡り、楽では無い遠征だったろう。最終到達点はどこまで?」
「創人族領最西端の、アディア王国ルーディまで調査の手を伸ばしました。砦での防衛戦にも参加し、体感と共に多くの情報を収集してきました」
「おお、アディアでの最前線の戦争を経験してきたか! それは貴重な体験となったであろう。もしや魔人族そのものと遭遇することも叶ったか?」
「ええ、防戦ですがアディアの砦で相対することができました。また、グリント王国でも魔人族の別個体との戦闘行為があり、それについても報告します」
「なんと、二度も魔人族に遭遇することができたとは! これは貴重な情報となるぞ」
実際には魔人族の国にすら足を踏み入れているのだが、そのことは当然伏せていなくてはならない。
魔人族とのつながりができていることは察せられてはならず、あくまで創人族の領内に収まる遠征であったと詐称しておくべきだからだ。
見知った善良な支部長を騙しているようで気が引けたが、アディアに至るまでの遠征記録を、見てきた情報そのままという形で伝え始めた。
「……なるほど。ではミルト、グリント、トラヴ、アディアそれぞれで魔人族が介在した痕跡があった、ということか」
シェルツの報告を聞き終え、支部長は得た重要情報をまとめるように呟く。
アディアを出て森人族の国に向かったところから先は、当然事実通りの報告とはならないが、実際の帰り道が〝次元転移〟による大幅な時間短縮を伴っていたため、ちょうどエスフル、セイヴ、アーギスを巡った期間のアリバイを作ることができていた。
報告の内容は魔人族の活動痕跡と実際に相対した時の戦闘状況や発言内容。おおよそ事実のみを伝えた形となり、アディア以降に知ることとなった真意などは挟まず報告した。
ただ一つだけ、魔王から得た大きな情報を、アディアの砦の魔人族から得たという体で添えたことを除けば。
「しかし、本当に重要な情報を持ち帰ってきてくれた。猶予は無いな、近く可能性のある魔人族によるハープス王国襲撃に対して、軍や首都警察と連携して対策を練らなければ」
手段は分からないが、春が来る前にハープス国王に直接攻め入る準備が整っているらしい。事実であるそれは、魔王の指示により、あえてギルドに情報を開示することとしていた。
目的としては二つ、戦力を集中させることで城の警備を薄くすることと、しっかりと戦争に備えさせることで市民に被害が及ばないようにするためだ。
この二つ、魔王の目的とシェルツたちの利点それぞれを叶えうる一致案が情報の開示であった。
一通りの情報を整理し終えると、支部長は満足気な表情でシェルツたち冒険者を称える。
「魔人族の動向に戦闘情報、新種の魔物や戦争の機微に至るまで、実に有用な情報をたくさん持って帰ってきてくれた。遠征は大成功と言えるだろう。この功績はきっと評価査定に反映させよう!」
「あら、六段位昇段も遠くは無いかしら?」
「ははは、実績が認められても、相応の戦闘能力が無いと昇段できないことは忘れないでくれよ、アーニエくん。キミたちは遠征前に昇段したばかりなのだから、戦訓訓練もこれからやっていかなくてはね」
「がはは、それなら心配ねぇぜ! オレたちはもう七段位級っ……魔物すら倒せることを目指して訓練中だからな」
ヴェレスが勢い余って魔王城での訓練について口を滑らせそうになったところを、アーニエがつま先を踏んで阻止する。
「うむ、勢いや良し。さて、キミたちも帰ってきたばかりで疲れたろう。久しぶりに家族の元へ帰り、ゆっくりするといい」
シェルツたちが帰宅を促され席を立つと、同時に簡易的な連絡魔法で誰かを呼びつけている支部長の様子が見えた。おそらく報告内容を元にこれから各部と調整して動き始めるのだろう。
一つ大きな任務を果たせた安心感を得つつ、冒険者たちはギルド支部を後にした。
明後日の正午、自然公園で。
そう約束を交わし、冒険者五人は一度それぞれの家に帰ることとした。
設定された日程よりも早くヴェアンに着いたこともあり、作戦遂行までの日にちに余裕がある。これからくる大きな戦いの前に、悔いが残らないよう家族との時間を設けることとしたのだ。
当然の流れで、心音はシェルツの家でお世話になることとなった。
以前も長く滞在していたあたたかな家。
久しぶりの再会に心躍るのは、やはり本当の家族のように大切に思っているからだろう。
シェルツの隣を歩き、心音は懐かしくも初めて見るヴェアンの冬を感じる。
雪を被った街灯、白い通路に反射する夕日、冷えて少し音程の上がった弦楽器の音色。
和歌だったらこういうのを〝いとおかし〟だなんて言うのかな、なんてことをぼんやり考えている内に、シェルツが目的地に着いたことを知らせてくれる。
どんな反応をしてくれるかな。
再会の期待が高まったところで、シェルツが家の扉を開いた。
「母さん、ただいま」
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