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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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3-5 創人族の国々

 守智の森を抜け、創人族領との境にある森人族の集落で荷馬車を回収する。

 ここを発ってからしばらくであるが、律義に馬の世話を請け負ってくれていたというのであるから、本当に頭が上がらないことである。


 集落を出れば、いよいよそこは創人族領。

 ここまでくれば各種族領の境に敷かれる結界を心配することなく〝次元転移〟による移動も可能になる。


 辺りは人気のない平野。溶け始めている雪をどけて、次元魔法行使の補助となる魔法回路を敷く。

 一通りの準備を終えたところで、心音が一つ提案を投げる。


「荷馬車の中の荷物なんですけど、今のうちに〝亜空庫〟にしまっておきますか? アディアについたら貸馬車のお店にお馬さんと一緒に返しちゃうと思いますし」


 心音からのそれに、エラーニュが反応を返す。


「でしたら、ついでに薬品の整理をさせてください。荷車にも多くのものを積んでいましたから」


「了解ですっ。では、亜空庫を開きますね! ――繋ぐは遠き隣の小部屋。座標、零、零、零、甲、六。重ねて一、八、六。」


 心音は目を閉じ、左手を添えた右腕をまっすぐ前に伸ばすと、見えない鍵を回すがごとく手首を捻った。すると虚空に一つの扉が現れ、術者たる心音は迷わずそれを開く。


 中に広がるのは三十二畳間程度の倉庫。整然と棚が立ち並び、各物品が丁寧に保管されている。

 冒険者たちは中に入ると、各々物品の整理を始めた。


「何回見てもすげぇ魔法だな、コト。これがありゃ荷車なんていらねぇじゃねぇか」

「ですよね、ヴェレスさん! ぼくも、ノーナスーラさんに教えてもらった時はびっくりでした。まるでテレビゲームの不思議なアイテム袋みたいですっ」

「なんだそりゃ? ま、あの黒ローブの魔人族も、味方になれは頼もしいってこったな!」

「コトさんも何度かやっていましたが、部屋に入らなくても任意の座標指定で目当てのものだけ取り出すこともできるというのですから、本当に便利です。魔人族の方々が突如物を手元に取り寄せていたのはこの魔法によるものだったわけですね」

「身軽になってらくちんですねっ。 あ、そろそろ一度閉めますね!」


 皆が退室したのを確認し、疑似魔法の解除とともに扉が掻き消える。身軽になった荷車を一瞥、心音は明るく宣言した。


「では、帰国の旅に出て初めての〝次元転移〟に挑戦します!」


 魔法回路の上に立ち、一つ深呼吸。手を大地にかざし、ゆっくり確認するように詠唱を始めた。


「目標座標走査、ポイントアディア。第五次元通路を経由、推進力は位置エネルギー利用、制動は重力。所要時間は約八秒、着地時の緩衝セット行程クリア、対象範囲は魔力線(パス)依存による五人及び携行する荷馬車。――次元転移、行きます!」


 瞬間、迸る桜色の魔力光。

 光が収まった雪の平野には、大地に転写された魔法回路だけが残っていた。




 創人族の領地に入ったことにより、旅の進行は加速する。

 次元転移の先々で人々の営みによって生まれた魔素を回収しつつ、いくつかの旅の記憶と再会することができた。




 アディアでは将軍ラネグに再会することができた。

 彼に対しては、王女イダから手紙を預かっていた。中身については心音たちの知るところではないが、受け取ったラネグは目を閉じ天を仰ぎ、しばらく感傷に浸っていた。


「慣れない筆跡、文節ごとに字間を空ける癖……。確かにイダによるものだ。 …………そうか、生きていたのか。また、会えるのだな」


 ラネグの心が救われたことは、心音たちが抱いていた露を晴らすことにもなった。




 トラヴ王国では、魔素の回収を兼ねて魔女の山を訪れた。

 以前よりも厳重に敷かれた結界と認識阻害の魔法に迷わされるも、木々が切り開かれたあの空間に出れば、心音たちの存在を認めてか魔女の家までの道が開かれた。

 そこにはすっかり元気になったマンリーコが畑仕事をし、洗濯籠を抱えたレオナが楽しげに歌う光景が広がっていた。


 二人との再会を喜んでいると、その先の家から魔女が顔を出す。屋内に案内されお菓子とお茶を囲み互いの近況を報告報告すれば、魔女はすっかり優しいお婆ちゃんのような笑みを浮かべた。


「そうかい、魔人族と仲良くなったんだねぇ。なら、次の時代を作るのはあんたたちさ」




 次の転移先、グリント王国では歌を聞いた。

 初めて聞くその歌は白銀の騎士を称える勇ましい歌曲。路上で奏でられる合唱の先には、その作曲者であるテレーゼが囲まれていた。


 競演会(コンクール)のあの一件以来、白銀の騎士のおとぎ話は生きた伝説となり、優勝者であるテレーゼの元に作曲依頼が来たというのだ。

 そうして作った曲が大ヒットとなり、今や国中で歌われているらしい。


 今や人気作曲家であり歌手であるテレーゼは、心音たちから見ても風格が備わったように見える。多くの貴族たちに囲まれている様子から、貴族社会でも安定した立場を得たようだ。


 安堵を得た心音たちを、テレーゼは歌で見送ってくれた。


「あなた方は幸せを届ける光の旅人さんたち。きっと行く先々にあたたかな日差しが降りますように、私は歌を贈ります」




 最後の転移先、港町ミルトの離れ小島。

 遠くに港が小さく見える程度の距離、海岸には炎の魔人族クラミが残した小さな船が結ばれている。その船を使って町からは離れた人気のない海岸まで潜ぎ進める手はずだ。

 海岸に立ち、心音は遠くを見る声音を落とす。


「あの港でおっきなたこさんと戦ったのがすごく昔のようです」

「はは、あの時は苦戦させられたね。ローエン王子が助けてくれなかったら危なかったよ」

「ハッ、今ならオレ一人で楽勝だろうけどな!」


 季節としては秋から冬。そんなに時は経っていないように思えるが、その密度は今までの人生に引けを取らない濃さであった。


 心音はあの時からずっと胸に下げていたト音記号に似た石のペンダントを握り、目尻を下げる。


「ミルトの夕日、すごくきれいだったなあ。思い出すと、なんだか幸せな気持ちになります」


 そう言う心音の表情が、今まで見たことがない種類のものに思えて、シェルツは僅かに胸の鼓動が早なるのを感じる。

 それはシェルツ以外の誰の目に入ることもなく、パッと雰囲気を切り替えると心音は船に向かって駆け出した。


「さっそく船を漕ぎましょう! ミルトに一泊して、明日にはウェアンですねっ!」


 皆の故郷はもう目と鼻の先。各々が募る想いを抱え、小さな船に乗り込んだ。


いつもお読みいただきありがとうございます!

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