3-4 再びのエスフル
森人族の国エスフル共和国。
その首都ファイェスティアに向かう途中、ヴェデンが祀られた神殿を目指して守智の森の木々を分ける。
冬の中にあって熱帯雨林の装いなのは以前と変わらず、たまに襲いかかってくる野生動物を各々あしらいながら確実に歩みを進めていた。
先頭を歩く心音は胸元に下げた緑色の宝石を握り、その存在を確かめる。
本来であれば森人族以外の者は惑わされ進むことが叶わない幻惑の森。にもかかわらず確信的な足取りで歩みを進めていく心音に、アーニエが小さく感嘆する。
「森人族でなくても迷うことが無くなる、っていうその宝石の効果は本物ってことかしら。にしても、これだけ広い森を、よく迷うこと無く進めるわね、コト」
「えへへ、実はぼくの中のヴェデンさんが教えてくれてるんです。さすがに一回通っただけで、こんなにわさわさした森の中は覚えられませんっ」
それもそうね、とアーニエが納得顔を見せると、心音の中のヴェデンが皆に聞こえるように念話を飛ばした。
『実際、その宝石は役に立っておる。それが無ければ、常のように逆の道を示すという回りくどい方法で案内するしかなくての』
迷える森の魔方陣の効果は被術者たるヒトに依存するからだろうか。ヴェデンの案内を以てしても一筋縄ではいかないものなのだと、あらためてその大規模魔法に感服する。
エスフル共和国に流るる悠久の時を守り抜いてきた英知の結晶に、心音は大自然と重なるスケールの大きさを感じた。
「えっと、後はしばらく北北東に進んで……」
行く先を確かめるように慎重に進む心音に続けば、途端、冒険者たちの前に厳かな神殿が姿を現した。
「おお、着いたな」
「それじゃあ俺たちはここで少し待っていれば良いのかな? コト」
窮屈さすら感じる森林から一時の解放を得て身体を伸ばす仲間たちに対し、心音はヴェデンの意思を代弁する。
「そんなに時間はかからないそうですっ。ちょっと神殿の中に行ってきますね!」
軽く近所まで、といった心持ちで、心音は泉に浮かぶ神殿に向けて踵を跳ねさせた。
点在する天窓から差し込む、木漏れ日に似た光。
静謐な空間の中心に鎮座するのは、透明に澄んだ大きな水晶玉。
ためらうことなく近づく心音に対し、その水晶玉を宿とするヴェデンの本体が艶笑と共に反応する。
『少し見ぬうちに意志に芯が通ったようじゃのう、コト。さて、つまりは時が来たということで良いのかの、我が分かつ身よ』
『さよう。千年の願いを結する日が来ようぞ』
途端、浮遊感。
否、これは無重力状態というものだろうか。
光の屈折が不規則になり、同時に膨大なエネルギーが移動しているのが感じられる。
天地の感覚が曖昧に、力に揉まれること十数秒。ようやく地面を感じてふらふらと体幹を確かめる心音に、ヴェデンが声をかける。
『よくぞ耐えきったの、コトよ。ヒトの身に大精霊二柱分の魔素は堪えよう』
『えっと、たしかに変な感じがしますが……もう大丈夫そうですっ』
『重畳、重畳。では魔王の作戦とやらに戻ると良い』
地に足は着き、平衡覚もしっかりとしている。
またひとつタスクを消化できたことに安堵を覚えつつ、心音は仲間たちの元へ戻った。
♪ ♪ ♪
ファイェスティアの街は、賑わっていた。
神殿から出て間もなく、順調に目的の街に着いた心音たちを出迎えたのは、何かの催しの最中であろう熱気であった。
街の人々の興味は特定の方向に向いているようである。シェルツが事情を聞こうと近くの森人族に近づけば、こちらに気がついたその女性が向こうから駆け寄ってきた。
『わーっ! 創人族の冒険者さんたちじゃない! なんていい所に、これも〝大いなる意思〟の思し召しかな!?』
興奮した様子の彼女には、よく見覚えがある。それを認めた心音が、同等以上のテンションで返す。
『フーリィさん! お久しぶりですっ。また会えて嬉しいです〜!』
『こっちのセリフだよ〜コトちゃん!』
『頂いた宝石のおかげで、迷子にならずに来れましたっ。ところで、すごく賑わってるみたいですけど、何かあるんですか?』
『ふふふ、皆さんから教えてもらった魔法を、あれから毎日みんなで鍛錬を続けていたんだ。今日はその成果を発表する第一回魔法競技会なんだよ!』
『魔法競技会? なかなか面白そうな響きね!』
アーニエが興味津々に割って入る。
心音たちがこの街を発ってから、まだ月の巡りが一巡したくらいであろうか。
短期間の内にこういった大会が開かれているということの意味は、嬉々として話すフーリィによって明かされる。
『キミたちが出発してから、みんな魔法の話題で持ちきりだったの。今までの比較対象は、すごすぎて参考にならない魔人族か魔法が不得手な獣族だったから、わーたちよりも魔力生成量が少ない創人族があれだけスゴい魔法行使のノウハウを持ってるってことは、もービックリだったのさ! みんなこぞって、やれ自分の方が上手くできる、やれ規模では負けないと競っているうちに、いよいよ誰が一番すごいか白黒つけたくなったってわけ!』
『なるほどね、いいじゃない。競争は技術の研鑽を生むわ!』
競い、技術を披露し合うことは、互いの刺激となり次の段階への糧となる。彼らが自発的にそういった機会を設けるに至ったとなれば、森人族の魔法技術発展のこれからは明るいであろう。
自分たちが撒いた種が早くも芽を出している様子に華やぐ冒険者たちに対し、フーリィは名案を閃いたとばかりに手を叩く。
『そうだ、キミたちも競技会に参加していってよ! わーたちじゃまだきっと勝負にならないだろうから、模範披露枠ってことで!』
『なんだか楽しそうですっ! ぼくやってみたいです、皆さんどうですか?』
コンクールや音楽祭において、エキシビジョン演奏が参加者たちにとって刺激となり楽しみとなり、そして糧となることを心音は何度も継験してきた。自分たちがそういったものを与える側になるということは、なんとも心躍るものであったのだ。
シェルツは仲間たちの表情を見渡し、確信を得たように頷くと答えを返す。
『元々この街には一日滞在する予定だったしね。せっかくだから、より成長した俺たちの魔法を披露してこようか』
森の中の都市で、お祭りの陽気に飛び入り参加。
より洗練され、強力になり、応用力が増した冒険者たちの魔法の数々は拍手喝采に迎えられる。
英雄たちの鮮烈な凱旋に会場の熱は沸き立つ。
もちろん短期間で急成長を見せた森人族たちの魔法にも会場中の感嘆が飛び交い、新しい文化の開花は冬の日差しに明るく照らされ続いていった。
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