精霊と奏でる間奏曲《インテルメッツォ》〜聖歌隊での一幕
一つ前に第三楽章最終話を投稿しています。
計算ミスで控えめなボリュームになってしまったので、本日は続けて二つ投稿しました。
番外編です。
『ところで、コトのその楽器はとても暖かい音がするな。オレにも吹けるかな?』
テンディが、金属でできたそれを珍しそうに眺めながら言う。
『ん〜、ちょっと難しいですよ? でも、是非チャレンジしてみましょう!』
金管楽器の発音の難しさを身をもって知っている心音は、一応の前置きをしつつ、楽器を手渡す。
『左手をここに……あ、指はこうして、右手は添えるだけです』
心音によるレクチャーの元、格好だけはそれっぽく仕上がる。
そして、心音は少しいたずらっぽく言った。
『では、息を吹き込んでみましょう!』
息を入れるだけでは鳴らない金管楽器。まずはそれを体験してもらおうと思ったのだ。
『よ、よし……』
テンディは、息を吹き込む部分――マウスピースを口に近づける。その過程であることに気がついてしまった。
(あれ、これって、間接キ……っ!)
テンディの顔が朱に染まっていく。それを心音は力を込めているからと勘違いし、言葉を挟む。
『テンディさん、そんなに力まなくていいですよ! ラクに吸って、ラクに吐きましょう!』
『え、いや、あ。 お、おう』
気を取り直し、テンディは歌口に口をつけ、息を吹き込む。
吹き込む。
更に吹き込む。
『はぁ、はぁ。な、鳴らないぞこれ! こ、壊しちゃってないよな!?』
『んふ、ふふふ』
慌てふためくテンディの様子が少しおかしくて、心音は失笑してしまった。直ぐにフォローを入れる。
『大丈夫ですよテンディさん。金管楽器……コルネットを吹く時は、唇を震わせるんです。こんな風に……』
心音が唇をブルブルと震わせ――リップロールする。そして唇を横に張っていき、いつも演奏する時の口――アンブシュアを作ると、蜂が飛ぶような音を出した。
『おぉ、楽器が無くてもコトは演奏できるのか? それ、オレにも出来るかな』
『挑戦することはタダですよ! やってみましょう!』
そして数分のレクチャーの後、再度テンディは楽器を構える。
『はい、リラックスして、さっきみたいに唇を震わせるイメージで、たっぷりと息を入れましょう!』
緊張した面持ちのテンディであったが、一度深呼吸し、息を吹き込んだ。
《ぶぁ、ぶゎぁ〜》
『テンディさん、やりました! 音が出ましたね!』
『ぷはぁ、何だこの音、鶏の首を絞めた時の声みたいな音じゃないか! 悪魔か、悪魔なのか!?』
『ふふ、ふふふふ』
その言い様もやはり面白く、心音は笑いを堪えられなかった。
『みんな、最初はそうですよ。練習して、段々と音を良くしていくんです』
『この音から、コトの様なキメ細かい音に変わるのか……? 想像出来ない。やっぱりコトは音楽の天使なんじゃないか?』
この間まで悪魔憑きとか言ってたくせに、熱い手のひら返しである。そんなテンディも、どこか可愛くて心音は優しく微笑む。
『とっても絵の上手な人だって、最初はなんとなくな雰囲気でしか書けなかったと思います。水魔法が巧みな人も、最初はコップに水を貯めるのも大、変……うにゅぅ……っだったりすると思います!』
例え話で励ますつもりが、思わぬセルフダメージを受けてしまう。いや、その通りなんだからきっと自分もいつかは、と心音は気持ちを切り替える。
『そうか、そんなものか。でも、コトみたいな楽器を作るとなると、並の職人じゃ無理だろうな。もはや芸術品の域だろう、それ』
均整のとれたカーブ、美しく広がるベル、所々に施された金のメッキ、可動式のスライド機構、ミクロ単位で計算され尽くしたピストン周り。
地球の最精鋭が技術の粋を尽くして作り上げた傑作である。たとえ設計図があろうと、同じものを作ることは叶わないだろう。
『楽器って、同じ形に見えても、一つ一つ個性があるんです。その子ごとにあった吹き方をしてあげないと、楽器は答えてくれないんです』
そういって心音は手元に返された楽器を優しく撫でる。
『だから、同じものをつくらなくてもいいんです。仕組みは真似てみて、それでいて、その子にしか出せない個性がある楽器が作れたら、とっても素敵だと思います』
『なんか、すごく説得力があるな』
心音の楽器観を聞いて、テンディは深くゆっくりと二度頷いた。
『それじゃあ、オレも自分のルターヴィレイスで、オレにしか、オレの楽器にしか出せない音を出せるようになる所から始めなきゃな』
戯れの楽器体験であったが、どうやらテンディの心に火をつけることになったようである。
彼が今後、聖歌隊でどう成長していくか、心音は楽しみに思い目尻を下げた。