3-2 再びのセイヴ
関所の門を潜れば、見覚えのある白い空間に出る――と思っていた。
獣族の国セイヴからアーギス帝国に入国する際に通った門と同じであるはずなのに、その先の空間は見知らぬ木製の小部屋であった。
そこに控えるのは長毛の猿の獣族と、武装した犬型の獣族数名。
猿の獣族に促されるまま部屋の中央に出向けば、対外念話による質問が飛んできた。
『ふむ、あなた方は魔人族でも獣族でも、森人族でもないようだ。そういったヒトたちが関所を抜けた記録自体は確かにあるが……何か身分を証明するものはおありですかな?』
来たときと同じなら、門番のハリュウから話を聞いているであろう魔人族の関所番に通してもらえるだろうと考えていたため、手元にそういった類いの証明は用意していなかった。若干の焦りを覚える心音の脇を、アーニェが思い当たったように小突く。
「コト、獣族と言えばアレがあるじゃない」
「アレ……はっ、ありますね!」
心音も遅れて解に至ると、虚空から五人分の外套を取り出し皆に配る。その様子を見た猿の獣族は長い毛を撫でながら頷く。
『それは火鼠の毛皮ですな。それに今の魔法は魔人族が用いる奇特な魔法と見える。なるほど双方の種族からの信用を得た創人族の冒険者、そのヒトたち当人であることの十分な証明になるでしょう』
今回も同様に、火鼠の毛皮が身分証としての役割を果たしてくれたらしい。無事関所の通行許可を得、冒険者たちは再びセイヴの大地に足を踏み入れた。
「わーっ、懐かしいです! たくさんのもふも……獣族さんたちがいますっ」
まだまだ雪に覆われた街並み。店があちらこちらで開かれている光景に高揚感を覚え、心音ははしゃぎ雪に足をつける。
そんな姿を微笑ましく目で追うシェルツに、エラーニュが気づきを伝える。
「少し違和感がありませんか、シェルツさん。獣人族の数が多いです」
「……ほんとうだ。以前は街の方にはあまり顔を出せない雰囲気だったと思うけれど」
それどころか、露店で通貨を用いた取引きすら獣族と獣人族の間で多く行われている。以前では考えられない光景であった。
「喜ばしい変化ですが、何かあったのでしょうか?」
「今日はこの国で夜を越す予定だし、せっかくだから少し見て回ろうか」
「それなら、クゥちゃんに会いに行きたいですっ」
どこから聞いていたのか、駆け戻ってきた心音が元気よく提案する。反対の意見は上がることも無く、五人はあの時のように裏路地を通って獣人族の集落を目指した。路地を抜け開けた大地に出れば、変化はすぐに感じられた。
「ん? 道と言えばそうだが、こんなに広かったか?」
「よく見なさいヴェレス。広がってるどころかところどころ道が整備されてるわ」
「集落との行き来きが盛んに行われるようになったってことですか?」
雪が踏み固められて作られた道、その点に関しては変わりは無い。しかし、意図的に雪が寄せられた跡や、杭で目印を付けられていたりなど、明らかな文明の介入が感じられた。
道が歩きやすくなった分、獣人族の集落に辿り着くまでそう時間はかからなかった。しかし、その変わり様は道を間違えたのでは無いかと疑ってしまうほどのものであった。
「立派なおうちがたくさん! です!」
「おうおう、随分賑わってんじゃねぇか」
「出歩いている方々は……皆、獣人族のようですね」
「ちょっと、あのちっこい狐耳ってそうじゃないの?」
アーニエが指し示す先を見れば、かわいらしい服に身を包んだクゥが何やら作業をしていた。心音が毛皮を翻して彼女の元に駆け寄れば、それに気がついてか小さな狐耳をぴくりと跳ねさせた。
『クゥちゃん、会いに来たよ〜!』
『わ、コトおねぇちゃん! ほんとうにまた会いにきてくれたの!』
『クゥ、拒森病を治してくれたお医者様もいるよ! すごいや、今日は宴かな?』
クゥと共に作業していた子供たちも一気に沸き立つ。賑わいの中、心音はクゥに笑顔を振りまく。
『クゥちゃんに会いたくて真っ先にきちゃった! みんなは今何してたの?』
『えっとね、みんなで着る服を作ってたの。クゥが着てるこれも、この間作った服なの!』
くるりと一回転して見せてくれる。異国風情を感じさせるその衣装は、獣人族の出で立ちによく似合っていた。
『すっごくかわいい! みんなで作り方から考えたの?』
『ううん、昔、自然からのお恵みがたくさんあった頃は、みんなで作ってたって大人のヒトたちから教えてもらったの。おねえちゃんたちのおかげで獣族さんたちからイジワルされることもなくなったから、最近またお恵みがもらえるようになったの』
エラーニュが合点がいったように頷く。
『なるほど、獣族と獣人族間の確執がほぐれて、物資の差し押さえや文化活動の制限が撤廃されたということですね。物流の確保のための通路整備に通貨の流通と、短期間でよくここまで発展したものです』
『はっ、そうだクゥちゃん、少し見ない間に獣族さんたちとすっごく仲が良くなったみたいだけど、何かあったの?』
クゥは心音の言葉に首を傾げる。
『何言ってるのおねえちゃん。全部おねえちゃんたちのおかげだよ?』
『そいつは私たちから説明しよう』
突如響いた低い声に振り向けば、大狼のヴルとロウが大荷物を背負って歩いてきていた。獣人族の子供たちが集まり荷物を下ろせば、どうやら服を作るための材料であったらしい。
一通りの荷ほどきが終わったところで、あらためてヴルが心音たちに向き直る。
『久しいな、創人族の戦士たちよ』
『ヴルさんにロウさん! お久しぶりですっ』
獣人族の子供たちが大狼たちの尻尾をもふもふして遊んでいる。それも日常のことなのか、本当に仲が良く写り微笑ましい。
『さて、先程の疑問の答えであるが、お前たちが知っていること以外の何も無かった。ただ一重に、獣族は口伝の文化であるから、それが伝わるのも早かったと言うだけだ』
『……つまり、豪秘の森を魔物たちの手から取り戻すのに獣人族の力が大きく関わったこと、そして獣人族の集落は獣族であるヴルさんとロウさんを受け入れ友として扱ったことが、瞬きの間に国中に広まった、そういうことでしょうか?』
『全くその通りだ、エラーニュよ。そしてその事実の経緯にはお前たち冒険者の存在は不可欠であった。だからお前たちには本当に感謝しているのだ』
子供たちに囲まれる大狼たちの表情は穏やかで、とても幸せな光景に見える。おとぎ話の万能薬を求めたあの冒険が行き着いた先がこれならば、心音たちにとっても本当に喜ばしいものであった。
『しかし、お前たちがまたこの国に来ていると知ったら、アダンの旦那も喜ぶだろうな』
『あれ? パンダのアダンさん、今日クゥたちの村に来るって言ってたの』
『そうか、三つ目の角の家の仕上がりがもう少しだと言っていたな……と噂をすれば』
『……おや? いつかの冒険者さんたちではないですか』
パンダの獣族アダンが、これまた大荷物を抱えてやってきた。家の建材であろう大きな丸太をずしんと下ろすと、これまた心音たちとの積もる話に花を咲かせる。
今晩は立派な村になった元獣人族の集落をあげての宴だ。
心音たちの旅の影響がこうして花開いていることに込み上げる喜びを感じつつ、懐かしの虫料理や木の実の味を楽しむこととした。
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