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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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2-18 深き淵より叫ぶ-2

『――――⁉ 何をする気だ!』

『何、簡単なことよ。我は作戦の要に足る創人族の戦士を見繕っていた。それが使い物にならないとなれば、一行共々消すだけだ。玉座の間(ここ)まで来た創人族をタダで返して、我の不利益となっても困るからな』

『やめろ! 使えないのは俺だけじゃないか、みんなは関係ない!』

『いいや、貴様らの根源を覗いたのだ、よく分かっている。シェルツ・ヴァイシャフトが潰れればこの五人は瓦解するとな』

『そんなことはない、皆俺なんかよりも優秀な冒険者だ。傷つけられる謂れはないはずだ!』

『我を誰と心得る? 貴様ら創人族の宿敵たる魔人族の王であるぞ。我が要らぬと言ったら消す、ただそれだけであろう』


 会話の最中も、枷は徐々に締め上げられている。仲間たちが痛みに耐える様子に、シェルツは焦りを発露させる。


『くそ、放さないのなら力ずくで――――』

『戦う意思を思い出したか。だが、できるのか? その程度の力で』


 俊足で駆け出し抜剣と共に振り下ろしたシェルツの長剣を、魔王は虚空から取り出した大剣で弾く。

 玉座に座ったまま、それも片手で易々とやって遂げたその膂力に、シェルツは戦意が失われかけるのを首を振って払う。


『俺のせいで仲間たちを傷つかせるわけにはいかない――――〝風刃〟!』


 詠唱破棄で飛ばした得意とする魔法は、魔王が指を弾くだけで無為と化す。しかし、それは予想通りとばかりに、シェルツは上段に剣を構え高速で詠唱を紡ぐ。


『風は集いて大槌へ、水を固めて重鎚へ。硬く結せば衝撃を、重く結せば砕く力を。集え、集え、集え、集え。打倒の意思を破壊で示せ――〝圧水の風鎚〟!』


 振り下ろされた剣と共に叩き下ろされた、必殺の意思を込めた水と風の複合魔法。圧縮された水が高威力を伴って魔王に襲い掛かる。

 ――――それすら、魔王は腕の一薙ぎで弾き消した。


 剣を振り下ろした姿勢のまま驚愕に息を詰まらせたシェルツに、魔王は反撃の一手を放つ。


『その程度か? 〝風刃〟』


 意趣返しのように放たれた風魔法を、シェルツは剣を盾に弾く。しかし、剣は攻撃を防ぐためにできているものではない。シェルツの身体に傷が増えていくのは、当然の結果であった。


『くっ……〝傷隠し〟』


 戦闘中であるため、詳しく傷の状態は見られない。取り急ぎ深い傷口だけを塞ぎはしたが、全身に走る痛みが顔を歪ませる。


『そこな娘であればこの一瞬でも的確な治療を施せたろうに。やはりお前は何においても半端者か』

『俺が……俺が無力なせいで、ここでみんなの旅が終わってしまうのか……?』


 逆転の一手を必死に考える。しかし、今に至る一連の攻防は全てシェルツにとっての全力。それを玉座から微動だにせずいなすあの魔王に勝てるビジョンが、全く浮かばなかった。


 剣を握る手が、緩む。

 剣が落ちれば、その音と共に戦う意思が砕け散る。


 ――そんなこと、分かってる。でも、俺という男はそこまでだったってことだ。みんな、ごめん。非力な俺のせいで終わらせてしまって――――


「終わっていません‼」


 誰かの叫声。一瞬誰の声か分からなかったそれは、普段大きな声を出すこともない眼鏡の少女のものであった。


「勝手に諦めないでくださいシェルツさん。わたしの目は誤魔化せません、まだいつものシェルツさんの力の半分も出せていないじゃないですか!」


 驚愕が、シェルツを呆けさせる。

 エラーニュが声を張り上げていることもそうであるが……実力の半分? そんなつもりはシェルツには無かった。

 しかし、それに畳みかけるように低く大きい声がぶつけられる。


「こんな時に遊んでんじゃねぇぞシェルツ! オレと訓練してる時の方が何倍もいい動きしてんじゃねぇか! このオレとの訓練戦績は互角(・・)だぞ、おい!」


 互角……? そういえばなぜだったのか。

 シェルツは力では遠く及ばないはずのヴェレスから示された記録に引っ掛かりを覚える。


「あんたねぇ、付け焼刃で思い付きの魔法なんか使ってもダメに決まってんじゃない。あれよりか使い慣れた〝風槌〟の方がよっぽどマシよ」


 ダメだ、いつも使っている程度の魔法じゃ魔王には届かない。

 その想いで構築した魔法も、仲間アーニエにすら否定されてしまった。


 そして、桜色の少女が瞳に涙を称えてシェルツに想いを告げる。


「シェルツさんは一人じゃないです! 一人じゃないから強いのが、シェルツさんのすごいところじゃないですかっ!」


 一人じゃないから……?

 連携は、確かに重要な要素だ。でも現に今、俺の力が足りていないから――――


「……そうね、シェルツあんた色々とできることがあるんだから、総合的にものを考えなさいよ。力とか魔法とか守りとか、切り離して考えてるから今のあんたはその体たらくなのよ」

「ええ、シェルツさんの優れたところは、ヴェレスさんと共に前衛に出て、アーニエさんと中遠距離もこなし、わたしと治癒を分担することもできることです。そうやってわたしたちはここまで来たじゃないですか」

「シェルツ、オレらは一人で最強にならなくたっていいんだ。仲間じゃねぇか、みんなで最強でいいだろ」


 ――あれ、今まで俺はどうやって戦ってきたんだっけ。

 失意と焦りから忘れていたことが、ゆっくりと色を取り戻していく。

 そして瞳に輝きが灯り始めたシェルツを見て、アーニエが溜息交じりの気だるげな声を投げる。


「ホント仕方がないわね。あたしが魔法の補助をしたげる。魔力線(パス)を繋ぐわ、受け取りなさい」


 鎖に縛られたままの右手の指から飛ばされた水縹色の粒をシェルツは右手で掴む。

 たしかに繋がった魔力線を通じて、アーニエの魔法に対する〝想い〟が入り込んでくる。

 この感覚ならもしかして――――


「やっちゃいなさいシェルツ、あんたの〝想う〟ままに!」


 魔法に対する認識が補正される。魔法の恐ろしさ、強さ、利便性、有用度。ただ使うだけじゃなく、使いこなさなくてはいけなかったのか。


『魔王、今から俺の〝想い〟を叩き込む。防げるなら防いでみろ――風よ集いて、裂け、強く、守るために! 〝風刃〟!』

 

 シェルツにとって使い慣れた攻性魔法。

 しかしその感覚は慣れ親しんだものと比べ遥かに力強く、速さ、安定度、密度、鋭さ、あらゆる面において高い強度を伴う。


 射出された四つの刃はそれぞれ独自の軌道を描きながら魔王に向かって強襲。対する魔王は先程とは対応を変え、掲げた掌から魔力光を発し〝防壁〟を開した。

 甲高く響く衝突音。四つの刃は魔王の守りの前にあえなく防がれた。


『先の攻撃よりは幾分かマシであるが……この程度か』

『いや、まだだ!』


 シェルツが右手に構える長剣を指揮棒(タクト)のように引き寄せると、弾かれ散った〝風刃〟が再び推進力を取り戻し、繰り返しの攻撃へと転じた。

 魔王は僅かに眉を動かしつつも、〝防壁〟の維持を続ける。


 衝突音が繰り返し響き渡る。

 全く動じることの無い魔王の守りに、この攻撃すら通じることは無いのかとアーニエが額に縦皺を寄せる。

 しかし、変化はそのすぐ後に起きた。


 ピシ、という異音。

 魔王の守りに亀裂が入り、シェルツの攻撃が繰り返される度にそれは瞬く間に広がっていく。


『手応えあり、このまま砕く!』

『なるほど少しはできるようだ――〝発破(バースト)〟』

『なっ――――』


 次の一手で守りを砕けるかといったところで、魔王は自らの〝防壁〟を外側へ向けて破裂させた。

 その勢いはそれだけで攻性魔法として成立してしまうほどの暴風となり、シェルツを壁際まで弾き飛ばした。


 屈んだ姿勢から体制を立て直したシェルツが顔をあげれば、脅威は既に秒読みであった。


『気概があるのならば防いで見せよ』


 魔王の周囲に青白く燃える火球が展開される。離れていても感じられる熱量から、対策を取らなければタダでは済まないことは明白であった。


「火魔法での相殺はたぶん無理だ。風魔法でも出力が足りない。水魔法は展開が間に合わない。……こんな時に〝防壁〟が使えれば――」

「――シェルツさん、わたしとご自身を信じてこの魔力線(パス)を受け取ってください」


 声の方を見れば、エラーニュから放たれた藍白色の光がシェルツの元に届こうとしていた。

 それを受け取った途端、エラーニュが魔法を構築する際の〝想い〟がなだれ込んでくる。


「シェルツさんが〝防壁〟の理論を勉強していたことは知っています。でしたら、後はきっと〝想い〟を乗せるだけです」

「理論は知っているのに、今まで発現は出来なかった。でもこれなら……!」


 シェルツの中で魔法発現に必要な要素が構築されていく。後は詠唱という形で整理していけば――――


『顕現するは守り、満ちていくのは己の魔力。形質を変化し硬化させ、防ぎ、断ち、分かち、輝きをその力に――――』

『覚悟は決まったか? では死をくれてやろう――――〝炎弾〟』


 魔王の周囲に浮かんでいた炎が弾かれたように射出される。シェルツはどこか澄みきった思考を整理し、落ち着いて詠唱を締める。


『絶対の守りをその前に――――〝防壁〟!!』


 黄檗色の魔力光が迸り、同色に輝く壁が展開される。魔王から多段射出された炎弾はその輝きに衝突し激しい衝撃を撒き散らす。そして、尽くがその前で弾け散った。


『……できた! これでどうだ!』

『ふむ、なかなかの強度だ。それは認めてやるが――――』


 魔王が玉座から消える。

 否、ひと飛びで階下まで飛び降りると、その右手に出現させた大剣を刺突の構えで握り、瞬く間でシェルツの眼前に迫った。


『その魔法では点に弱かろう』


 剣先一点に込められた力が〝防壁〟に達すると共に、ガラスのようにそれは砕け散る。

 シェルツは慌てて剣を握り直し、そしてそのまま近接戦闘へと流れ込んだ。


 魔王の剣撃は重く、防戦一方となるシェルツの足元はどうも安定しない。

 危機感を感じたシェルツは一度後方へ飛び退き、体制を整えて自分の戦い方を思い出す。


「そうだ、ヴェレスと戦う時、俺はどう戦っていた?」


 ――お前の疾さについて行くのはラクじゃねぇな。


 ヴェレスとの訓練時に言われた台詞が脳裏を過ぎる。


「力じゃない、俺には得意なことがあるはずだ」


 気づきを反映させるために一呼吸。〝身体強化〟の魔力を脚力に回し、縮地の如き速度で魔王に肉薄する。

 それを迎え撃つべく魔王が剣を構えれば、次の瞬間にはシェルツの姿が忽然と消えていた。


『……む?』

『届け……!』


 自身の真上(・・)から響いた声へ魔王が反応するも、既にシェルツの剣は眼前。右手に握る剣でいなすことも叶わず、会心の一撃が決まったと誰もが確信するほどの振り下ろしを――――魔王は瞬間的に大放出した魔力波で吹き飛ばした。


『くっ……なんて出力だ。魔力自体から質量すら感じる』

『ちっ、強引な制限(リミッター)解除で無駄な魔力を浪費してしまった。我にこの手札を切らせたこと、忌々しいが賞賛に値する』

『制限解除……? 今までは力を押さえていたっていうのか?』

『貴様も一人の戦士ならわかるであろう? 今の我との力の差が』


 魔王から立ち昇る魔力光の質が先程とは明らかに違う。

 その絶大な力に足がすくむのを、シェルツは剣をより強く握りしめることで耐える。


『それでも……俺の剣はきっと届くはずだ! 今の俺は、一人じゃない!』


 床を叩き鳴らすような踏み込みと同時に、シェルツは〝身体強化〟の魔力光を纏い突進する。

 先程までの流れを切らさないうちに、短期決戦を狙うつもりであった。されど、その目論見は魔王の力の前に叶わないことを知る。


『遅い。今の我に剣を這わせるのなら、もう二段階は魔法強度を上げよ』


 繰り出した刺突は虚空を彷徨い、真横に現れていた魔王の裏拳でシェルツは勢いのまま転がされた。


『ぐっ、動きを捉えられなかった……? いや、疾さなら負けていないはずだ!』


 繰り返し、シェルツは攻撃を試みる。

 魔王自身が劇的に素早くなったわけではない。しかし、シェルツの剣の流れが全て読めているのか、まるで剣が標的の身体をすり抜けるかのような奇妙な避け方をされているのが、剣筋に焦りを生み始めた。


『いったい、どんな魔法を……なぜ当たらない!』

『冷静さを欠いた攻撃は低級魔物のそれと変わらぬぞ?』

『そんなこと――ぅわ!』


 鋭く振るわれた魔王の横薙の一閃を寸でのところで防ぎ、その勢いは殺しきれずに後方へ弾き飛ばされる。

 壁際で膝を付き、絶対的な力を誇る敵を睨む。その表情自体がもはや無理に己を鼓舞している結果なのだと気づきかけては、知らないふりをして押さえ込む。ここで諦めてはいけないということだけは、確かなことであるから。


「おい、シェルツ。お前らしくねぇ、バカみてぇに突撃すんのはオレの役割だろうが」


 張り詰めた意識の外から降ってきたのは、旧来の仲間の声。いつの間にかヴェレスの近くにまで押し下げられていたらしい。


「身体の動きは奴に勝っちゃいねえが、負けてもいねぇ。反応速度が足りてねぇんだよ。もっと頭に魔力を回せ。それと……」


ヴェレスが自由の効かない手を目一杯伸ばす。


「〝身体強化〟の強度はまだ上げられるぜ。お前の本気の反応速度なら制御できるはずだ」


 伸ばされた手をシェルツは自身の手でハイタッチのように叩く。瞬間、シェルツの中にヴェレスの〝想い〟が、雪崩れ込んできた。


「さぁ行けシェルツ。今のお前は最強だ!」


 漲る力を確かに感じ、剣を握る手に力を込める。標的を定め、シェルツは衝撃すら走る踏み込みで魔王に迫った。

 ――頭が冴え渡っている。身体は面白いくらい自由に動く。魔王の機微な動きだって、捉えられる!


『これが俺の全力だ!』

『ぬう! 重いな。疾さだけでなく一撃に必殺の意思を感じられる』

『すぐに喋っていられる余裕を無くしてやる!』

『いやはや、その通りだ。我も気合いを入れ直すとしよう』


 玉座の間に鳴り響く剣戦の嵐。もはや視認すら適わない領域に達しつつある応酬を、ここまで冒険してきた仲間たちは固唾を飲んで見守る。

 おおよそヒトの域を超えた戦いは、全くの互角の様相で続けられる。


 体力が尽きるが先か、魔力が尽きるが先か。後者が先に来るのは、どう見積もっても魔力生成能力で劣る創人族だ。


 あともう一つ、何かの後押しがあれば。


 皆が頭の片隅にその願いを浮かべ始めた頃、シェルツの鼓膜を柔らかな楽器の音色が震わせた。


『(やっと届きました、シェルツさん。ぼくからのちょっとした贈り物です)』


 慣れ親しんだ可憐な少女の声音。それを認識したと同時、シェルツは僅かに身体の負荷が軽くなる感覚を覚えた。


 それが決定的な一撃に繋がるまで、時間は必要なかった。シェルツの一閃は魔王の剣を弾き飛ばし、その首元に刃を突きつける姿勢で、時が凍り付いた。


『詰みだ、魔王』


 自身の首筋から僅かに流れる鮮血に目を向けることもなく、魔王は黄金色の戦意を収める。


『ああ、そのようだ。貴様らを侮っていた非礼を詫びよう』


 部屋の四方で、冒険者たちの拘束が外される。彼らの無事にシェルツは安堵の息を漏らすと、剣を収めて魔王に問いかける。


『俺たちが使い物にならない(・・・・・・・・)だなんて言葉、撤回する気にはなったんじゃないでしょうか』


 魔王は首筋を一撫でして傷を消し去ると、軽く笑いながら返答した。


『ああ、貴様らの戦力、認めぬ訳にはいかまい。この身体では初めて……実に五世代ぶりに剣を握ったとはいえ、この我を単騎でここまで追い詰める手合い、見事であった』

『剣を握ったのは初めて……?』


 信じられないといった表情を浮かべるシェルツの後ろ、合流したアーニェが気怠げに嘆息しつつ口を挟む。


『さっきまでは命が賭かってたから本気にならなきゃいけなかったけど……まぁそんなとこだろうとは思ってたわ。魔王様、シェルツを……あたしらを試してたでしょう?』


 拘束されていた手足の状態を確かめつつ、エラーニュもそれに乗っかる。


『わたしも最後の打ち合いで違和感を……。魔力放出量に対して、近接戦闘能力への変換効率が些か悪いようでした。普段は自身から動かずに魔法で盤面を支配する戦闘方法(スタイル)をとっているとお見受けします』


 感嘆の声。魔王は腕を組み、首をやや上に傾ける。


『そこな女二人は特に観察力に優れると見える。いや、失礼した、これから我が指揮下に入る者たちだ、名で呼んでやらねばならぬな、アーニエ、エラーニュ』


 なにやら納得顔の仲間と交わされる会話を耳に、シェルツは疑問符を投げる。


『待ってくれ、俺は確かに魔王からの殺意を感じて全力で戦った! それが試していただって……!?』

『ああ、もちろん我も殺す気でやっていた。だが、そうしなければシェルツは今という根源(・・・・・・)に打ち勝てなかったであろう』

『今という根源……』


 シェルツは先の戦いで掴んだ自身の力を思い返す。いや、あれは自身の力と言うには語弊がある。あの力は――


『気づいたであろう? シェルツが抱えていたのは何者にも成れない葛藤。されど、実際に内包していたのは何者にも成れる力であった。そのために必要なものは既に手にしていたことを、確かに感じたはずだ』


『ああ、あれは俺一人じゃ発現し得ない力。仲間たちから流れてくる〝想い〟を形にするのが、俺の力……』


『シェルツの根源にあったのは〝結ぶ力〟だ。人と人、力と力をつなぎ、それを自身の力とすると共に仲間をまとめ上げるカ。お前が勤勉であった成果だ。様々なことに精通しているからこそ、魔力線(パス)をつなぐことで仲間の力を自身のものとして擬似的に発現できたわけだ。お前の道程も無駄では無かったであろう?』


 なんでもできると信じて研鑽を積んだ。

 何にも成れないと思い知り、それでも足掻いた。

 その過程で得たものが、知らず知らずのうちにかけがえのない自身の力となっていたのか。


『そもそもあんた、あたしらの中で一番疾いじゃない』

『つーかよ、その歳でこのオレと戦績が互角な時点ですげぇってこと分かってんのかよ』

『はは、それもそうだ。そんな事も忘れていただなんてね』


 シェルツは完全に溶けきった胸の内のわだかまりに別れを告げ、いつかの輝きを宿した瞳を前へ向ける。


『随分と荒療治でしたが、ありがとうございました、魔王様。これで俺は、もっと多くの助けに手を伸ばせます』

『なに、お前らに戦う力がなければ、采配する我の苦労となるだけだからな。王として当然の施しよ』


 ヴェレス、アーニエ、エラーニュは乗り越えてきた過去を。

 シェルツは駆け抜けるべき今を。

 心音は夢溢れる未来を。

 それぞれがその心の根底にあるものを見つめ直せた。


 魔を統べる王。その肩書きに抱いていた絶対悪は、既に邪推された幻想であったと冒険者たちの中から消え失せた。


 手放しに全てを委ね全服の信頼を寄せるには早すぎる。しかし、この王も確かな信念の元、異人種の冒険者を受け入れようとしているということは、五人の共通認識となった。


 ようやく場が落ち着きを見せたところで、魔王が地に手をかざし魔法回路を描く。


『部屋を用意してやろう。今宵は身を休め、英気を養うことだ。明日の正午に招集の使いを送る故、従うがよい』


 魔法回路が光を湛え、起動の準備が整ったことを示す。

 誰もが疲労で倒れ込みたい気分なのは言うまでも無い。

 魔王の提案に喜んで従うこととし、五人は示し合わせ、次元魔法が刻まれた魔法回路へ向かった。


いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて嬉しいです♪

今回は区切りたくなかったので、二話分の分量でお送りしました……!

ので、次週は初の休載ということにさせて下さい。

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