2-8 千年前の戦禍
新緑の眩しい大草原。僅かに白雲が散らばる晴天に、柔らかなそよ風。
穏やかなその景色が、突如轟音と共に赤く染まる。
『わっ、なんですか!?』
『大戦の始まりじゃよ、コト。今のは〝炸裂の英雄〟の一撃だのう』
一瞬で燃え上がった草原の上、次々と魔法が飛び交い始める。両側を見れば、武装した兵士たちが杖を構え向かい合い、相殺しきれなかった魔法の直撃で、両軍ともに人員を減らしていく。
『戦況は……西方の軍の方が優勢みたいだね。特徴を見るに、魔人族……だよね?』
『ええ、恐らく。そして東方の軍は創人族でしょう』
創人族軍の方が軍勢の規模は大きい。しかし、魔人族軍が放つ魔法は創人族軍のそれよりも一回り規模が大きく、力関係の拮抗は既に崩れ始めていた。
この戦場では魔人族軍が勝利するのだろうか。そう思い始めたところで、開戦時の轟音を再現するように戦場の一角が燃え上がった。
『うぉ、またか! なんだってんだこの攻撃は!』
『五精英雄の一人が使う〝炸裂魔法〟だよ、人の子。彼が使う魔法は、通常用いられる魔法の威力を飛躍的に上げる』
〝炸裂の英雄〟の登場で、戦況は一気にひっくり返る。魔人族軍が展開する〝防壁〟は、まるで何も無かったかのように砕かれ、次々と戦力を奪っていった。
凄惨に過ぎる光景。それは最早戦争とすら呼べず――
『こんなの、ただの殺戮じゃないか……』
『そうだの、その通りじゃ。〝五精英雄〟の存在は、創人族が生み出した罪と言えよう』
『彼ら英雄はね、〝創られし者〟なんだ。魔力を作る彩臓を摘出され、魔素をたくさん蓄えられるように身体を創り替えられた存在さ。自由意志に背いて魔素を集めるその身体が瓦解しないように、同じく創られたこの至情たちを通して擬似魔法を撒き散らし、戦い続けるしかない悲愴を背負った人達』
〝炸裂の英雄〟によって、戦場は破壊されていく。そして、遠く続く戦線を見通せば、光を撒き散らす雷撃に、宙を舞う兵士たち。〝迅雷魔法〟や〝重力魔法〟を扱う英雄も、また同様に戦っているのだろう。
景色はフェードアウトし、歪みながら切り替わる。次に現れた光景は、荒れ果てた土塊と岩肌の世界。
『まるで、罪人が死後に渡る国のようです』
『ぼくの国の言葉で言うなら、地獄、です』
先程の大草原とは一変した光景に唖然としていると、衝撃はハインゲルの言葉によって重ねられる。
『ここ、さっきの大草原と同じ場所だよ。今で言うなら魔人族領の国境付近さ』
『はぁ!? こんなの、あまりに変わり果ててるじゃない……』
凡そ生命が根付くことが有り得ない光景。戦争の爪痕は、あまりに大きい。
五感で感じるその地獄の中、心音が異変に気づいて声を震わせる。
『ぼくの中の精霊さんたちが、怯えてます』
『それもそうさね。ここでは精霊は生きていけないからの。栄養となる魔素は、欠片も漂っていない』
『……時を巻くよ、緑色の。さっさと終わらせよう』
『ああ、手早く済ませようぞ、紫色の』
景色は早回しのように転がっていく。岩石は次第に溶けていき、空気は澱んでいく。覚えのないこの現象は――。
『なんだァ? こりゃまるで〝虚無の領域〟みてェに……』
『その通りだ、ノッセル。魔素濃度が濃すぎてあらゆる物質が形を保てない土地を、我ら魔人族の祖先たちが復興させたのだ』
崩壊しきった土地に、結晶の柱がそびえ立っていく。
そして大量の結晶群が広がった後には、空気は元通りに澄み渡り、心音たちの知る魔人族領の国境付近の景色となった。
『そっか、だから精霊さんたちが住めなく……。ぼく、知らなくて。ごめんなさい』
『気にすンな、無知は罪じゃねェ。これでよく分かったろ』
紫色と緑色の光が爆ぜ、魔法が霧散する。
戻ってきた玉座の間で、ヴェデンとハインゲルが心音に向き合う。
『コト・カナデよ。この意志らの目的は、二度と無為に精霊たちが殺されるような事が起きないようにすることじゃ。その為には、再び世界を戦禍に陥れようとしている真の敵を討たねばならぬ』
『〝五精英雄〟を作り出した諸悪の根源が、まだ生きているんだ。キミも会っているはずだよ、コト。そいつがこの至情たちの宿敵だ』
冒険者たちが息を飲む。今ここに至るまでの長い旅。その中で得たものが結論付ける答えは――――
『よく理解っただろう、冒険者たちよ。癪に障るが、我ら魔人族とそこの大精霊の目的は同じだ』
魔王が立ち上がり、階段を降ってくる。
『時が、来たのか。そうだとするならば、なんと運命的なものか。――我ら魔人族は、ハープス王国を堕とす』
魔王が宣言した創人族への宣戦布告。その対象になりうるシェルツたちに向けられた意図は果たして如何なるものか。
広大な玉座の間に残る高らかな声の残響が、締め付ける胸を揺らして止まなかった。
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