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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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2-7 魔王

 ――――広がるは、赤と黒。

 漆黒の床材の上に走る天鵝絨(ベルベット)

 重圧と苛烈さが一度に襲いかかる感覚。


 暗い、のだろうか。広大な部屋の四方(よも)に青い炎が揺らめく以外には、照明の類は見当たらない。それなのに、視界は不自然なほど透明性をもって隅々まで開けていた。


 部屋自体が持つ強い存在感。その中に於いて一際――――否、圧倒的な存在感を放っているのは、階段の上の玉座で足を組む黄金色の男。


 本能で理解する、生物としてかけ離れた格の差。教わらずしても分かる、その存在は――――


『お待たせしました、魔王サマ。説明不要と存じますが、彼らが(くだん)の創人族です』


 膝を折り腰をかがめるノッセルに倣い、心音たちも慌てて身体を落とす。

 緊張で高鳴る鼓動の音が、伏せた頭の中で響く。そして直後、魔力の波が心音たちの耳介を駆け抜けた。


『この我の中には歴代魔王千年の記憶が微睡んでいる。永劫とすら言えるその歴史の中、玉座の間(ここ)まで足を踏み入れた創人族は貴様らが初めてだ。誇っても良い』


 ただの〝対外念話〟。

 ありふれた生活用の魔法。

 そのはずなのに、まるで強力な攻性魔法を向けられているかのように、身体が強ばる。

 それほどまでに、魔王が放つ魔力に絶大さを覚えた。


 一呼吸の間、魔王が冒険者たちに命令を下す。


(おもて)を上げよ。我の瞳の美しさを知る栄誉を授けよう』


 言われるがまま、反射的に冒険者たちは顔を上げる。

 注目するは、脳裏に焼き付くような鮮烈。

 うねりのある黄金の長髪は膨大な魔力を湛え、その風体は創人族で言うなら心音よりも一回り程上の歳頃に見えるだろうか。

 何重にも重ねられたローブは激しい動きにこそ向かなそうだが、例え賊に襲われたとしても指先ひとつ動かさずに圧倒してしまいそうな魔力光が、常に周囲の空間を塗り替えている。


 思わず見惚れる。畏怖が先行していても、その輝きに感じるのは尊さ。


 しばらく来訪者たちの顔を見渡し、再び魔王は口を開いた。


『貴様らの帝国での動向は見ていた。故にそこで膝をつくことを許した。だが、如何に我の千里眼とて帝国の外までは知り得ぬ。よってだ、貴様らがこのアーギス帝国に至るまでの経緯を申せ』


 ここに至るまでの経緯。それを話すとなれば、ハープス王国を発つことになった理由、そこから話さなければならないだろう。

 つまりそれは、自分たちが諜報目的で旅をしていたことを明かすことになる。


 シェルツは逡巡する。

 しかし、その迷いはこの国での案内人によって断たれ、道を絞られる。


『おィ、シェルツ。魔王サマの前では、嘘即ち死、だァ。どうせバレっから正直に話しな』


 ノッセルの言葉で、決心がつく。

 シェルツはカラカラになった口をこじ開け、ありのままの経緯を話し始めた。


『俺たちは、大陸の反対側に位置する創人族の国、ハープス王国の王都ヴェアンからやって来ました。遠征の目的は――――近年創人族の国での活動が活発化している、魔人族の動向調査です』


 恐る恐る魔王の顔色を窺うが、その表情は変わることがなく読めない。


『ほう、続けよ』

『……はい。魔人族は世界の均衡を崩し、その強力な魔力を以て支配しようとしている。そう教えられてきた考えを基に、創人族の各国々、森人族の国エスフル共和国、獣族の国セイヴに獣人族の集落と、様々な文化に触れ調査を進めてきました』


 一度息を整える。


『……得られた情報は、様々でした。創人族の国々では、当然ながら魔人族から与えられてきた被害が浮かび上がります。実際に、俺たちも今までに三度、魔人族と対峙しましたが、その戦闘力や魔法技術は脅威に感じました。

 ですが、創人族の領地から出て他種族の国へ踏み入れてみれば、どうも俺たちが教えられてきた構図とは違うようだと感じ始めました』


 甦るのは、調査の中得た、戸惑い。


『魔人族と他全種族の同盟が対峙している構図は実際にはなく、森人族は中立を維持し、獣族に至っては魔人族と積極的に交易をしていました。

 そして実際に対面した魔人族の人々は、決して野蛮な種族なんかではなく、知的で人情味を感じる種族でした。

 ……寧ろ孤立していたのは、創人族の方だったんです』


 自身が見てきたものと、まだ見えぬ答えに対する葛藤。シェルツの話からどれだけを汲み取ったのか、魔王は組んでいた足を解き両の足を地につけ、組んだ腕の奥から細めた視線を向ける。


『敵国の王たる我の言を鵜呑みにはできまいが、少なくともアーギス(ここ)に於いての真実を述べよう。

 我がアーギス帝国が見据える敵は、創人族ではない。ただ一人の化け物だ。

 ――――ハープス国王は、この世界をその我儘に、玩具のように手駒としようとしている』


『国王陛下が!?』

『は!? 黒幕が王様だっての!?』

『んなバカな!』


 シェルツ、アーニエ、ヴェレスから三者三葉の驚愕。エラーニュは言葉を失い、心音は考えに耽ける。

 旅の目的も、今までの戦いにおける大義名分も、生きてきた中積み上げてきた価値観も、全てを否定してしまう真実。


 いいや、果たして真に〝真実〟足るのか。魔王が言ったように、敵国の王の発言をそのまま受け入れられるはずもなく、冒険者たちは混乱に落ちる。


『国王陛下がこの世界を玩具に……?』

『でも、あたしたちの国は王様のおかげで生活に困ることもなかったじゃない!』

『そもそもよ、実際にオレらの国は魔人族の攻撃を受けてただろ!?』

『それは、互いの正義をぶつける戦争だからということで……。急に気がかりになってきました、国王陛下がわたしたちの前に素顔を晒さないことが』

『ぼく、王様のお顔見ましたよ? しっかりしてそうなおじいちゃんでした!』


『おィお前ら、一度落ち着け。魔王様の御前だぞ』


 静かに通る声で、ノッセルが混乱を沈める。

 まだ困惑の色が濃い冒険者たちに、魔王は疑問に答える形で疑問を重ねる(・・・・・・)


『貴様らの不信そのものが、奴が化け物たる所以の一つだ。ハープス国王――――不死王ヨー・ジェルム・ヨシュカは、既に(約1700)年以上の時を生きながらえている。故に、下手に顔を晒せないのだ』


『……なによそれ、そんなのヒトを辞めてるじゃない』

『アーニエさんの言う通りです、理屈が分かりません。そのような魔法や科学技術なんて、現代には存在しません』


『現代には、だろう? 貴様らも知っているはずだ、それを成し得る可能性を』


『……古代に失われた魔法の概念、ですね?』


 五人の中、誰よりもそのことについて考えてきた心音が魔王に答える。

 音響魔法、重力魔法、雷撃魔法、次元魔法。

 そのどれもが、この世界の現代において一般に用いられることの無い技術であった。


 魔王は頷きを返す。


『不死王は千年前の戦で、魔人族が研究していた〝変異魔法〟の研究成果を根こそぎ奪っていった。それを自身のものとして昇華させたのだろうな。その〝遺伝子にまつわる魔法〟の力を持って、自身の肉体を変異させ、今日まで生きながらえているというわけだ』


 ――――どうだ? 正真正銘の化け物だろう?


 畳み掛けるように投げられる真実。

 言葉を失い、眼の焦点が定まらない創人族たち。

 もはや、彼ら冒険者がこの場で冷静さを取り戻すのは困難であろう。


 ……そうであるはずだ。ただ一人、瞳を揺らさずに魔王を見据える少女を除いては。


 心音は桜色の瞳で魔王をじっと見つめ、返される瞳に意志を投げる。


『ぼくは、自分の目で見たものを信じたいです。創人族のみんなも、魔人族のみなさんも、温かい人たちだってことは見てきました。それぞれが自分たちの正義の元戦っていることも知っています。

 でも、ハープス王国の王様が悪い人だってことは、まだ自分の目で見ていません。魔王さまの言葉でしか、聞いていません。だから、もっとたくさんの声を聞いてから、ぼくの気持ちを決めたいです』


 魔王が口元を緩める。


『なるほど、悪くない答えだ。しかし、ここまでの真実を知るものは魔人族の中ですら限られるほどだ。貴様はどう情報を集め、判断する?』


 ん〜、と唸り目を伏せる。第三者から情報を得ようにも、そもそも情報を所持する者の目星が付かない。


 悩めること十数秒。心音は自身の中で力がうねるのを感じる。その感覚は一気に広がり、この場に二つの光として顕現した。


『わわっ、ヴェデンさん!? ハインゲルさん!?』

『知った上でその答えに至ったのなら、この意志の勘も正しかったと言えよう』

『ああ、どうやら時が来たようだね。この至情の記憶を授けてもいいかな』


 緑色の女性に、紫色の猫。異質を撒き散らす二つの存在に、魔王は動じずに話しかける。


『ふん、大精霊(ルフ・アジマ)か。まだ消えていない存在がいたのだな』

『おや、そなたは初めて見ると思うたが……なるほど、記憶を継承しておるな?』

『へぇ、〝変異魔法〟の応用かい? よく見れば千年前の魔王と比べてかなり力を蓄えられているみたいだ』


 実体化した二柱とやり取りする魔王の様子に、心音は小首を傾げる。


『御三方は、お知り合いなんですか?』


 魔王は鼻で笑う。


此等(これら)とは殺し合った関係だ。千年前の大戦では好き勝手に戦場を荒らしてくれたものよ』

『厳密には、この至情たちが宿っていた〝五精英雄〟たちと、だけどね』

『宿主たる肉体はとうの昔に滅び、この意志は司る魔法と人格を引き継いだわけさね。とは言え、模倣に過ぎないその格は、もはや別物と言っても差し支えなかろうて』


 明らかに不機嫌そうにする魔王に対し、大精霊二柱は飄々としている。そして心音と後ろの冒険者たちに向けて、先程の話の続きを語り始めた。


『千年前に何があったのか。まだ自意識が無かったこの意志らが見てきたありのままを、そなたらに伝えよう』

『この至情の記憶も乗せるよ。これは伝承ではなく、記録だ』


 大精霊二柱を中心として、緑と紫色二色の螺旋が広がる。

 玉座の間全体に広がる大魔法の発現。城の主の許可なく進んでいく展開に、ノッセルが慌てて魔王に確認を取る。


『魔王サマ、よろしいので!?』

『構わん。手間が省けるというものだ』


 やり取りの間も室内の空間が塗り替えられていき、そして一際強い光。気が付けば、心音たちの知らない景色の中に立っていた。


いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて、嬉しいです♪

前回少なかった分、今回はボリューム増しでした……!

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