2-6 中枢へ
虚空に沈んだ意識が浮上する。
顔を起こし、ぼんやりとした瞼をこする心音の目の前には、柔らかく微笑む金色の女性の姿があった。
『おはようございます、皆さん。私の経験の一端はこれでご覧になられたことでしょう』
『イダさん、ぼくたちがお城を去った後にあんな目に……。助けてあげられなくてごめんなさい!』
『あらコトさん、泣かないでください。あなた方には充分助けていただきましたよ。ラネグも私も、こうして無事なんです。この足できちんと未来へ歩いて行けますわ』
涙を浮かべる心音の頭に手を乗せ、イダは目を細める。
イダによって見せられた、アディア王国でのその後の記憶。当時、謎を紐解けないまま城を去らざるを得なかったことへの回答がその中に詰まっているような気がする。
考えを整理するようにつぶやくシェルツに、エラーニュが合いの手を入れる。
『つまり、国王暗殺の黒幕はあの宮廷魔導士――いや、魔人族の第三王子が放った刺客だったってことか。そう考えれば、あの場で抱いた不信感にも説明はつくね』
『ええ、謁見の間に刺客を招いたのもあの魔導士であれば、本来魔法が使えるはずの宮廷魔導士を不能に陥らせ、刺客に自由を与えたのもあの魔導士ということですね』
『そうか、もう片方の魔導士に対して、剃頭の魔導士が〝魔封〟をかけていたんだね』
パズルのピースが揃ったことで、一気に真相が拓ける。
アディア王国で槍使いのペルーシから聞いた「国の要人に魔人族が紛れている」という噂話自体、そもそもイダのことを指したものでは無かったのかもしれない。
『国王暗殺のあの場で、もちろんそれが失敗したことも誤算だったのでしょうが……。他の魔人族、それも王族が現れて処刑されるだなんて、それこそ計画外だったでしょう』
『ええ、その通りです、エラーニュさん。魔王様の意思に背いて勝手な行動を起こし、あまつさえ第八王女である私にまで毒牙をかけようとしたこと。今、王族内ではラツトシーベス兄様の処遇について厳正に話し合いがなされています』
私は当事者なので事情を話したきり蚊帳の外ですが、とイダは上品に笑みを零す。
イダの正体に気づいていながらも、あの魔導士は処刑を敢行しようとしたわけであるのに、そこから生還したイダの態度は余裕すら感じられた。
『さて……魔力の質で分かります。無事、創人族であるあなた方にも〝次元魔法〟が会得できたようですね。流石は私が見込んだ方々です』
『決して簡単なものではありませんでしたが、なんとか試練を抜けられました。ありがとうございます』
『それだけの能力をお持ちでしたら、きっと魔王様も見る目が変わるでしょう』
イダは目を伏せて身体を引くと、本棚の隙間から先を示す。
『お引き留めしてしまいましたね。行先はこちらです。ノッセル、ご案内よろしくお願いしますね』
『はっ、勿論でございます』
机を離れ、魔法陣へ向かう。
柔らかく微笑むイダに見送られながら、冒険者たちは再び魔王城内を飛び始めた。
♪ ♪ ♪
魔法陣から魔法陣へ。
幾度目か数えていた数字にも自信がなくなってきた頃、ノッセルからの『着いたぜ』という言葉と共に場の雰囲気を察する。
陽の光が届かぬ長い廊下を照らすのは、松明の上で揺れる炎の道標。
しばらく先を見通せば、荘厳な扉が陽炎のように浮かび上がっているのが見えた。
一本道のようだ。迷うこともないだろう。
されど一歩も動こうとしないノッセルに疑問を感じていると、心音の動きを察したのかノッセルが後ろ手に静止をかける。
『もう少しそのままだァ』
何かただならぬものを感じ、冒険者たちはじっと留まる。
やがて、松明の炎が手前から順々に消えゆき、そして緑色へと変わった炎が再び灯り始めた。
『よォし、許可が降りた。行くぞ』
詳しい説明は一切ない。
言われるがままノッセルに付き従う道中、心音はこっそりと〝精霊の目〟を発現させた。
その目に映る夥しい数の魔法回路に内心ギョッとしつつ、悟られまいと大人しくする。
ここまで厳重な警備。先のノッセルのセリフも考えれば、十中八九、この先で待ち構えるのは魔王であろう。
扉に近づくにつれ、緊張感の高まりを感じる。
ハープス王国が王都ヴェアンから始まった長い遠征の、終着点とも言える部屋。
そこで、何かが変わろうとしている。そんな予感が湧いてくるのを感じていると、気がつけば心音の目の前には荘厳な扉がそびえ立っていた。
息を飲む。
いよいよ、魔人族を束ねる王との対面だ。
誰が手をかけるとでもなく、扉は心音たちの心境を気にもかけず、音を立てて自動的に開き始めた――――
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少し少なめの分量ですが、次回からはボリューム増しです……!