2-4 魔王城にて
遠くにあって尚、存在感を放つ魔王城に向けて、真っ直ぐに街並みを貫く。
魔導車で進むその道程はみるみると縮まり、いよいよ顕になった魔王城の全貌に冒険者たちはかつて無い衝撃を受けた。
『なんだよアレ、浮いてやがんのか!?』
『どうなってんのよ。まさか常に〝念動力〟を発現させる魔法陣でも組んでるって言うの? いくら魔力があっても足りないわよ!』
『……いえ、今だからこそ心当たりがあります。〝次元魔法〟による空間の固定ですね?』
ノッセルは、ひょう、と口笛を吹いて返す。
『さっきの今で大したもンだぜ。その通り、高次元に基礎を作って固定してンだ。〝次元魔法〟の心得がないヤツは城門に辿り着くことすら叶わねェだろうな』
ノッセルの口ぶりだと、距離や高低差以外にも何かしらの仕掛けが施されていそうだ。
魔導車が駐車区画に収められ、車外に降りて城を見上げる。
相当な年月と人手を割いて建築したのだろう。細かい作業が得意ではない魔人族が作ったと考えれば、石造りのそれはかなりの精巧さだ。
重力の計算を度外視したような構造も目立つが、それもきっと〝次元魔法〟を始めとする魔人族の魔法技術があってこそのものなのだろう。
壮大な城に見とれるのも数秒、ノッセルが魔人族の言語でやや長い詠唱を紡げば、空間が揺らぎ、遠くの城門が目の前に同時に存在する、という奇妙な距離感が心音たちを包んだ。
『ほら行くぞ。城ン中は少し歩く、付いてこい』
一歩進めば、城門は既に目の前。胸を掴む緊張感を抱えながら、招き入れるように僅かに開いた巨大な城門に身を滑らせた。
城門の先は、短い一本道の廊下。その最奥に構える大きな扉を視界に、心音は想像との相違を零す。
『あれ、門番さんとかはいないんですね?』
『必要ねェからな。〝次元魔法〟を正確に行使しねェとここまで来れねェだけじゃなく、魔王様が認めたものにしか城門は開かれねェンだ』
『魔法の防犯対策が万全なんですねっ』
言葉を交わしながら歩けば、扉はすぐそこに。
ノッセルが魔法で開け放ったその扉の先からは、幻想的で煌びやかな光が溢れ出た。
そこかしこに浮かぶ多彩な光の珠。
芸術的な配置で組まれた沢山のテラス。
そして数え切れないほどの魔法陣。
入口以外の扉はなく、往く人々は魔法陣から現れ、消えゆく。
建築美と機能美を兼ね備えた見たことも無い空間に、ただただ息を飲むしかない。
少しだけ間を待ってくれたのか、落ち着いてきた頃合いを見てノッセルが案内を再開する。
『魔王様の所までは幾つか部屋を経由する。オレ様と一緒の魔法陣に上がれば付いてこれっから、はぐれンなよ』
そうして迷わず魔法陣の一つに乗っかった彼に続き、次元魔法による城内移動が始まった。
事務室前、宮廷兵待機所、迷路のような分岐所、様々な部屋を飛んで回る。
城の主の元へ向かうにあたって、多くの人の目に留まることでのセキュリティ的な側面もあるのだろう。
そして本棚が立ち並ぶ部屋に到達した時、目の前に金色の影が現れる。
『なっ――!?』
ノッセルが声を詰まらせて固まる。
その先の彼女は驚きに染まった表情で心音たちを凝視した後、木々がさざめくような声を発した。
『あなた方は――! そうですか、無事この国まで来られたのですね』
胸に手を当て目を伏せる、鳥の子色のドレスを身にまとった鮮やかな金髪を携える小柄な女性。
一見見覚えのないその姿であるが、どこか既視感を感じる表情と、何よりもその声が確かな記憶を呼び起こす。
『え? そんな……い、イダさんですかっ!?』
『はぁ!? まさか、だって彼女はアディアで――』
――そう、処刑されたはずである。
心音がこの世界に来て初めての雪が降ったあの日、重罪犯処刑場にイダが送られたと、将軍ラネグから伝えられた。
そのイダが――ここアーギス帝国第八王女イディストゥラ・マ・アーギスが、目の前に立っている。そんなこと、ある筈がないのだ。
しかし、そんな死の記憶は目の前で気品を振りまく女性に否定される。
『私は、あなた方がイダと呼ぶその人で間違いありません。あれから紆余曲折ありまして、つい三日ほど前にお城に戻ったばかりなのです』
ようやく正常な呼吸を取り戻したノッセルが、サッと跪く。
『イディストゥラ王女殿下、ご無事で何よりです。国民に周知されていねェのは特別な事情がおありで?』
『治安部のノッセルですね。ええ、王位継承順位に関わる事態でしたので、まだ内部で処理を進めているところです』
『さようでございましたか。殿下の帰国はきっと明るい話題となるでしょう』
恭しくこうべを垂れるノッセルの様子に慣れなさを覚えながらも、心音はイダに質問を投げる。
『あの、ラネグさんにこの事は……?』
『いえ、すぐに私の生存を明かす訳にはいきませんでした。
……そうですね、あなた方は愛するあの方の恩人です。私が辿った道を少しだけお見せしましょう』
本棚の間を奥に進み、六人がけの机に案内される。
促されるまま着席すると、イダがノッセルを含めた六人にパスを繋ぎ、詠唱を始めた。
『記憶は光陰の如く彼方へ、現は私の裏側に。照らす胸中を覗くのは誰がために』
途端、走馬灯のように膨大なシーンがフラッシュバックする。実際のそれとの違いは、自身が見たことの無い場面、ということであろうか。
心音たちと離れた後、イダがどんなことを経験してきたのか。凝縮された記憶の中に、机に伏した六人は溺れていった。
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