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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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2-3 身に余る英智

「うぉ、眩しいな」

「これはまた、趣旨が変わりましたね」


 辿り着いた第三階層は乳白色の炎で煌々と照らされていた。

 大きめの会議室程度の広さの一室には、最奥に控える扉の他に、中央部の台座に白い立方体が乗っかっているだけである。


 シェルツが最奥の扉に近づき調べる。


「この扉……絵で描かれたドアノブと……鍵穴は見当たらないね」

「シェルツさん! 扉の隣にあるのはなんでしょう?」


 心音に促され扉の隣を見れば、木枠の中に何かが嵌められているようだ。

 それを一つ手に取って観察してみる。


「木製の立方体それぞれの面に違う模様が描かれてるみたいだ。同じものが九つ、何かしらの組絵(パズル)の類かな?」

「もしかすると、その扉の鍵を担ってるのかも知れませんね」


 エラーニュはそう言い部屋を見渡す。殺風景な部屋の中でヒントになりそうなものは、やはり中央の立方体しかない。

 エラーニュがその箱に近づいてみると、聞き慣れてきた音声が部屋に広がった。


「やはりまたですか。どんな指示でしょうか」

「んっと……太陽、縮む、月、広がる、自分、ある、身体……太陽を、月に?」


 聞こえた言葉の意味を咀嚼しながら、心音は首を捻る。


「整理すると、

 太陽は縮み、月は広がる。その身に宿す太陽を月に変えよ。

 みたいな意味になるのですが、なんだか伝わらない文書です……聞き間違えかもしれませんっ」


 心音が眉を下げる。

 しかし、エラーニュはそれを否定する。


「いえ、一見よく分からない文書というのは、謎解きを示していることが多いです。情報を集めましょう」


 エラーニュと心音は中央の立方体を、残りの三人は他に何かないか捜索を始める。


 調べ始めて少し、心音が小さく唸り、エラーニュに提案する。


「んー、エラーニュさん、少し真ん中辺り暗くないですか? もう少し明るくしてみてもいいでしょうかっ」

「そうですね、新しく見えるものもあるかもしれません」


 心音は元気よく頷き返すと、肩下げカバンから精霊術で使う触媒を取り出し、綺麗に並べ始める。

 精霊術も熟達してきたもので、陣を使わずとも効果的に発現させられる並べ方が染み付いてきた。


 そして準備を整えると、一定の音高で整った詠唱を紡いだ。


「ガイ デ リヒ ガイ ツェ」


 光の精霊術により、輝く精霊(ルフ)たちが部屋の明度を上げる。

 それにより一層と白さを際立たせた立方体を見てみれば、エラーニュは新たな気づきを得たようだ。


「これは……少し窪みがありますね」


 その窪みに指をかけ、何かしらのカラクリがないか確かめる。すると、窪みを中心に立方体の表面の一部がスライドし、中を覗けそうな穴が現れた。


「あら、部屋を明るくして観察することが突破口だったなんてね。太陽だの月だのって、光のことだったのかしら?」

「一説としては有り得ますね。では、中を覗いてみます」


 エラーニュが穴の中を調べる様子を、四人の冒険者が見守る。しばらく、無言で覗き続けるエラーニュが少し心配になってきた頃、立方体から顔を上げた彼女はメガネを外して目をしばたかせる。


「矯正後の視力はそれほど悪くないはずですが……どうもぼやけて良く見えません。どなたか見て頂いてもいいですか?」

「あ、それじゃあぼくが見てみます! これでも視力検査ではいつも一番下まで見えていたんですよっ」

「どういう意味か分からないけど、たぶん凄いんでしょ? 頼むわよ」


 意気揚々と心音が覗き穴に顔を近づける。しかし十数秒後、早くもリタイアの声が口の端から漏れ出してきた。


「九つの升目に何かが描かれてるのは分かるんですが、モヤモヤして分かりません〜!」


 その後、全員が代わる代わる覗いてみるも、やはり皆一様にハッキリとその形を捉えることは出来ず、いよいよ行き詰まってしまった。


 床に座り込み、五人で円を作りながら状況を整理する。


「何度も探してみたけれど、この部屋の中に他の仕掛けは無さそうだね」

「扉には〝防壁〟みてぇのが貼られてやがる。力ずくじゃビクともしねぇぜ」

「コトの光のお陰で一応箱の中は見られる程度だけど……もっと強くしてみればいいのかしら?」

「光……鍵を握るのはその辺な気がします。コトさん、先程の声の内容をもう一度いいですか?」

「あ、はい! えっと……」


 ――太陽は縮み、月は広がる。その身に宿す太陽を月に変えよ。


 その訳が正しいとしたら、何かしらの謎掛けにしか思えない。しかし、どうも心音には思い当たる節が無かった。


「太陽と月。光が引っかかるのはこの言葉のせいでしょうか」

「魔人族間で使われる慣用句とかの可能性はないかな?」

「ええ、その線も有り得ます。ですが、何か掴めそうで掴めない感覚がありまして……」


 慣用句だとしたら、心音たちが分かるはずもなく、途端に難易度は上がる。しかしそうではないとしたら……。


「縮む太陽や広がる月ってなんでしょう。お日様はお昼で、お月様は夜って感じがしますっ」

「ええ、たしかにそれぞれは昼夜の動機(モチーフ)とも考えられますね」

「といっても、その身に宿す太陽ってなによ」

「太陽を月に……変化を伴う身体の部位……」


 エラーニュがハッとして立ち上がる。


「光、分かりました、光です。光を受けることで収縮し、闇の中で拡大する器官が身体には備わっています」


 心音がその気づきに共鳴する。


「あ、瞳ですね! ってことは、太陽と月っていうのは」

「ええ、昼を司る太陽は明かりを、夜を司る月は闇を示します。つまり、部屋を暗くすれば良いのです」


 心音が発現させていた精霊術を解除する。

 やや暗くなった室内の中、アーニエが立ち上がり水を纏う。


「つまり炎を全部消せばいいのね? 任せなさい」


 部屋の八方に水を打ち出し、炎を消し去る。

 そうして生まれた暗闇の中、エラーニュは再び箱の中を覗く。


「……見えました。模様が発光してハッキリと判別できます」


 十数秒ほど観察し、顔を起こしたエラーニュが小さな灯りを手のひらにうかべて扉の横へ歩み出る。


「並びは暗記しました。あとはこれを並び替えて……」


 升目状の仕掛を組み替え、箱の中で見た通りに模様を並べる。

 最後の一ピースを嵌めた途端、ガチャりと音を立てて、ついに扉が開いた。


「おお、やったじゃねぇかエラーニュ! 未だにオレには何がどうだったのかよく分かんねぇぜ、ガハハ」

「さすがね、エル。あたしは魔法以外はからっきしだから助かるわ」


 達成感に沸くパーティの中、一歩引いてシェルツが寂しそうな笑みを浮かべる。

 それを不思議に思った心音が彼の元に近づき顔を見上げる。


「シェルツさん?」

「ああ、いや、なんでもないんだ。みんな凄いなって」

「そうですねっ! 本当に大切な仲間に恵まれましたっ」

「うん、本当に。俺は半端だからさ、今回は何も出来なかったなぁ」

「そんなことないですよ〜! シェルツさんは、ぼくたちの中心ですっ」


 なんだからしくもないシェルツの様子に若干の戸惑いはあれど、心音は本心を伝えたつもりだ。

 しかし、それですら浮かない表情を崩さないシェルツを心配そうに見ていると、扉の方角から声がかかる。


「二人とも何してんの、早く行くわよ!」

「ごめんごめん、今行くよ」


 シェルツの背中を追い、心音も扉へ向かう。

 心無しか線が細く見えるその背中に対する心配は、胸の内に丁寧に畳んで。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 三つ目の階段を登り切れば、きっとここが最終階層であろうとパーティ皆が顔を見合わせる。

 だだっ広い部屋の中心にあったのは、大きな魔法陣と水晶玉。〝重力魔法〟や〝迅雷魔法〟を会得した時に見たそれと酷似している空間だ。


 五人は示し合わせることも無く、水晶玉の周りを囲む。

 今度は今までの階層で聞こえたような声はないが、ここまで来たのならすることは一つであろう。


 五人は水晶玉に手をかざす。間もなく、幾度か経験した情報の波が押し寄せてきた。

 歪む視界に揺れる意識。対処法も心得ている。その場に座り込み、押し寄せる波が過ぎ去るのを待った。


 幾秒か幾分か、意識が正常を取り戻した頃には、アーニエが憎らしいような口調で静寂を破る。


「理解したわ、ええ、たしかに分かったわよ。でもこんなの……」

「そうですね、わたしたちでは精々一日に一度程度の発現が限界でしょう」

「消費される魔力量が尋常じゃないね。そもそも創人族の身では使うことが想定されてないからかな」

「魔法が得意じゃねぇオレは使うこともできなそうだぜ」


 その身に余る魔法の会得。

 それは達成感よりも、相対する種族の強大さに対する絶望感の方が大きく植え付けられた。


 心音は新しく感覚として掴んだ概念を身の内で確認する。


 〝次元魔法〟。

 高次次元にまつわる魔法。

 その概念は地球にいた頃から知らなかったわけではない。

 相対性理論や超弦理論、名を馳せた天才たちが提唱してきた理論。

 それは今でも結論づけられるものではなく、そして四次元以上の高次元を現代の人間は正確に知覚できていない。


 心音が今掴んだその次元の感覚が、果たしてそれらと同じなのかは分からない。

 しかし、たしかに今まで知覚していた以上の存在にアクセスできるようになった感覚が身の内にあった。


 そして、心音の保有する魔素量をもってすれば、複数回の使用にも耐えうるという自覚も共に。


 仲間たちが新しく得た感覚を言葉にして交わし合っている。

 それをどこか遠目に眺めながら、心音はその感覚が故郷にきっと繋がる確信を、握った拳の中に押し込めた。


♪ ♪ ♪


 炎のガイドに従い長い階段を降りれば、自然光が入り込んできているのが見える。

 そこから外へ出れば、ノッセルが柱によりかかり、欠伸をしながら待っていた。


『お、ようやく来たかァ。思ったより遅かったじゃねェか』


 手をヒラヒラさせて柱から身を起こす彼に、シェルツがはにかむ。


『創人族の身には中々堪える試練でしたよ。五人揃っていなければきっと突破できませんでしたが……本当にこれで認められても良かったのでしょうか?』

『ん? あァ、魔人族でも複数で受けるやつもいるくれェだ。腕に自信のある奴らは勿論一人で突破するがなァ』


 それを聞いて、五人から安堵の息が漏れる。

 試練を受けるような軍人たちが全員一人で軽々と突破できるような実力の持ち主たちだったら、それこそ創人族では逆立ちしたって太刀打ちできないだろう。


 ノッセルが言葉を切った後、じっと心音の顔を見つめる。

 心音が首を傾げ見つめ返していると、ノッセルは小さく嘆息して次の目的を告げた。


『オレ様もなんかスキッとこねェが……。あんたらを魔王城に連れていく。魔人族でも滅多に入れねェ場所だ、粗相はすンなよ』


『『『えぇぇ――!?』』』


 五人それぞれから驚きの声が飛び出る。

 想像さえしなかった行先。


 魔人族の中枢である都市どころか、(まつりごと)の中核を担う場所。


 それが意味することをより正確に理解するのは、そう遠くない未来である。



いつもお読みいただきありがとうございます!

今回は少しボリューミーにお送りしました♪

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