第二楽章 首都デンキャストジーク
第二楽章は厳かに。
静かに動くは世界の運命。
重なる響きは壮大に。
先ゆく旋律に未来を乗せて。
アダージョ・アッサイ。
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太陽が高度を上げていく中、心音たち五人の冒険者は軍事都市ロントジークを発ち、魔人族の統一国家アーギス帝国が首都デンキャストジークを目指す。
案内人であるノッセルが運転する魔導車に乗り外の景色を眺める。ふと、心音が今まで歩いてきた国との大きな違いについて疑問を零す。
『ずっとお外を見ていますが、木も草も花も、どこにもないんですね』
行けども行けども朽ち果てた荒野。国内には戦禍は及んでいないはずだ。なのに一切の緑が排除されているその光景にパーティ皆が首を捻るが、その疑問はこの場における唯一の魔人族によって払われることとなる。
『……こういう政策だ。この国には精霊が住み着かなくなっちまったからよ、少しでも魔力排出量を減らそうと、食用に管理してるもンを除いて、魔人族以外の生き物は根こそぎ排除したンだ』
『精霊さん……。やっぱり、どうしてこの国に精霊さんが住まなくなったのかは教えてくれないんですか?』
『他国の奴に魔人族の踏み入った事情を話すのは禁忌だ。代々の魔王名で全帝国民にお触れがでてらァ』
会話が途切れる。
禁忌と言われる領域についてこれ以上しつこく聞くのは無礼である上、心音たちの立場としても危うくなるだろう。
殺風景な荒野を進む魔導車の速度はかなりのもので、景色の中不自然なほど綺麗に舗装された道路をぐんぐん進む。
地球のそれよりも遥かに速いこの世界の馬車と比較しても数倍の速度が出ているであろうこれは、やはり魔人族の魔力量があってこそ実現される交通手段なのだろう。
そのスピードのおかげか、ロントジークを出るときには遠目にも見えなかった都市が次第に迫ってくる。広大な城下町の奥に見える壮大な城こそが、きっと魔王城だろう。
ここまでくれば、あっという間に距離が縮まる。
城壁は見えないが、その代わりに都市を囲むようにしたお堀が設けられているようだ。
お堀に掛けられた跳ね橋を渡りながらその下に目を向ければ、煮えたぎる熱湯がなみなみと揺れていた。
『わぁ……落ちたら一溜りもないです』
『これはまた贅沢な魔法回路の使い方してるわねぇ』
心音とアーニエの抜けた声が湯気と共に消えゆく。
そのまま橋を渡りきり、辿り着くは城下町の門。ノッセルが停車させた魔導車から降り、門番と何やら会話を交わす。
そして門番が腕を顔の前で一文字にする敬礼をしたと思えば、ノッセルは再び魔導車に乗り込み起動させた。
『さて、城下町には入れるが、アンタらに自由はねェ。オレ様の目の届く範囲から離れんじゃねェぞ』
だんだんとノッセルのことも分かってきた。
つまり、彼に付き従っている限り、この街の中でも行動が許されるということだ。
遂にやってきた魔人族の国の中枢。そこに入ることが出来る現実に生唾を飲み込み、冒険者たちを乗せた魔導車は城下町の中へ飛び込んだ。
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街の印象は、ロントジークとは全く趣の違うものであった。
色彩豊かな街並みを作るのは、創人族の国では有り得ない建築様式で建てられた建造物たち。
道端では画家が風景や人物を描き、そこかしこで演奏される路上音楽が楽しげな空間を演出する。
そんな街に一番の感動を表しているのは、言わずもがな心音である。
『わーっ! 音楽で! 芸術でいっぱいですっ!』
『ちょっとコト! 危ないから身を乗り出すのはやめなさい!』
今にも魔導車の窓から飛び出していきそうな心音と、その腰を掴むアーニエに苦笑しつつ、シェルツとエラーニュは印象を交わし合う。
『ロントジークは言うなれば機能美を追求したような街だったけれど、ここデンキャストジークは芸術の街、といった様相だね』
『ロントジークに置かれた軍隊も優秀なようですし、この街では文化的な機能が発達する余裕があったのでしょうね』
幅広の道沿いには、買い食いができそうな出店もたくさん出ている。その匂いで腹を鳴らしたヴェレスが誰にとでもなく呟く。
『あー、腹が減ってくるぜ。気がつけばそろそろ昼時か』
『まァ慌てんな。車を置いたらすぐに昼飯だァ』
次々と流れる景色の中で心音が注目するは、やはり多種多様な楽器たち。
その中でも、一時停止した魔導車の横に丁度現れた、魔法の国ならではの楽器に興奮を表出させる。
『すご〜い! なになに!? 鍵盤が虹みたいに浮いてますっ! すごいテクニック……魔法で浮かせた玉を打ち付けて叩いてるんだ! 音は鉄琴〜よりも鍵盤式鉄琴に近いですっ』
完全に自己の世界に没入してる心音に対し冒険者たちは慣れたように笑うも、ノッセルは若干引き気味である。
エキゾチックなメロディや和声を楽しむのも束の間、横断者が途切れ魔導車が動き出す。
同時、後方へ流れていく音楽を名残惜しそうに見送り元通りに着座すると、やや残った興奮度合いのまま心音がノッセルに元気よく質問を投げる。
『ノッセルさん! さっきの楽器はなんて言うんですかっ?』
『あァ? 知るかよ!』
音楽に興味が無い者が楽器の名前なんて知らないことは、やはりどこに行っても常なのだろう。
心音がむすっと口を尖らせる様子に、くすりと零れた笑みが聞こえた。
『あ、シェルツさんっ、笑いましたね〜?』
『ああ、ごめんごめん。なんだか、コトはどんなところに来てもコトで、安心するよ』
『ぼくはぼくですよ? シェルツさんだって、やっぱりいつでもシェルツさんですっ』
『ははは……うん、そうだね。どこにいても俺たちが俺たちであることには変わりない』
やり取りに僅かばかりの違和感を覚えるが、その正体が分からないまま景色は流れていく。
そして考えを深める間もなく停車した魔導車の外を見れば、様々な車が整然と並んでいる。駐車場だ。
『よォし降りろ。この街で人気のメシを奢ってやらァ』
魔導車から降りて歩くこと少し、オープンカフェのような店に着けば、大盛況の中誰もが同じような食事をとっている。
遠目にその様子を覗く心音の脳裏に、少しばかりの既視感。
『どこかで似た料理を……あっ、ウィーンのパラチンケン!』
地球の音楽の都、ウィーンで有名な伝統料理。肉や野菜などをチーズと一緒にクレープ生地で包んだその料理を、昔一度だけ食べたことがあったのだ。
少し懐かしさを感じながら、ノッセルに促されるまま着席し店員からの配膳を受ける。
お腹を満たした後に待つのは、きっと試練だ。
暖かな料理の熱が身体に染み渡るのを噛み締め、冒険者たちは英気を養った。
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昼食を終え、再び魔導車に乗り込み目的地を目指す。
揺られること幾分か。前方を見れば、白磁色を基調とした大聖堂を彷彿とさせる建造物がすぐそこにあった。
『着いたぜ。そこの〝護国の魔殿〟で〝次元魔法〟が伝授される。それが受けられる力がある奴だけ、だけどなァ』
魔導車を降り、それを仰ぎ見れば、その規模に息を飲む。
大きめの文化ホールくらいのサイズがあるのではないかと心音が記憶の中の比較対象と比べてみる。その傍ら、ノッセルが魔導車を念動力で浮かせて駐車区画に運ぶなどという力業をサラッとこなして付け加える。
『オレ様に与えられた役目の一つとして、アンタらをここに連れてきた。だが、〝次元魔法〟の会得までは保証できねェ』
『あ? オレらには資格があんじゃなかったのか?』
ヴェレスが心音の楽器ケースに目を落とす。
〝次元魔法〟の会得が認められるための証は 確かに手元にあるはずだ。
『そうなんだが、それだけじゃねェンだ』と首を振るノッセルに対し、エラーニェが静かに考えを並べる。
『〝音響魔法〟は創人族の国で聖歌隊員として認められることが条件。〝重力魔法〟と〝迅雷魔法〟には各種族と大精霊に認められる必要がありました。つまり、〝守り人の証明〟の役割は種族に認められたという証で、その他に別の条件があるということですね?』
『へェ、聡明だな、エラーニュ。その通りだ、このでっけェ魔殿の中で試練を抜けてもらう。魔人族が戦士として認められるための試練でもあるからよ、アンタらには少し難しいかもしンねェ』
創人族に比べ遥かに戦闘力が高い魔人族に課せられる試練。普通であれば誰もが怖気付くそれも、ここまでの遠征で経験を積んできた冒険者たちにとっては常のように越えるべき山に過ぎない。
『試練を受けさせてください。俺たちのやり方で、きっと突破してみせます』
やる気満々な五人それぞれを見て、ひょう、と口笛をひとつ。ノッセルは扉に向かいながら人差し指で招く。
『バカみてェな時間はかからねェはずだ。出口で待ってるぜ』
建物ひとつが試練そのもの。ノッセルに見送られ、冒険者五人は魔殿の中に消えていった。
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第二楽章の始まりです!
第一楽章に比べ、ボリューミーなエピソードとなります♪