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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
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1-3 魔人族軍治安部

 魔人族領の統一国家アーギス帝国。その国境に位置する軍事都市ロントジークの様子は、そうと意識していなければ魔人族の国であると答えられないものであるように見えた。

 つまり、創人族の国での営みとそう離れていないものであると、心音たちの目には映ったのだ。


 ここに住む彼らの意識が特別心音たちに注がれることは無い。それは獣族の国セイヴで貰った火鼠の毛皮が頭部を覆っていることで種族が判然としないからであろう。


 街に溶け込みながら大通りを貫きつつ、五人の間で繋いでいた魔力線(パス)を通して心音たちはそれぞれの印象を交わし合う。


(当然と言えばそうなんだけれども……戦場であれだけの恐ろしさをばらまいてきた魔人族たちにも、俺たちと変わらない生活があるんだね)


(争いの場で触れることのできたほんの表面しか、あたしたちは知らなかったってことね)


(なんだかここの建物はよ、大雑把な作りに見えるな。地震でも来たら崩れちまうんじゃねぇか?)


(魔力が豊富で生活のほとんどを魔法で補える魔人族にとって、創人族のような繊細な作業は求められていないのでしょう)


(そういえば、大陸の西(こっち)の方に来てから、地震で揺れた覚えがないですっ! 地震がない地域なんでしょうか?)


 石材の処理は雑で、家々の壁には隙間も目立つ。そんな建造物たちが壮大な規模で広がる街並みで暮らす、髪の毛を淡く輝かせる人々。

 五人の中に、それが想像通りだった、という者はいなかった。その相違(ギャップ)は、少なからずの動揺として冒険者たちの胸の内を揺らす。


(知らなかった。いや、知ろうとしていなかった。思えばその実を知らなかった相手を、教えられたままに敵として見ていたんだね)


(シェルツ、これだけで判断するのは尚早すぎるわよ。そもそも争いってのは、互いの正義をぶつけるものなんだから)


(でもよ、普通に暮らして笑い合っている魔人族なんてよ、オレは今まで想像もしてなかったぞ)


(関所でのやり取りでも感じましたが、和平の交渉ができない種族には思えなくなってきました。わたしにはまだ真相が見えません)


(ぼく、ちゃんとお話しすれば魔人族さんたちとも仲良くなれそうな気がしますっ)


 軍の治安部に向けて歩く間、この街での生活感を肌で感じる。


 明るく会話を交わす声、

 はしゃぎ回る子供たち、

 道路を整備する労働者、

 露天で売られる飴細工。


 何の違いも無いのである。


 故郷であるハープス王国から旅立ち、四季の一つが去るほどの時間をかけて辿り着いたこの地で。

 千年間交流も無く、常に争い続けていた種が。


 困惑や疑念。希望と否定。

 纏まらない思考のままハリュウの歩みに従いしばらく。この都市の中では整った大きな建物の前に迫り着けば、ようやく初めて足を止めた。


『ここがこの都市の魔人族軍支部の本隊庁舎だよ〜。用があるのは三階の治安部だけだけどね〜』


 念を押すように、続けてハリュウは目を細める。


『分かってると思うけど、ちょっとでも変なコトしたら五体満足では帰れないからね〜』


 明らかな戦力差があるにも関わらず繰り返しの念押しをすることに心音は軽く首を傾げるが、すぐにハリュウの関所番としての立場問題であることに思い至り、疑問を嚥下した。


 軍部の衛兵とも馴染みのようで、ハリュウが一言二言告げるだけで敷地内へ通してくれる。

 舎前では集会なども行うのであろうか、門前から舎屋(しゃおく)まで距離のある敷地を歩きながら心音は周囲を観察する。


(一、二、三……八階もある! 窓は透明だけど……ガラスじゃないのかな? 不思議な反射のしかた……)


 まさしく異文化のビルとも言えるそれに目を丸くしていると、突如心音の中で声が膨らんだ。


(コト、東方上空二十歩じゃ!)


 ヴェデンの意識に反射的に応え身体ごと右へ向けると、太陽を背に全容を隠すようにした半透明な何かが迫り来ていた。


(なにあれ!? えと、最も早い疑似魔法……音響魔法!)


 心音の反応に気づいた仲間たちが遅れて首を向けるも、とても迎撃には間に合わない。心音はイメージを膨らませながら両の掌を打ち付け、拍手(かしわで)のように鳴り響いたそれに音響魔法を乗せた。


(〝多重音波〟!!)


 発せられたのはただ一音のハンドクラップのはず。それが擬似魔法により複数の音高で重なってゆく。エコーしたそれは目的地点で重なり、衝撃として炸裂して迫っていたそれを砕いた。


『コト!? いったい何が……氷?』


 事態の把握に務める仲間たちが周囲と心音に意識を回すと、嫌が応にも気がついたのは降り注ぐ氷の破片であった。


 背を向け合いながら全方位を警戒するパーティ五人の様子にハリュウが頭をぽりぽりと掻くが、次の瞬間目つきを変えて上空に攻撃を放った。

 堅い物同士がぶつかり合う鈍い音。同時に降り注いだ氷の破片から身を守りながらその先を見れば、鞭のように薄紫の光をしならせたハリュウと巨大な氷のハンマーを振り下ろす何者かがぶつかり合っていた。


 氷が消え去り、同時に薄紫の鞭も消える。そして地面に降り立った男に向かって、ハリュウは面倒くさそうに悪態をついた。


『突然なにさ〜、疲れるからそういうのやめなよ』

『ハリュウ貴様、オレ様の目はごまかせねェぞ。ロントジーク軍の本丸に創人族なんて連れ込むなどどう言う領分だァ?』


 水晶のように半透明に煌めく短髪を逆立てた細身の男が、シェルツと同程度の身の丈のハリュウを見下し問する。

 対するハリュウは面倒くさけな態度を崩さない。


『おれはおれの仕事をしているだけだよ、ノッセル。彼らには資格がある。だから関所番としての務めを果たしているのさ〜』

『関所番の仕事がここまで創人族を連れてくることだって? いつからそんな笑えねェ冗談を言うようになったァ!』


 ノッセルと呼ばれた男が両手を広げ薄水色の魔力光を迸らせる。みるみるうちに彼の周りには大量の氷柱(つらら)が形成され、心音たちの方へ狙いを定めた。

 心音たちは臨戦態勢をとり身構え――――それが整う前に、氷柱は一斉に砕け散った。


『おれが疲れることが嫌いってこと、知ってるでしょ〜? ノッセルも偉くなったんだから、理性的にいこうよ〜』

『……チィ、貴様ほどの実力がありながら辺境の関所番なんて続けていることに腹が立つぜ』


 戦いの気配が霧散する。ノッセルは心音たちを一瞥して踵を返すと、空間の揺れと共に姿を消した。

 ハリュウが溜息と共に首をぐるりと回し、何事も無かったかのように心音たちを促す。


『さ〜、いこか』


 一瞬の交錯でさえ、底が知れなかった。あらためて魔人族の国に創人族がたった五人でいることの恐ろしさに心臓を縮ませながら、ついに魔人族の軍隊庁舎に足を踏み入れた。




 迷い無く進むハリュウの後を辿り、まるで修練場のような空間に通される。

 だだっ広いそこで待たされること数分、立派な軍服を着た初老の男性と、それに付き従うようにした軍人三人が空間の揺らぎと共に目の前に現れた。その中に見覚えがある人物が居ると思えば――――


「……あっ、さっきのヒト!」


 心音の声に反応して冒険者四人もその先を見れば、先程襲撃してきた魔人族の姿があった。たしか、ノッセルと呼ばれていた男性だ。


 そんな心音たちの動揺も気にせず、明らかに地位があるのであろう初老の男性が、五人を観察した後静かに口を開く。


『私はロントジーク軍治安部長のカイエです。長く軍に勤めていますが、創人族がこの国に来るなんて初めてですよ』


 落ち着いた声音。余裕により足元がハッキリとした印象を受けるしゃべりロを崩さず、カイエは問いを投げ始めた。


『幾つか、質問をさせて下さい。ハリュウたち関所番の仕事は信用していますので、そこで聞かれただろう事は省きましょう。……さて、創人族であるあなた方から見て、私たち魔人族はどう映っていますか?』


 回答は慎重でなければならない。〝対内念話〟のために繋いでいた魔力線(パス)を探るが、どうやらこの建物に入ると共に断たれていたようだ。皆からの信頼を受けながら、シェルツが呼気を取り込み喉を震わせた。


『俺たち創人族の国では、物心ついたころから魔人族は敵だと教育されます。暴虐の限りを尽くし、千年前の大戦から繰り返したくさんの人々を殺め、必ず打ち勝たなければならない存在だと。……ですが、実際に創人族の国から出て他種族の文化に触れ、今まで教わってきたことが真実ではないのでは、と気持ちが揺れています』


 言葉がうまく続かない。ハープス王国で生まれ育ったシェルツたちにとって、どうしても気持ちに整理がつききっていないのだ。

 だが、この場にはハープス王国から来つつも、そこで生まれ育っていない人物がいる。

 シェルツの言葉を引継ぎ、桜色の少女は瞳に輝きを称えてカイエを見つめる。


『ぼくたちが見た〝真実〟は、ぼくたちと同じように笑い合い、働いて、生活を楽しむ魔人族さんたちの姿です! ぼくにはとても、皆さんが残虐非道な種族であるとは思えません。長い歴史の中で、きっと何かが歪んでしまったんじゃないかなって、ここにきて確証に近付いているんです』


 やや伸びた髭を撫で心音を見るカイエの瞳が、少し明度を上げたように見える。そしてカイエは再び問いを投げた。


『仮に、の話をしましょう。魔人族の王が和平を望み、創人族の王がそれを拒んでいるとする。創人族の王を説得するために魔人族の王が護衛を引き連れて創人族の王城に出向くとしたら、あなた方なら城門を開きますか? それとも兵を動員し迎え討つでしょうか?』


 仮想の話から求められるのは、思想や思考のパターンであろう。五人はその場面を想像する。そして自身が採るであろう行動と、この場における最適な回答を考え擦り合わせる。

 そうしてなんとかまとめた考えを、丁寧になぞるようにシェルツは伝え始める。


『一般的な創人族であれば、確実に兵を動員するでしょう。実際、創人族の国を出る前までの俺ならそう即答していました。それが国を思い守りたいと願う者の最善の行動でしょうから。

 ……しかし、実際どうするべきか、今の俺には分かりません。和平を望むという言葉を創人族の王が口にしたという話を、聞いたことがないんです』


 胸中に芽生える故郷の王への懐疑心。認めたくない感情。それこそが魔人族の狙いなのかも知れないとすら考えてしまい、やはり言葉は続かない。

 カイエはゆったりと構え、沈黙の中シェルツが続きを話すのを待つ。しかし、その沈黙を破ったのはシェルツの声では無かった。


『実際にどうするべきか、それを知るためにもわたしたちはこの国に来ました。千年続く戦が創人族の国の外側から見た時にどう見えるのか、を』


 いつもより少し固く、大きな声。エラーニュが差し込んだ台詞にカイエは二度頷くと、声を和らげ微笑みを見せる。


『いいでしょう。治安部として、あなた方の滞在を認めましょう』

『な!? 本当によろしいのですか!?』

『総合的に判断した結果です。……それに、これは好機かもしれませんしね』


 物言いたげな部下を宥めるカイエが発した後半の発言は、そばに居る魔人族の軍人たちに辛うじて聞こえる声量。


『……ですが、条件として治安部隊員の案内に従うことを約束してもらいます。そうですね、案内役は――』


 カイエと目が合った水晶髪の男の顔が引き攣る。


『強襲分隊長ノッセル、あなたにお願いします。私が許可したとはいえ特例も特例です。おかしな事にならないよう、しっかり務めを果たしてくださいね』

『げ……は、はい。たしかに承知しました』


 下げた頭に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ノッセルはカイエの言葉に従う。

 『さぁ、全軍に伝令しなければなりませんね』と言い残したカイエが残り二人の軍人と共にその場からゆらりと消えると、残されたノッセルが眉間に皺を寄せながら笑みを浮かべるなどという奇妙な表情で心音たちに向き合った。


『つーことで、オレ様がアンタらの案内役をすることになった。魔人族の国での旅を楽しんでくれよォ?』


 明らかに怒気がこもった言葉に苦笑いを浮かべつつ、ずんずんと部屋を出ようとするノッセルに続いて部屋を後にした。

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