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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第五幕 精霊と奏でるシンフォニエッタ 〜旅の果ての真実《こたえ》〜
134/185

第一楽章 魔人族の国へ

 第一楽章は躍動せし。

 主題(テーマ)の提示は堂々と。

 華々しい展開は新たな和声を。

 交響曲(シンフォニー)の始まりへご招待。

 アレグロ・コン・ブリオ。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 雑種多様な動物たちで溢れる街並み。

 否、 確かな知能を持ち文明を築く彼ら獣族たちの営みの中、心音たち五人の冒険者はいよいよ慣れてきた冬の空気で肺を満たす。


 次なる目標は魔人族の国。

 その国境へ向かう前にと、大狼の獣族であるヴルとロウに案内され、 市場で必要物資の買い出しをしていた。


 保存食として売られている乾燥した木の実は非常食には勿論、心音の精霊術の触媒としても使える。

 白雪に覆われた大地を照らす太陽の下、 概ねの買い物を終えた心音たちは、一画で待ってくれていた大狼たちの元に再集合した。


『ヴルさんロウさん、 お待たせしましたっ!』


 桜色の長髪をふわりと浮かせ、 心音が明るく跳ねてみせる。 そのすぐ後ろ、 背中に大きな杖を覗かせたアーニエがやや上機嫌に言葉を投げた。


『酒場での手伝い代やら闇肉の件の報奨金やらでここの通貨も結構もらってたけど、 まあ良い感じに使えたわね』

『創人族の国の通貨が使えないって気づいた時は慌てたけど、 なんとか不自由せずに旅を続けられそうだね』


 シェルツが反応し、金髪の下に覗かせる碧眼で手荷物の中にまた残金があることを確認する。

 傍ら、 長大なハルバードがトレードマークの大男を見上げるように、少女が青みがかった銀髪の下の眼鏡を上げて嘆息混じりのジト目を向ける。


『ヴェレスさん、それで最後にしてくださいね』

『分かってるってエラーニュ。せっかくこの国の虫食にも慣れてきたってのに、もう食べ納めか』


 幼虫の串焼きを綺麗に食べ終えゴミ箱に串を収めるヴェレスの様子に笑みを含んだ吐息を漏らしつつ、ヴルとロウはこの先について確認する。


『あらためて確認するが、俺たちが案内できるのは国境の関所までだ。関所番の魔人族とは面識があるが、俺たちは実際に国境を越えたことはない。そこから先の手続き等については、関所番と交渉して欲しい』

『とは言え、私たちもできる限りの口利きはしよう。創人族だからといって門前払いされるようなことにはさせまい』


 せっかく関所まで行き交渉しようとしても、取り合ってもらえなければどうしようもない。

 ヴルとロウが少なくとも交渉の取っかかりを作ってくれるというのであるから、頼もしいことに変わりはなかった。





 名誉獣族の証として与えられた火鼠の毛皮のローブに暖められつつ、いよいよ関所に向かう。

 セイヴの西区画に居ればどこからでも見えるほどの巨大な門。その前に重なるようにして、二周りほど小さな門が構えられている。まずは手前の門をくぐり、その中で詳細な審査がされるのだろうか。


 ヴルとロウに従い一直線に門まで辿り着けば、門前に突如浮かび上がった半透明の目玉に心音は思わず小さく悲鳴を上げた。目玉はこちらをぐるりと見渡し、口のようにぱかりと開いて音声を発し始めた。


『〝豪秘の森〟の守護者さんたちじゃないですか。そちらから出向くなんて、今日はどうしたんですか?』


 『わ、しゃべった!?』と、ついに心音は静かにパニック状態になる。その様子を見てやや不機嫌そうに瞳孔を細める目玉に、ヴルが要件を切り出す。


『彼らがそちらの国へ渡りたいそうだ。対応してもらえるだろうか』

『その前に、素顔を見せて下さい。それでは種族も分かりません』


 目玉からの言葉を受け、心音たちは頭部を覆っていたローブを取り払う。そうして露わになった身体的特徴を確認し、目玉が再び縦に開いた。


『森人族の耳ではない、そして我々と同族でもないヒト種……信じられません、まさか創人族がこちらに足を踏み入れたいと言っているのですか?』


 門を隔てていてもなお分かる紫色の魔力光による圧力を感じ、生存本能がアラートを鳴らす。

 静かな怒りともとれるそれに、ヴルは物怖じせず説得を試みる。


『落ち着いてくれ、彼らは何も戦争をしに行くわけではない。そもそもが我々の国セイヴにすら創人族が訪れたことは異例だ。そんな彼らが、火鼠の毛皮を賜るほどの貢献をこの国に残しているのだ。(よこしま)な者がこういった功績を残すこともあるまい?』

『……たしかに、それは君たちにとって特別な毛皮そのものですね。どちらかと言えば排他的な君たち守護者が薦めるとなれば、それなりの人物たちであると期待は出来るでしょう』


 関所番として育んできた感覚と目の前の事実との齟齬。その葛藤が、目玉越しに伝わってくる。

 ゆったりとした一呼吸ほどの間。職務を全うすべく目玉から放たれた言葉は、少し詰まった話し始めであった。


『……いいでしょう。ここでの手続きの常のように、適正に審査しましょう。さて、この関所を通るには通行手形が必要ですが、発行には審査の後しばらく時間がかかります。……ええ、そうですね、たしかにこれは本庁への上申案件でしょう』


 最後の言葉は、心音たちに向けたものでは無いように聞こえた。門の中には他の魔人族もいるのだろう。


 会話の魔法を遮断したのか少しの間の後、小さな咳払いに続いて指示が下った。


『何にせよ、中で手続きを行います。どうぞ入ってきてください』


 目玉がぐるりと回転し消えたと思えば、眼前の小門が開き中の様子が露わになる。


 門の中に広がるは揺らめく紫色。守秘のためなのだろうその魔法的な膜を瞳に映した後に、心音たちは一度振り返ってヴルとロウに向き合う。


『ヴルさん、ロウさん、本当にありがとうございましたっ!』

『なに、命の礼はまだまだ返し足りないくらいだ。達者でな』


 互いに頷き合い、心音たちは再び門に向き合う。

 未知溢れる紫色に少し躊躇しながらも、五人は門の中へ踏み入れた。




 触覚を感じない紫色の膜を抜けた先は、白を基調とした事務室、といった印象であった。


 白の正体は大理石だろうか。多数の書棚に囲まれた室内で、五人の魔人族がそれぞれ机に向かっていた。

 心音が想像するような関所と比べ遥かに整いすぎている空間に目を白黒させていると、中央に位置する一際長い机に腰掛けた紫髪の魔人族が机の前を指し示して心音たちに意識を投げる。


『まずはそこに並んでください。幾つか質問をさせてもらいます』


 部屋の両サイドから注がれる魔人族たちの視線に身を縮ませながらも、五人は指定された場所に身体を乗せる。


『さて、通行手形の発行に際し、審査項目があります。まずはそれを……』

『あの、通行手形でしたら、こちらは使用可能でしょうか?』


 シェルツが手提げカバンから取り出したのは、アディア王国の城塞都市でイダから貰った通行手形だ。冬の初めのあの日、魔人族の王女だと名乗る彼女から受け取ったそれが、ようやく日の目を浴びる時が来た。


 シェルツが差し出したそれを見て、関所番の魔人族は目を見開いて言葉を詰まらせる。

 同様に、立ち上がる者や驚きの声を上げる者等、様子を伺っていた他の魔人族たちも、一様に予想外だという反応を示した。


 ようやっと声を取り戻した関所番が、シェルツから通行手形を受け取り確認を始める。


『……えぇ、確かに。通し番号がないとなるとこれは……関所からの申請で作られたものではなく、王族が自己判断で作成したものですね。あなた方、これはどこで?』


 アディア王国であったそのままの事を、シェルツは端的に要約する。


『創人族のある国……いえ、城塞都市ルーディと言えば魔人族の方はきっと分かるのでしょうか。そこでイディストゥラ・マ・アーギスと名乗る女性からの依頼に応え、その報酬として頂きました』

『なんですって!? その名前に嘘偽りはありませんね!?』


 先程よりも明らかな動揺が場に広がる。

 それもそうであろう、シェルツたちが彼女から聞いた彼女の肩書きは、魔人族の国アーギス帝国の第八王女、なのだから。

 そのような人が創人族の国にいたこと自体、尋常ではないことなのだ。


 関所番たちが一斉に俯き、沈黙が流れる。

 ひっそりと〝精霊の目〟を発現させた心音には、彼らが魔力線(パス)を繋いで〝対内念話〟でやり取りしているだろうことが見えていた。


 魔力線(パス)に流れる魔力が収まり、顔を上げた関所番がシェルツたちに向かって確認する。


『その名があなた方の口から出るということは、たしかにイディストゥラ王女殿下にお会いになったのでしょう。しかし、まだ拭えない疑いがあります。まさか捕えた王女殿下に無理やり通行手形を作らせたのではないでしょうね?』


 尤もな質問である。その疑いがある以上、何か確かな証拠を提示する必要がある。

 通行手形であれば、斥候のために欲するものとしては当然挙げれれる。ならば、創人族側が自発的に知りようのないものを提示するしかない。


 イダから受け取ったもう一つの報酬は、心音がコルネットのレザーケースに付けていた。装飾的な意味合いも持つそれを、シェルツからの視線を受けて提示した。


『それは〝守り人の証明〟!? ……ええ、たしかにイディストゥラ王女殿下の強力な魔力を感じます。そうですか、それを授与するほどの信頼を王女殿下は預けられたというのですね』


 〝守り人の証明〟が創人族の手に渡されるということは、魔人族にとって大きな意味を持つようだ。

 その意味を裏付けるように浮いた腰を下ろした関所番たちの様子に、心音たちも少し緊張を緩める。


 大きく一呼吸すると、関所番は紫色の瞳を旅人たちに向けて静かに確認する。


『ええ、ええ。あなた方が王女殿下に認められた上で我々の国に渡ろうとしていることはよく分かりました。その資格があるのならば、それを妨げることもできません。ですが、ここでの常なのです、確認させてください。

 ……創人族であるあなた方がここから先へ踏み入れようとする理由を述べなさい』


 確実に聞かれるであろうと構えていた質問である。皆の意思を預かり、シェルツが落ち着いた声音で答えた。


『俺たちはこの世界を旅してきて様々な真実に出会ってきました。創人族の国で語られる〝そこでの本当〟は、現実とは乖離しているものもあると知りました。なので――』


 これは、遠征の中でパーティ皆の中に芽生えた思い。


『――俺たちは、真実を知るために魔人族の国へ渡ります』

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて嬉しいです♪

今回から第五幕スタートです!

ついに辿り着いた魔人族の国でのお話をお楽しみください♪

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