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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
133/185

4-10 白銀の中で奏でるカルテット

 透き通る冬の夜空。

 目が覚めるような星々の瞬きの下、ここ獣人族の集落は住民たちが初めて経験するほどの賑わいに溢れていた。


 その中心にいるのは異種族の旅人である心音たち五人の冒険者。長い間獣人族を苦しめ続けていた不治の病である〝拒森病〟を打倒したのだ、獣人族からすれば彼らは英雄以外の何者でもない。


 会場である広場には特に装飾の類はなく、並ぶ料理も決して豪華とは言えない。それでも丁寧に盛り付けられた色とりどりの木の実たちが獣人族にとっての精一杯のご馳走であることはハッキリと伝わってくる。


 代わる代わる心音たちの元にやってくる獣人たちと冒険譚を肴に盛り上がっている傍ら、もう一方の主役たるクゥとスゥの周りにも常に賑わいがあった。


 病み上がりのスゥの笑顔はまだ弱々しいが、寝たきりで死を待つのみであったことを思えば奇跡に近しい光景であろう。


 場も十分に温まってきた。心音はすっと少し皆から距離をとると、桜色のレザーケースからコルネットを取り出し、その管体に白銀を映し出す。


 昼に晩餐会の話を受けた時から、めでたい席に音楽の彩りをと考えていた。

 注目を一身に集めながら、心音は背筋をピンと伸ばして笑顔を振りまく。


『ぼく、楽器の演奏が得意なんです! 皆さんの思い出に残るように、ぼくから音楽の贈り物をさせてくださいっ』


 流れるような動作で楽器を構える。ゆったりと吸われた呼気が放たれるとともに広がる音色は、一瞬で聴衆の心を掴んだ。


 P.I.チャイコフスキー作曲

 【バレエ音楽「くるみ割り人形」より「冬の松林で」】


 たっぷりと奏でられる四分音符のスラーを基調とした旋律(メロディ)

 ハ長調の音階(スケール)がここまで美しくなるものかと心音は初めてこの曲を聴いた時に思ったものであるが、シンプルな主題(テーマ)だからこそ美しい和音(ハーモニー)との調和が身に染みる。


 常のように〝音響魔法〟を用いた二重奏で奏でられるメロディが一巡すると、突然音がひとつ増え三重奏の装いとなった。


『(コトの心の中ではまだ鳴らしきれていない音があったようだからの、この意志も混ざらせてもらったぞ)』


 身の内から伝わるヴェデンの意思に、演奏を続けながら思わず目尻に笑みが浮かぶ。それに続くように、もう一つの意思と共に更に音が加わった。


『(この至上を仲間外れにするな! コトの〝想い〟を借りて〝音響魔法〟を再現するなんて、この至上にもできるさ!』


 シンプルな二音の旋律から発展した四重奏(カルテット)。一気に充実(ゴージャス)感の出た松林の世界観は、煌めく星空に照らされた白銀の大地を特別な場に仕立てあげた。


『本当、夢みたい。あのまま死んでしまうと思った私が、愛する娘と一緒にこんなに美しい音に触れられるだなんて』

『お母さんが話してた、優しいヒトもいるってお話、本当だったの。クゥ信じてたの!』


 身を寄せ合う親子の笑顔が暖かく揺れる。

 彼女たちにとっても獣人族みなにとっても、この出来事は一生涯忘れられないものとなるだろう。



 伸びやかに響くコルネットの音色。その音に惹かれたのか、集落の入口に四足歩行の影が二つ姿を現す。

 視界にそれを映すと共に鼻をひくつかせたクゥが、パッと尻尾を一振して駆け出した。


『ヴルさんと、ロウさん! 今日も森でお仕事なの?』


 珍しいものを見る目で集落の中を眺めていた彼らはクゥの呼び掛けを受け、やや惚けたような声を返す。


『あぁ、その通りだが……この騒ぎはなんだ? この集落がここまで沸き立っているのは初めて見た』

『お母さん、病気良くなったの! 冒険者のおねえちゃんたちのおかげだから、ばんさんかい? してるの!』

『そうだったか。いつも陰鬱としていたから、まるで夢幻のような光景にも……いや、それも俺たち獣族による差別のせいだったか』


 獣人族にも誰にだって、喜び笑いあう権利はある。そんな当たり前が今までなかったことの方がおかしいのだとヴルが首を振ると、そうだ! とクゥが耳をピンと立てる。


『狼さんたちも、一緒にお祝いするの! こっちおいでなの!』


 とことこと駆け出し小さな手で手招きする。


 『いや、しかし……』というヴルとロウの躊躇いに反して、集落内から向けられる人々の目は暖かなものであった。


『狼さんたちにも助けてもらったこと、みんなにお話してるの! クゥ、みんな仲良しになりたいな』


 顔を見合せた彼らは、観念したように、あるいは安堵したように足を運び出す。

 種族の垣根を越えて受け入れられた狼たちと共に、音楽で溢れる晩餐会は続いていく。


 我慢しきれず実体化をみせたハインゲルに驚いたロウが毛を逆立て飛び上がる場面などもあったりしたが、それも楽しい晩餐会の数ある一場面だ。


 獣族と獣人族、そして創人族と精霊。

 ここに今まで交わることのなかった四重奏(カルテット)が生まれたことに誰しもが歓喜を覚え語り明ける。


 未知は邂逅により景色へ変じ、忌避は交わることで交友に変わる。

 冬の松林での小さな出来事がきっと何かを変えてくれるだろうという予感を胸に、心音は桜色の吐息で白銀を暖めた。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 長い一夜が明け、輝かしい太陽に照らされる銀世界。

 クゥの家で固まるようにして寝ていた冒険者たちは硬くなった身体をよく伸ばし、荷物をまとめて出立の用意を済ませる。


 疲れ果てた集落の民たちはまだ眠ったまま。見送ってくれるのはクゥとその両親のガルとスゥである。


 セイヴの首都に戻る心音たちを先導するのはヴルとロウ。なんでも魔人族の国に渡ろうとする心音たちのために口利きしてくれると言うのであるから、実に頼もしい。


 集落の入口まで来ると一度足を止め、獣人族の家族と別れを惜しみ向かい合う。


『この度は妻を救ってくださって、本当にありがとうございました』

『病に伏していた私がこれからも家族と共に過ごすことができるなんて、夢のようです』

『おねえちゃんたちのおかげで、クゥ頑張れるようになったの! クゥがここのみんなを守っていくの!』


 三者三様の笑みを向けられ、心音たちも笑顔で返す。


『スゥさん、まだ体力は回復しきっていません。当分の間は食事と休養をしっかりとることを意識してくださいね』

『クゥちゃん、いっしょに冒険したこと忘れないからね! きっとまた遊びに来るよっ』


 エラーニュが最後に念押しで医者としての言葉を残す傍ら、心音がクゥの手を握って上下に振る。

 ヒトに触れることを恐れていた少女も、今ではそれに明るく応えることができるようになっていた。


 別れを惜しみながら、ヴルとロウの先導に従い集落に背を向ける。

 いつまでも手を振り続ける一家を何度も振り返りながらしばらく歩く。


 その姿も見えなくなってきた頃、ヴルが肩越しに振り返り切り出す。


『魔人族と獣族の交流は今では日常的なものだ。森人族の者でセイヴを経由して魔人族の国へ入国する者も、稀に存在する。ただ一つ伝えておこう』


 ヴルの言葉をロウが引き継ぐ。


『彼らは基本的に魔人族以外の種族を下に見ている。それもそうだ、彼らが本気を出せば私たちを滅ぼすことなど造作もないのだからな。しかしそうしないのは、彼らが世界を統治下に治めることを望んでいないからだ』


 シェルツたちヴェアンの冒険者たちが困惑の色を浮かべる。


『俺たちは、魔人族が世界を手中に収めようとしていると教わってきた。けれど、ファイェスティアやセイヴでの旅を通して、学んできたことだけを信じ続けることが正しいのではないのかもしれないと、俺は思い始めてる』


 シェルツが迷い混じりに呟いたそれに、ヴェレスが言葉を重ねる。


『ああ、こっから先はオレたちの目を信じるべきだろうな。案外話してみれば良い奴かも知んねえぜ!』

『さーてそうかしら? 今まで戦ってきたあんにゃろうたちの憎らしい笑いをあたしは忘れてないわよ』

『ですが、戦場以外での邂逅は初めてとなりますね。アーニエさん、挑発するような態度は慎んでくださいね』


 低い声で口を挟んだアーニエを、エラーニュが少し見上げる形で(たしな)める。


 街がだんだんと近づいてきた。

 目指すはいよいよ、魔人族の国である。


 白雪の絨毯へステップを踏むように躍り出た心音が、先頭から振り向いて桜色の希望で声帯を震わせた。


『どんな事があっても、きっとみんなと一緒なら大丈夫ですっ! ぼく、新しい世界に触れるのが楽しみです!』


 決して楽ではなかった異国の旅々。

 これから往く道にもきっと試練は立ち塞がるであろう。


 それでも、旅を通じて築いてきた絆や生まれた心の繋がりを思えば、湧き上がる希望は不安を塗りつぶすほどだと心音は感じていた。


 世界を覆う大戦の敵国への入国。

 自分たちの旅にとってそれがどれほど大きな意味を持つものになるのか。冒険者たちがそれを真に理解するのは、少しだけ未来のお話である。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 これは、絆が繋いだ多重奏(アンサンブル)

 そして、冬の吐息を結んだ暖か(アダッシモ)な物語。


いつもお読み頂きありがとうございます!

ブクマに評価もいただけて、嬉しいです♪

ここまでで第四幕は終幕となります!

次回からは第五幕、単行本に換算して五巻目の内容となっていきます……!

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