4-9 森の奥で得たもの
青い花を持ち帰ってから早五日。心音たち冒険者の姿は〝豪秘の森〟にあった。
獣人族の集落に滞在する気満々の心音であったが、結局冒険者五人も泊められる家がないとの事で、エラーニュ一人を集落に置いて他の四人は獣族の街の宿に泊まっていた。
その間、治療にあたるエラーニュ以外はやることが無く手持ち無沙汰である。
その時を有効活用しようと会得したばかりの〝迅雷魔法〟を練習できる場所を考えていたところで、ちょうど〝豪秘の森〟の魔物を掃討しようと向かっていたヴルとロウに出会ったのだ。
質の高い戦闘機会が得られるならと思い、シェルツの思いつきでヴルとロウに提案し、魔法の練習がてら魔物の掃討に参加する運びとなった訳である。
概念を会得したことで、理論への理解が浅くても感覚で魔力を電気に変換することができるようになっている。
それを戦闘で使用しうる強度まで上げるべく、〝豪秘の森〟の魔物たちを相手に縦横無尽に駆け回った。
戦闘機会を重ねれば、元々センスのあるシェルツとヴェレスが電気の刺激と制御で身体能力を底上げする〝纏雷〟をものにするのは早かった。
大狼のヴルとロウの速度には及ばないが、凡そヒト種としては有り得ない速度での足運びが可能となった。
一方魔法を得手とするアーニエと心音も、創人族の名に恥じない創意工夫の元〝迅雷魔法〟の活用法を見いだしていた。
アーニエが大きな木製の杖で指し示す先、チンパンジー型の魔物が辺りの様子を窺う中、じわじわと霧がその周りを覆っていく。
その様はまるで高山地帯で雲の中に入った時のようだと傍らの心音が連想し始めた頃、その霧の中でバチバチと紫電が飛び交い始めた。
その力が高まってきた頃を見計らい、アーニエが杖を振り下ろして詠唱の締めのトリガーを引く。
「擦れ合う水は天の怒りへ―― 〝雷雲発破〟!」
瞬間、霧の中で轟音と閃光が弾ける。その衝撃で吹き飛んだ霧の中から姿を現したのは、黒炭と化した魔物の姿であった。
こんなもんね、と雪に杖の柄を突き刺すアーニエに、傍らの小さな手が賞賛の拍手を贈る。
「さすが水の専門家アーニエさんですっ! ついに雨雲を介した電撃の制御に成功しましたね!」
「ここまで仕上がるのもなかなか楽ではなかったわね。コトに魔法を教えたあたしが遅れをとってるんじゃ格好が付かないわよ」
「そんな! ぼくが使えるようになった魔法は、やっぱり瞬発力に欠けます。アーニエさんの雨雲の方が汎用性が――」
心音の台詞を遮り、バチっと閃光が走る。心音がくるりとゆっくり振り返れば、西瓜大ほどのサイズを誇るリスがぼとりと雪上に落ちピクピクと魔撃していた。
「……気づいてて伝えなかったあたしもあたしだけど、あんた中々の胆力ね」
「えへへ、だんだんと感覚が分かってきまして。展開するのに準備がいりますけど、一度発現させておけばぼくに近付くのも簡単じゃないですっ!」
心音がこの五日間で開発した疑似魔法〝龍の巣〟は、自動発動型の展開魔法である。〝音響魔法〟で掴んだ振動や波の感覚を電波に応用し、魔法の発現を指示した精霊たちを辺りに広げることで、心音に近付く対象の体内に流れる電気信号に反応して精霊たちが電撃を放つといった攻防一体の擬似魔法だ。
アーニエは地を転がるリスを杖で殴りとどめをさすと、額の魔石を抉り取り鞄に放り込む。
「コトの力業は常人には真似できないわ。といっても、それも一長一短ってところね。まあ適材適所かしら」
「ですです! ぼくは、こんな感じで自分を守りながら皆さんのサポートに回りますっ!」
心音の明るい笑顔にアーニエも微笑み返していると、風を切る音と共に突如二人の隣に人影が二つ現れた。
「二人とも、調子はどう?」
「ちょっとシェルツ、その登場の仕方はやめなさいよ。何度やられても慣れないわ」
「ごめんごめん、〝纏雷〟で移動するのが楽しくてさ」
「まったく……まあ、あたしらもまずまずってところよ。そこそこ有効活用できた五日間だったじゃない」
「それなら良かった。俺とヴェレスは存分に身体を動かして感覚が掴めたからね」
会話の最中、少し離れた前方に先程のシェルツたちのように現れた影が雪を弾けさせる。ヴルとロウだ。
『冒険者たちよ。本当に助かった。おかげでこの森も一昔前のような落ち着きを取り戻せそうだ』
『いえ、こちらこそ質の良い訓練の機会が得られて良かったです』
心なしか顔つきが頼もしくなったヴルとロウに向けて、シェルツはあくまで利害の一致だと気遣いを見せる。その言葉を素直に受け取り頷くと、ヴルは森の入り口の方に首を向けて白い吐息を零す。
『そろそろ約束の時ではないか? 青い花の薬が効果を見せる頃合いであろう』
『そうですね……そろそろ集落に戻ってみようかな』
少し小さく呟いた後半の台詞に、心音たちも同意を示す。そうと決まれば、五日ぶりの集落訪問だ。
もう少し狩りを続けるという大狼たちに別れを告げ、冒険者四人は獣人族の集落に足を向けた。
集落に戻れば、クゥの住む家の周りに人集りができていた。中を窺うようにしている彼らに混じり様子を聞いてみれば、今まさにエラーニュによって診察の結果が発表されようとしている頃合いらしい。
毎日、太陽が天頂を通り過ぎたくらいのこの時間に容態が報告されていたという。
昨日エラーニュから『そろそろ良い報告ができそうです』と報告があったことから、特に今日は集落に住むほとんどの獣人が集まっているようだ。
あれこれと話を聞いている内に、いよいよざわめきが大きくなってきた。どうやら家の中で動きがあったらしい。
そうして扉が開かれ、外へエラーニュが出てくる。その後ろに続いて顔を覗かせた女性の姿に、この場の温度が一気に上がる。
『スゥさん! もう立ち歩いて大丈夫なのかい!?』
方々から声が上がる。心音たちは初めて見るスゥと呼ばれた女性であるが、その更に後ろで女性の裾を掴むクゥの姿を見るに、彼女こそがクゥの母親であろう。つまりそれが示す治療の結果は――――
『病魔は完全に払われたと診て間違いないでしょう。これからは、低下した体力を日々の活動と食事で戻していくこととなります』
エラーニュの診察結果報告に、集落の民たちが湧き立つ。
歓声にまみれる中、スゥに軽く挨拶をすませたエラーニュが空中に発現させた〝防壁〟を中継地点としてふた飛びし、心音たちの元に合流する。
『エラーニュさん、お疲れ様ですっ!』
『さすがね、エル。種族が違うとなれば簡単にはいかないでしょうに、良くやるわ』
心音とアーニエの賞賛に小さく笑みを返し、エラーニュは皆に提案混じりの報告をする。
『ガルさん……クゥさんのお父さんが、今晩わたしたち五人を招いて晩餐会を開きたいと言っていました。財や蓄えがなくとも、せめて気持ちだけでも恩返しをしたいとのことです』
『それはありがたいね。その気持ちを受け取るまでが俺たちの役目かもしれないね』
ここまで踏み込んだからには、これでサヨナラというのも味気ない。
未だ興奮冷めらやぬ集落の雰囲気に少し嬉しさも覚えながら、心音たちは夜が来るのを待つことにした。
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次回、第四楽章、そして第四幕の最終話です!