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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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4-8 御伽噺の万能薬

 集落への復路は、往路の苦労が嘘のようにすら感じる順調さであった。そうさせる要因は、大狼のヴルとロウの活躍によるものが大きい。


『ロウ、背後から頼む!』

『承知—— 〝纏雷(てんらい)〟』


 果たして何度目か、魔物との遭遇を確認した瞬間にヴルとロウが前へ出る。

 ヴルが注意を引き付けている隙に雷を纏ったロウが瞬きの間に背後に周り、口に咥えるように発現させた風の刃で斬り抜けた。


 絶命し倒れ伏す魔物を確認し、シェルツはあらためてその魔法の強さを認める。


『〝迅雷魔法〟か……。天から降る雷を操る魔法をイメージしがちだけど、使い方としては身体を雷の力で刺激して筋肉の反応速度や強度を上げるのが効果的みたいだね』

『ああ、この使い方が我々獣族の伝統的な発現方法だ。並大抵の敵ではこの動きを捉えることはできまい』

『擬似的に体表に身体を拡張して強化するのが〝身体強化〟なら、〝纏雷〟は身体の機能そのものを底上げする感覚だね。併用したらかなりの効果が得られそうだ』


 雷で逆立つ体毛をしなりと元に戻し、ロウか誇らしげに顔を上げる。


 戦闘を眺めていたアーニエが手のひらを身体の前に持ち上げ、小さな雷をバチバチと鳴らしてみせる。


『むしろ、攻撃に雷自体を使うのは燃費が悪いみたいね。できなくはないけど、一気に魔力を持っていかれるわ。あたしたちの中でそれが出来るとすれば……』


 視線を向けられた心音がはにかむ。たしかに、未だ底の見えない心音の魔素保有量ならば、実用に耐えうるかもしれない。


 魔物の驚異がまたひとつ去ったところで、クゥが先を指さし皆を促す。


『もう少しで森の出口なの。早くお母さん助けなきゃなの!』


 見れば、魔物避けの結界が木々の奥に確認できる。いつの間にかかなりの距離を戻ってきていたらしい。


 近くに魔物の気配は少ない。森を抜けるなら今だと、やや前のめりに足を運んで集落への道を再開した。




 冬の寒さにあって最も大地が温まる時間。ようやく集落に着いた途端、クゥが駆け出し母の容態を見に向かう。エラーニュも『では、一刻を争いますので』とすぐにその後に続いた。


 残された心音たちは、集落の入口で留まったヴルとロウの方へ向き直る。

 集落に獣族が入ることによる影響を考えてなのだろうか、真意を問おうと心音たちが近づくと、ヴルが頭を小さく垂れて静かに語りだした。


『まず、お前たちの働きにより結果として我々が助けられたこと、感謝する。そして、我々が森を塞いでいた理由も話しておかなくてはな』


 下げていた頭を上げ、言葉を続ける。


『我々は〝豪秘の森〟を守護する一族でな。そうであるのだが、知っての通り、魔物の増加により長きに渡り〝迅雷魔法〟を会得することができなかった。

 本来であれば〝迅雷魔法〟を会得している守護者が魔物の増加を防ぐべきなのだが、時を同じくして先代の守護者である父ガラウが病で地に還ってしまい、森の秩序を守るものがいなくなってしまったのだ。

 我々はまだ未熟でな、魔物共の隙を掻い潜り神殿まで行く実力と勇気が無かった。

 しかし、魔物は増加する一途、このままでは結界が破られるのも時間の問題というところで、実力をつけた我々はいよいよ神殿に向かうこととしたのだ。

 されど、獣人族の者が結界に近づき魔物を刺激してしまえば、我々が不在の間に結界が破られ国に被害が出てしまう。森を見張り知らせる我々が居なくては、有事の際に自警団に知らせることも出来ないからな。そのため森への接近を禁じ、それが周知されたところで〝豪秘の森〟へ向かおうとしていたのだ』


 なるほど確かに理にかなっている。心音たちが一応の納得をしめそうとしたところで、ヴルは更に、いいや、と続けた。


『それも我々都合の言い分に過ぎんな。実際差別問題は深く、我々も獣人族を下に見てぞんざいに扱っていたというのは否定できない。簡単ではないだろうが、この国に根付くこういった空気は改めなくてはな』


 獣人族の文明がいつから始まったのか、獣族と獣人族の確執がいつ生まれたのか、正確な記録は残っていない。いつの間にか始まっていたその歪な関係が当たり前のようにこの国に根付き、それは両種の正常な交流すら防げた。


 その中にあって訪れた、獣族の戦士と獣人族の少女の交流と共闘。命すら救われることになったそのやり取りが、これから獣族の国セイヴにどのような影響を与えていくのか。


 小さく芽生えたその光に目を細め、心音は決して暗くは無いその行き先に思いを馳せた。


 数言交わした後、ヴルとロウが身を起こしセイヴの方角に目を向ける。


『さて、俺たちは一度帰宅し、体制を整えようと思う。再び〝豪秘の森〟を魔物どもの手から取り戻さなければならぬからな』

『〝迅雷魔法〟を会得して、更にその扱い方を受け継いでいるあなた方にはいらない心配かもしれませんが……過酷な戦いになるでしょう、無理はしすぎないように頑張ってください』

『ありがとう、シェルツ。お前たちも豪秘の空(ハインゲル)様に認められた戦士だ。これからの道先に栄光が待っていることを切に願おう』


 ヴルとロウは身を翻し、風を切って加速し白銀の先に消えた。

 彼らによって〝豪秘の森〟が取り戻される未来、そのことは獣族にとって大きな吉報になるだろう。そしてきっと、そこには獣人族の少女が力を添えたエピソードも付随するに違いない。


 白黒の体毛が調和し混じる彼らの背中を見送り、心音たちは村の中に意識を向ける。


 クゥの住む家の周りに人(だか)りができている。半信半疑かも知れない。しかし皆、伝説の青い花によって不治の病が破られる希望の瞬間を見たいのだろう。


 人集りの中心、クゥの家の門前でエラーニュが青い花と器具を広げてテキパキと作業を進めている。

 エラーニュの見立てでは青い花はそれだけで薬として機能するものではない。青い花から薬効成分を抽出すべく、一つ一つエラーニュは手順を踏んでいった。


「まず青カビを抽出して……次は水と油を注ぎ……」


 エラーニュを見守る住民たちの後ろからひょっこりと、ヴェレスに肩車してもらった心音が顔を出す。


「エラーニュさん、研究者さんみたいですっ!」

「ありゃあ何をしてんだ? オレにはさっぱりだぜ」


 その手際に心音が感動すら覚えていると、その身の内側から意思が浮いてきた。


『(おや、まさかヒトの身で万能薬を生み出そうとしているのかい? この至上の力も借りずに!)』

『(ハインゲルさん? いつもは薬を作ってあげたりしてたんですか?)』

『(まあね。だってあれはあのままだとただの花だもの。悠久の時を経て得たこの至上の知恵と技を以て初めて薬となり得るのさ!)』

『そうなんですか!? それじゃあクゥちゃんのお母さんのために薬を作ってあげてください!)』

『(そのつもりだったけど……ヒトの子がその小さな身でどれだけ知恵を絞れるか見てみたい。まあ慌てないでよ、見捨てるつもりはないから)』


 意思に乗って高揚感が伝わってくる。

 自身を超常の存在と認識し疑わない大精霊にとっての、ある種の戯れ。そういった立ち位置を感じさせながらも、どこか自分たちと変わらない感情の起伏に新鮮味を覚えつつ、心音は再び人集りの先に意識を戻す。


 いつも抱えている大きな本をあちこちと捲りながら、エラーニュは手際よく器具を操る。その手法は心音が故郷で学んだ化学で用いられるものに酷似したものが多く見られるが、時折混ぜられる魔法的な措置は決して地球の化学ではあり得ない流れであった。


 幾つかの工程を経て精製された液体を、最後に綿を通して濾過する。そして滴り落ちた液体を集め、その中から一滴硝子板の上に垂らすと、エラーニュは本のページを再び捲りぶつぶつと詠唱を始めた。


 変化はすぐに訪れる。硝子板上の液体が青く発光し、三度明滅。

 それを確認したエラーニュは顔に滲んでいた汗を拭い、集めた液体を発現させた魔法で粉末に変えると手際よく薬壺に集め、ようやく立ち上がって皆に成果を伝えた。


『この地で言うところの、いわゆる〝お伽噺の特効薬〟が完成しました。すぐに患者に処方します』


 不安そうに見守っていた皆の顔が華やぐ。期待溢れる表情のクゥに手を引かれ、エラーニュは彼女の家の中に消えていった。


『(驚いたよ、確かにアレはこの至上が作る薬と同等の物だ)』


 驚きと感心、そして一つまみの嫉妬。心音の内にある大精霊の心の機微が、なんとなくに伝わってくる。


 数分ほどの後、クゥと共に出てきたエラーニュはまだこの場に残り様子を窺っていた民たちに柔らかな口ぶりで伝える。


『回復には向かうと思われますが、しばらくは様子を見る必要があります。治癒の天使による奇跡のような即効性はありませんが、医者であるわたしが責任をもって看病しましょう』


 人々は安堵した様子で小さくざわめく。

 エラーニュは仲間たちの方へ歩み寄り、五日程度は滞在したい旨を伝える。ここまでやったのなら、ここでそれを断ることもないだろう。


 しんしんと降りだした雪に不思議と暖かさを覚える。陰鬱とした雰囲気が変わりつつあるこの集落での生活体験への好奇心を抱きつつ、心音は森に囲まれた家々を見渡した。

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