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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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4-5 魔物のヌシとの対峙

 その地点に近づくほど、なぎ倒された木々が目立ってくる。かなり凶暴な魔物の縄張りなのだろう。


 そして視界が晴れ、飛び込んできた光景は――――


『あ……! いつもとうせんぼしてた狼さんなの!』

『えぇ!? てことは獣族さん! 助けなきゃ!』

『相手の力量が分からねぇ。オレが引き付けて様子を見るからよ、援護たのむぜ』


 自警団長のアウブを一回り大きくしたような体躯に、白雪の中目立つ漆黒の体毛。その身体的特徴は、心音が四段位昇段試験の時に戦った黒瘡熊に酷似している。

 大きな違いを挙げるのならば、その体躯の大きさと、額に光る魔石であろう。

 その大熊による強靭な爪撃を狼たちは息を切らしながら躱し続けていた。


『熊さんなのに冬眠しないんですか〜!』


 一歩前へ出るヴェレスの後ろで、心音も慌てて武器を構える。


 狼の獣族二名はどちらも目に見えて疲弊している。一刻の猶予もないと、ヴェレスは〝身体強化〟の魔力光を迸らせ、得物を構えて急行した。


『そこの熊っころ、オレが相手だ! 〝かかってこい〟!』


 戦闘の現場への最短距離を駆け、大熊の真正面でヴェレスは魔法を乗せた〝挑発〟をする。

 それを受けた大熊は狼たちへの攻撃の手を止め、両手を上げて威嚇の姿勢を取る。


「グオォォォ――‼」


 本能的な恐怖が胸の奥から広がってくるような、地鳴りにも似た雄叫び。

 然しものヴェレスも喉を生唾で鳴らし、武器を握る手を強める。


 狼たちは大熊の注意が逸れた隙を見て距離を取れたようだ。目的の第一段階は果たせた。

 後は、如何にしてこの大熊をやり過ごすか……或いは倒すかである。

 そして当然ながらこの男の答えは――――


『へっ、腕が鳴るじゃねぇか。いっちょ運動に付き合ってくれや!』


 先手必勝と、瞬間で距離を詰め上段に構えたハルバードを左斜め上から振り下ろす。その刃は大熊の首筋に正確に向かい――直前でその右腕によって弾かれた。

 キンと鳴った甲高い金属音に驚きつつも、ヴェレスは弾かれた勢いのままバク転し距離を取る。刹那の判断である。紙一重で大熊の左腕による振り下ろしはヴェレスが既にいない雪面を粉砕した。


『あぶねぇ! なんて強度の〝身体強化〟だ。ありゃ悔しいがタイマンじゃ勝ち目は薄いな』

『やはりあれは〝黒瘡熊〟の繁殖元となる軍用魔物ですね。黒瘡熊が四段位級ですから、その元であるあれはそれよりも二、三段位は上と思われます』

『物理的な攻撃じゃ効率が悪いね。アーニエ、魔法攻撃なら勝ち目はある?』

『少なくとも水魔法じゃ無理ね。ヴェレスの刃が届かないんだもの。ま、定石なら火魔法で焼き尽くしちゃうってところね』


 アーニエが珍しく掌に小さな炎を浮かべたところで、心音が慌てて止めに入る。


『ダメですよ! 森に燃え移っちゃいますっ!』

『そんな……森、無くなっちゃったら食べ物集められなくなるの』


 苦々し気に眉を寄せアーニエは炎を消す。このやり取りの中でも距離を詰めてくる大熊を〝光縛鎖〟で足止めしながら、エラーニュが心音とアーニエを急かす。


『くっ……かなり強烈です。そう長くは持ちません。せめて動きを止めうる一手を』

『コト、あんたの火魔法ならあの大熊でも燃やしきれるはずよ。消火ならあたしに任せなさい』

『今は冬で、ここも乾燥しています! すぐに燃え広がっちゃって消火どころじゃなくなっちゃいますよ!』

『じゃあどうするってのよ⁉ 時間は無いわよ?』


 持ちうる手札を脳内で列挙し、打開策を探る。きっかり四秒後、心音はシェルツの元に駆け寄り、その手を両手で包み込んだ。


『コ、コト⁉ 突然どうしたの⁉』

『今、ぼくとシェルツさんの剣の間に魔力線(パス)を繋ぎました! ぼくの〝音響魔法〟は振動を司る魔法です。シェルツさんの斬撃を、振動で強化します!』

『びっくりした、なるほど剣の柄を握っていたんだね……って、振動で強化ってどういうこと?』


 振動と斬撃の強化が結びつかず、シェルツは疑問符を返す。対する心音も自信満々とはいかないようであるが、ある種の確信を自身に暗示するように声量をあげる。


『超音波と言われるほどの細かい振動で切れ味を格段に上げる技術が、ぼくの故郷にはあったんです! ぼくの〝音響魔法〟なら、それが再現出来るかもしれません!』


 聞いたことも無い技術。試したことの無い魔法。

 それらに対する不安を飲み込み、シェルツはきっちりとその瞳を見つめ直して答える。


『信じるよ、コト。俺の速さならあの大熊の攻撃を縫って剣技を当てられるはずだ』


 大熊を抑えている光縛鎖が軋む。

 シェルツは後方に剣を引き絞り、身体の重心を落として心音に意志を投げる。


『さあ、準備はいい?』

『はい! 〝音響魔法〟を発現させます!』


 シェルツの剣と心音、両方が桜色に発光すると共に蚊のなく音(モスキートーン)のような高音が発せられ、そしてそれは急激に音高を上げて人の耳では捉えられなくなった。


 桜色の剣を携える剣士は全身に黄檗色(きはだいろ)の魔力光を纏わせ、その〝身体強化〟をフルに活用して一瞬で大熊に肉薄する。


 そして繰り出された高速の一太刀は的の大きい大熊の胴体に到達した。


「くっ……これ以上は届かないか」


 ヴェレスの斬撃を弾くほどの硬い皮膚に、たしかに傷をつけられた。しかし、致命傷には程遠い手応えを感じながら、攻撃の隙を与えないギリギリを見計らって剣を振り抜き距離をとった。


『コト、攻撃は通用するみたいだ! だけど、切れ味がまだ足りないみたい』

『調整してみます! 何度か攻撃と離脱(ヒット&アウェイ)を繰り返してください!』


 初めて発現させた魔法で、まだ最適な使用法が分からない。実戦でのそれはリスクが伴うが、シェルツの実力を信じて心音は擬似魔法の発現に意識を集中させた。


(もう少しだけ周波数を上げて……高すぎず低すぎず)


 概念として会得した〝音響魔法〟の感覚を活用し、目標の周波数に落ち着かせる。

 その間もシェルツは攻撃を繰り返し、細かな傷を増やしていく。光縛鎖は既に破られており、大熊の攻撃を躱し続けながらの戦闘である。

 長期戦は避けたい。

 そう誰の目で見ても明らかに思える応酬の中、その中心たるシェルツは繰り返しの斬撃の中ひとつの感覚を得始めていた。


「……やっぱり。今の攻撃は少し深く届いた」


 その感覚を確かなものにするために、遠巻きに身構え続けている仲間たちに声を飛ばす。


『誰か、大熊の動きを五秒……いや、三秒止めてくれ!』

『任せなさい! エル!』

『承知です。もう構築しています』


 アーニエに名を呼ばれ、エラーニュは既に再構築していた〝光縛鎖〟を発現させる。それに捕えられ動きが止まった一瞬、アーニエが〝水刃〟を高速で射出し大熊の目を裂いた。


『よし! シェルツ、ヤツが動揺してんのも一瞬よ、キメちゃいなさい!』


 脚は〝光縛鎖〟に捕らえられ、両腕は目を覆い胴体がガラ空きになる。そこへ向け、シェルツは背後に回り袈裟斬りに剣を振り下ろした。


『届け――!』


 今まで同様、インパクトの瞬間に金属音が鳴り響く。そして傷の深さも同様に浅いままであるが――


「よし、この手応えだ。あと数秒……!」


 シェルツは剣を振り抜かず、それを押し当て続けゆっくりと引き下ろしていく。すると傷口から白煙が登ると共に刃は深く沈み込み、そのまま胴体を大きく裂き致命傷へと至った。


「グオォォ――――…………」


 長い断末魔。それが空に消え、前のめりに倒れ込んだ大熊から流れ出た鮮紅は白雪を染めた。


『やった……やりましたっ!』


 剣を収め帰還するシェルツの元に、心音は飛び跳ねながら駆け寄る。

 深く息を吐きながら微笑を浮かべるシェルツに、ゆっくりと心音の後を追従したヴェレスが片眉を上げながら問いかける。


『オレの攻撃が弾かれるほどのヤツによ、お前も苦戦してたろ? どうしたって最後の一太刀は届いたってんだ』

『コトの補助を受けてから、攻撃を繰り返しているうちに気づいたことがあるんだ。剣が相手の身体に乗っている時間が長いほど、刃が深く沈むなって』

『どういうこった? あんだけ硬い皮膚と筋肉なんだからよ、攻撃の瞬間に強ぇの叩き込めねぇと深手は負わせらんねぇだろ、普通は』


 自慢の一撃が通らなかった相手を、自身よりは一撃に重みがないシェルツが倒してしまったことにヴェレスは納得がいっていないらしい。

 その心境を分かってか、シェルツはくすりと短く吐息を零しながら柔和に返す。


『俺の力じゃない、コトの魔法の特性だよ。あんな感覚は初めてだったからね。振動で切れやすくなっていたのもそうだけど、同時に熱も感じたんだ』

『あっ、そっか! 摩擦熱ですね! 振動と熱のダブル効果でよく切れたってことですか!』


 新たな戦法が通用したことに、冒険者たちは賑やかに成果を確かめ合う。

 それを後目に、助けられた狼二名は倒れ込んだ大熊に近づき、その巨体を見下ろす。


『ここら一帯のヌシが、遂に沈んだか』

獣族(俺たち)じゃ誰も歯が立たなかったコイツをヤッちまうとは、名誉獣族として認められるわけだ』


 感慨深さが声音に現れる。そして大熊に背を向け心音たちの方へ向かおうとしたところで、突如狼たちを影が覆った。


『あ、狼さん! 後ろ!』


 大熊の方を向いていた心音が慌てて声を張り上げる。

 既に絶命したと思い込んでいた大熊が身を起こし、その強靭な右腕を狼に向けて振り上げた。


(一番早い擬似魔法は……ダメ、精霊(ルフ)さんにお願いするぼくの擬似魔法じゃ間に合わない)


 心音の擬似魔法の弱点が壁となる。仲間たちも気づくのが遅れ、とてもじゃないが間に合う時間ではない。

 良くても大怪我は免れない、そんな狼たちの行先を覚悟したところで――――小さな影が弾丸の如く大熊を突き飛ばした。


 背面から倒れ込んだ大熊の腹の上に乗っているのは、この場において最も意外と言える人物であった。


『クゥちゃん!?』


 驚愕を露わにするコトの眼前で、クゥは掲げた手に爪を光らせ、大熊の喉元を貫いた。

 そして一気に飛び退いたと思えば、雪の上にぺたりと座り込んでしまった。


 急いで大熊の元に向かったシェルツとヴェレスがその様子を確認し、結果を端的に告げる。


『急所を的確に貫いてる。完全に脈は止まってるね』


 雪上で俯いたままのクゥの元に駆け寄り、心音は少し困惑した声音を乗せる。


『クゥちゃん、大丈夫……? 戦えないと思ってたけど、すごく強いんだね、びっくりしちゃった』


 不安定さのある声に反応し、クゥは泣きそうな顔で心音を見上げる。


『クゥ、怖かった。おっきな熊さんも怖かったし、誰かを傷つけちゃうクゥの手も怖いの。みんなより力が強いから、怪我させちゃったり、壊しちゃったり、怖いこといっぱいなの』


 その下がった眉を見て、心音はこれまでのことについて合点がいく。


 ヒトに触られるのが怖かったのは、傷つけてしまうことが怖かったのだ。

 いつも脅えていたのは、自身が何かに危害を加えてしまうことが怖かったのだ。

 彼女の父親の傷は、もしかすると彼女自身によるものだったのかもしれない。


 自身の手を隠しながら顔を見上げるクゥを、心音は柔らかな手を頭に当てて抱き寄せた。


『クゥちゃん、大丈夫だよ。クゥちゃんの手は、もしかしたら誰かを傷つけてしまったこともあるのかもしれない。でも、今みたいに誰かを助けることだってできるんだよ』


 心音の温かさに包まれて、クゥは小刻みに震える。ふかふかとした髪の毛を撫でながら、心音はゆっくりと続ける。


『クゥちゃんも、狼さんたちを助けたかったんでしょ? クゥちゃんは、意地悪してきた狼さんたちも助けたいと思える、優しい心を持ってるんだよ。クゥちゃんはもう、狼さんたちにとって命の恩人だよ!』


 心音はクゥを解放し、見上げるクゥの前で『それに、ぼくたちは強いから簡単には傷つかないよっ』と力こぶを作るポーズをする。


 全く力こぶの見えないそのポーズにくすりと笑うクゥの元に、狼たちが静かに歩み寄り、身体を落とす。


『その、なんだ、俺たちのために危険に飛び込んでくれたこと、感謝する』

『いつも獣人族(お前たち)を邪険にしていて……すまなかった。この恩は返さなくてはな』


 常の高圧的な態度が嘘のようになりを潜める。きまりが悪そうな彼らに、クゥは一度チラリと心音を見た後に、言葉を返す。


『クゥ、みんなで仲良くしたいの。獣族さんたちとも、仲良くできたら嬉しいな』


 尻尾をぱたり、ぱたりと二度動かし、狼は返答する。


『あぁ、そういう時代が来るように、俺たちも努力しよう。今まで獣人族を誤解していた。……俺のことはヴルと呼んでくれ』

『私は、ロウと』


 危機が去り、新たな関係が生まれる。

 種族を越えた絆が生まれたこの場の温かさを感じながら、心音は冬の松林の空気を吸い込む。


 澄んだその空気感を味わっていると、今まで大熊に注目していて気づかなかったことが意識に入ってくる。


『あれ? 向こうを見てください!』


 心音の指さす先を見てみれば、シェルツたちの目に入ったのは水の気配であった。

 その様子を見て、狼は立ち上がってその正体を教えてくれる。


『大きな湖があるんだ。俺たちの目的もそこだ。そして、恐らくお前たちの目的も、な』


 互いの目的。その意味を問いただす前に、クゥが鼻をひくつかせて常より高いトーンで声を上げる。


『クゥの知らない匂い、すぐ近くなの。たくさんの水と一緒にあるの!』


 探索の目的に光明が見えた。狼たちの言葉の意図も、湖に行けば自ずと分かるだろう。誰からとでもなく、一行は各々の希望を抱え、自然と水の気配に向けて足を向けた。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて、嬉しいです♪

戦闘回でした!探索はまだ続きます♪

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