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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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4-2 獣人族の集落

『クゥちゃんはどうしてぼくたちから逃げなかったの?』


 獣人族の集落へ向かう道中、心音は教えてもらった彼女の名を呼ぶ。

 街の中心部は既に遠く、雪上にできた道を歩いている最中だ。クゥと呼ばれた少女は耳をぴょこりと動かして返答する。


『クゥのおかあさんが教えてくれたことは、他のおうちとはちょっと違うの。酷いヒトたちもたくさんいたけれど、中には優しく寄り添ってくれたヒトもいたって。クゥ、そのお話好きだから、信じてるの』


 虐められて生まれたという獣人族。その中でも、獣族とヒトの(つがい)が愛情を込めて育ててくれた獣人もいたという話であった。

 大昔の話の上、口伝のみで伝えられた話であるというからきっと広くは浸透していないのかもしれない。しかし、それが史実にせよそうでないにせよ、それをクゥに伝えた彼女の母親には何かしらの意図があったのだろう。


『素敵なお話しだね! そうだね、〝ヒト〟って一言で一括りにしていいものじゃないと思うんだ。獣人族のみんなも、それぞれ違った性格をしているでしょ?』

『うん、コトお姉ちゃんの言う通り』


 話している内に、雪化粧をした針葉樹林が見えてくる。その手前に、小さな林があるようだ。


『あの林の中に、クゥたちのおうちがあるの。コトお姉ちゃんたちが来てみんなびっくりすると思うけど、クゥがみんなにお話しするから』


 一つの種族として数えられていながら、あまりに小さな住処。風前の灯火とすらいえるその林に向かうクゥに、どこか一定の緊張感を持ちながら心音たちは続いた。




 林の中に入るとすぐに現れた小さな集落。

 家屋の数は十数程度、それに対して目に入る獣人の数は非常に多く見える。


 落ち着いた気候の中、外で活動している彼らを観察する。そのほとんどが子供のようであり、大人は少数、初老以上の者は一人も見当たらない。


 集落の中央部に近付くと、クゥとその後ろに続く見慣れない者たちを見て住民たちが警戒の色を見せる。

 そんな彼らに向かって、クゥはか細い声を張り上げて心音たちを紹介する。


『この人たちは外の国からきた人たちだけど、クゥたちを助けてくれるって言ってるの。みんな、怖がらないで』


 住民たちが顔を見合わせヒソヒソと話をする。

 同じ集落の民であるクゥがそう言っているとはいえ、やはり鵜呑みにして信じることができないのは生存本能とも言えるであろう。

 クゥが心音を少し見上げ、案内の再開を示唆する。


『食べ物がある森、こっちなの。でも、きっとまだ獣族さんが通せんぼしてるの』


 集落の奥、針葉樹林の方へ伸びた林道を指し示す。整備されたその先を見通してみれば、小さく何かの影が二つ見えた。

 ここに来た目的である。躊躇うことなく、心音はクゥに先を促した。


『通せんぼしている獣族さんと、ぼくがお話ししてみるよ。たぶん大丈夫だと思う!』

『オレよく分かんねぇんだけどよ、勝算はあんのか?』

『ま、思い至ってないのはヴェレス、あんたくらいだと思うわよ。しっかし、こんな場面で役に立つ時が来るとはねぇ』


 いざ(くだん)の獣族と相対するとなって疑問を投げたヴェレスに対し、アーニエが気怠げに答える。

 心音の考えは、パーティメンバーのほとんどが考えるそれと同じであるようだ。


 歩みを進め、いよいよ針葉樹林の前で構える獣族の姿がハッキリとする。白黒二色の体毛に覆われた大狼が二匹、森への道を阻むように座っていた。

 クゥが近付くと二匹はすっと立ち上がり、眉間に破を寄せて吠える。


『また来たか獣人め。何度来ようがここから先は元々獣族の森だ。獣族以外が勝手に入ることは許さんぞ』

『腹が減ってるだなんて知ったことか。今まで俺たちの森で好き勝手してたのがおかしいんだ』


 大狼二匹に言い責められ縮こまるクゥの前に、心音が身体を割り込ませる。


『獣族の狼さん。ぼく、その森に少し用事があるんです。入っても良いですか?』

『なんだお前は、見ない顔だな』

『おい、コイツが着てるのってまさか』


 心音が得意げにローブの裾を持ち上げる。

 火鼠の毛皮のローブを羽織っているということは、国が名誉獣族として認めたということである。その彼女らを獣族同等に扱わないということは、(すなわ)ち国への反発へと繋がる。


 二匹の狼は眉を八の字にし引き下がると、心音たちの前に道を空けた。


『森に入りたい獣族を止める権限は俺たちにはない。好きにしてくれ』

『快く通してくれて、ありがとうございますっ。この子とお話ししてる途中だったので、一緒に連れて行きますね!』


 クゥを引き連れて、心音たち一行は森に入る。低く唸る狼二匹の恨み節を背中に受けながら、白と緑が織りなす針葉樹林へと消えていった。


♪ ♪ ♪


 意気揚々と心音が先導し、白黒の狼たちが見えなくなるまで針葉樹林の奥へと進んだところで、おずおずと後を付いてきていたクゥに振り返り桜色の笑顔を向ける。


『それじゃあクゥちゃん、案内お願い!』

『えっと、その、良かったの……?』

『え? なんのこと?』

『その、名誉獣族としての権限を、クゥたちみたいな……獣人族なんかのために使っちゃって、コトお姉ちゃんたちの立場が悪くならないかなって』

『もー、獣人族なんか、だなんて言ったらダメだよっ!』


 心音が口を尖らせ可愛らしくムスッとしてみせる。

 その意図に乗り、アーニエが腰に手を当て口を開く。


『ま、どうせあたしらはすぐにこの国を発つわ。今後この国に来る予定も今のところ無いわけだし、評判なんて気にするだけ無駄ね』


 心音の前であわあわしていたクゥが、アーニエに身体を向け問いかける。


『すぐにいなくなっちゃうのに、どうして見ず知らずのクゥたちを助けてくれるの?』

『そりゃあ、まあ、うちのお人好しさんはこうなったら聞かないから仕方が無く、よ。それに……あたしも満足に食事がとれないひもじさは知らないわけじゃないわ』


 アーニエはフードを目深に被り表情を隠す、続けて言った言葉はほとんど聞き取れない声であった。


 ドサ、と樹木に積もった雪が落ち、気を取り直した心音がクゥを促す。


『クゥちゃん、食べ物を貯めているところに着いたら、ぼくたちも運ぶの手伝うからね!』

『えと、その、ありがとうなの。おっきなカゴに入れてるから、運びやすいと思うの』


 案内が再開され、雪道を割っていく。ほどなくして、クゥが立ち止まり心音たちへ振り返る。


『ここなの、おっきな木に隠してるの』

『わぁ、すっごく太くて高い!』

『これは……枯れてるね。それに古そうだ』

『広葉樹のようですね。現在の針葉樹林が形成される前のものでしょうか』


 感嘆を漏らす心音の一方、シェルツとエラーニュはその様を分析する。

 周辺の木々と比べると一回りや二回りで利かないほどの大きさを誇る大木。その枝に葉は一枚もなく所々朽ちており、欠損した枝や幹に空いた穴が目立った。


 クゥはその大木に近付き、根元を覆う雪を掻き分け始めた。雪狐を彷彿とさせる格好でどんどん掘り進めると、根元に大きく空いた穴が顔を見せた。小さな雪狐は身体を起こし、その(うろ)を指し示す。


『この中に隠してるの。集落に置いてると獣族さんたちに持って行かれたりしちゃうから』

『わぁ、木の中に入れるんだ!』

『樹洞だね。これだけの規模のものは初めて見るよ』


 驚きを見せる心音たちを背中に、クゥがその樹洞の中に潜り込む。そして足下の土を少し払うと、両手を地にかざして短く呟いた。


『土の中の隠れん坊、扉になって出ておいで』


 クゥの足下の土が絵の具を溶かしたように歪み、木目調の床扉が現れた。ヴェレスほどの巨漢であろうと余裕を持って通れそうなその扉は、荷物を通すのにも問題がなさそうだ。


『これは、予想するにカメレオンの獣族などから着想を得た同化の魔法でしょうか? クゥさん、これは獣人族のみなさんで作ったんですか?』

『ううん、これはクゥが生まれる前に魔人族の人に貰ったんだって、メガネのお姉ちゃん』

『エラーニュ、この扉には継続的な魔力反応がないみたいだよ。魔法で刺激を与えたときだけ色彩を変化させて、あとはその状態で固定されるみたいだね』

『シェルツさん、本当ですか? 複雑な魔方陣も必要なく、最低限の魔法回路で動作する魔法道具……やはり魔人族の魔法技術はかなり進んでいるようですね』


 扉を観察しその様態を分析する二人であるが、本題から逸れつつある彼らをヴェレスが遮る。


『それよりよ、早く狐の嬢ちゃんたちのために食いもん運んでやろうぜ!』

『そうだね、ごめんごめん。それじゃあ、中身を出して貰えれば俺たちで運び出すよ』


 クゥは頷き返し、扉の下に潜っていく。地下にも広がっている空洞から、その小さな両腕でなんとか抱えきれるほどの籠を押し上げ、それを心音たちで受け取る。

 丁度六つのカゴを取り出し終えクゥが再び短く詠唱すると、扉はまるで何もそこになかったかのように消え去った。


『これで全部なの。冬の間またここにこれるか分からないから、全部持って行っちゃうの』

『さっき集落に置いてると持っていかれちゃうって言ってたけど、大丈夫?』

『わかんない。けど、みんなで考えるの』

『そっか……そうだね』


 まだ具体的な策がないとは言え、少なくともここに置いているよりは良いのだろうと、心音は納得を示す。

 一歩前に進むことはできた。これから先は、皆で考えていけば良いのだ。


 各人が籠を抱えて来た道へ足を向ける。まずは空腹に苦しむ獣人族たちに食べる物を届けるべく、雪に印された足跡を辿り集落へ向かい始めた。


 集落に戻ってみれば、獣人族たちの視線が一気に心音たちに集まる。言わずもがな、その腕に抱える籠が原因であろう。住民たちが集まり、犬耳を生やした大人の男性が戸惑い混じりに話しかける。


『クゥ、いったいそれは……』

『旅人さんたちが、助けてくれたの。火鼠の毛皮を持ってるから、狼さんたちも通してくれたの』

『名誉獣族として認められるほどの人たちが俺たちなんかのために……ありがとうございます、これで当面の飢えはしのげそうです』


 犬耳の男性が頭を下げる。追従して住民たちから感謝の意を向けられた心音たちは満更でもない様子で籠を下ろした。


 場の空気が和らぐ中、犬耳の男性の傍に不安そうな表情を浮かべた猫耳の女性が近付き、問題を投げる。


『でも、こんなにたくさんの食べ物をどこに隠すのさ?  無法者の獣族に見つかった日には、根こそぎ持って行かれてしまうよ』

『そうだな……。まとめて置いておくのではなく、各家に分散させて、できるだけ見つからないように隠すのはどうだろう。もし見つかってしまった家があっても、とられた分をみんなで補填し合って、助け合いながら乗り切ろう』

『そうだねぇ、そうしようか。ああ、このままじゃあ冬が明けた後も心配だわ』


 将来を悲観しながらも、まずは今を生き抜くべく食料の分配を始める。

 この国に根付いた種族間の差別問題。根本的に解決するとなると、国外からの冒険者である心音たちでは力不足であろう。

 困っている獣人族を助けたい気持ちでここまできたが、現実は思うようにはいかない。


 住民たちの笑顔と、のしかかる問題に儚げなものを感じていると、集落の家の一つから狐耳をピンと立てた少年が顔を覗かせ、何かに気づいたかと思えば焦ったように駆け寄ってきた。


『クゥ! お前どこに行ってたんだよ!』

『トト? どうしたの?』


 トトと呼ばれた少年はクゥの前で立ち止まり、大きな声で呼び止めた。その表情からは決して穏やかではないものを感じる。

 トトは息を整えると、クゥに言い聞かせるように紡いだ。


『おかあさんが〝拒森病〟に罹っちゃったんだ』

『え……そんな、悪いうそ』

『いいから来い! みんなでおかあさんを励ましてあげるんだ!』


 トトに手を引かれ、クゥは家屋の中に消えていった。不穏な空気を感じながら、心音は下がった眉を仲間たちに向ける。


「〝拒森病〟ってどんな病気なんでしょう? あまり良い響きには聞こえませんが……」

「この土地独自の呼称のようですが、症状によってはわたしが診ることもできるかもしれません」

「あら、久しぶりに医者としてのエルを見ることになるのかしら?」

「エラーニュさん、怪我だけじゃなくて病気も診れるんですね!」


 兼業冒険者であるエラーニュの本業は医師である。その経験から、何か見えてくるものがあるかもしれない。

 ここまで来て何もせず去るのも後味が悪い。

 エラーニュの指示でパーティ四人は外で待機することにし、彼女単独でクゥが消えていった家屋に訪問することとした。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて、嬉しいです♪

少しボリューミーにお送りしました!

今楽章は文字数多めです♪

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