3-7 勝利の宴
闇肉の売人組織を制圧してから早三日、心音たちの姿は未だアダンの酒場にあった。
長期の休みに入る予定だったと聞いていたが、そもそもが闇肉組織摘発に力を入れるための休業だったらしく、無事組織を壊滅できた今その必要は無くなったため通常営業へと戻っていた。
と言っても、心音たちとてこの三日間酒場に入り浸っていたわけではない。自警団長のアウブから『あなた方には正式にお礼がしたい。犯罪者どもの後処理が落ち着くまで、この街の観光でもして待っていてくれ』と、この国の通貨が入った袋を手渡され、ありがたく異文化見間としゃれ込んでいたわけである。
そしてやって来た三日目の夕方、店終いをしたアダンの酒場を貸し切り、自警団勝利の祝賀会を開催する運びとなったのだ。
賑やかな店内に、たくさんの料理と溢れんばかりの自警団員たち。アダン手製の料理と果実を発酵させた伝統酒を堪能しながらも、流石は自警団員たちと言うべきか、ハメを外すことなく整然と賑やいでいる。
結構な量の料理が求められたため準備には心音とエラーニュも手を貸していたが、彼らの味覚に合わせることができていたようで心音はほっと胸をなで下ろした。
場が温まってきた頃合いを見て、アウブが酒場の中央部に躍り出て注目を集める。自然と静かになった団員たちを見渡し、うむ、と頷くとずっしりとした低い声で語り始めた。
『存分に楽しんでいるか、自警団員諸君。皆の働きにより、長年セイヴを苦しめ続けていた闇肉の売人組織を壊滅せしめることができた。これも偏にセイヴの平和を願い日々鍛錬を怠らなかった団員諸君の努力の賜である。そして――』
アウブが心音たち五人を手招きする。それに従い酒場の中央部に歩み出ると、アウブは大きく手を広げ心音たちに注目を集めた。
『この度の制圧作戦成功の要となったのは、創人族の旅人である彼らだ! 闇牧場の発見から強大な兵器である魔動兵の破壊に至るまで、彼らの力無くしてはここまで順調に事は運べなかったであろう』
心音たちの働きはこの三日の内に噂になっていたのだろうか、頷きを見せる団員たちも少なからず見えた。
アウブが近衛隊三匹に合図を投げ、そして声音を一つ上げた。
『よって、国王に上申した結果、彼らには獣族としての最大の賛辞である名誉獣族の証を贈呈することとなった! さぁ旅人さん方、これを』
近衛隊が念動力で持ってきたそれを心音たち五人に差し出す。艶ある薄茶色のそれは――
『わぁ、すっごくもふもふですっ!』
『毛皮の、外套ですか?』
『あら、帽子に耳が付いていて洒落てるじゃない』
全身を覆えるサイズのフード付きローブ。滑らかで上質な毛皮で作られ、羽織った瞬間から温もりが感じられた。
『それを着ていれば、あなた方はこの国内で獣族として扱われる。その気があれば、ここに住んで国民としての権利を行使することもできるぞ。
そしてその毛皮は大火鼠種の一族が寿命を迎えた際に生きた証として残す伝統工芸品でな、極寒の中でも暖を約束してくれるだけでなく、決して燃えることのない天然の魔法回路が組み込まれている。是非旅路でも身につけてくれ』
『ええ、火鼠さんたちにとってそんなに大切な物貰っちゃっていいんですか!?』
『問題ない。彼らは同胞が亡き後も、その毛皮を羽織った誰かが旅をすることで共に世界を感じられるように、と作っているのだ。まさにあなた方のような旅人にはぴったりだ』
これも、この国独特の死生観なのだろう。軽く丈夫で、滑らかで暖かい。一目で上質と分かるそれを五人は羽織り、感謝を伝えると共に一礼した。
『さぁ、料理を残してはアダンに張り倒される。引き続き勝利の宴を楽しんでくれ』
再び酒場内に賑やかさが戻る。訪れた獣族の国、自分たちを救ったこの酒場から始まった国の威信を賭けた騒動を心音は回想する。
だんだんと慣れてきた異文化の料理を味わいながら、多様な姿がひしめく酒場を眺め、心音は嬉しげに目を細めた。
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祝賀会から一夜明け、早朝。
今日に至るまで泊めてもらっていたアダンの酒場からも、昼時の開店前には旅立つこととしていた。
アウブから貰った謝礼金をやりくりすればこの国での旅に不自由しなさそうだと言うことも、その決定を後押ししていた。
朝日が差し込み小鳥の囀りが聞こえる中、だだっ広い酒場のテーブル席一つに五人と一頭が腰掛け、白湯に口を付ける。
別れの前に、心音たち五人とアダンはゆっくりと静かな時間を味わっていた。
旅の話やセイヴの感想などの雑談に花を咲かせながらも、良い機会であると思い至ったエラーニュがアダンに質問を投げかけた。
『アダンさん、実はわたしたちは旅の目的の一つとして、魔人族がどんなことをしているのか調べているんです。敵対関係である創人族が攻撃を向けられるのはある意味当然とは言え、先日の魔動兵といい、魔人族は創人族のみに限らず、世界の均衡を崩そうとしているように思えるのです』
アダンは黒縁に覆われた目を少し見開き、白湯をテーブルに置いて落ち着いた声音を返した。
『なるほど、それではあなた方の旅は諜報活動的な面もあるんですね。たしかにそれはおおっぴらにはできませんね。なぜ私に打ち明けてくれたんですか?』
『アダンさんはこのことを聞いても邪険にしない、信用に足る方と判断しました。それに、実際にあの魔動兵と戦った身として、より現実的にその事実を考えてくれると思ったのです』
実際に魔人族が出入りしているこの国で、得体の知れない創人族が魔人族について嗅ぎ回っている。そんな噂が広まった日には、調査が立ちゆかなくなってしまう。そのため直接的な質問として魔人族の事を乗せたのは、今回が初めてであった。
『ふむ、私としてもあなた方のことは非常に信用しています。正直なところ、国交は頻繁に行われているとは言え、獣族と魔人族は仲が良いわけではありません。魔人族は技術を、獣族は労働力を提供する、利害関係の一致による交流なのです。あなた方もお客さんたちから聞いたことがあるんじゃありませんか? この国では魔人族のことを快く思っていない人も少なくないことを』
『……はい、しこりのない交流ではないということは』
獣族にとっての生きた祖先である野生生物たちに魔物としての改造を施している魔人族。歴史的な問題も加わり、表向きは友好的に付き合っていても、その実恨みを抱えている人もいると聞いていた。
『……さて、私から魔人族のことについて言えることは二つ、ですね。一つは、たしかにここ数年の魔人族は何か事を起こすために準備していそうだということです。先の魔動兵についてもそうですが、近隣で魔動兵器の実験を重ねているという噂が後を絶ちません。酒場には噂が集まりますからね』
心音の旅の記憶によれば、創人族の国々で魔人族の暗躍が確認され始めたのも、ここ数年の出来事だ。
長く続いた均衡を崩さんと魔人族が動いていることは、ほぼ決まりと言って良いだろう。
アダンは二つ目の指を立てて続ける。
『そしてもう一つは、魔人族もそれぞれ個性があって生きている、我々と変わらない生き物だということです。戦争を推し進める人もいるでしょうが、セイヴに観光に来るような魔人族の方々は我々と同じように優しい心を持たれていますよ』
『個性……』
心音の口から思わず零れた一言。
当たり前のことのようで、忘れていたこと。
今まで創人族、森人族、獣族の国で様々な人に出会ってきた。種族に関係なく、そこで暮らす者たちには様々な個性があり、種族で一括りにできるものではなかった。
なのに、どうして魔人族は一括りにして危険な種族だと決めつけていたのだろうか。
五人それぞれが自問していると、アダンは白湯の入ったカップを両手で包み込みながら笑みを零す。
『私の知る限りの魔人族の方々なら、あなた方が創人族だと分かったとしても取って食べたりはしないでしょう。一度、直接お話ししてみるとまた分かることがあると思いますよ』
今まで魔人族と言葉を交わしてきたのは、全て戦場でのことだった。言われてみれば確かに、それでは敵意を向けられて当然というものである。
次にやるべき事が決まったようだ。
ちょうど良い熱さに落ち着いてきた白湯で喉を濡らし、五人はその温もりで心を温めた。
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今話で第三楽章は締めです!
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