3-6 巨大な魔道兵を砕け
アウブの号令を受け、目標へ向けて足を踏み出す。
大地がむき出しとなった広い敷地を前進する。長くも感じるその間、中程にさしかかったところで、突如キンとつんざく警報音のようなものが鳴り響いた。
『ちぃ、罠の類いか!?』
『いえ、魔法的な仕掛けは感じません。おそらく接近を知らせるためのものかと』
『本当かエラーニュ? それじゃあ逃げられちまうじゃねぇか!』
『いいえ旅人さん、逃がしませんよ。こちらには団長近衛隊の大型犬種が三名もいます。それに、私に付いてきてくれた犬種三名もね』
瞬く間に飛び出した近衛隊と猟犬が家屋の周りを包囲する。その俊敏さと剥き出しの牙は、一切の隙を感じさせない。
これで容易には逃げられまいと心音が安堵していると、微かに、なにやら地響きを感じ耳を澄ます。
『何か低い音が……っ! みなさん、下から何か来ます!』
心音の警告を受け一同が飛び退くと、大地が割れ巨大な影が飛び出してきた。
昼下がりの日差しを受け照らし出されるその存在は二階建ての家屋ほどの高さを誇り、巨大な肢体を振り回すその様相は――
『わーっ、ロボットです!』
『ちょっと、あれ魔動兵じゃない!? あたし本でしか見たことないわよ!』
『わたしも同じくです。歴史上の産物かと思っていましたが』
人型の巨体は岩石でできており、各関節には魔法回路が浮かび上がっていた。
うまい具合に身体が動かせないのか手足を右往左往させており、心音たちは冷静に距離をとって観察に努めた。
『〝精霊の目〟……! 皆さん、胸部から太い魔力線が家屋に向かって三本伸びています!』
『つまり、自立動作するものではなく遠隔発現により操作してるってことか。それなら、アウブさん』
『ああ、分かっている。操っている者を叩けばこのデカブツを相手にしなくてもいいわけだ』
アウブが口笛を一つ。その合図を受け、近衛隊三匹が家屋を破ろうと強襲をかける。しかし、無色の光と共に現れた見えない壁に阻まれ、扉に近付くことは叶わなかった。
『〝防壁〟ですね。相当な力をぶつけて破る必要がありますが……』
『彼らは噛む力は強力だが、衝撃を与えることには長けていない。私かアダンが行く必要があるだろうな』
眼前の魔動兵を見上げる。この得体の知れない兵器に背を向けて抜けていくのは危険が過ぎた。
『団長、そのためには私たちの力を合わせてこの魔動兵を打倒する必要がありそうです』
『そのようだな、アダン。歴代最強と謳われた双熊の怪腕を奮おうぞ!』
白黒と焦げ茶、二頭の巨体が激しい踏み込みと共に魔動兵に急接近する。そして振りかぶった丸太のような腕を両脚部に叩きつけ――――弾かれて両者共に体制を崩した。
『なにぃ!? なんて堅さだ!』
『くっ、岩石のそれではありません。いったいこれは……?』
アウブとアダンが後ろに飛び退き眉間に皺を寄せる。爪が振るわれた箇所にはわずかな傷が付いているのみで、ダメージを与えられているようには見えなかった。
『解析を試みます。コトさん、〝精霊の目〟をわたしに〝視覚共有〟お願いできますか?』
『分かりました! 少し待っててください……』
エラーニュの手を握り、心音が目を瞑る。桜色の魔力光が浮かび上がり魔力線がつながると、エラーニュは桜色を帯びた目で魔動兵を観察し始めた。
『〝防壁〟は張られていない、〝身体強化〟のような膜もない、関節の魔法回路で動作しているはずなのに、全体から薄く魔力光が漏れている。そして、表面には傷が付けられる……。目星が付きました、珍しい魔法ですが、恐らく〝粒子結束〟でしょう』
『粒子、昔父さんが持ってた科学誌で見たことがあるよ。物質を構成する小さな粒のことだよね?』
『ええ。それらが結びつく強さで物の堅さは決まると言われていますが、この魔法はそれを補強するためのものです』
『つまり、魔法的な堅さではなく、物理的に強度を上げているわけだね』
エラーニュとシェルツのやり取りにより、聞き馴染みのない魔法の効力が共通認識となる。
それを受けて、ヴェレスがハルバードを構えながら笑みを浮かべる。
『良く分かんねぇけどよ、要するにすげぇ堅ぇってだけなんだろ? 目一杯の力で攻撃を続ければぶっ壊せるんじゃねぇか?』
嘆息が落ちる。その主であるアーニエが腕を組んで目を細める。
『バカ、あんたは単純過ぎんのよ。魔法的な強度なら攻撃を続けることで魔力が削られていずれは破れるけれど、物理的な強度を破るとなればそれ相応の策がないと無理よ。あんた拳でそのハルバードを曲げられるの?』
『げ、アレってそんなに堅いのか……?』
屈強なパンダと熊の戦士の一撃が容易く弾かれたのを見るに、たとえ力自慢のヴェレスとは言え、そのトレードマークたるハルバードの刃が容易に通用するとは思えない。
有効打が思いつかずに攻めあぐねていると、ついに遠隔操作に慣れてきたのか、魔動兵が思いの外俊敏な動きで攻撃を仕掛けてきた。
『うおっと、危ねぇ!』
ヴェレスの正面に、まさに大岩の如し巻が振り下ろされる。横飛びして避けた先からそこを見れば、大地にクレーターが形成されていた。
『あれを受け止めるのは無理だね。各自散開しよう。攻撃を避けながら打つ手を考えるんだ!』
各々が〝身体強化〟を施し、散り散りに動く。その最中、アーニエとシェルツが達隔で魔法攻撃を仕掛けるが、まるで効いた様子はない。
魔動兵の動きは段々と洗練され、狙いが正確になっていく。攻撃の回避に神経を注ぎながら、アーニエが悪態をつく。
『このままじゃジリ貧よ! どうしたらアレを止められんの!?』
『セオリーとしては関節を狙う、ですが……』
『もう何度も狙ってるよ。でも、関節には魔法的な防御措置がとられてるみたいで……っ』
魔法的な強度であれば攻撃を当て続けることで突破できよう。しかし、機敏に動き回る魔動兵の関節部を正確に狙い続けるのは不可能とすら言えた。
魔動兵の動きが一瞬止まる。両腕を開き魔法陣が掌に浮かんだと思えば、そこから〝風刃〟のようなものが連続射出された。
『――っ、〝防壁〟!』
攻撃の主体を担っていたシェルツとアーニエに向けられたそれを、エラーニュが即席の魔法で防ぐ。
間一髪で仲間を守れたことに安堵していると、焦りを滲ませた心音の声が心臓を掴む。
『エラーニュさん後ろ!』
『え……きゃっ』
弧を描いて迫っていた刃を間一髪で躱す。心音の呼び掛けのおかげで、刃は手持ちの鞄の端を裂いただけで済んだ。
サラサラと薬品袋から粉が流れ落ちるのを目の端に、魔動兵に再び警戒を向けてエラーニュは礼を伝える。
『コトさん、助かりました』
『ふぅ〜、無事でよかったですっ!』
『ちっ、あんにゃろう魔法まで使いやがるのか』
悪態をつくヴェレスの横で、大熊二頭が深刻な声を交わす。
『このままでは、こちらが疲弊したところを一網打尽にされてしまう。……アダン、やはり我々が懐に入り込んで関節を直接破壊するしかないか』
『ええ、きっと無事では済みませんが、もうそれしか……』
『待ってください、それはあまりにも危険です! くっ、考えろ、堅い物を打ち砕く原理を……!』
アウブとアダンの捨て身の決意を、シェルツが制止する。
物理的強度を超える衝撃。誰もがそこに思いを巡らせるが、必殺の攻撃を躱しながらの思考は思うように回らず、結論が導き出せない。
『堅い物を、打ち砕く原理……?』
シェルツがぼやいたそれに、心音は取っかかりを覚える。何か、どんなに堅い物でも極端に強度が落ちる現象があったはずだ。そう、それは……
『そうです、魔法を使って物理的な強度を破りましょう! アツアツに熱してから、ぐっと冷やすんです!』
心音の提案に疑問符を浮かべながらも、各々が反応を返す。
『熱い飲み物を入れていた硝子容器を急に水で冷やすと割れると教わったことがあるけれど……』
『それは岩石にも有効なのでしょうか?』
『綿毛にもすがる思いよ、やってみましょう! コト、何をすれば良いの!?』
軽やかなステップで魔動兵の攻撃を躱しながら、心音は指示を飛ばす。
『まず、ぼくとシェルツさんの火魔法で魔動兵を熱します! 十分に赤熱したら、アーニエさんの水魔法で急速冷却です! 最後に力自慢さんたちの一斉攻撃で勝利、ですっ!』
『なるほど、ではわたしはその間疎かになる守りを補強するために〝防壁〟を待機状態にしておきます』
『創人族の考えることは良く分からないが……信じようぞ』
作戦が定まり、シェルツと心音が魔動兵から距離を取り、狙いを定める。
「己の魔力を熱しに熱し、風の力を火種に焚べよう」
「ガイ デ フュウ コン へ」
それぞれが詠唱に集中し、火種が生まれ始める。それは次第に炎として育ち――
「対象を燃やし続けろ! 〝火炎渦〟」
「精霊さんお願い! 魔動兵をアツアツに燃やして!」
二人から放たれた火炎が魔動兵に襲いかかり、火柱を上げて熱し始めた。そしてその直後、ヴェレスが上段に構えたハルバードを大地に振り下ろした。
「〝大陥没〟! 足は奪わせてもらうぜ!」
魔動兵の足下が崩れ、燃やされながらじたばたともがき始める。これで熱しきるまでの時間は稼げそうだ。
「ヴェレス、最近あんた冴えてるじゃない!」
「へっ、戦いのこととなればオレだって頭が回るんだぜ」
アーニエとヴェレスが歯を見せ笑い合う。途端、魔動兵の動きに異常を感じたアダンが叫び声を上げた。
『シェルツさん、回避を!』
身動きがとれないはずの魔動兵が拳をシェルツと心音がいる方へ向けて固まったと思えば、爆発音と共にその拳が高速射出された。
『させません。〝防壁・多重展開〟』
角度をつけて展開された防壁により滑るように向かう先を変えられ、挙は離れた崖にぶつかり音を響かせた。
「信じてたよ、エラーニュ」
「わぁ、リアルロケットパンチです……」
この攻防で、機は熟した。真っ赤に赤熱した魔動兵を視認し、アーニエが心音に確認を取る。
『そろそろいけるわね!? 合図をちょうだい!』
『はいっ! では、カウントダウンします! 五、四、三、二、一……』
零の声と共に魔力と魔素の供給を絶ったシェルツと心音の炎が霧散し、同時にカウントダウンと共に仕込んでいた巨大な水球が魔動兵を包み込んだ。そして待つこと数秒間。
『ヴェレスさん、アウブさん、アダンさん、今ですっ!』
心音の指示により飛び出した三者がそれぞれ目一杯の力を振り絞って攻撃を仕掛ける。
『岩をも砕くこの豪腕にかけて!』
『大木を裂く鉤爪の力をご賞味あれ!』
『特別だぜ、オレの全力に〝重力魔法〟を乗せてやらあ!』
それぞれの攻撃が、両腕と胸に直撃する。強烈な衝撃音を響かせ、瞬間、巨体を誇る強靭な魔動兵は砕け散った。
破片があたりに降り注ぐ。驚異を消し去り、粉塵が立ちこめる荒野で、遂に歓喜の声が上がった。
『やったぁ! やりました! みんなの力の勝利ですっ!』
『かなりの強敵だったね。正式依頼だったら昇段も考えて欲しいくらいだよ』
『疲れたわあ。エル、飲み物ちょうだい』
『アーニエさん、いつも持ち歩かないんですから……』
『がはは、おっさんたちすげぇ力じゃねえか!』
一気に賑やかになった心音たち五人の元へアウブとアダンが歩み寄り、安堵混じりの声をかける。
『助かったよ。我々だけでは牙が立たなかった』
『あなた方に助力を頼んだ私の目に狂いはありませんでしたね。さて……』
奥に見える家屋に目を向ける。魔動兵が倒された今、それを操作していたと見える幹部たちはどう動くのか。
家屋に歩み寄っていると、ゆっくりと正面の扉が開いた。何者かが出てくるのかと構えるが、どこにも姿が確認できない。
その現象を掴みあぐねていると、エラーニュがはっとして声を上げた。
『コトさん、〝精霊の目〟を!』
『はい、すぐに!』
即座に〝精霊の目〟を発現させた心音の目が捕らえたのは、手をつなぎながら歩く三体の獣族の影であった。
『やっぱり、透明になる魔法を使ってるみたいです! 任せてくださいっ!』
滞魔剣を抜き、〝身体強化〟した脚力を爆発させ標的に急行する。
自分たちが見えるはずがないと思っている三体がうろたえる様子を見せる中、心音は滞魔剣に赤い木の実をのせて小さく詠唱、長く伸びる炎を発現させた。
『大人しく御用されてくださいっ!』
振り抜かれた炎の剣により幹部たちは怯み、その姿を露わにさせる。現れたカメレオン、手長猿、コアラの獣族を、待機していた六匹の犬たちが囲み、あえなく確保となった。
『どうしてオレ様の〝透明同化〟が見破られるんだよ!』
『高い金だして魔動兵を買ったのに……』
『こんなにやべぇ奴等が自警団に荷担してるだなんて、聞いてねぇぞ!』
恨み言を吐き出しながら連行されていく幹部たちを見送り、心音は魔動兵の残骸に視線を向ける。
十中八九、魔人族が絡んだ兵器であろう。しかし、犯罪に荷担していたというよりは、金銭取引として売買されたもののようであるが……。
家屋内を捜査してきた近衛隊が帰ってきた。どうやらさっきの三名以外に残存戦力は無いらしい。
これにて、大作戦は完遂に終わった。
アウブは天を見上げ長く息を吐ききると、心音たちに向けて再度謝辞を伝える。
『本当に、あなた方の力には助けられた。セイヴを救った英雄といっても過言ではないだろう。後日、改めてちゃんとした礼をさせて欲しい』
成り行きで関わった大事件。予想外の死闘となったが、誰も怪我を負うことがなかったことに、皆で胸をなで下ろす。
アダンに与えられた恩には十分に報いられたかな、などとはみかみながら、心音はひとつ伸びをして帰路へ足を向けた。
いつもお読みいただきありがとうございます!
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少しボリューミーにお送りしました!
次回、本エピソードのエピローグです♪