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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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3-4 追跡

 アダンの酒場で働き始めてから早五日。

 心音がいつものように料理をテーブルに運んでいる最中、ふと聞こえた会話に引っ掛かりを覚えた。


『あぁ……肉が……そうだ……たらふく……』

『金なら……助かる……アレが無いと……』


 ごくごく小さな声。酒場の喧騒も相まって普通ならば聞き取れないそれであるが、心音の敏感な耳はそれを捉えた。

 どこか予感がし、心音は〝音響魔法〟を発現させて余計なノイズをカット、その会話を抽出して聞き耳を立て始めた。


『ようやく供給が安定してきたってところか、おたくの闇肉も』

『自警団が嗅ぎ回ってるが、今度の農場(ファーム)は絶対に見つからねぇよ。あんたみたいな上客がいる分には、うちも安泰だ、いくらでも売ってやるよ』


 ……闇肉?

 明らかに不穏な言葉の意思を感じ取り、心音は思わず声の主を注視する。


 衣服や装飾で身を覆っているが、恐らく片方は猿の獣族だろう。もう片方は背中の曲がり具合から四足歩行の者に見えるが、断言はできない。一対一で向かい合った彼らのテーブルの下、何らかの書面が手渡されているのが見えた。


 いよいよ問題のある現場を目撃してしまったと、心音は慌てて厨房に駆け戻った。



『アダンさん! 闇肉って聞いた事ありますか!?』

『コトさん、何処でそれを?』


 厨房に入るなり、小声で叫ぶという器用な真似をしながら不穏な発言をした心音に、アダンは料理の手を止め聞き返す。


『酒場のお客さんの会話が耳に入っちゃって……。絶対に見つからないとか、自警団とか、なんだか良くないものなんじゃないかと思いましてっ』

『その通りです。どの席のお客さんが教えてくださいますか?』


 心音が厨房のカウンター越しに(くだん)の席を指し示せば、彼らは席を立ち店を後にするところであった。


『いけません、この好機に尻尾を掴まなければ』

『俺たちに任せてください』


 会話を聞いていたシェルツがエプロンを脱ぎながら他のパーティメンバーに目配せする。

 メンバー全員が意図を察し頷くと、シェルツはアダンに宣言した。


『闇肉の危険性は知っています。俺たちが彼らを追うので、アダンさんは酒場の経営に専念してください』

『……あなた方は〝冒険者〟さんたちでしたね。信じています、無茶はなさらぬよう』


 シェルツは以前から闇肉という言葉に聞き覚えがあったらしい。


 そうと決まれば事は迅速に尽きる。

 先行して動いていたヴェレスがまとめて持ってきた最低限の装備を身につけ、心音たちパーティ五人は流れるように酒場の出口へ向かった。



 酒場を出て辺りを見回せば、左方の小路の前で二者が別れるところであった。

 静かに素早く。別れた地点に着きその行先に目を向ければ、猿の獣族がそそくさと去っていく姿が確認できた。しかし、もう片方の行先である小路の先を見ても、遮蔽物がないにも関わらずその姿を視認することは出来なかった。


「シェルツ、どうするよ?」

「二手に別れるべきかな。でも……」

「格段に怪しいのはこっちですね」


 そう言うなり、エラーニュが小路の方に向かって〝魔力視〟を発現させた。放った魔力の波が返ってきたのを受け、その結果を皆に報告する。


「何らかの魔法を発現させた痕跡が見えます。大きな塊状の反応もあったので、全身を包む魔法でしょうか」

「ぼくも見てみますねっ!」


 エラーニュが捉えた結果を受け、心音が〝精霊の目〟を発現させる。〝魔力視〟よりも利便性の高いそれは小路の先を見通し、一つの結論を返す。


「あれ、〝精霊の目〟にはさっきの人影が見えるんですが、肉眼だと何も見えません!」

「……こんな使い方ができるだなんて聞いた事もありませんが、きっと認識阻害の類でしょう」

「なるほど、魔法が苦手な獣族の人たちが捕まえあぐねているわけだね」


 何かが結びついたらしいシェルツが確信めいた呟きを零す。そして、続けて方針を打ち出す。


「全員で小路の方を追おう。本命はきっとこっちだ」


 相手に気取られない距離を保ちつつ、〝精霊の目〟を発現させた心音を先頭に追跡を始めた。



 入り組んだ道を縫いながら、対象の影は街の奥へ奥へと進む。

 その道中、シェルツが〝対内念話〟を用いてパーティメンバー皆に情報を共有する。


 どうやら、初日に酒場で情報収集に乗り出した際、シェルツとヴェレスの組でも気にかかる噂を聞き出せたようだ。


 獣族の国セイヴでは忌避される食肉の文化。しかし、中でも肉食獣を起源に持つ獣族たちは、本能の底で肉を欲している面がある。


 そこで出回り始めたのが、闇肉だ。


 どういった経路で流通しているのかは不明だが、通常この国で手に入ることの無い食用肉が、影で取引されているのだ。

 肉食獣にとって甘美にすぎるその味は中毒性をもたらし、一度味を覚えてしまえばどんな手段を用いても手に入れようとする。

 獣族内の道徳観に照らし、その事は大きな問題となっていた。


 闇肉を根絶しようと、獣族の警察機構とも言える自警団が調べて回っているが、未だ尻尾を掴めていなかった……そんな中で現れた糸口であった。


 心音が捕捉している影が小路を抜ける。少し時間を置いて後を追ってみれば、その先には光沢のない黄土色が広がっていた。


「採石場、かな? 規則的に削られた崖に見えるね」

「他には何もないわね。身を隠せそうな所すら……いいえ、魔法の介入も考えるべきね。コト?」

「はい、例の影はあの崖の方に……あっ、崖の中に消えていきました!」


 〝精霊の目〟を発現させていない皆にも、何かが通過することで崖の一部が揺らいだのが確認できた。


「ハッ、知ってるぜ。ありゃ魔女の山で見た〝認識阻害〟だろ?」

「その通りです、ヴェレスさん。ですが、魔法が不得手な獣族があれだけ大がかりな魔法を発現させうる陣を組めるとは……」

「皆さん、見失っちゃいますっ! そろそろ追いかけましょう!」


 考察にかまけて標的を失ってしまっては本末転倒だ。三方を崖で囲まれた空間で、多数の石が転がる足下に意識を向けつつ、揺らぎが生じた箇所めがけて駆け寄った。


 シェルツがそっと崖に手を伸ばす。崖に触れたはずの手はそれに阻まれることなく、沈み込んだように見えた。


「決まりだね。さぁ、こっから先には何があるか分からない。常に警戒状態を保つようにね」


 五人は頷き合う。各々が武器に手を掛け、崖の中へと全身を沈み込ませた。


 〝認識阻害〟を抜けた先に広がっていた景色は、先程と同じような荒廃した大地であった。 しかし、少し先を眺めてみれば、背の高い木製の柵が巡らされているようだ。


「元々採石場だった所に手を加えたのかな? この辺りでも作業が行われていた痕跡があるね」

「とは言え、放置されて久しかったのでしょう。誰も気に掛けない場所だからこそ、これだけ大がかりな魔法を設置できたのかと」

「これはコトの目に頼らなくても、あんにゃろうがどこに向かったのか想像に易いわね」


 アーニエの視線の先を追えば、柵の中央部に開かれた扉が確認できた。その前に、突如として人影が出現する。もう隠れる必要がないと、自身を隠す魔法を解いたらしい。


 その人影によって閉じられる扉を見送りながら、シェルツが皆に提案する。


「ここを突き止められた時点で、十分な成果は得られたと思う。一度戻ってアダンさんや自警団に報告した方が良いと思うんだけど、どうだろう?」

「オレは賛成だぜ。オレらはこの国にとっちゃ部外者だ。今あそこにつっこんで暴れ回ってもよ、下手すりゃオレらが悪者にされかねねえぜ」

「あら? 珍しくヴェレスが冴えてるわね。あたしも一度戻るべきだと思うわ。けれど、自警団だけで解決できるかは保証できない予感がするわね」

「ええ、あれだけの認識阻害です。魔法回路にせよ魔方陣にせよ、恐らく設置には魔人族が絡んでいます。魔法に長けたわたしたちも同行するべきでしょう」

「ぼくの〝精霊の目〟があれば、崖のどの箇所が通れるかすぐ分かりますっ! 自警団の皆さんを連れてきても、迷子にはならないですっ」


 意見が一致し、一旦ここは退くこととした。

 冒険者ギルドの依頼でもなければ、誰かから報酬を約束されたわけでもない。しかし、この国でお世話になっている獣族への恩返しも兼ねて、目の前で捉えることのできた問題へは全力で望もうと、五人は視線を交わし意思を固めた。


♪ ♪ ♪


『なんと、街外れの採石場跡地が闇肉の売人の根城でしたか。しかし、姿を消す魔法、ですか。自警団がいくら追っても見失うはずです』


 アダンの酒場に戻った心音たちは、追跡することで得た情報を報告した。対象を追跡するのに意外と時間がかかっていたようで、陽は落ち、酒場は既に店仕舞いした後であった。


『アダンさん、自警団への報告はできますか? それと、俺たちも協力したいと思っています』

『これだけの情報が得られただけでもかなりのお手柄です。その上、危険が伴う制圧作戦にまで、旅人であるあなた方が協力してくださるというのですか?』

『俺たちが初めての国で困窮していたところを、アダンさんは助けてくれました。そんな暖かな獣族の方々のために、俺たちもできることをしたいんです』

『とても素敵な心をお持ちなんですね。手を差しのばしたのがあなた方で良かったです。さて……』


 アダンが厨房の食器棚に近寄り、その影から長く鋭く伸びた鉤爪を取り出した。


『自警団の件ですが、お任せください。実は私、昔は自警団の分隊長を務めていたんですよ』

『そんなところだろうと思ったぜ。アダンのおっさん、立ち振る舞いが熟練者のそれだったからな。獣族の体つきについては良く分からねぇけどよ、ガハハ!』

『ははは、体つきは少し鈍ってしまっていますけどね。しかし、この爪はいつでも力を発揮できるよう研ぎ澄ませてあります』


 ヴェレスは直感的に、アダンと戦ったとしても簡単には勝てないことを感じ取る。同時に、自警団への期待も高まっていった。


『決行は早いほうが良い。明後日の正午にでも攻め込みましょう。そうできるよう自警団には掛け合いますので、皆さんもどうかそれまで身体を休めていてください』


 アダンが外出用の外套を身に纏う。これから各方に働きかけるのだろう。心音たち五人は彼の言葉に甘え、来たるべき時に備え力を蓄えることとした。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて、嬉しいです♪

展開していく物語、ゆるりとお楽しみください♪

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