3-4 王国聖歌隊
金曜日投稿も始めました。
余裕がある限り続けます。
王城は非常な巨大さを誇っている。
そのため、心音は迷うことなく王城門までたどり着くことが出来た。約束の時間まではまだ少しあることを、元いた世界で父親から譲り受けた機械式懐中時計で確認する。
数分後、門とは反対方向である街の方角から、心音を呼ぶ声が聞こえた。
『おや、コトさん。早いですね、お待ちしておりました』
聞き覚えのある声。それは振り向くことで確信に変わる。楽長のローリンであった。
『ローリンさん! 今日から、どうぞよろしくお願いいたします!』
心音はぺこりと頭を下げる。
『いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします。少し早いですが、中に案内いたしましょう』
ローリンは門番に指示を出すと、巨大な門が左右に開き、一般人は中々立ち入る機会のないその城内へ、心音はローリンに従って入城した。
西洋風の城。というイメージは漠然と頭の中にある。
それは物語の舞台であったり、映画の撮影現場であったり。
心音の頭の中に強くあるお城のイメージは、世界最高峰のブラスアンサンブルチームが古城の中で演奏する映像を、何度も再生するうちに染み付いたものである。
目の前のお城の風景は、そのイメージを更に華やかにした、活気のあるものであった。それもそうである、現役で使われていて人の往来があり、決して古城という訳では無いのだ。
迷宮のようなその城を、ひょいひょいとスムーズにローリンは進む。
心音は「絶対に迷子になる自信がある」と思いながら必死に付いていった。
ローリンが一つの扉の前で立ち止まる。ノックも無しに扉を開けると、中では書類の山の中忙しなく働く人々がいた。
そのうちの一人がローリンに気が付き、走りよってきた。
『あぁローリンさん! その方が例の方ですか?』
くせっ毛が特徴的な女性である。忙しそうだが嫌そうな顔はせず、笑顔を二人に向けている。
『はい、その通りです。身分証の申請用紙を頂けますかな?』
『もちろん! 既にご用意していますよ!』
そうすると、王国の紋章が透かしてある紙を一枚、ローリンに渡した。
『さてコトさん、この国の文字は書けますかな?』
『すみません、書けません』と首を振る心音に、『では私が代筆しましょう。最後に署名だけお願いしますね』と言いローリンは筆を執った。
書類を提出し、事務室らしい部屋を出てから、またしばらく歩く。そして、二人は大きな扉の前にたどり着いた。
『さぁ、ここが仕事場となる大聖堂です』
『わぁ、すごい……』
扉が開かれ、飛び込んできた光景は、地球でのノートルダム大聖堂に負けないほどの大伽藍であった。
足音が大きく響き渡る。
ここで楽器を吹いたら、どれだけ気持ちがいいのだろうか。心音は高揚する心を止められなかった。
『この大聖堂には別の入口もありまして、礼拝日には国民にも解放されます。さぁ、練習場はさらに奥です。楽器庫と合奏場を案内しましょう』
教会音楽に触れたことがあるものなら誰しもが憧れる空間を横切り、練習場へと入った。
楽器庫を案内された後、合奏場に入ると、二十人くらいの人々が楽器の練習をしていた。
フルートのような木製の横笛、一回り大きいアルトフルートのようなもの、ヴァイオリン属に似た大中小の弦楽器が立ち並んでいる。
こちらの様子に気がつくと、彼らは演奏をやめて視線をローリンに向ける。
『皆さん、演奏訓練お疲れ様です。本日は紹介したい方がおります』
そうしてローリンが差し出した手の先にいる心音に、一同の視線が移る。
『彼女はコト・カナデさん。遠い国から我が国の音楽の発展のために訪れた、神の楽器を持つ方です』
(えぇぇー!? 更に話が飛躍してますよぅー!!)
心音は明らかに盛られたローリンの話にあからさまに慌てるが、緊張もあって上手く言語化出来なかった。
聖歌隊員一同は、期待するような値踏みするような、様々な種類の視線を心音に向けて見定めようとしていた。
『この中にはまだ彼女の演奏を聴いたことが無いものも多いでしょう。百を論ずるより一を感じよ、とも言います。一つ、演奏していただきましょう』
心音は故郷の諺と似たようなニュアンスを感じてどこか感動を覚えるが、今言われたことを反芻してハッとする。そんなの聞いてませんよぅ、と思いつつ、頭の中で譜面を巡らせる。
『せっかくです、大聖堂でその音色を聴かせて下さい』
大聖堂の参列者席に聖歌隊員たちが座る。心音は少しの緊張と、ここで演奏できることへのワクワクを感じながら彼らに言う。
『では……我らが神に捧げる曲を、一つ』
我らが神って誰だよ、と知りもしない宗教のことなのに口をついたセリフに突っ込みつつ、場の雰囲気にあった曲をと思ってコルネットを振動させる。
カッチーニ作曲【アヴェ・マリア】
聖母マリアをテーマにした曲は多くの作曲家が書いている。その中でも有名なこの曲を、コルネットの包み込むようなサウンドで演奏する。
聖母の抱擁感を感じる温もりのある音色。我が子を思い、涙を流しているかのようなヴィブラート。
福音にすら思えるそれは、まるで空から降ってくるかのような音であった。
聖歌隊員たちは呼吸をするのも忘れて聴き入る。中には、涙を流すものすらいた。
演奏を終え、心音は一礼する。
すると、隊員のうち前にいた一人が心音の前で祈りの姿勢をして言った。
『極上の賛美でした。我らが神もさぞ、お喜びになられたことでしょう』
『まことに、まことに』と隊員たちは繰り返す。その様子に満足したように、ローリンは言う。
『彼女が特別な音楽を持っていることを、感じることが出来たでしょう。本日より彼女は、王国聖歌隊特別作曲者 兼 特別独奏者として我々の同胞となります。神の庇護の元、我々も優しく彼女を迎え入れましょう』
その言葉を受け、一同は再び祈りの姿勢をとる。心音もそうした方がいいような気がして、彼らにならって祈る。
みんな、教えをしっかり守るいい人達なんだろうなぁと、心音は思う。
しかし、隊員の中で一人、快くない視線を心音に向けているものがいたことに心音は気づいていなかった。
♪ ♪ ♪
合奏場に戻ると、あらためて聖歌隊員の紹介が行われた。総勢二十五名が二列に整列する。
『ここにいる隊員の他にも、歌唱隊が別室で訓練を行なっています。大きな行事の際には合わさって活動しますが、基本的にはこの編成で演奏をしています』
ローリンが説明してくれる。目の前には、心音にとって見たことの無い楽器が並んでいる。
『心音さんは国外の出身のようですので、楽器の形態も違うでしょう。一つずつ、紹介しましょう』
そう言って楽器を持つ隊員の元へ歩み寄る。
『まず、この横笛はリューズと言います。女性の声を表しています。そして、一回り大きなこれはルターリューズ、男性の声を表します』
リューズを持った四名、ルターリューズを持った四名がそれぞれ礼をする。
続けてヴァイオリンに似た弦楽器の元に移動する。
『こちらは弦楽器属で、三種類の大きさで音域が違います。小さい方から、ヴィレイス、ルターヴィレイス、アースヴィレイスと言います』
紹介された計十二名の弦楽器隊員たちが構えてみせる。ヴァイオリンほどのサイズのヴィレイスも、チェロのように立てて弾くらしい。
『そしてこの太鼓がウーランド、大地の声を示します』
担当は一人、大きな太鼓を水平にして叩くようだ。
『こちらも弦楽器ですが、はじいて弾きます。エルプといい、天の光を示しています』
ほぼ心音の知るハープと同じ形状である。どの楽器も心音の知る形状と差があまりないことから、音を発生させる原理が同じなら生まれる楽器も似てくるものなのかと心音はひとりごちた。
『最後に、演奏はしませんが作曲者が二人、指揮者である私を加え、本日からコトさんが入隊することにより、総勢二十二名で活動することとなります』
思ったより大きな編成だなぁ、と思いつつ、心音は違和感に気がつく。
(あれ? 笛が八人、弦が十二人、太鼓にハープに作曲者指揮者で……二十六人いない?)
『あの……人数、二十六名いませんか?』
心音の質問に、ローリンは「はて?」とピンと来ない反応をする。
『いったい何を仰ってるのですか?』
『ま、まさか、私たちには見えないものが見えているのですか!?』
リューズを持った隊員が、少し震えた声で言う。第六感的なヤバいものを見ていると思われたらしい。
『え、だって、一二三四五六七八九十……』
『おや、コトさん。九の次に十が来ちゃってますよ。数字が二つ抜けています』
『えぇぇ!?』
心音は思わず大きな声を出してしまう。
そう言えば、数学の授業で二進法や十二進法を習った気がする。この世界ではどうやら十二進法が採用されているらしいことを知り、心音の中でようやく腑に落ちる。
(あぁ、どうりでティーネちゃんと年齢の話をした時に噛み合わなかった。十二進法だから、あの年齢に二を足せば噛み合ったんだ)
異世界文化にはまだまだ慣れない。勉強を続けなきゃなぁと、心音は心の中で呟いた。