3-3 異文化に触れる
『おまたせしましたっ。丸蜘蛛の丸焼きです!』
『シェルツ! 麦酒が五杯だ!』
『ちょっと待って! アーニエ、これ向こうの猫のお客さんに』
セイヴに来て数日、心音たち五人は独特の匂いが満ちた酒場で忙しなく働いていた。
資金難に苦しめられた旅路ではなかったことも逆に災いとなり、支払時に初めて一文無しであると気づいた心音たちは、正直に酒場の主人に謝罪し、労働を対価として支払うこととなった。
災難かと思いきや、ここでもこの国の懐の深さが垣間見える。パンダの獣族である主人が『お金がないなら宿も取れないでしょう。何日か生活できるだけのお給金をあげるから、泊まり込みで五日間くらい働いていきなさい』と提案してくれたのだ。
まさに渡りに船、その優しさに甘え、心音たちは全力で酒場の仕事を手伝うことにしたのだ。
二、三日と働いているうちに感覚として掴めてくるのは、この国の常識観だ。
例を挙げれば、一日目に情報収集した際に得られたこととも重複するが、食事周りの特殊性などだろうか。
獣族とは獣が進化の過程で知恵を持ち、魔法による〝対外念話〟を通してコミュニティを築くことで成立した種族であり、生物的に大まかな括りとも言える。草食、肉食、雑食のもの全てが一括りにされており、台所を切り盛りするのも一筋縄ではいかない。
特に食肉の文化についてはデリケートで、同胞食いの連想を避けるために虫食の文化が広まったのは必然と言えるだろう。
また、魚の獣族がいないことから、魚食の文化はここでも健在のようだ。
元となった種の違いがあるわけであるから、食事の内訳も創人族的な視点で見ればかなりの偏食である。
虫だけを食べるもの、野菜だけを食べるもの、花の蜜だけを吸うもの。
それでも問題なく生きていける辺り、やはり個性の幅というか、生態的な違いが顕著に見える。
客同士の会話の内容からとれる彼らの娯楽も興味深い。
本能的なものからか、身体を動かす娯楽が盛んなようで、一番話題に上がっていたのは〝総合操身術〟と呼ばれる障害物競走だ。
様々に張り巡らされた障害を避けつつゴールまでのタイムを競うもののようであるが、その障害は小型ビルほどの壁や魔法で動く足場を伝うアスレチックなど、規格外のものばかりだ。
年に何度も開催され、国を上げての熱狂を見せるようであるが、心音は故郷でも似た趣旨のテレビ番組があったなぁなどと懐かしさを感じた。
陽が傾き、窓の外から流れ込む光が橙色に染まりゆく。
この酒場は陽の高いうちから営業している、というよりは昼行性の獣族向けに店を開いているようで、陽が落ちれば店を閉じる。
夜行性の者はそういった者を対象にしている店に行けば良いわけだ。
店仕舞いの空気を感じ、ほとんどが常連客で占められる客席から人影が消えていく。
懸命に働いた証たる額の汗を拭う心音たちに、厨房にいるパンダの店主から声がかかる。
『本日もお疲れ様です。もうじき賄いの用意ができます、配膳を手伝ってください』
『仕事と宿の上、ご飯までいただけて、本当にありがとうございますっ!』
見通しが甘かったスタートではあったが、酒場の店主のおかげでなんとか生活の基盤を整えられつつある。
毎日の賄いを通して、この国の食にも徐々に慣れてきた。
『蜘蛛さんって、蟹さんみたいな味がしますね!』
『食用の幼虫は臭みがなくていいね』
『あんたたちよく平気で食べられるわね。あたしはもうしばらく慣れなさそうだわ』
もちろん虫食以外にも魚や野菜はあるわけであるが、虫食はこの酒場の看板メニューらしく、必然的にテーブルに乗る料理もその方面が多かった。
味覚の傾向については、獣族は特にそれぞれにより違うようであるが、パンダの店主もその辺は流石プロである。注文客によって味付けを変えて出しているとの事で、心音たちもちょうどいい塩梅で料理を楽しめていた。
店仕舞いをし食卓を囲みながら、パンダの店主は心音たちを見やる。
『この国の雰囲気にも慣れてきたようですね。冒険者、といいましたね。未知への適応力は流石です』
『いえ、それもこれも一重に店主さん……アダンさんのおかげです』
『前にも言いましたが、あなた方のような困り方をした旅人を助けるのは初めてではありません。その中でも、あなた方の働きっぷりは見事ですよ』
と言っても、創人族の旅人は初めてですけどね、とアダンは黒縁の目を細める。
『本当に、なんとお礼を言っていいか……。残り二日間、精一杯働かせてもらいます』
『シェルツ君と言ったね、今の時代珍しい好青年ですよ。しかし申し訳ない、三日後には少し長期の休みに入ることになっていまして、それまでしか面倒は見れないのです』
『俺たちもこれ以上だなんてわがまま言えません。ここで得たことを生かして、旅を続けていきたいと思います』
得たものはお金だけではない。最低限の元手と知識があれば食いつないでいくのも冒険者の本領だ。ここで出会った暖かさに触れつつ、心音たちは目の前の民俗味ある料理を口に運んだ。
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