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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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3-2 獣たちの酒場

 獣族の国セイヴの門を潜った心音たちを出迎えたのは、異世界とも言える光景であった。

 賑わう門前の商店街を行き交うのは、多種多様な獣たち。装飾品や衣服を身につけている者も少なくなく、その立ち振る舞いも相まって、心音たちが親しみのある獣とはまた違った存在であることを主張していた。


「ここにいる動物さんたちは、皆さん獣族なのでしょうか?」

「全てそうかは分からないけど、〝対外念話〟が乗せられた会話が行き交っているのを聞くに、ほとんどがそう考えてもよさそうだね」

「獣族というのは、かなり大きな分類での括りになります。そこへ至るまでの進化の元になった獣が別々であるわけですから、〝対外念話〟を通さないと会話が成り立たないのでしょう」


 心音の疑問に答える形で、シェルツとエラーニュが思考を口々にする。


 今一度、商店街の様子に目を向ける。物を売っているのは、両手が使える二足歩行の獣族に限らないようで、〝念動力〟を使って器用に商品や代金を扱っている者も多く見えた。

 魔法のあるこの世界では、姿形に縛られずに文化的な活動が行えるのだと、心音は感動にも似た吐息を漏らした。


 雪がチラつく中、街ゆく人影を見れば人間大のシルエットが幾つか確認できる。背筋もしっかり伸びており、類人猿の類にも見えない。心音は森人族の国で聞いた記憶を辿る。


「ちらほら見かける人影は、森人族さんたちでしょうか?」


 人並みにチラリと視線を向け、エラーニュが心音の疑問に答える。


「防寒着で頭も覆われていて判別は付きませんが、恐らく森人族だけではなく、魔人族も含まれていると思います。余計な紛議は避けたいです、わたしたちも防寒帽(フード)は被ったままにしておきましょう」


 入国する際、通行証さえ持っていれば種族を問わずにセイヴは受け入れる、と関所番は言っていた。しかし、創人族と魔人族は千年続く戦争の下敵対しているということを鑑みるに、明確に創人族だと言うことを示して歩き回ることもないだろう。


「さて、国外だから冒険者ギルドは除外するとして、情報を集めると言えば酒場が基本だよね」

「おお、この国の酒はどんな味がするのか楽しみだぜ!」

「ヴェレスあんたねぇ、調査が目的だってこと忘れないでよね」


 歩き進めるうちに目に入った、飲食店や宿が建ち並ぶ区画。その中で、気温が低い中でも換気の良いスイングドアを構える木造の建物が目に入る。

 エラーニュが他から取り出した新しめの本をめくり、建物の看板と目を行き来させる。


「獣族の文字は不得手ですが……。あのお店は十中八九酒場にあたるものでしょう」

「この国では〝対外念話 〟で話すのが普通みたいで良かったですっ。言葉を気にせずに情報が集められますね!」


 心音の明るさに背を押されながら、パーティ五人は静かに灯りが零れる異国の酒場の扉をくぐった。



 まだ陽が高い時間帯でありながら、酒場の中は熱気で満たされていた。


 酒と獣の匂いが混じった独特の匂いもそうであるが、何より驚くのは座席のヴァリエーションであろう。

 創人族の国でも見るイスとテーブルの他に、烏種向けの止まり木とテーブル、四足歩行種向けの座敷などがあり、また器もそれぞれの種に向けて様々な形をしていた。

 飲料や食事に顔を近づけて飲食するわけではなく、やはりここでも念動力を用いて器用に食器を操っている。


 心音たち五人はカウンターへ向かいそれぞれ飲料を手に持つと、男女に分かれて話を集めに散ることとした。


「座敷席は椅子の制約がないので、輪に入っていき易そうですね」

「そうですね……しかも、もふもふですよっ!」

「コト、頼むから変なことはしないでね?」


 女性チームはさっそく座敷の犬猫の集会に目を付け、接近を試みる。珍しく積極的な心音が、先陣を切って彼らに声をかけた。


『こんにちは! お席ご一緒してもいいですかっ?』


 頭上から声をかけられた犬の一匹が、胡乱(うろん)な目を声の主に向けた。


『嬢ちゃん、相手に話しかけるときゃぁ目線を合わせるのが礼儀(マナー)だぜ』

『わっ、すみません! この街は不慣れで……失礼しましたっ』


 心音はその場に正座して目線の位置を下げると、再度彼らにお願いする。


『こんなぼくたちですが、いろいろとお話しが聞きたいですっ! いいですか?』

『……あぁ、俺たちも若い女が同席してくれるのは歓迎だ。代わり映えしない日常に華を添えてくれや』


 ハードボイルドさを醸し出す落ち着いた大型犬の彼に従い、心音たちは席に着く。


『しかしあんたら、見ねぇ顔だな。観光にでも来たのか?』


 心音たちが人間大のシルエットをしている以上、他国からの来訪者であるということは言わずもがなであろう。

 その上で、大型犬の彼は心音たちを商売などの目的で国に出入りしている者ではない突発性の入国者であると当たりをつけたと見える。


 余計なことを話さないよう、最も頭が回るエラーニュが返答する。


『はい、わたしたちは森人族の国から、知見を広げるためにやって来ました。異種族間の交流があるセイヴに住む皆さんの感覚は、次の世代へつながるものになるだろうとは、わたしたちの国では専らの噂なんです』


 決定的な嘘をつかずに、真実を混じえながらの印象操作。自分たちの種族を口にした訳では無いが、きっと彼らは創人族が来たなどという想像には繋げられないだろう。


『ほう、勉強熱心なことだ。その通り、この国は獣族の国でありながら、森人族、魔人族との交流がある。

 獣族自体、元々大雑把な括りだ。知恵を持ったヒト種以外の者が集って形成した社会がここセイヴの元だからな、姿形の違いなんてものは些末なことよ』

『懐が深い種族なんですねっ!』

『はっ、違いねぇ。いろんな奴がいて、それぞれが違った個性を持っている。俺たちゃあヒト種よりもそのことを理解(わか)ってるからな』


 大型犬の彼は器用にストローからコップの中身を吸い上げる。アルコールの匂いがするが、彼は飲んでも大丈夫なのだろうか?


『さて、自己紹介がまだだったな。俺の名はラドル、しがねぇ警備員さ。闇夜の中での仕事なもんで、この時間はいつもこいつらとここに居るのさ』

『オレはゴルド』

『ダクだ』

『ベリアという』


 彼らの紹介を受け、心音たちも遅れて名乗る。


『ぼくは心音って言いますっ』

『アーニエよ』

『エラーニュです』


 酒と共に並べられた見たことのない料理を念動力で口に運びながら、ラドルは三人に目をやる。


『仕事が始まる日没までは俺らも暇だ。さぁ、どんな話が聞きたい?』


 見た目の印象とは違い、見ず知らずの観光客に優しさを向けてくれるようだ。貴重な情報を聞けるかも知れないと、エラーニュが率先してラドルに質問を投げた。


『常識知らずな質問かもしれませんが、教えてください』

『誰しもが最初は無知だ。心配は無用』

『ありがとうございます。獣族と魔人族はかつて敵対していたと認識していますが、セイヴの街の様子を見るに魔人族とも友好的にやり取りしているようです。この国を囲む種族間の関係性は、どういった現状なのでしょうか?』


『そうだな。確かにかつては強く敵対していた。魔人族が作り出した〝魔物〟の存在は知っているだろう?』


『ええ。野生動物たちに魔法的な改竄(かいざん)を加えて人為的に作り出したもの、と認識しています』


『その通りだ、嬢ちゃん。そしてその対象は、かつて獣族にまで及んでいたと伝えれている。……というのも、昔のこと過ぎて確かな記録は残ってねぇのさ』


『そういった関係性が伝えられているだけに、現在のように街を魔人族が歩いている状況には驚きを覚えたんです』


『まあ、正直今でも禍根(かこん)が無いわけじゃねぇ。獣族を魔物化させていたなんてお伽噺(とぎばなし)は余所にしても、俺たち獣族の先祖とも言える野生の獣たちが今でも魔物化させられてんだ。でもよ、俺たちに直接的な危害がない以上、少なくとも今は友好的に交易してる魔人族に喧嘩吹っ掛けるわけにゃいかんだろう』


『落としどころとしては、表面上の友好国、といった辺りでしょうか』


『そんなところだ。俺たちゃ争いは好まねえ。互いの違いを認め、共に生きる道を探してきたのがセイヴの歴史さ』


 創人族の視点では、対戦国としての魔人族の顔しか知らなかった。強大な力を持ち、魔物を使役して戦禍を残してきた彼らが、他種族と対等に交易ができるとは思えなかったのだ。


 しかし、今確かに見た獣族の国セイヴの現状は、取引しうる種族であることを証明していた。


『それと……森人族とのつながりは嬢ちゃんらも知っているだろう?  〝守智の森〟からとれる森の恵みは俺らにとっても貴重だ。長い間良好な関係を築けているよ』

『はい、おかげでわたしたちも族長から許可証をもらうことができました』

『種族の違いなんざ、結局のところ俺たちゃそんな気にしないのさ。ただ、創人族だけは会ったことがある同族を見つける方が難しいかもな。一番厄介なものを抱えている種族にも思えるがな、そもそも地理上良くねぇ位置取りだ』


 思えば、事実とは違えど同盟関係にあると教わっていた創人族、森人族、獣族であるが、創人族内で他種族の国に行ってきた、だなんてことを聞いたことは滅多になかった。領地面積や国の数も多い創人族であるが、なぜ積極的に他種族との交流を行わなかったのかは疑問が残る。


『さて、この場にいて喋ってばかりなのももったいねぇ。一口どうだ、ここの酒場の名物だ』


 ラドルが眼前の大皿を前足で指し示す。湾曲した豆のような見た目の料理が皿の上でコロコロと身を光らせている。見たことのない料理であるが、せっかくの好意を無碍(むげ)にはできないと、心音たちは料理を口に運んだ。


『なんだか、初めて食べる食感です……?』

『気味が悪い食感ね』

『表面は固いですが、中身は案外柔らかいんですね』


 疑問符を浮かべる三人に、ラドルは片口を釣りあげた笑みを向ける。


『ふっ、なかなかいけるだろう。大蜜蜂の幼虫の揚げ物は栄養価も高いのさ』

『『幼虫!?』』

『虫食、ですか。なるほど、ある意味必然ですね……』


 驚嘆を見せる心音とアーニエの横で、エラーニュが納得顔で頷く。ラドルも観光客は初めてじゃないのか、ある程度反応は予想していたのだろう。したり顔で解説をしてくれる。


『嬢ちゃんたちの国じゃあ主な食事は穀物と肉野菜だろう。だが、獣族はそうやすやすと肉は喰えないのさ。なぜなら、それは同胞食いに等しいからだ』

『あ……そうですね。だからタンパク質を虫さんから摂ろうとしたわけですね!』

『タンパクシツ? それが何のことかは知らねぇが、虫を食べることは俺らにとっちゃあ当たり前なのさ』


 心音は故郷である地球でも、食糧問題の解決に虫食が一役買うだろうという記事を何度か見ていた。これだけ大きく種族が違えば、文化もやはり違ってくるのだろう。


『陽が落ちてきたな。そろそろお開きだ。それはそうと嬢ちゃんたちよぅ』


 ラドルたちは身を起こし、手荷物を背負い始める。背中越しに放たれたラドルの言葉は、やはり創人族の国とこの国の違いを痛感させることとなった。


『創人族であることを隠す必要はねえ。セイヴは何人(なんぴと)であろうと受け入れる。魔人族もここじゃ手出しはしねぇよ。……ふっ、俺らの鼻はごまかせねぇ』


 悠然とした足取りで酒場を去る大型犬たちからは、この国を象徴するような懐の深い風格を感じた。

 セイヴの住民の生の声を聞けたことは、確かな情報となった。今まで認識していた種族間の関係や特性は改めなければいけないようだと、心音たち三人は額を突き合わせた。


「ファイェスティアでも思ったことだけど、やっぱりあたしたちは偏った教育を受けさせられていたってことかしら?」

「えぇ、真意は分かりませんが、恐らく創人族の上層部にとって都合の良い偽りの関係性を作り上げていたのでしょう」

「教育が政治利用されること、ぼくのいた世界でも珍しいことではありませんでした」


 国を渡らなければ、決して分からなかった世界の姿。創人族の間で伝わる歪な関係性は、魔人族との戦争に終わりが見えないことと関係しているのだろうか。

 三人がヒソヒソと意見を交わしていると、背後から創人族の言語が飛んできた。声の主は、言わずもがな。


「やっと合流できたね。異文化交流もいいけど、気を遣っちゃって疲れるね」

「肉が食えねぇのは痛いぜ……。腹一杯食いたいのに、主食が虫なんだからな」


 シェルツとヴェレスも輪に加わり、パーティ五人が再集合した。日も暮れた頃合い、シェルツが今後の動きを提案する。


「これからだけど、まずは宿を探そうか。外も暗くなったし、活動再開は明日にしよう」

「そうですね。そうとなれば、五人分のお会計を済ませてきますね」


 シェルツと分割して管理しているパーティの資金を握りしめ、エラーニュがカウンターへ向かい……その足を止めた。仲間たちへ振り向いたエラーニュの表情は、珍らしく蒼白である。


「わたし史上最大の失敗です。ファイェスティアではもてなしてもらっていたため失念していました……」


 財布の中から硬貨を一枚取り出し、震える手でシェルツたちに見せる。


「わたしたち、この国で使える通貨を持っていません」

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマ評価も頂けて嬉しいです♪

少しボリューミーにお送りしました、次回もお楽しみ下さい♪

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