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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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第三楽章 獣族の国へ

 三番奏者は緑色。

 吹き抜く風は、木々揺らし

 引き合う力を結びゆく。

 奏でる風は、時代を越えて。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 季節感が麻痺するような、冷えた空気と広葉樹林。

 一騒動あって尚その広大な森林を囲む魔法回路の恩恵を感じながら、心音たちパーティ五人は守智の森を進む。森人族の族長からもらった緑色の宝石のおかげで、森人族ではない心音たちでも迷わずにこの森を歩くことができていた。

 とはいえ森自体は広大で、まっすぐ獣族の国の方角へ向かってはいるものの代わり映えのしない道中の景色に、五人の表情は退屈さを隠しきれていなかった。


「フーリィさんのお話しだと、そろそろ着きそうな気がしますけど……」


 しばらく続いていた静寂を、懐中時計に目を落とした心音が断ち切る。それに呼応するように、エラーニュが情報の再確認を行う。


「ファイェスティアから南西に直進し二時間の距離。フーリィさんからはそう伺っていましたが、森人族の脚力による感覚での二時間を真に受けてはいけないのでしょうね」

「森人族のみなさんの体力、すごかったですもんね……」


 木々を縫うように駆け抜ける森人族たちの進行速度は、創人族の比ではない。それを加味するのであれば、数倍の時間がかかることは覚悟しておくべきであろう。


 小さく、ため息。

 これから訪れることになる獣族の国についてファイェスティアで聞いた情報を、心音は脳内で反復させる。


 獣族たちが住む小さな国セイヴは、創人族の領地から見て〝守智の森〟を挟んだ反対側に位置する。

 〝虚無の領域〟の存在により迂回も許されないため、実質的に獣族の国との往来は不可能とすら言えた。

 それはつまり、創人族と獣族間の交流はこの千年間なされていなかったことを示している。


 そんな情勢下に創人族が獣族の国に訪れることは危険ではないのかと心音たちは危惧したが、セイヴに訪れたこともあるというフーリィ日く『きっとそれは杞憂に終わるよ』とのことであった。


 懐中時計の針は、出立から二時間分進んでいる。

 後どれくらい歩かなきゃいけないのか。

 先の見えない木々の海に辟易してきたところで、景色が突如一変する。


「うお、眩しい!」

「真っ白ですっ」

「雪ね、これ」

「それと、針葉樹林ですね。つまり……」

「〝守智の森〟から脱したみたいだね」


 ようやく、寒さと景色が一致した。しっとりとした雪を被った木々が広がり、足下では新雪が陽の光を反射させている。


 人の気配は感じない。しかし明確に景色が変わったことで、確実に歩みを進められていることの実感が湧いてくる。

 ゴールが見えない歩みを進めていた心音たちにとって、そのことは大きな安堵へとつながった。


 新雪を大きく沈ませ、心音が軽やかに雪上を走る。


「足跡を付けるのって、なんだか楽しい気分になりますっ」


 みなさんも早く早く! とはしゃぐ心音に感化され、冬の針葉樹林に五人分の足跡が踊るように印されていった。




 針葉樹林を抜ければ、整備された道が現れた。除雪がなされ、顔を覗かせている土が固められていることから、人や馬車の往来が多いことが推察できる。

 道が延びる先に視線を向ける。遠くに見える幾筋もの白煙は、多数の住民の営みを示しているとみて間違いないだろう。


「きっと、あれがセイヴだね」


 天頂を越えた日差しを右手で遮り眺めるシェルツの言に、皆同意を示す。

 そうなれば目的は明確である。一転して歩きやすくなった道に沿って、五人は新天地へ向け歩みを再開した。


 ほどなくして、道の真ん中に大きなテントが設置されているのが見える。

 テントの前には行列ができており、彼らの手には何かしらの紙が握られていた。


「関所ですね。シェルツさん、例の通行許可証を準備してください」

「森人族の族長に用意してもらったアレだね。もちろん手元にあるよ」


 シェルツは手提げ鞄に入っているそれを確かに確認する。

 旅のお供であった馬車は〝守智の森〟を挟んで向こう側にある森人族の集落に置きっ放しであるから、現在心音たちは心許ない物資のみでの移動中である。

 この関所を抜けられるかどうかは、獣族の国セイヴへ入国し必要物資を確保できるかどうかに響いてくる重要な事項なのだ。


 テント前の行列に加わり、先を見る。並んでいる者たちは、明らかに獣族であろう四足歩行の者たちの他、人型が多く見える。

 誰もが防寒着を着込んでおり、その全容はよく分からないが、ここに創人族が踏み入れる可能性がほぼ無いことを鑑みるに、その正体はあらかた目星がつく。


 森人族か、魔人族だ。


 心音たち自身も防寒着を着込んでいる。あえてここで創人族であることを主張するのは得策ではないだろうと、フードを被ったまま大人しく列が進むのを待つこととした。


 順番が回り、心音たちもテントの中へ促される。中には簡素な机が一つ。机には体毛の長い猿が席に着き、両端に大型犬が二匹控えている。

 猿に促され歩みを進めると、大型犬二匹が小さく吠えた。


『嗅ぎ慣れない匂いだ。あんたらどこのもんだ?』

『いろんな街の匂いが混じっている。遠くから来たな?』


「わっ、わんちゃんが喋りましたっ!」


 心音が思わず驚きを口から漏らす。実際に目にするのは初めてとは言え、世界の常識として獣族の存在を教育されたシェルツたちと違い、心音にとっては空想のできごとでしかない〝会話する動物〟に驚きと感動で目を白黒させた。

 そんな彼女の反応を見て、長毛の猿が体毛の奥に埋まった黒目を光らせる。


『その言語の響き、森人族でも魔人族でもない……創人族か? なんとまあ珍しい。しかし、誰であろうと通行許可証があればセイヴは受け入れよう』


 歯肉を見せ唸る大型犬に気を取られながらも、シェルツは森人族の族長からもらった通行許可証を提示する。長毛の猿はそれをまじまじと眺め、トンと大きな印を押すとシェルツに返した。


『確かに、有効な通行許可証だ。それに、森人族長権限で、創人族でありながら森人族と同じ待遇を受けられるよう記されている。今、許可印も押した。それがあればセイヴでは不自由しないだろう』


 唸っていた二匹の大型犬が大人しくなりその場に座る。長毛の猿に促され、心音たちは一礼してテントの出口に向かった。


 テントを抜ければ、その先に視界が開ける。

 活気を感じさせる家々の集合体。背の高い建物はほとんど見えないが、広大に広がるその建造物群は、たしかに国家の威厳を感じさせる。


 街の入り口の門は大きく開け放たれ、両端に控えている武装したゴリラは暇そうにしている。警備の役割は務めつつも、他国からの訪問者の街への出入り管理は関所が担っており、国内での移動に制限はかかっていないのだろう。


 森人族ともまた違う、全くの異文化。住民の姿形さえ創人族とは遠く離れたその都市に、少しの不安と溢れる期待を込めて、心音たちは新天地の門をくぐった。

いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマもいただけて、嬉しいです♪

第三楽章スタートです!

新たな文化との邂逅をお楽しみください♪

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