2-6 森に訪れた危機
フーリィの案内により無事ファイェスティアに帰り着き、族長へ〝重力魔法〟会得の報告をするため大樹を登る。報告と同時に、獣族の国との国境を越えるための許可証も受領する予定だ。
初回よりは先の見通しがついているためか気持ち楽に感じる長い螺旋階段を登り切り、フーリィの先導の下、族長の館へと足を踏み入れた。
執政室に入室し心音たちの顔を見るなり、族長は口の端を上げて優しく迎える。
『その様子だと、どうやら無事に目的は果たせたようだね』
『はい、案内も付けていただき、族長のお力添えあってのことです。なんとか、私たち全員が〝重力魔法〟を会得することができました』
『なんと、それは驚いた。大いなる意思が秘匿を望まれている魔法だ、一人認められれば御の字と思っていたが』
シェルツに合わせ、パーティの皆が頭を下げる。すると、『あの』とフーリィが少しおずおずとした様子で族長に話しかける。
『ちょっと言いづらいんだけど、実は森の中でみんなとはぐれちゃったの。だから、旅人さんたちは自分たちの力だけで泉の神殿まで辿り着いたんだ』
ガタ、と椅子の音。
『なんだって? 〝守智の森〟を案内人無しで歩き目的地へ辿り着くだなんて、聞いたことも無いぞ!』
思わず立ち上がり目を見開いた族長が、気迫すら感じる剣幕で心音たちに問いかける。
『いったいどうやって……詳しく教えてはくれないか?』
族長は応接用のソファに心音たちを促す。絶対の守りとも言える〝守智の森〟である。それが他種族に破られたとなれば一大事であろう。いらぬ邪推を与えぬよう、心音たちは森での出来事をありのまま伝えることにした。
森のヌシの暴走によるスタンピードでフーリィと分断されてしまったこと。
迷える森に捕らわれ、自分たちの居場所を見失ったこと。
そんな時に聞こえてきた呼び声と、身体に感じた異常。
そして思い出された吟遊詩人から聞いた詩。
泉の神殿に辿り着くまでの一連の出来事を聞き、族長は先程とは違った驚きを示す。
『その詩は、代々族長に口伝で伝わっているものだ。いつから伝わり始めたのかは知らなかったが、そうか、大いなる意思日く千年も前から……。その詩はどこで?』
『創人族の国で知り合った吟遊詩人から聞きました。本人もその意味までは紐解けなかったようですが、冒険者である私たちならその謎に迫れるのではないかと、託されました』
『詩人たちによって歌い継がれていた、そういうことなのだな.......』
迷える森で迷わぬよう、古代の魔法が失伝しないよう、大昔の人が詩にして残した知恵。それが時を超え聡明な冒険者たちを救ったことに、森人族の先祖たちの想いを族長はひしひしと感じた。
さて、と膝を叩き族長が立ち上がる。
『通行許可証を発行しよう。少しそのまま待ってて貰え――』
突如、執政室のドアが勢いよく開け放たれた。現れた森人族の男性は室内の心音たちと族長を確認すると、蒼白な顔から焦りを迸らせる。
『族長、大変です!! 森のヌシ様が暴れ回り、森を破壊して回っています!!』
『落ち着きたまえ、これまで何度もあったことだ。人員を割き、冷静に対処するんだ』
男性は青い顔のまま首を左右に振る。
『いいえ、これまでとは違うんです。守護の魔方陣を付与している、森の魔法回路を構成するご神木ですら、まるで守護が機能していないかのようになぎ倒されているのです!!』
『なに? いやそうか、そろそろ周期的には百年毎に迎える大暴走……いいや!!』
男性の焦りが族長に伝播したかのように、突如族長が声を荒げさせる。
『まさか、その時だというのか!? 千年前に大いなる意思が警告していたという、九回目を超えた後に訪れる飽和点――まずい、緊急事態だ!! 森人族総出で対応にあたるんだ!! これは〝守智の森〟ひいては森人族の存続の危機である!!』
伝令を受け、男性は慌てて走り去る。尋常ではない状況に、心音たちも状況の把握に努める。それを察したフーリィがかいつまんで説明してくれた。
『森のヌシ様はすっごくたくさんの魔力を生み出していて、それが森の魔法回路を維持しているの。でも、あまりにたくさん魔力を作りすぎるから、定期的に暴れて魔力を発散しなくちゃいけなくて。
それでも発散しきれなくて魔力はふくれていってたんだけど、いつか限界が来て森人族たちの力で抑えきれない暴走の時が来るって大いなる意思は警告していたの。
そして、前回が九回目、今回が言い伝えにある飽和点みたい!』
森人族たちを守っていた力の源が、今まさにその守りを破壊しつつある。もし今〝守智の森〟が破綻してしまえば、戦時下の今、国際情勢に与える影響力は決して無視できないであろう。
五人はそれぞれ顔を見合わせる。ここに居合わせたからには、黙って事態を見守っていることを選ぶような性格の者はここにいない。
『族長、フーリィさん、俺たちも協力します。できることがあれば何でも言ってください!』
族長は即答しかけて、口を噤む。自種族の問題に他種族を巻き込むことに、躊躇いを感じているのだろうか。
しかし、フーリィの『お父さん』という切な呼び声を聞いて、意を決したように族長は五人に返答する。
『創人族である君たちに頼むことではないのかもしれない。しかし、未曾有の非常事態なのだ、どうか力を貸してくれないだろうか』
『もちろんです。冒険者としての誇りを掛けて、全力で対処します!』
族長がフーリィに視線を投げる。それを受け額いたフーリィは五人を引き連れ執政室を後にする。具体的に何をすれば良いのかは、フーリィが教えてくれるのだろう。
屋外に出てその高い樹木の上から森を見下ろせば、土煙と共に木々がなぎ倒されていくのが見える。そしてその進む先には――。
『わー、どうしよう! このままじゃ街にぶつかっちゃう!』
ばっ、とフーリィは振り向き至極単純明快な指令を下す。
『ヌシ様の暴走を発散させるには、戦うのが一番! できることなら、すっごく固い皮膚に傷をつけて、たくさん血を流させるの。きっとすぐに回復しちゃうけど、繰り返すことでたくさんの魔力を消費させられるから!』
戦闘は冒険者の領分である。それを聞いた五人は己たちの力を奮うべく気持ちを高ぶらせる。
『はっ、分かりやすいじゃねぇか! それならオレの得意分野だぜ!』
『アレに傷を負わせるなら、かなりの強度の魔法が必要ね。腕が鳴るわ!」
『その場に引き留める手段も必要ですね。考えられるのは“光縛鎖〟や〝重力魔法〟に……』
『磨いてきた戦闘技術を発揮する時だね。出し惜しみは無しだよ!』
『ぼくが、皆さんを強化します! どんなにヌシ様が強くても、負けないように!」
頼もしさに、フーリィの瞳が潤む。そして再び下を見下ろし、軽く飛び跳ねストレッチするととんでもないことを言い放った。
『それじゃあ、飛び降りるよ! 付いてきて!』
『え、ちょっと! わああぁぁぁ――――
.............』
シェルツとヴェレスの腕を引いて、フーリィが駆け出す。勢いのまま中空に飛び出た三人は、重力の原理に従い自然落下していった。
遠くなっていく叫び声を見送りながら、残された女子三人は額を突き合わせて小会議を開く。
「これ、つまりアレよね」
「ええ、重力魔法を使え、ということでしょう」
「ぶっつけ本番でできるかは不安ですけど.......」
三人はにやりと笑い、手をつないで駆け出す。
「そん時はそん時よ! やっほーう!」
勢いよく始まった紐無しバンジー。風に髪を巻き上げられながら、三人は魔法のイメージを固める。
「大地が招く力の線よ」
「引き寄せ留め、引き離し」
「ふわりとみんなを包み込め!」
近づいていく地面。通常であれば衝突を覚悟するそれに向かう速度は大地の直前でふわりと緩み、三人は静かにそこへ降り立った。
着地してみれば、そこではシェルツとヴェレスが半ば放心状態で身をふらつかせていた。
『いいねぇ、みんな! さっそく重力魔法を使いこなしてるね!』
『当たり前、女は度胸よ! それよりも』
アーニエの視線の先を皆で追う。ヌシがこの街に辿り着くのはそう遠くなさそうだ。
アレを止めなければ、この街に未来はない。改めて気を引き締め、一行はヌシが迫る先へ向かった。
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森人族の国での物語はクライマックスへ……!
次回はボリューム増でお送りします♪