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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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2-5 迷える森の謎を越えて

 草木を掻き分け、声が聞こえる方へ歩みを進める。

 その声以外、不気味な程に音が聞こえない。先のスタンピードの影響で付近の生物が去ってしまったのか、ただ自分たちと草葉が擦れて発せられる音だけをBGMにひらすら歩く。


「声、大きくなってきたわね」

「ぼくもそう聞こえます。声の元に近づいてきた、ってことでいいんですよね?」


 おいで、こっちにおいで、と呼ぶ声がハッキリとしてくる。どういった存在が招いているのかは分からないが、邂逅の時はそう遠くはなさそうだ。


 五分ほど歩いただろうか。それほど暑くないのに額に滲む汗を拭いながら、エラーニュが声を絞り出す。


「みなさん、すみません。どうやら体力が落ちてしまったようで、少し休憩をいただきたいです.......」


 肩で息をするその様子からは、無理を押して歩いていたことが窺える。すると、思いもよらぬ人物がその提案に便乗する。


「情けねえが、オレも少し休みてぇ。そんなに遠くまで歩いてきてねぇと思うんだが」


 見れば、ヴェレスだけでなくシェルツとアーニエからも荒い呼気が漏れる。

 一人平気そうな顔をしている心音が、彼らの様子に驚きを見せる。


「わ、みなさん大丈夫ですか!? 何者かの魔法攻撃ですか!? 毒ですか!?」

「何であんただけケロッとしてるのよ.......って、その魔力光〝身体強化〟を発現させてるわね? しかも結構な強度で」

「えへへ、バレちゃいました。.......あれ、気が付かないうちに強度を上げちゃってたみたいです」


 自身から滲む魔力光に気が付き、心音は一旦〝身体強化〟を解除する。途端、心音の感覚に変化が訪れた。


「わわっ、身体がすごく重いです! 全身に重りをつけられてるような.......」

「なるほど、わたしたちは〝身体強化〟を施していなかったので、徐々に重くなる身体に気がつけなかったわけですね」

「何よそれ、〝重力魔法〟でもかけられてるって言うの? 最悪よもう、行けども行けども先は見えないし!」


 心音の反応を見たエラーニュの考察に、アーニエが悪態をつく。

 〝守智の森〟の魔法回路の影響なのか、何者かの攻撃なのか。いずれにせよ、このままでは体力が奪われる一方である。


 空気までもが重くのしかかり沈黙が流れる中、心音は先のアーニエの悪態に引っ掛かりを覚える。


「先が見えない.......森の深く.......」


 その呟きに、エラーニュがハッとして記憶を紡ぐ。


「惑え迷えど先見えぬ、歌声響く深い森」


 心音とエラーニュの視線が交わる。


「天が叫べば地に潜み、胸に響けば背に進め」

「導き避けて逃げた先、我らの母が問いかけよう」

「其が(いにしえ)の、始祖たる知恵なり」


 交互に紡いだ(うた)。いつか聴いたその詩は.......


「マンリーコさんの歌! もしかしてここの事を歌っていたのでしょうか?」

「かもしれません。少し、考えさせてください」


 深い呼吸を繰り返しながら、エラーニュは頭を回す。少しして、まとまった考えを皆に伝え始めた。


「断片的ですが、〝迷えど先見えぬ森〟と言うのは、別名〝迷いの森〟とも呼ばれるここ〝守智の森〟のことでしょう。

 〝歌声響く〟というのは、コトさんの演奏が役割を果たしたのかもしれません。実際、演奏の後から声は聞こえ始めました。

 〝導き避けて逃げた先〟とありますが、導きは今も聞こえるこの声のことではないでしょうか。〝天が叫べば地に潜み、胸に響けば背に進め〟とあるように、つまりこの呼び声に反して進まなくてはならないと考えられませんか?」


 マンリーコが旅の中で聞いたというこの詩。それを今の状況に当てはめるのならば、そう考えるのが妥当であろう。


「今はそれに賭けるしかないね。ここまで来たのなら、あとはできる限りを尽くそう」


 座り込んでいた五人は立ち上がる。ハッキリと呼び声が聞こえるくらいまで近づいていたそれに背を向け、詩に従い迷える森の中足を進め始めた。


♪ ♪ ♪


 声を背にして進むほど、身体を押し潰していた重圧は軽くなっていった。

 声が聞こえる方向は次第に変化し、それに逆行すればするほど不思議と声は大きくなった。

 空から声が降ってきた時には大地に伏せ、大地から声が響いた時には木に登った。いずれも、そうしなければ後にそこで生じた大きな力のうねりに巻き込まれていただろうと、心音たちは待避先で冷や汗を流した。


 導きに逆行し、声から逃げ続ける。

 時の感覚が麻痺するほどの逃避行の先、ようやく視界を埋めつくしていた木々が拓ける――


「これは、神殿.......?」

「泉の真ん中に建物が建ってます!」


 大自然の中現れた明らかな人工物に、心音たちは足を止める。

 透明度の高い泉には蓮の花が揺蕩(たゆた)い、その中央に(そび)える白磁色の神殿は、まるで異界のような存在感を放っていた。


 一歩、心音が前へ踏み出す。

 声はまだ背中に打ちつけれている。導きの声は、神殿まで逃げ続けろと示しているのか。


 蓮に紛れて飛び出た石柱を橋代わりに、五人は泉を渡り神殿へ足を踏み入れた。


 

 窓から差し込む光で思いの外明るい神殿内。そう大きくはないその中心部には、透明に澄んだ大きな水晶玉が祀られていた。


「あからさまに何かありそうね」

「森人族が信仰する天使か何かなのかな?」


 警戒色の強いアーニエと当たりを調べるシェルツに対し、心音はどこか上の空で立ち尽くしている。


「コトさん、どうかしましたか?」

「あの水晶玉、精霊(ルフ)さんの匂いがします」

「待ってください、迂闊に近寄らない方が――」


 ふらりと。エラーニュの制止も耳に入らなかったのか、心音は水晶玉に近づく。


 突然。


 水晶玉から目映い無色の光が放たれ、心音たちの視界を埋め尽くした。

 水晶玉を中心とした激しい魔素の奔流が収束すると、次第に収まる光の中から半透明の影が現れる。不定形なその影は創人族の成人ほどの大きさに収まり、心音たちを観察するようにその場で揺らめいた。


 誰も驚きの声すら発しない。明らかに異質で未知のそれを前に、声を出す隙を見せることすら(はばか)られたからだ。

 緊張感が張り詰めたままじっとすること十数秒、その影から対内念話のような意思が伝わってきた。


『創人族の子らか。この頃はよくここへ来るのぅ。(とお)あまり一つ前の冬にも言の葉を交えたばかりだ』


 妙齢の女性の声で伝わったそれに、シェルツたち四人は驚き辺りを見渡す。


「これは!? みんなも聞こえる!?」

「ええ、まるで〝対内念話〟です」

「周りには誰もいねぇぞ!」

「なによ、それじゃあこの声の発生源は.......」


 人型に揺れる半透明の靄に視線を向ける。そのすぐ前では心音がじっとそれを見つめていた。


『あなたは、精霊(ルフ)さんですね?』

『ほぅ、この意思を精霊と断言するか。.......人の子、よく見れば数多の精霊をその身に住まわせておるな。しかし――』


 半透明な姿が色づき、緑色の長髪とドレスが印象的な女性の姿が浮かび上がった。


『〝創られし者〟特有の悲壮感を感じぬ。興味が湧いたぞ。この意思にそなたのことを聞かせたもう』


 きっとこの存在こそが大精霊(ルフ・アジマ)なのだろう、嘘やはぐらかしはしてはいけないと直感で悟る。

 その美しい姿に息を呑みながら、心は自身の出自を伝え始めた。


『ぼくは、違う世界からやってきました。魔法もなくて、精霊さんもいない世界です。だから、ぼくにはこの世界の人が当たり前に持っている彩臓が無くて、魔力が作れません。そのせいか、ぼくの身体は精霊さんたちにとって過ごしやすいみたいです』

『違う世界、のう。可能性は限りなく低いが、有り得ない話ではない、か』


 大精霊は品定めするように心音を見る。なんだか全てを見透かされているような気分になり、心音は身を縮こまらせた。


『さて、ここに来たということは目的は一つしかないじゃろう? 早う創人族の子らをここに連れてきた経緯(いきさつ)を.......ふむ?」


 首を傾げ大精霊が辺りを見渡す。


『森人族の案内人はどこじゃ? 大精霊の前で姿を見せぬとは失礼であろう』


 機康を損ねたように声を低くした大精霊に対し、心音が慌てて説明する。


『案内してくれていた森人族の人とは途中ではぐれてしまいましてっ。ぼくたちだけでなんとか森から抜けようとしていたら、ここに辿り着きました!』

『なんじゃと.......? 森人族でなければ決して脱することのできない魔法回路を敷かせているはずなんじゃが.......。如何様にしてここまで迫り着いた、申せ』


 あたりの精霊が怯えたように明滅する。よからぬ空気感を肌で感じながら、心音は偽り無く答える。


(うた)を、思い出したんです。創人族の国で聴いた、旅の吟遊詩人の謎かけを』


 心音はマンリーコから聴いた詩を詠う。この森に来なくては決して解けなかった、その謎かけを。

 張り詰めた空気が薄れる。大精霊は遠くを見るように目を細めると、そうか、と小さくこぼした。


『その詩は、千年(千七百年)前に森人族の詩人が歌ったものでな。まさか今でも伝わっているとは思わなかったが.......』


 瞑目し、ゆっくりと瞳を開く。


『なんにせよ、よくぞその謎を解き明かした。そうであるのならば、そなたらにも十分に資格は認められよう』


『資格.......ですか?』

『其が古の、始祖たる知恵なり……。古代の魔法の知識、ですね』


 エラーニュの言葉に大精霊が頷く。そしてその美術品のような指で水晶玉に触れると、泉を囲むように帯状の魔法回路が出現した。


『これはそなたらと、この意思の意識をつなぐ魔法回路じゃ。〝重力魔法〟の概念は、この意思の中にある。ほれ、近うよれ』


 大精霊に促され、水晶を囲むように集まる。


『さて、〝重力魔法〟を伝える前に、そなたらの本質を覗かせてもらうぞ』


 途端、五人の中で走馬燈のように記憶が駆け巡る。生まれたままの姿を覗かれたような羞恥すら感じる数秒間、その後に大精霊は一言。


『.......そうか、そなたらは間違ってはおらぬぞ』


 それだけを言うと、大精霊は心音たちに向けて手を広げる。


『これからこの意思の知恵をそなたらに授けよう。子によっては意識を手放す者もおる、楽な姿勢で床に座せ』


 指示に従い五人は白磁色の床に座る。


 大精霊が再び水晶玉に手をかざし魔法回路を発現させると、先程とは逆に大精霊の意識が心音たちの中に流れ込んできた。


 文字や言葉とも違う、感覚としての意識の流入。

 心音だけは〝音響魔法〟会得の際に体験していた例え難い感覚。平衡感覚を見失うようなそれに襲われ、ある者は俯き、ある者は手を付き身体を支える。


 光が収まり、ゆっくりと現実が帰ってくる。

 感覚が教えてくれる。あぁ、〝重力魔法〟は――万物の引力に干渉する魔法というのはこういう物か、と。


 皆が立ち上がる中、大精霊の正面に居た心音が礼を述べる。


『大精霊さん、ありがとうございます! なんだか、一歩目標に近づいた気がしますっ!』

『そうじゃの、きっとそうであるのだろう』


 花が咲いたような笑顔を、大精霊はじっと見つめる。

 心音の笑顔が疑問符に移行しそうになった頃、大精霊は決然とした意識を心音に伝える。


『そなた、名をなんという?』

『えっと、心音加撫です』

『そうか。精霊たちの輝きには、きっと意味があるのだろう。コトよ、この意思の一部を、そなたに預けよう。この意思の力が必要な時は、〝想い〟を伝えるが良い』

『え、大精霊さんがぼくに付いて来るって事ですか!?』


 思いもしなかった提案に驚きの声を漏らす。

 大精霊はそれに頷き肯定すると、手のひらから光球を生み出し心音の胸の中へ移動させた。


『この意思のことを、森人族たちは〝守智の風(ヴェデン)〟と呼ぶ。コトも好きに呼ぶと良い』


 緑を纏った女性の影は風に変わり辺りへ溶け込んでいった。




 神殿を後にし外へ出ると、一人分の声なのに賑やかに感じるそれが五人を出迎えた。


『みんなぁ〜! 無事でよかったよぅ〜。ずっと探してたんだからね!』

『フーリィさん!』


 涙で顔を濡らし、覚束(おぼつか)無い足取りで駆け寄ってくる。案内を買ってでた客人を脱出不可能とすら言える森で見失ってしまったのだ、強く責任を感じていたのだろう。


 涙を拭い、あらためて心音たちが神殿から出てきたことに思い至ると、フーリィは疑問を驚きに乗せて放つ。


『もしかしてみんな、わーの案内無しでここまで辿り着いたの!? どうしてどうやって!?』


 ファイェスティアまでの帰り道は、フーリィからの質問攻めに彩られた。

 迷える森で得た新たな魔法、大精霊(ルフ・アジマ)との出会い。大精霊ヴェデンが何故心音に付いて来ると言ったのかはハッキリとしないが、その事がきっと自身が前へ進むヒントになる気がして、心音は胸の中に生まれた新たな存在の温もりを感じていた。


いつもお読みいただきありがとうございます!

ブクマに評価に感想に……とても嬉しいです♪

一年半越し? の伏線を回収し、そして先へ先へ……。

もう少し続く森人族の国での物語をお楽しみください♪

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