2-2 族長へのお願い
『会ってくれるってさ! はるばる遠くからやってきた人を追い返すわけにはいかないって。それに、ティネルと、わー、二人がここまで連れてきて良いと判断したんだから、安心だって言ってたよ!』
戻ってくるなり、フーリィが明るい笑顔を振りまく。娘がそうであるように、父親である族長も外との交流には積極的であるらしい。
十分に休めた身体を椅子から起こし、五人はフーリィに促されるまま族長の屋敷へ足を向けた。
屋敷の入り口が近づき、心音がふと気付く。
『あれ、警備の人とかいないんですか?』
屋敷には門番がおらず、無防備とすら言える様子であった。
『んー、だって、余所からのお客さんなんて滅多にこないし、そもそも案内がなければここまでこれないし、わざわざ人を配置することもないかなー』
『えっと、同じ種族の人には全く警戒は必要ないんですか.......?』
『ふふふ、何言ってるの〜! 森人族はみんな仲良しなんだから、そんなの当たり前じゃん!』
創人族の国々では考えられない文化に、五人は驚きと共に考えさせられる。
同じ種族として、それ以前に生物として、仲間内で敵対する状況というのは本来望ましくないものなのだろう。同種同士の競争はあって然るべきとしても、生命を脅かす領域で敵対し警戒し合うなど、よくよく考えればナンセンスとすら言える。
創人族の内では往々にしてそういった敵対関係や犯罪が蔓延っていただけに、風通しの良い森人族の関係に少し羨ましさすら覚えた。
特に誰に呼び止められることもなく、二階建ての屋敷の二階、最奥部の扉に辿り着く。フーリィが大きくノックし、室内へ呼びかける。
『お父さーん! さっき話した創人族の人たち連れてきたよ!』
『.......入りなさい』
返答を受け、扉を開いて入室する。一人で居るには広さのあるそこは木調の暖かみがあり、多数の書類がまとめられていた。
その中央奥で木製の大きな椅子に腰掛けているのが族長であろう。白髪混じりの薄金色の髪と髭は長く伸び、森人族の特徴である長い耳がそこから飛び出ている。表情は引き締まり、落ち着いた風貌は威厳を感じさせた。
元気よく心音たちを先導して目の前まで歩いてきたフーリィを見て、族長は髭を撫でる。
『フーリィ、仕事中にお父さんと呼ぶのは止めなさいといつも言っているだろう』
『ふふふ、ごめんなさい、族長。この人たちが、話してた創人族だよ!』
紹介を受け、シェルツが代表して前に出る。
『ハープス王国からの旅の途中立ち寄らせて頂きました、冒険者のシェルツ・ヴァイシャフトと言います。私の隣から、コト、アーニエ、エラーニュ、ヴェレスの五人で旅をしています』
『ふむ、ハープス王国から遠くここまで。それは大変な旅路であったろう。話は聞いている、ラネグの紹介であろう?』
『はい、ラネグ将軍にはアディア王国でお世話になりまして、私たちが旅してきた目的の助けになるだろう、と紹介していただいたのです』
『.......それが本題、であるな。よもや観光だけが目的でここまで来る物好きなどおらぬだろう。なに、騒ぎ立てはしない。話してみなされ』
シワのある目元からはどこか見通されているようなものを感じる。
異種族――森人族の頂点に君臨する族長には真実を話すべきだろう。その見返りはきっと大きいはずだ。
『私たちの旅の目的は二つあります。一つは、冒険者ギルドハープス王国本部からの指名依頼です。近年、創人族の国々では魔人族の活動が活発化しており――』
シェルツは出来事を整理しながら、魔人族の驚異を伝える。世界の平和のためにも、情報を提供して欲しい、とも。
族長は目を瞑り少し考えると、ゆっくりと言葉を返した。
『魔人族と森人族は、不可侵の条約を結んでいる。互いに干渉せず、不利益を与えず、だ。であるから、我々から魔人族に関する情報を与えるわけにはいかないが.......』
一瞬言葉が止まり、一呼吸の後族長は続けた。
『獣族の国に行けば分かることも多いだろう。獣族と森人族は交流があり、また獣族と魔人族も交流がある。この国から獣族の国に渡れば、真の現状を得ることもできよう。国を越えられるよう手配しよう』
『ありがとうございます。私たちにとって大きな前進となります』
今まで認識していた種族間の関係性の認識がずれているかもしれないと判明した今、より魔人族と近いところで実情を体感できることはこの上ない情報になるだろう。
『本来であればこういった措置をとることも褒められたものでは無いが、フーリィが認めた者たちだ。長く旅をしてきた君たちの苦労を立てての譲歩でもあるから、あまりこのことは吹聴しないようにね』
『もちろんです。その恩義に背くようなことは致しません』
魔人族の動向を調査する遠征。その目的を鑑みれば、今得られた情報だけでもここに来た意味は果たされたと言えよう。しかし、心音にはもう一つ大きな目的がある。意を決して、心音は一歩前に出る。
『あの、お願いがありますっ! ぼくに〝重力魔法〟の概念を会得させてもらえないでしょうか!』
突然の願いに族長は驚きを露わにするが、それはその内容だけがそうさせたのではない。
『……なぜ教えて欲しい、ではなく〝概念の会得〟という表現をしたのかな?」
『わ、えっと、そうですよね、概念の会得に関してはきっと秘匿事項ですよね……。誰かから聞き出したとかじゃないんです。実はぼくも一つ古代の魔法を使うことができて……』
心音から淡い桜色の光が漏れ出す。呼応して、部屋の四方から狩りで使う角笛の音が鳴り響いた。
『音を司る魔法か? なるほど、創人族が保有する概念だな。それで、どうして重力魔法の概念を欲する?』
『本来、簡単に外に出してはいけないものだとは思います。なので、ぼくも抱えている事情を正直にお話します』
心音はパーティの皆にしか話していなかったことを、異なる世界から来たことも含め、族長に説明する。古代の魔法の知識を欲する理由を説明するためには避けられないことであったからだ。
話を聞き終えた放長は、難しい表情で唸る。
『にわかには信じ難いが……普段よりざわついているファイェスティアの精霊たちがその話を裏付けているとも言える、か』
心音たちの後ろでは、フーリィが『すごいこと聞いちゃったぁ』と両手で口を覆っている。
族長はこめかみを指で押さえ考え込みながら、まとめた思考を投げかける。
『あー、大方この国に概念が存在することはラネグにでも聞いたのだろう? 彼に与えているのだから、今君に対してそれを否定する理由を作るのも難いか。しかし』
族長が覆っていた手を離し、心音を見据える。心音の周りには精霊がキラキラと漂っている。
『〝重力魔法〟を会得するには、〝守智の森〟を司る〝大いなる意思〟に認められなくてはならない。それに関しては、私は保証できないよ』
それと、と族長は付け加える。
『ラネグはこの国に剣術を残していってくれた。君たちはいったい何を残してくれる?』
やはり、タダで秘術を得ようなどとは甘過ぎるであろう。心音は皆を見渡す。パーティメンバーそれぞれと視線を交わすに、どうやら皆一つの答えに至っているようだ。そう、この都市での生活の中で、自ずと与えられるものは導き出されていたのだ。
心音は大きく息を吸い、返答した。
『ぼくたちは、魔法の技術を残しますっ!』
いつもお読みいただきありがとうございます!
コロナ禍ではありますが、徐々にリアルの仕事も増えてきて同時に繁忙期へ……。
ですがストックはしっかり貯めているので、連載は続けていきます!
今後もよろしくお願いします♪