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精霊《ルフ》と奏でるコンチェルティーノ  作者: 音虫
第四幕 精霊と奏でるカルテット 〜重なる音色は心を繋ぎ〜
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1ー5 落とされたこの世界

『創人族の魔法って便利だね。特に大きな獲物を狩る時は!』


 篝火の明かりの中、並ぶ料理をその手に持つ皿に取り分けながらフーリィが言う。

 あの合図の後、獲物に急行した心音たちは記録的な体躯を誇るイノシシと対峙し、弓矢を放つ森人族たちとの協力の下、魔法を用いて制圧に成功したのだ。

 ちょっとした小屋ほどの大きさを誇るそれを都市まで持って帰るのにも苦労したが、森人族の狩人全員に心音が〝他者強化〟をかけたことで、驚くほどラクに運搬できたと(いた)く感謝された。


『あたしたちだっていっぱしの冒険者よ。森での効率的な狩りならここの人たちには負けるけど、あたしたちの戦い方だって通じない道理はないわ!』


 お行儀悪くフォークで突き刺したイノシシの肉をビシッと突き出し、アーニエは胸を張る。

 滅多に見ない大物を狩猟した記念の宴。その実保存の効きにくい肉を一気に消費してしまおうと開かれた宴ではあるが、いずれにせよ辺りは無礼講のどんちゃん騒ぎである。そんな中であるから、アーニエの行儀の悪さも許されてしまうといったものだ。


 宴の最中(さなか)、パーティ皆がまとまっているわけではなく、シェルツとエラーニュは情報収集をするといって単独行動中である。ヴェレスに至っては森人族の力自慢たちと腕相撲中だ。


 フーリィと行動を共にしている心音とアーニエも何も考えずに飲食しているわけではなく、仲良くなりつつあるフーリィからさりげなく情報を得られないか機を伺っているところである。

 そんなことは露も知らず、フーリィは心音たちに興味をぶつける。


『創人族って魔力量は森人族より少ないのに、どうしてそんなに強度の高い魔法をたくさん使えるの? なにかコツとかあるの?』

『魔法って、魔力という(エネルギー)を熱とか衝撃みたいな他の(エネルギー)に変換するものって考え方が基本にあるのよ。魔法を発現する時にそういった考え方や、起こす現象に応じた理論を理解してるのとしてないのとじゃ、結果は雲泥の差なのよ』

『魔法ってなんとなくで使うものじゃないんだ!』

『.......あたしたちからすれば、なんとなくであのくらい魔法を使えちゃう森人族の方がすごいというか、うらやましく思うけどね』


 心音はふと、起源派の騒動を思い出した。

 彼らの主張は彩臓をもたない原初の人類のみがこの世界の人類であるべし、との事であったと思うが、その主張を古生物学者のカル・オロジーが主導していたことからも、この世界の人類の進化の系譜は魔力を持たないところからスタートしているというのは有力な説なのであろう。

 その流れで考えると魔力をより多く生み出せるというのは進化の結果であり、魔力の生産量が少ない創人族は不利な状態の中、創意工夫で生き残ってきたのだということが窺える。

 それだけの種族差がある事を理解しつつ、それでもこの国に来てから実感した感覚を心音は質問として投げる。


『種族の違いがあることはここまでの旅で分かったんですけど、少なくとも森人族のみなさんは、心の中身はぼくたちと同じように感じます! もしかしたら魔人族もそうだったりしないのかなって.......どうして仲良くできないんでしょう?』


 フーリィは一瞬きょとんと瞳を丸めるも、すぐに優しく表情を和らげて心音に答える。


『そうだね、わーは何度か魔人族の人に会ったことがあるけど、やっぱりわーたちと同じ。色んな性格の人がいて、一括りにできるものじゃないと思うの』


 でもね、とワンクッション置いてフーリィは続ける。


『それでも、仲良くしたくてもできないのが戦争だと思うの。キミたちは創人族に伝わる伝承しか知らないと思うけど、せっかくこの国にきたんだから、わーたち森人族に伝わる伝承を話そっか』


 フーリィは食器を長机に置き、人差し指を立てて語り始めた。


『今から千年前、世界中を巻き込んだ大きな大戦があったのは知ってるよね。その発端は、創人族と魔人族の領地争いだった、って言われてるの。

 やったやり返したを繰り返すうちに引っ込みがつかなくなって、他種族の国にまで拠点を置いて争うとするものだから、森人族も獣族もたまったものじゃないよね!』


 まったくのとばっちりだと言いたげにフーリィは腰に手を当てる。


『でね、戦争が大きくなって、魔人族は大規模な魔法をたくさん使って各地で災害って言っていいくらいの被害を残したの。でもそれは創人族の治める領地内だけで、森人族や獣族に実害はなかったんだ。

 ところが創人族の陣営に〝五精英雄〟って呼ばれる人たちが現れてからは状況が変わって、戦争がより激しくなって、森人族や獣族の国にまで争いが及んだの。

 魔人族は強力になった創人族に対抗するために獣たちに手を加えて〝魔物〟を生み出したり、その過程で獣族も犠牲になったり.......。

 最終的には〝五精英雄〟が従えてた大精霊(ルフ・アジマ)が言う事を聞かなくなって、戦場中に魔素をばらまいたの。それに当てられた両軍は戦いを続けられなくなって、その間に百年かけて砦が生まれてそのまま今に至る.......みたいだよ』


 フーリィの話の大筋は、創人族で伝わるものと同じである。しかし、細かな差異に引っ掛かりを覚えたアーニエが質問を投げかける。


『あたしらが知ってる話だと魔人族がなりふり構わず世界中に危害を加えたから、魔人族以外の種族が同盟を組んで対抗したって伝わってたわ。でも、今の話を聞くに創人族が〝五精英雄〟を戦場に投入したことで森人族と獣族に危害が及んだみたいな話じゃない?』

『んー、わーが聞いた話だとその通りなんだよね。やっぱり、自種族には自分たちが都合のいいように伝わってることもあるから、中立種族である森人族の話が真実に近い気がするけど』


 心音が身を乗り出し、疑問を重ねる。


『でも、森人族も獣族も、今でも魔人族に対抗するために創人族と協力してるんですよね?』

『んーん? 同盟を結んだのは大戦が終わる直前の少しの間だけだよ。その後はずーっと中立』

『どういうこと? 世界中を手中に収めようとする魔人族に対抗するために、魔人族以外の種族は同盟を組んでいるって、あたしたちは教わったんだけど』

『それは事実が湾曲しちゃってるね。だって森人族の実情はわーが言った通りだもん』


 事実の相違が生じる。ほとんど交流がない種族とはいえ、流石に千年規模でその情報が共有されていないのは普通ではない。とすれば.......


『情報統制.......? 創人族の人達はウソを教えられてるってことですか?』


 心音が小さく呟いた仮説を、アーニエはにわかに信じられない心地で反芻する。


 創人族の国から出ていなければ、決して知ることのなかった事実。どちらにも加担しない中立の立場からこそ得られた事実に、先入観の少ない心音はある程度整理出来たようであるが、創人族の国で育ったアーニエはこんがらがる思考をまとめるのにいっぱいいっぱいである。


『創人族連合の思惑は分かんないけど、森人族はもうおっきな戦争は起こしたくないって気持ちだよ。創人族も魔人族もわーたちの案内がなければ森は抜けられないし、強引に抜けようとして森人族を敵に回しても、獰猛な生き物たちがいる森の中を抜けられる機会を永遠に失っちゃうわけだし、わーたちが中立でいることで少なくとも戦いは抑えられてるのかなって思うの』


 森人族の人々の人当たりや生活を見るに、平和を望む思いはフーリィだけでなく種族の総意であるように感じる。


 戦争ってなんなのだろうか。

 平和と言うのはかくも難しいものか。


 千年続くそれに対する疑問が膨らむのを、胸の苦しみと共に心音は噛み締めた。



♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪



 熱を帯びた頭を冷やそうと、心音は一人宴の喧騒から離れ冬の風を感じる。


 地球でも人種による争いごとは少なくなかったと学んできたが、それでも近年では差別偏見を無くし平和へと着実に進んでいたと思う。


 種族の違いで千年もの間の争い。

 なぜそんなに長くの間、落とし込めるところがなかったのかと、心音は考えても考えても分からなかった。


 魔力の、魔法の存在が影響しているのだろうか。

 個々人が大きな力を持つと、やはり力で解決したくなるのだろうか。


 白いため息が天に昇り霧散する。


 木々は不思議と青々しいが、やはり冬の空気は冷える。

 かじかんできた手を温めようと寄り合わせると、それに合わせて温かな木製コップが心音の手の甲に当てられた。


「こんなところでどうしたの? 疲れちゃった?」

「あ.......シェルツさん」


 左隣を見上げれば、スラリとしたブロンド髪が北風に揺れていた。

 シェルツは温かいスープを心音に手渡し、隣に立って天を見上げる。

 釣られて心音も夜空を仰ぎ見れば、冬の澄んだ空気を透過して数多の星々が煌めいていた。


「どうして浮かない顔をしているのか、なんとなく俺も分かるかな。ヴェアンに居たままじゃ絶対に分からなかっただろうことが、どんどん飛び込んできてさ。色々考えちゃうよね」


 どうやらシェルツも単独で情報収集する中で何かを掴んだらしい。元々この世界のものではない心音よりも、その事実はより重くのしかかっているのではなかろうか。

 しかし、そんな様子はおくびにも出さず、シェルツは星空を指さした。


「ほら、見てごらん。星って一定の周期で同じように廻っているんだ。星それぞれ明るさや色が違うでしょ? それで見分けるんだ」

「ふふ、知ってます。ぼくの故郷にも、星同士を結びつけて、何かに見立てて星座と呼んでいました!」

「へぇ、例えばどんなのがあるの?」

「えっと、えへへ、ほとんど知らないんですけど、覚えてる冬の星座はオリオン座でしょうか。神話の登場人物を当てはめたりしてたみたいです! 後はこぐま座なんて可愛い星座もあるんですよっ」

「面白い文化だね。俺も星についてはそんなに詳しくないけれど、冒険者なら絶対に覚えている星があるんだ。〝導きの星〟って言ってね、ほら」


 シェルツがかがみ、心音の頬の横に顔を寄せると天を指差す。

 シェルツの熱を仄かに感じながらその先に目をやると、一際大きく輝く星が確認できた。


「わぁ、すっごく明るい星がありますね!」

「あの〝導きの星〟は、一年中あの位置にあるんだ。道に迷った冒険者も、あの星を見つければ方角が分かるんだ」

「親切なお星様ですね! なんだか、ぼくの故郷にも似た星が――――」


 鼓動が速なる。

 そんなはずは無いと思ってたのに、気がついてしまった。

 だってあの星は――――


北極星(ポラリス)、こぐま座.......。それにあれはオリオン座.......?」


 違う世界、決して地球ではありえない世界。

 それなのに、どうして星の並びが一致しているのか。

 それどころか、時代と共に移る北極星の位置も、心音が知るそれと一致していた。


 ここは違う世界では無いのか?

 地球上のどこか知らない土地だとでもいうのか?

 いいや、その可能性は既に否定しきっているはずだ。

 別の時代の地球? 遥か未来や過去.......。

 それも有り得ない。北極星の位置が同じだからだ。

 それなら、今自分が立っているこの場所は.......。


「コト.......コト!」


 シェルツの呼び声にハッとして意識を取り戻す。どうやら呆然としていたようだ。


「やっぱり人が多くて疲れちゃったかな? 今日はもう休もうか」


 優しく手を引くシェルツに連れられ、星空の下から去る。

 まだ考えがまとまらない。しかし、このことが自分が陥っている状況を解決する大きな気づきになる気がして、心音は胸をぎゅっと抱きしめた。


いつもお読み頂きありがとうございます!

ブクマも頂けて、嬉しいです♪

ひとつ、大きな楔を打った回になります。

謎は回収していきますので、今後もお楽しみください!

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