1ー4 森の狩り体験
武器庫に向かえば、そこでは十六人の森人族が弓の様子を確かめていた。彼らの内の一人が、やってきたフーリィたちに気が付き声を掛ける。
『おや、フーリィちゃん、今日は狩りの割り当てじゃないだろ?』
『ふふふ、そうなんだけど、お客さんたちに狩りの体験をしてもらおうかなって!』
『ほう、ラネグの時を思い出すな。フーリィちゃん、狩り場は近郊に留めておくんだよ』
『大丈夫大丈夫! 危険な区域までは行かないからさ!』
会話を終え、フーリィが弓を取り出し軽く整備する。その間に森人族の男性が心音たちの装いを見て、方眉を上げつつ助言する。
『大きな武器は〝守智の森〟では扱いづらいと思うよ。まぁ、論ずるより体感せよ、か』
シェルツの長剣とヴェレスのハルバードは確かに目立つ。障害物の多い森では扱いづらいだろうが、そのことは覚悟の上である。
フーリィが戻ってきたのを見計らい、十六人の森人族たちは四人一班に別れて散開した。いよいよ狩りの始まりだ。
『わーたちも行こっか! 大丈夫、危なくない場所での体験だから! あ、でも迷子にならないようについてきてね!』
〝守智の森〟で案内役を見失うことの危険性はティネルから言い聞かせられている。観光の一環とは言え、自らを守るため気持ちを律して心音たちは森へ足を踏み入れた。
『すごい、もうみんな見えなくなった 』
先発した四班の面々が木々の上を縫うように駆け抜け、あっという間に視界から消えてしまった。思わず零れたシェルツの言に、心音たちも同意を示すばかりである。
『みんなちっちゃい頃からこの森と共に成長してきたからね。わーたちの庭みたいなものだよ!』
フーリィもきっとあの速度についていけるのだろうが、心音たちに合わせてゆっくり進んでくれている。それでもこの鬱蒼とした森林を歩むのは、決して簡単とは言えなかった。
前方を歩いていたフーリィの足がはたと止まる。唇の前で人差し指を立てて屈むと、心音たちの注意を先に向けさせる。
『……あ、うさぎさんです』
心音が視線を向けた先、茶色い兎が食事をしている姿があった。油断しているように見え、絶好のチャンスに思えた。
『さてと、誰か挑戦してみたいかな?』
『オレがいくぜ』
フーリィの問いかけに、ヴェレスが間髪入れずに応じる。ハルバードを後に引き絞り、クラウチングスタートの用に駆けだした。
『獲った――!』
瞬く間に獲物に肉薄したヴェレスは引き絞ったハルバードを上段から叩き下ろし――
『――うお⁉』
――一瞬前まではなかったはずのツタに引っかかり、それは振り下ろされることなくヴェレスの体勢を崩させた。目の前の兎を見れば、淡く魔力光が惨みその力を木々に伝えている。
『こいつ、植物を操っていやがるな!?』
武器を絡め取られ身動きがとれないヴェレスに背を向け、兎は逃げの一手を打とうとする。
その瞬間、 ヴェレスの横を風切り音が貫いた。
ヒュッと通り抜けた弓矢は飛び退いた兎の足下に刺さり、心音の隣でフーリィが悔しそうに手をぱたぱたさせる。
『あちゃー、避けられちゃった。ふふふ、それじゃあせっかくだし、アレをお披露目しちゃおっかな!』
フーリィが再び弓矢を番える。そして詠唱と共にその矢を解き放った。
『対象質量確定、弓矢は彼方の引力に引かれて……穿つ!」
音を切り裂いて走る矢に反応し、兎は再び避けの動作に入る。先程の焼き直しのように再び弓矢は躱されたかのように思えたが――
――突如矢の軌道が曲がり、兎の身体を貫いた。
『今、矢が曲がりました!?』
『ふふふ、多分キミたちも知ってる魔法だと思うよ。だってラネグもこの国で覚えて帰っていったもん』
心音は眼前の出来事を一瞬疑う。宙空で軌道を変える飛行物。それとラネグの魔法を結びつけるとすれば.......
『〝重力魔法〟ですか?』
『ご明察! より正確に言えば万物の引力に関わる魔法なんだけれどね、それはこの魔法を会得してない人に言っても伝わらないかなぁ』
科学的な知見が地球ほど浸透していないこの世界、確かに万有引力の概念は専門的な学習をしているものにしか伝わらないかもしれない。
しかし、心音には確かに伝わっていた。兎との間に生じた引力を操作して矢が引き寄せられたのだと。
パーティメンバーの中だと、シェルツとエラーニュもその考え方に至ったようだ。本の虫であるエラーニュもそうであるが、シェルツも科学者である父から手ほどきを受けているだけある。
『エスフルの狩人たちはみんな、この魔法を使って狩りをするんだ! 獲物に近付かなければ、植物に絡め取られることもないでしょ?』
〝守智の森〟の生き物とやり合うために最適化されたのが、〝重力魔法〟と弓矢を組み合わせた戦術であるのかと、シェルツは戦士としての血が騒ぐのを感じた。
すると、アーニエが対抗意識を燃やしたのか、倒れ伏す兎の四方を囲むように水の矢を飛ばした。
『弓矢が使えなくても、あたしには水魔法があるわ。見てなさい、次はあたしが仕留めてみせるわ!』
『わぁ、すごい! やっぱり創人族は魔法の扱いが上手だなぁ』
フーリィが拍手とともに送った言葉からは、本心からのものであることが伝わってきた。
魔力を魔法の扱いよりも身体の活性化に回しているため、他種族ほど上手く発現させられない魔法の代わりに編み出された戦術でもあったのだろう。
魔法を上手く扱うことで、彼らの〝重力魔法〟と弓矢の組み合わせにも十分に対抗できそうであった。
次の獲物を探そうとしたところで、遠くから角笛のような音が聞こえてきた。ドとソとミ、三つの音で構成されたそれは一定のリズムを刻み、それが止むと他の三方向からソドと合図のように同じく音が聞こえた。
『おー、いいタイミング! ファイェスティアから北北西に千歩位のところに、大型の獲物を発見したってさ! わーも合図を返さなきゃ.......って、角笛忘れた〜!』
やはり、先程繰り返し聞こてた音は連絡に対する了解の返事だったのだろう。返事を返せずにあたふたするフーリィに、心音が意気揚々と提案する。
『合図、ぼくが返してもいいですかっ?』
『え、そんなことできるの?』
フーリィが不思議そうに見る中、心音はレザーケースからコルネットを取りだし、先程聞こえてきたソとドの音をそのまま返す。
『すごーい! そんなにキラキラした見た目なのに、角笛みたいな音が出るんだ! 創人族の名前の通り、物を創るのが本当に得意なんだなぁ』
心音は得意げな笑みを浮かべ、コルネットをしまうと指を最初に聞こえた音の方角へ向ける。
『フーリィさん、お願いします! おっきい獲物見に行きましょう!』
『ふふふ、そーだね! この時期だから、苔イノシシかなぁ』
信号を受けた方角へ、フーリィの先導のもと心音たちは森林地帯を駆け始めた。
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